第十九話
この事件は自殺として処理された。ホテルの防犯カメラには一人で屋上への直通エレベーターに乗り込む彼女の姿が映っている。屋上のドアの手前に設置された防犯カメラにも彼女が屋上のドアを開ける様子が映っていたが、それ以降は通報を受けた所轄署の刑事しか映っていなかった。
さらに遺書と思われる文章も筆跡鑑定の結果田中冨喜子の物と一致。
そして極め付けは株式会社マスタード・アイスの会社員たち数人が一人でビルの谷間へとダイブする田中冨喜子の様子を目撃していたこと。
それらの物的証拠と状況証拠。それにより田中冨喜子は自殺した物として処理された。
現役裁判官の謎の自殺はマスコミ関係者たちを騒がせる。
この事件はもちろんトップニュースを飾り、マスコミ関係者たちは現場となったホテルの近くでリポートを続けた。
夕方から放送されるニュース番組でも臨時ニュースという形で事件が報道される程である。
エリザベスマンションの一室で茶髪のショートカットの女が茶の間で夕方のニュース番組を観ている。
彼女の名前は西村桜子。とある事情でこのマンションで大野と同居している女性だ。
彼女は記憶喪失である。そのため本当の名前を知らない。
西村桜子という偽名で生活する彼女は自分の正体を知らない。認識していることは自分が何かの事件の重要参考人で悪い人に命を狙われているらしいこと。
そんな彼女が何気なくニュースを観ていると突然キャスターが臨時ニュースを伝えた。
『臨時ニュースです。午後六時頃東京クラウドホテルの屋上で裁判官の田中冨喜子さんが転落死しました。警察では事件事故両面で捜査しています。尚事件に関する最新情報は入り次第お伝えします』
このニュースを聞いた西村を頭痛が襲う。意識が飛びそうなほど激しい頭痛。意識が次第に遠退き、彼女の脳に光景が蘇る。
それがいつだったのか。彼女は思い出すことができない。
白い壁に覆われた部屋のベッドで寝ていた彼女は目を覚ます。その部屋の椅子には灰色のスーツを着た七三分けの男が座っている。
「気が付きましたか」
「ラグエル」
男性の優しい声を聞き彼女は重い肩を降ろし彼の名前を呼ぶ。その名前を聞きラグエルはノートを机の上に置く。
「早速ですが少しばかり暗殺計画を変更します。あなたには東京クラウドホテルで僕の仕事を手伝ってもらいたい。詳しいことはノートにまとめてあるので暇な時に読んでください。拳銃はこれを使ってくださいね。ラジエル」
その男は彼女にハンドガンを手渡す。彼女は躊躇することなく拳銃を受け取る。
男は不敵な笑みを浮かべ彼女の前から姿を消した。