第二十四話
午前九時。大野と沖矢は東京地方裁判所で聞き込み捜査を開始する。
まず二人が訪れたのは昨夜自殺を図った田中冨喜子の職場。その部屋には何事もなかったかのようにデスクワークを続ける裁判官たちがいた。
大野が昨日と同じように警察手帳を見せると佐藤高久が昨日と同じように大野たちに歩み寄った。
「今度は何だ。田中冨喜子が自殺したという報告なら受けているが」
「そのことですが、なぜ彼女が自殺したのか。心当たりはありませんか。昨日の彼女の様子はどうでしょう」
大野が矢継ぎ早に質問すると、佐藤高久は意外な言葉を口にした。
「お前らのせいだ。昨日お前らがスケープゴートって言ったから田中冨喜子は動揺してお昼時に早退した。お前らのせいで田中冨喜子は自殺した」
「しかしそれと自殺の因果関係は分かっていませんが」
大野が佐藤の意見を否定する。その後で佐藤高久が怒鳴った。
「お前らが悪い。お前らがスケープゴートなんて言葉を聞かせたから田中冨喜子は自殺した。全てお前ら警察が悪い」
「責任転嫁ですか。そもそもの発端はスケープゴートにあると思いますが」
大野が痛いところを突く。だが佐藤の怒りは収拾がつかない。
「うるさい。ともかくお前らの顔は二度と見たくない。二度と来るな」
裁判所の廊下を歩きながら大野が沖矢に声を掛ける。
「木原たちと同じですね。関係者を怒らせた」
「でも一つだけ分かったことがあるんだよ。佐藤高久裁判長は責任を警視庁に押し付けようとしている。防衛機制の合理化」
「即ち佐藤高久裁判長にはスケープゴートに関する責任を警察に押し付けなければならない理由があったということですね」
その頃木原と神津は昨日と同じように東都新聞社を訪れる。
受付を済ませた二人が新聞社の廊下を歩くと北川律とすれ違った。
神津はすれ違う北川に声を掛ける。
「北川。昨日は悪かった」
神津が北川に頭を下げると彼女は立ち止まり体を反転させる。
「態々謝りに来たの。警察も暇ね」
「それとあなたに残念なお知らせをお伝えにきました。あなたの彼氏。戸谷信助が昨日逮捕されたんですよ。このことはまだマスコミには伏せているんですけど」
予期せぬ出来事を聞き北川律は驚く。
「そうですか。これで合点がいきました。昨晩メールを打っても中々返信が来なかったから。これで一人になった」
北川の顔が哀しそうな表情になると木原が話を続ける。
「ここからが本題です。あなたは昨日戸谷信助に奇妙なメールを送りましたよね」
木原は北川に問題のメールの文面が印刷された紙を手渡す。
その紙には『明日午前十一時。新宿の地下道』という文章が記されていた。
「このメールの意味を教えていただけませんか」
木原が北川に尋ねる。すると彼女が突然笑い始める。
「深い意味はないんですよ。あのメールは間違いだから。こう見えて私はおっちょこちょいなところがあるから、午前と午後を間違えたんです。あのメールが味気ないと言いたいのなら、そういう業務的なメールを打ちたくなったからとしか言えません」
「それは妙だな」
神津の声に北川は首を傾げた。
「何が妙なのですか」
「あのメールは午後十一時に新宿の地下道で待ち合わせという意味だったんだろう。だが聞くところによるとあの地下道は深夜になると不良たちが集まって危険らしい。それにあの地下道は人通りが少ない。そんな危険な場所で待ち合わせをするのか」
「関係ないでしょう。私は柔道の都大会で優勝したくらいの実力があるから、地元の不良なんて怖くありません」
「なるほど。そうですか。分かりました。それでは失礼します」
木原が北川に形式的な挨拶を行う。その後で北川が二人の背を向け新聞社の廊下を歩き始めた。
その足で北川は女子トイレに入り、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
その直後、彼女の携帯電話にメールが届く。そのメールの文面を読み北川は白い歯を見せ笑った。