第十七話
戸谷信助が逮捕されてから数時間後、空は夕暮れにより赤く染まった。空を雲が流れていく。その様子を東京都内のホテル東京クラウドホテルの屋上で田中冨喜子が見ていた。彼女は右手で茶色い鞄を持ち屋上から地面を覗き込む。
二十階建てのビル。そこからはマンションシックスシャトーの外観も見える。
ビルの屋上に立ち田中冨喜子は五年前のことを思い出し、涙を流す。
五年前。身元不明の男性の他殺体がマンションの一室から発見された事件。あの事件の犯人として逮捕された岸野のことを彼女は忘れることができない。
「ごめんなさい」
田中冨喜子は鞄を床に置き一言だけ呟く。そして次の瞬間。彼女はビルの屋上を真っ直ぐ走り、空へダイブする。
ホテルの向かいに立っている株式会社マスタード・アイスのビルで二十代後半の清掃員の男性がビルの床を掃き掃除している。そんな彼が何気なくビルの外から景色を見る。
彼の目に向かいのビルから何かが落ちてくる光景が映る。それは結構なスピードで落ちて来たので何が落ちたのかは分からない。
何が落ちたのか。彼は好奇心に負けビルの窓ガラスに近づき地面を見る。
その瞬間彼は後悔した。地面に落ちて来た物。それは紛れもなく人間だった。
ベージュ色の女の人形が落ちたと彼は一瞬思ったが、その人間の頭の傷から大量の血液が流れている。落ちて来たのは紛れもなく人間。
誰かがホテルから落ちた。その現場を目撃した彼は思わず箒を床に落とし腰を抜かす。
その大きな音に気が付いた会社員たちが彼の元に集まる。彼は振るえながら窓ガラスを指さす。その先にあったのは遺体。
野次馬のように集まった会社員が警察と救急車に通報した。
それから数分後鑑識課の机に戸谷の自宅から押収したパソコンや携帯電話などが並べられている。
その部屋を合田が訪れると机の前に立っている北条が透明な袋に入れられたスマートフォンを合田に見せた。
「合田警部。戸谷の通話履歴やメールの送受信履歴の解析が終わりました。彼は頻繁に北川律と電話やメールで連絡を取り合っているようです。一応戸谷と北川のメールを一覧化したリストを作成しました」
北条は机に置かれた紙の束を合田に渡す。
そのリストを合田がベラベラと捲り目を通すと、鑑識課の部屋に木原と神津が血相を変えて駆け付ける。
「合田警部。大変です。先程女性がビルから飛び降りたという通報がありました。現場に駆け付けた所轄署の刑事によれば、遺体の身元は田中冨喜子のようです。今現場に大野と沖矢が向かっています」