第一話
その事件が起きたのは五年前の平成二十年の四月九日のことだった。
東京都内にあるマンションシックスシャトーは小さな二階建ての賃貸住宅で白い建物。
そのマンションの一室に野球部の部員のように頭を刈り上げた丸坊主に黒い学ランを着た高校生のような男が帰ってくる。
少年が玄関のドアノブを握ろうとした時、彼は異変に気が付く。ドアの鍵穴が何者かによって傷つけられている。まるでこじ開けられたかのように。
施錠されていたはずのドアは何者かによって開けられている。少年は思った。空き巣か何かが入ったと。
だとしたら、何かを盗まれた可能性がある。少年は考え、急いでドアを開け、室内に入る。
彼がリビングのドアを開けた瞬間、彼は腰を抜かす。その恐怖によって少年は一歩も動くことができなかった。
リビングには黒いスーツを着た見覚えのない男性が血を流して倒れている。
少年が悲鳴を挙げると、近隣の住民たちが現場へ駆け付ける。
何が起きたのか。少年には分からなかった。野次馬の一人が警察に通報すると、五分程で警察官が現場へ臨場する。
警察官たちは現場周辺に集まった野次馬たちを整理して、現場周辺を閉鎖する。遺体が発見されたマンションの一室の玄関の前には遺体を発見した部屋の住人が立っている。
遺体の第一発見者となった高校生に警察官が話しかける。
「遺体の身元はあなたのお父さんですか?」
マンションの一室から発見された遺体は四十代前半の男性のようだった。遺体の第一発見者は専門学校の一年生。遺体の第一発見者の父親だとしても何もおかしくないだろう。
だが高校生は首を横に振る。
「違いますよ。お父さんではありません。お父さんは今アメリカの日本大使館で働いていますし、見覚えがないんです。赤の他人なんですよ!」
刑事は遺体の第一発見者の証言を聞き困惑した。
一方その頃、遺体が発見されたマンションの近くで白髪に無精ひげを生やした厳ついヤクザのように見える男が、野次馬に混ざり真剣な面持ちで遺体発見現場となったマンションの一室を見つめる。
その男が野次馬たちから離れようとしたところ周辺で聞き込み捜査を行っていた警察官が彼に声を掛けた。
「すみません。警視庁新宿署捜査一係の北村です。あのマンションで身元不明の男性の遺体が発見されたのですが、遺体発見前後の時間帯に怪しい人影を目撃しませんでしたか?」
警察官の質問を聞き男はその場から逃げようとする。だがその時、彼はレジ袋を落としてしまう。その袋には血液で汚れたハンカチと同じく血液が付着した包丁と曲がった針金が入っていた。それを白い手袋を身に着けた警察官が拾いあげ、不審に思った警察官は逃げる男の腕を掴む。
「待て。署に行って詳しい話を聞かせろ!」
それから男は警察署に連行される。その後の捜査で男が所持していた包丁とハンカチから身元不明の男の血液が検出され、男は送検される。
針金はマンションの鍵を抉じ開けるために使用された物であると判断された。
事件発生から数か月後。殺人事件の裁判は被害者の身元が分からない状態で行われる。
東京地裁の法廷には三人の裁判官がいる。
白髪のマッシュルームカットに太い眉毛が特徴的な裁判長、佐藤高久が中央の席に座る。裁判長の右横には漆黒の髪を肩まで伸ばした四十代前半に見える裁判官の田中冨喜子。左横には黒縁眼鏡をかけた初老の裁判官の郷里忠吾が座っている。
当時の裁判を担当した検事は坊主頭に黒縁眼鏡をかけた男。瀬戸内平蔵。一方男を弁護したのは弁護士の菅野聖也だった。
傍聴席には遺体の第一発見者の男子高校生が座っている。満席となった傍聴席の中には遺体の第一発見者と同い年くらいの黒いスーツを着たベージュ色のミディアムカットの少女の姿もあった。
裁判も終盤に差し掛かり裁判長が淡々と刑罰を読み上げる。
「被告人。岸野吉右衛門。被告人は懲役八年とする」
被告人は初犯ということもあり罪を軽くする。それが裁判の結論だった。
それから五年が経過した平成二十五年の四月七日。東京拘置所の牢屋の中で岸野吉右衛門が息を引き取った。