第二十六話
戸谷の取り調べが終わり、合田が取調室のドアを開けると北条が彼とすれ違う。
北条は視線に合田の姿を捉えると、合田の元に近寄る。
「合田警部。ここにいましたか。いくつか面白いことが分かったんです。郷里が殺害された第一の事件。郷里の携帯電話に送られたメールアドレスを現在使用している端末を特定できました」
北条は一枚の紙を合田に手渡す。その紙には携帯電話の購入者が書き込まれていた。
「問題のメールアドレスを使っているのは五年前の三月に発売された携帯電話。それの契約者は柳楽倫太郎。四十三歳。株式会社マスタード・アイスの専務だった男です。因みに柳楽倫太郎は東京地検特捜部のトップとして働いていたという経歴があります。調べたところによると、柳楽倫太郎は現在失踪中。そして気になって柳楽倫太郎の指紋と五年前の身元不明の男性の遺体の指紋を照合した結果見事に一致したんです」
北条の報告を聞き合田が一歩を踏み出す。
「分かった。柳楽新太郎に話を聞きに行く」
「待ってください」
北条が合田を呼び止め、彼に三枚の写真を渡す。
「この写真は何だ」
「実は郷里が殺害された第一の事件現場と田中が転落死した第二の事件現場に必ず姿を現す不審者がいたんです。黒いコートを着た丸坊主に黒縁眼鏡の男。見覚えはありませんか」
「まさか瀬戸内検事か」
合田が驚くと北条が指を鳴らす。
「正解。顔認証システムで照合した結果不審者は瀬戸内検事であることが分かったということです。気になりませんか。なぜ瀬戸内検事は現場に現れたのか。奇妙なことに第一の事件現場に現れた瀬戸内検事は携帯電話でメールを打っているように見えます」
「つまり瀬戸内検事も容疑者の一人か」
「彼にも話を聞きに行くべきだと思います。もう一つ報告があります。戸谷が東京地方検察庁のコンピュータにハッキングしたデータの内容が判明しました。東京地方検察庁の裏金に関する情報で、この記録によれば裏金の一部を天下り先である株式会社マスタード・アイスの社長に渡していたようです」
「それが事実だと不祥事になるな」
合田はメールで新事実を木原たちに知らせる。木原に送ったメールの最後にはこのような文面を記し、メールを送信する。
『お前らは菅野弁護士事務所に迎え』
木原たちは合田の指示に従い菅野弁護士事務所に車を走らせる。
木原が弁護士事務所の駐車場に車を止め、助手席から降りた神津がインターフォンを押す。
だが弁護士事務所のドアを開けたのは菅野弁護士本人だった。
「何の用ですか。血相を変えて」
菅野弁護士が心配そうに刑事たちに声を掛けると木原は、彼に尋ねる。
「柳楽新太郎はどこにいますか」
「今日は休みですよ。風邪をひいたらしいです」
「それでは彼の自宅の住所を教えてください」
木原がメモ用紙とペンを菅野に渡す。菅野が落ち着いて柳楽の住所を記す。
「ここですよ」
菅野がメモとペンを木原に返すと、二人は頭を下げる。そのまま二人は自動車に乗り込み、自動車は柳楽が暮らすマンションへ向かう。
その道中車内のカーステレオのラジオからニュースが流れた。
『午前十時五十五分になりました。ニュースをお伝えします。平成二十年四月。東京都新宿区のマンションで身元不明の男性が殺害された事件で逮捕され実刑判決を受けた岸野吉右衛門容疑者が先日獄中死していたことが東京拘置所の発表で明らかになりました』