第十一話
大野と沖矢は東京地方検察庁を訪れる。そのビルの受付で大野が瀬戸内平蔵を呼び出すと坊主頭に黒縁眼鏡をかけた男が二人の前に現れた。
「確か昨年の十月にお会いしましたよね。瀬戸内です。何の用ですか」
大野と瀬戸内は一度会っている。昨年の十月三十一日に発生したテロ組織『退屈な天使たち』絡みの事件で二人は出会った。そのことを思い出した大野は瀬戸内と握手を交わす。
「あの時はお世話になりましたね。立ち話も何ですから、どこかに移動しませんか」
「分かりました。それでは応接室に案内します」
瀬戸内は二人を連れて二階にある応接室に案内する。部屋に設置されたおしゃれなハンガーラックには黒いコートがかけられている。
大野は部屋に設置された白色のソファーに座ると、瀬戸内に尋ねる。
「早速ですが瀬戸内検事にいくつか質問をします。ご存じかもしれませんが先程郷里忠吾さんの遺体が発見されました。聞くところによると今日郷里忠吾さんと会う約束をしていたそうですね。防犯カメラにきちんとあなたと郷里忠吾さんが話している様子が映っていました。その時に何の話をしたのかを教えていただけませんか」
証拠を突き出され瀬戸内は失笑する。
「まさか警視庁の刑事に証拠を掲示されるとは。確かに私は郷里さんと話しましたよ。カフェリゼに呼び出したのも私です。まさかそんなことで私を殺人事件の容疑者にカウントしているのですか」
瀬戸内が聞き返すと沖矢は首を横に振る。
「瀬戸内検事は一度も現場に近づいていないことが証明されているんだよ。だからあなたは犯人ではない」
沖矢の推理を聞き瀬戸内が笑みを浮かべる。
「随分単純な推理ですね。現場に近づいた人物の中に犯人がいると考えたら冤罪が生まれるかもしれません。もう少し私が無罪であることを証明する決定的な証拠はないのですかね」
「それは自白ですか」
大野が瀬戸内に尋ねると彼は鼻で笑う。
「まさか。現場がどこなのかは知りませんが、もう少し聞いてみたいと思っただけですよ。容疑者瀬戸内平蔵に無罪を刑事たちはどうやって証明するのかを」
「容疑者ですか」
「容疑者でしょう。被害者は今日亡くなったのでしょう。その直前に会っていた人物を容疑者にカウントしないのなら、警視庁の刑事は馬鹿ということになります。容疑者のつもりで聴取してください」
瀬戸内の言動は不可解だと思いながら大野は右手を挙げる。
「郷里さんとはどのような話をしたのでしょうか」
「五年前の殺人事件の被疑者が昨日獄中死したのをご存じですか。その話ですよ」