第三話
東都新聞社という看板が掲げられたガラス張りの五階建てのビルの前に白いヤンボルギーニ・ガヤンドが停車する。
自動車を運転する愛澤春樹は助手席に座る菅野聖也を降ろしてから自動車を再び走らせた。
走り去る自動車を見送った菅野はビルを眺め、新聞社の中へ一歩を踏み出した。
新聞社の自動ドアが開く。自動ドアの前には受付が設置されている。そこからは黒いスーツを着た男が入ってくる。さらにスーツには弁護士バッチが付いていることから男が弁護士であることが受付には分かった。
菅野が受付の前で立ち止まると受付嬢は彼に声をかける。
「すみません。弁護士の方ですよね。今日はどのような要件でしょうか」
「この新聞社に北川律という新聞記者が勤務していると聞きました。彼女に会わせていただけますか」
「分かりました」
受付嬢は内線電話で北川を呼び出す。それから三分が経過した頃ベージュ色のミディアムカットの女が菅野に対して頭を下げた。
「菅野さん。お久しぶりですね。ところで何の用ですか」
その女。北川律は目を丸くして菅野に尋ねる。
「北川さん。少し場所を変えてお話しします。あなたのお父さんについてです」
父のことについて。その言葉を聞き北川は顔色を変える。
「分かりました。近くに公園があるのでそこで話しませんか」
北川は覚悟したような顔つきになり、上司に外出する趣旨の電話を掛ける。
その後で菅野は北川の案内で公園に向かい歩き始めた。
公園の時計が午前十時を指す。二人は時計の前を通過して舗装された公園の道を歩く。
歩きながら菅野は要件を北川に伝えた。
「実はあなたのお父さん。岸野吉右衛門さんが先日獄中で病死されたことはご存じですか」
菅野の問いに北川は首を縦に振る。
「知っていますよ。先日東京拘置所からの電話でその事実を知りました。さすがに遺体を引き取れと言われた時は断ったけど」
「なぜ遺体を引き取らないのですか。あなたは岸野さんの唯一の遺族ですよね。半年前あなたのお母さんが病死されたと聞いています。親戚もいないとなればあなたが遺体を引き取らなければなりません」
菅野が正論を北川にぶつけると彼女は無関心というように表情を変えず言葉を返す。
「本当に遺体を引き取らなければならないのですか。遺体を引き取るのは義務ですか。私はあの五年前の事件で人生を滅茶苦茶にされたんですよ。学校では殺人犯の娘扱いされてイジメを受ける。就職試験も殺人犯の娘だからという理由で何通も書類審査の段階で不採用通知を貰いました。あの事件以降お父さんとお母さんは離婚。やっとの思いで東都新聞社に入社して幸せなのに、どうしてお父さんと向き合わなければならないのですか」
北川の頭に血が上ると菅野は一言だけ北川に伝え彼女の元から離れる。
「今のあなたに何を言っても意味がないと思いますが、あなたのお父さんは私と面会をするたびにいつも頭を抱えていましたよ。どうすれば殺人犯の娘になったあなたを幸せにできるのか」
「そんなことは殺す前に考えてよ」
北川の怒りは収まらず、二人はそのまま別れた。