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オーギュスト14世の優雅なる日常  作者: RYO太郎
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二章  パニック・イン・キャッスル その①

 




 捕縛の一報をうけて謁見の間に向かうと、そこにはすでにエドモンドやミランダのほか、城勤めの侍従官、衛兵、女官と、ともかく城に詰めるあらゆる人間が、悪名高い盗賊をこの目で見ようとわれもわれもと押しかけていた。

 

 しかし、その中にエフェミアの姿はなかった。


 見ると憲兵たちの中にもあのフォロスの姿がないので、僕にはすぐに察しがついた。今頃、城のどこかでエフェミアがあの極悪憲兵を懐柔するべく交渉中なのだろう。

 

 とにかく僕は玉座に座り、座ると同時にブルーク隊長が階の下にやってきた。

 

 あいかわらずその顔は朱色に染まり、吐く息も酒臭い。


「おそれながら陛下にご報告いたします。わが憲兵隊はさきほど、手配中の盗賊ジアドスの捕縛に成功いたしました。これもすべて私の指揮の下、あらゆる事態に迅速に対処できるよう、考えられるかぎりの対策をこうじた成果にございます」

 

 赤い顔してよく言うよ、と、僕は心の中で毒づいてやった。


 あんたはここで飲み食いしていただけでしょうがっ!

 

 とはいえ、盗賊を捕縛したことは褒めないわけにはいかない。


「うむ。諸君らの働き、まことに見事である。心から礼を言うぞ」


「ははっ、身に余るお言葉にございます」


「王妃が無事に戻ることも期待するが、よいかな?」


「はっ、むろんにございます」

 

 おいおい、そんなに安請けあいしていいの? 僕は胸の中で意地悪くつぶやいた。

 

 無事に戻るもなにもすでにエリーゼは死んでいて、ワインセラーの床の上に横たわっているんだけどね。そんなエリーゼを無実無関係のジアドスからどう取り戻すのか、こいつはけだし見物である。

 

 そんなことを僕が考えていると、ブルーク隊長がふたたび口を開いた。


「つきましては陛下に、ひとつ重要なお願いがあるのですが」


「お願い?」

 

 ブルーク隊長の言葉に、僕は眉をひそめた。

 

 どうせ賊を捕縛した褒美に、夕食にもワインをつけろとでも言うのだろう。


「もうすぐジアドスめが城に連行されてきます」


「うむ、それで?」


「どうか陛下におかれましては、なにがあっても冷静でいただくことを私は願いたいのでございます」

 

 話の意味がわからず僕が沈黙していると、ブルーク隊長は一人得心したようにうなずき、


「私には陛下のお気持ちが痛いほどわかります」

 

 僕にはさっぱりわからんぞ。


「たしかにジアドスめは非道にも王妃様を誘拐し、陛下を脅迫して大金をせしめようともくろんだ憎むべき輩。しかしながら怒りにまかせて、奴めに襲いかかるような真似だけは決してないようにお願いしたいのです」

 

 ああ、なるほど、そういうことね。僕はようやくブルーク隊長の意図を了解した。

 

 ようするに僕が激情のあまり、連行されてきたジアドスに襲いかかることを隊長は心配しているようなのだが、しかし、これこそいらぬ心配というやつである。

 

 そもそも王妃の誘拐は狂言であり、したがってジアドスを憎む理由など僕にはないのだから。


「心配するな、ブルーク隊長。予は夫である前に一国の王だ。君主としての振る舞いはわきまえているつもりだ」


「いえ、そう言っておられる方がじつは危ないのです!」

 

 と、ブルーク隊長はブルブルと首を振り、


「内心ではその首を剣で刎ねとばしてやりたい。いや磔にして、いやいやすぐには殺さず、痛覚というものをもって生まれたことを後悔するような死に方をあたえてやりたい。それが人として当然の感覚です!」

 

 冗談じゃない、そんな残酷なことが僕にできるわけないだろう! 僕は胸の中で反論した。

 

 ま、そんなこと言っているわりには平気で王妃を殺したんだけどね。


「しかし、どうか堪えてください。すべては王妃様を無事に取り戻すまでの辛抱にございます。取り戻しさえすれば、あとは陛下のお気にすむようになさいませ。バラバラに刻むもよし。身体に釘を打ちこむのもよし。煮えたぎった熱湯の中にほうりこむのもよし。生きたまま皮を剥ぐもよし。あとはそうですな……」


「わ、わかった、隊長。約束する、なにがあっても冷静でいる!」

 

 僕は強引にブルーク隊長の言葉をさえぎった。

 

 まったく、これ以上、この男の世迷い言を聞いていると頭がおかしくなりそうだよ……。


「そうですか。それを聞いて安心しました」

 

 と、ブルーク隊長はほっとしたようにうなずき、


「それでは夕食にはワインをつけてくださいますか」

 

 一瞬、僕は玉座からずり落ちそうになった。当然だろう。


「わ、わかった。女官長に命じてそうさせよう」


「感謝いたします。すべては事件の早期解決をはかるためですので、なにとぞよろしくお願いします」


「えっ、ワインが?」

 

 ブルーク隊長の意外な一語に、僕は両目をパチクリさせた。隊長がうなずく。


「さようです。ジアドスが到着する頃には、すでに夕食の時間になっているでしょう。そこで到着しだい、奴にワインつきの豪勢な食事をあたえるのです。自分が誘拐した女性の夫が、これほどのもてなしをしてくれる。そのときジアドスは陛下の人間としての度量の大きさに感服し、自らの罪を懺悔し、陛下の前にひれ伏して許しを請うことでしょう」


「そう都合よくいくかな?」


「いや、無理だと思いますね」

 

 あっさりと否定されて、僕はまたしても玉座からずり落ちそうになった。

 

 この隊長、ふざけているのか、それともたんなる「天然」なのか?


「しかしながら、可能性はごく微量ながらにある。賭けてみる価値はあると思うのです」

 

 そう語るブルーク隊長の顔は真剣そのもので、どうやらふざけているのではないらしい。

 

 そりゃ、僕としてもワインの十本や二十本くらいケチるつもりはないし、そんなことで一連の問題が解決するのであれば、ワインでもシャンパンでも浴びるほど呑ませてもいいが、しかし、ちょっと待て! である。

 

 連行されてきた盗賊ジアドスに豪勢な食事を振る舞い、気をよくさせて自白をうながす。

 

 それがブルーク隊長の作戦らしいが、しかし、今さら言うまでもないが、ジアドスは今回の事件にはまったくノータッチの人間。


 したがって、いくらジアドスがワイン付きのディナーに気をよくしたところで王妃の居場所を自白できるわけもない。つまるところブルーク隊長の作戦は、一方的な「呑ませ損」になるだけのとんだスカタン作戦なのだ。

 

 にもかかわらず「どーよ、俺様の考えた自白誘導プランは? スゲーだろ?」とでも言いたげにドヤ顔を浮かべるブルーク隊長に「あんた、バカじゃねーの?」と僕は喉元まででかかったが、考えてみればブルーク隊長は事件が狂言であることを知らず、ジアドスが真犯人であると信じて疑っていないわけで、それを思えばたとえ成功率ゼロのスカタン作戦とはいえ、こちらとしても受け入れるしかないのである。

 

 僕はひとつ息を吐いて、ブルーク隊長にうなずいてみせた。


「隊長の言うことはわかった。予もとくに異論はないが、しかし、そういう話になると、ワインはジアドスの料理にだけつければいいのかな。卿らには食事だけで?」

 

 すると、ブルーク隊長はたちまち血相を変えて頭をブルブルと振り、


「いえ、事件解決のためにも、やはり同じようにわれわれにも出してください」


「それは、またどうして?」


「お前は特別だぞ! あの手の悪党はこの種のフレーズに弱いのです。犯罪を犯した者と取り締まる者とが同じワインを飲んでいる。その衝撃の事実に直面したジアドスは海よりも深い感動に胸を打たれ、自らの罪を懺悔し、床にひれ伏して許しを……」


「わ、わかった。ともかくワイン付きの食事を用意すればよいのだな!」

 

 なかば追い払うようにブルーク隊長を下がらせると、僕は手招きしてミランダを呼びよせた。


「お呼びでございますか、陛下?」


「至急、食事の用意をしてくれ。ワイン付きのな」

 

 不快さを隠せないでいる僕とは対照的に、ミランダは淡々とした態で低頭した。


「かしこまりました。すでに準備のほうは進めております」


「まったく、昼にあれだけ飲み食いしたあげく夕食まで……しかもワインまでつけろときたもんだ。どこまで図々しいんだ、あの連中は」


「よろしいではありませんか。ワインの百本や二百本くらいで傾くようなウォダー家ではございません。それに犯人を捕まえた今、ほどなく事件も解決するでしょうし」


「う、うむ、そうだな……」

 

 ミランダの言葉に、僕が声をくぐもらせたのも当然である。

 

 事件が解決するとミランダは言うが、そもそもからしてジアドスは無実というか無関係なのである。


 世間に悪名をとどろかせる盗賊だからまったく罪のない人間ではないが、すくなくとも今回の一件に関してはまるで関係のない人間なのだ。


 したがって、当然エリーゼのことなど知るわけもないし、監禁場所を問われたところで答えたくても答えられないだろう。

 

 しかし、よくよく考えてみると困ったことになったもんである。まさかジアドスがこうも簡単に捕縛されるとは予想していなかった。


 奴には王妃誘拐犯として国外に逃げるなりして、永遠に姿をくらましてもらいたかったのにまさかこんなにあっさりと捕まり、しかも城に連行されてくるとはとんだ計算ちがいである。 

 

 もっとも、奴がいくら声を大にして「冤罪」を主張したところで、それを信じる人間などいるはずもないのだから心配する必要はないのだが……。

 

 そんなことを僕が考えていると、急に広間内がざわめきだした。

 






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