第二話
その知らせは当時の裁判を担当した菅野聖也の元にも届く。
東京拘置所に呼び出された菅野は目の前に立っている刑務官から詳しい話を聞く。
「岸野さんは模範囚で一か月後に仮釈放が決まっていただけに残念です。病死なんて」
刑務官が肩を落とすと菅野が聞き返す。
「病死ですか」
「はい。刑務所内の身体測定で心臓病の持病があることは把握していました。医者の診断の結果心臓病で亡くなったことが分かったんです。まさか刑務所内で殺人事件とは考えていませんよね」
「あり得ませんね。ここは病死という真実を信じます。それよりも気になっていることがあります。遺体は誰が引き取るのですか」
「引き取り手の遺族に連絡したのですが、遺品諸共そっちで処分してくれと一点張りで。だから菅野弁護士を呼び出したんです。弁護士として加害者遺族を説得してください。遺品だけでも引き取ってもらわなければ岸野さんが浮かばれません」
そんなことで呼び出されたのかと知り菅野はため息を吐く。
「分かりました。一度加害者遺族とは獄中死したことを弁護士という立場から話さないといけないので、その時にでも説得します」
菅野聖也は笑顔を作り刑務官からの仕事を請け負う。菅野聖也は東京拘置所の駐車場に停車している白いヤンボルギーニ・ガヤンドの助手席に乗る。
運転席にはサングラスをかけた茶色い髪を肩の高さまで伸ばした女が座っている。
「相変わらず女に変装するのが好きですね。愛澤君」
運転席に座っている女の正体は女性に変装した愛澤春樹だった。愛澤は素の声に戻し苦笑いする。
「仕方ないでしょう。表舞台で優秀な弁護士として活躍する菅野聖也と裏社会で暗躍を続ける愛澤春樹が密会しているところを公安の刑事に見られたら色々と厄介なことになるから」
「それは女に変装する理由にはならないと思いますが。そんなことよりも何ですか。話というのは。話があると言って東京拘置所までの運転手役を申し出たのでしょう」
愛澤は鞄から茶色い封筒を取り出し、それを菅野に見せた。
「一昨日高崎君から受け取った調査ファイルのコピーです」
菅野はペラペラと調査ファイルを捲り納得する。
「なるほど。これで合点がいきました。あなたが何をしようと思っているのか」
「それは良かったです。それでは今回あなたにこの事実をリークした理由は分かりますか」
愛澤からの質問に菅野は首を傾げる。
「分かりませんね。そもそもあなたが私と接触することも珍しいので」
「理由は二つ。単純に幼馴染として事実を知っていただきたかったから。もう一つは表舞台からあの人の暴走を止めてほしいから」
「暴走というのは何のことでしょうか」
「まだ具体的なことは分かりませんが、近いうちに九年前の事件絡みの劇場型犯罪が発生するということですよ。決して他言はしないでくださいね」
愛澤春樹が人差し指を立てると白いヤンボルギーニ・ガヤンドが走り始めた。