第二十五話
午前十時。警視庁の取調室で合田が勾留されている戸谷と対面する。
合田は五年前の殺人事件の調書を取調室の机に置き戸谷に尋ねる。
「戸谷信助。お前に聞きたいことがある。五年前お前が暮らすマンションの一室で身元不明の男性の遺体が発見された事件についてだ」
「そんなことはどうでもいいでしょう。あの事件は岸野が逮捕されて解決したんじゃありませんか」
戸谷が首を傾げると合田は机の上に置いた調書のページを捲った。
「五年前の殺人事件には奇妙な謎が残されている。まず被害者はなぜ身元が分かる物を所持していなかったのか。あの遺体の遺留品には携帯電話は財布という物が含まれていなかった」
「きっと岸野が盗んだんですよ。物取りの犯行だったんです」
「戸谷。それは違う。岸野の所持品からは被害者の身元を特定する手がかりが発見されなかった。だから被害者は元々財布や免許証といった身元を特定する物を持っていなかったことになる。もしくは当時捜査を担当した警察関係者が身元を特定できる遺留品を隠蔽したか」
「何がいいたいんですか」
戸谷が疑問を口にすると合田は椅子から立ち上がり戸谷に近づく。
「五年前の殺人事件には東京地方検察庁を巻き込んだ陰謀が隠されている。戸谷信助。お前はハッカーとして有名らしいな。お前のパソコンから東京地方検察庁のコンピュータに不正アクセスした形跡が発見されたから間違いない。その罪を認めるか」
戸谷は肩を落とし笑顔を見せる。
「まさかそこまで捜査が進展していたんですね。あのシステムは完璧にハッキング元を特定できないようにプログラミングしていたんですが。五年前東京地方検察庁から機密データを盗んだのは認めますよ。あの時は楽しかった。まさか本当に東京地方検察庁から機密データを盗みさせるとは思っていなかったから。独自のハッキングシステムで東京地方検察庁のコンピュータを攻略したという事実を書き込んだら、ハッキングの師匠から『アザゼルの羊』なんていう通り名を与えられて感無量でした」
戸谷が嬉しそうにペラペラと話すと合田は質問を続ける。
「なるほど。お前にはハッキングの師匠がいるのか。そいつも検挙すれば捜査二課も喜びそうだな」
合田の一言を聞き戸谷は声をあげて笑う。
「無理。師匠にはネットでしか会ったことがないから顔も知らないし、第一あの師匠が警察に捕まるようなミスをやらかすわけがない。だから師匠は絶対に刑務所に入らない。警視庁には僕のハッキングシステム『ホーム』を解析できる捜査員がいるんでしょう。その捜査員の実力がどれほどの物かは分からないけど、師匠のハッキング能力を突破するのは不可能。師匠は凄いんですよ。僕が東京地方検察庁から三十分で機密データを盗んだって報告したら、師匠は一分もあれば十分だろうって言ってきたくらいですから」
「ハッタリだろう」
「違いますよ。嘘ではありません。ハッタリだと思ったハッカーが師匠のコンピュータにハッキングしようとしたんですけど、突破できませんでした。師匠の通り名は『赤い毒蛇』です。自分のコンピュータにハッキングしてきたハッカーは必ず警察に逮捕される。師匠のシステムにはハッキングをしてきたコンピュータのアドレスを警察庁のサーバーに飛ばすトラップが仕掛けられているから。『赤い毒蛇』のコンピュータをハッキングしていたつもりが、気が付いたら警察庁のコンピュータにハッキングしていた。そんな事例が後を絶ちません」