第十八話
その現場は悲惨だった。夕暮れ時のビルの谷間に田中冨喜子の遺体が転がっている。彼女の頭から大量の血液が流れ、それが田中冨喜子の顔を赤く染め上げた。ベージュ色だった髪も血の色で赤く染まっている。
一足早く現場に臨場した大野と沖矢は現場近くで待機している遺体の第一発見者となった清掃員に話を聞く。
「株式会社マスタード・アイスの十五階のフロアを掃除していて偶然窓から景色を眺めていたら、向かいのホテルから何かが地面に落ちてくる様子が見えたんです。それで何が落ちたのかが気になって地面を覗いたら血まみれになった人間がここで倒れていたんですよ」
遺体発見の様子を清掃員が詳しく話すと大野が右手を挙げる。
「向かいのホテルから落ちて来たそうですが、その時怪しい人影は目撃しませんでしたか」
第一発見者の男性の答えは意外だった。
「分かりません。僕はただ落ちて来たところしか見ていませんから。もしかしたら別の会社員の方なら見ているかもしれません」
第一発見者からの聴取が終わった頃一台の覆面パトカーが現場の前に停車する。その自動車から合田たちが降りた。
合田は自動車を降りた後で一目散に大野たちの元に駆け寄り尋ねる。
「現場の状況は」
「遺体の第一発見者の清掃員によれば、東京クラウドホテルの屋上から田中冨喜子が落ちて来たそうです。遺体の身元は遺体が着ているスーツのポケットの財布に入っていた自動車免許証で確認済み。田中冨喜子本人で間違いありません。まだ飛び降りる瞬間を目撃している人物は見つかっていないので、株式会社マスタード・アイスの会社員たちにも事情を聞きます」
「分かった。それだったら俺たちは田中冨喜子が飛び降りたとされるホテルの屋上に向かう。目撃者探しはお前らに任せる」
「分かりました」
大野と沖矢が頭を下げる。二人の刑事は株式会社マスタード・アイスの方向へ歩き始めた。
合田たちは東京クラウドホテルの屋上へと向かうエレベーターに乗った。
鉄の箱が直通で昇っていき一分後三人の警視庁の刑事たちが屋上に辿り着く。
エレベーターホールの前にあるドアの先が屋上になっている。そのドアの手前には防犯カメラが設置されていた。
木原がその引き戸になっている扉を開けると屋上に所轄署の刑事たちが集まっている様子が見えた。
警視庁の刑事が現場に臨場したことを知った所轄署の刑事たちは合田達に対して敬礼する。
「本庁の合田警部ですね。丸の内警察署の松本です。現場はきちんと保存しています。一応ホテルの全ての出入り口を封鎖して従業員や宿泊客が外に出ないようにしました。それとホテルの防犯カメラの映像も借りていますよ」
所轄署の松本刑事が元気よく合田たちに報告すると合田が松本に聞く。
「それで現場からは遺留品が発見されなかったのか」
「それでしたら床に茶色い鞄が置かれていました。その中から遺書が発見されたのですが、妙なんです」
松本刑事は透明な袋に入れた手紙を合田警部に手渡す。
その手紙は白色の封筒に入れられていて封がされていない。手紙は直筆のようである。
合田がその手紙を広げると、そこには遺書のように見えない文章が綴られていた。
『私たちはスケープゴートに殺された。これは私なりの復讐。田中冨喜子』
「またスケープゴートか」
合田が一言呟きビルの屋上から地面を覗き込む。