一章 キング・イズ・マーダー その⑤
その日、城の中は朝から凄まじい騒ぎにつつまれた。
そりゃそうだろう。なにしろ王妃が誘拐され、しかもその誘拐した相手というのが凶悪無比でならす盗賊団の頭目ときては、騒ぐなというほうが無理だと思う。
とりわけ城の敷地内での犯行というのが衝撃だったのだろう。
ふだんは短剣すら所持していない城の衛兵たちはいまや全員が甲冑を着け、剣や槍を手に城の内外をものものしく歩きまわり、不審者がいないかどうか睨みをきかせている。狂言誘拐とも知らずにご苦労なことである。
ともかくそれまで寝所で仮眠をとっていた僕は、招集をかけた重臣連中が城に集まったという報告を聞き、侍従官のマッサーロをともなって謁見の間に入った。
僕が広間に到着したとき。そこには報告どおりおもだった重臣たちが集まっていて、謁見の間の中央を貫くように敷かれた赤い絨毯をはさんで左右に列をつくっていた。
宰相のエドモンド侯爵。女官長のミランダ。そのほか侍従官長に衛兵隊長に、さらには彼らの下で働く城勤めの文武官たちである。
そんな彼らの視線を一身に受けながら絨毯の上を踏み進んでいくと、女官たちの間から「おかわいそうな陛下」という同情的な声が漏れ聞こえてきた。
どうやら妻を誘拐された夫としてふさわしく見えるように、ヒゲも剃らず髪の毛も整えず、憔悴しきった僕の姿(もちろん演技だが)が効果をあらわしているようだ。
いいぞ、いいぞ。もっと同情してちょうだい!
やがて玉座に腰をおろした僕に列から進み出てきて最初に挨拶をしてきたのは、宰相を務めるエドモンド侯爵であった。
「ご心中、お察しいたします、陛下。王妃様は必ずやお救いいたしますゆえ、なにとぞご安心くださりますように」
そう言って、エドモンド侯爵はうやうやしく低頭した。
宰相のエドモンドは、この年四十歳になる中年の貴族で、ブラウンの頭髪と青い双眸がたいそう印象的である。男の僕から見てもなかなかに颯爽とした人物で、ナイスミドルという表現がぴたりとはまる。女官たちの間で人気が高いというのも納得である。
だが、そのエドモンド。今日の彼は心なしか、否、見るからにその表情は暗く、元気もなければ英気も感じられない。
ふだんは鼻につくほど「宰相オーラ」を全開にして、最高位の重臣としての威厳をふりまいている貴族が、これまで見たことがないほど青ざめたというか、どことなく憔悴した顔を見せていた。まあ、王妃が賊に誘拐されたことに彼なりにショックを受けているのだろう。
次に僕のもとに挨拶に来たのは、一転していかつい風貌をした革甲姿の男だった。
その顔に僕は心当たりがなかったが、
「憲兵隊のブルーク隊長です」
と、後背に控えるマッサーロが教えてくれた。
マッサーロの説明では、七十歳になる先代の隊長が風邪をこじらせて急死したのにともない、先月、新しい憲兵隊長に就任したばかりだという。
どうりで見憶えがないはずだと僕は思った。もっとも、急死したという先代の隊長のことも僕はよく知らないのだが。
そのブルーク隊長は四十歳そこそこであろうか。鼻の下に広がるふんわりとした茶色のヒゲが印象的の中年の騎士である。さすがに犯罪を取り締まる憲兵隊の指揮官だけあって、筋骨たくましい身体つきをしていて、堂々とした貫禄の所有者である。
そのブルーク隊長から挨拶をうけた僕は、深刻そうにうなずいてみせた。
「頼んだぞ、ブルーク卿。なにぶん王妃の命がかかっているゆえな」
「ははっ、承知しております。われら憲兵隊の威信にかけてかならずお救いいたします」
そう言ってブルーク隊長は深々と頭をさげた。
あいかわらず広間内は大変な状況だった。
本来、異国から来た国賓との接見や式典などに使われる謁見の間は、いまや憲兵隊の臨時屯所と化して、三十人ほどの憲兵たちがあわただしく出たり入ったりを繰り返しているが、僕に言わせりゃ無駄な徒労というやつだ。
なにしろ誘拐されたことになっているエリーゼはもう死んでいるし、誘拐そのものも狂言なのだから。
くわえて誘拐犯にでっちあげたジアドスとかいう盗賊も、わが国に逃げこんできたというが本当に国内にいるのかどうかもはっきりしない。まあ、いようがいまいが僕の知ったことではないが。
ともかくあとは適当な時期をみはからって、エリーゼの死体をどこぞの森の中で発見させる。
身代金は取られずに済んだものの、犯人のジアドスには逃げられ、事件は最悪の結果で終わる。これが僕とエフェミアとで立案した(ほとんど彼女のアイデアだが)王妃狂言誘拐計画の全容である。
それまでは悲劇の夫を演じなければならないが、なあに、愛しいエフェミアと一緒になるためならこのくらい苦労はなんでもない。
そのエフェミアはというと、ほかの女官と一緒に憲兵隊の世話をするべく、広間の中で忙しく働いていた。
「さて、そろそろ犯人から次の連絡がきてもいい頃だな」
コップの水を飲みながらブルーク隊長が言う。
すでに時刻は、誘拐発覚から半日ほどが経過した昼過ぎである。
残念だがそんなものは永遠に来ないよ、と、僕が意地悪く胸の中で応じたまさにそのとき。一人の憲兵が息せききって謁見の間に飛びこんできた。
「隊長、不審な手紙が届きました!」
「なに、不審な手紙だと?」
「はい。城下近くに住む農夫が、今しがたこの手紙を持って城に来たのです!」
そう言って憲兵は、一通の手紙らしきものをブルーク隊長に手渡した。
ブルーク隊長がそれを開封して中の文面に目を通し、ややあって驚きの声をあげた。
「こ、これは……犯人からの脅迫状だ!」
隊長の声にたちまち広間内が騒然となった。
どよめきが走り、悲鳴があがる。だが彼らの驚きなど、僕がうけた衝撃にくらべたら屁みたいなものだ。
犯人からの脅迫状だってぇ!?
一瞬、僕の聞きまちがいかと思ったが、どうもそうではないらしい。手紙を手にするブルーク隊長のもとに部下の憲兵に城の衛兵、さらには侍従官や女官たちまでもが殺到する。
「その農夫が言うには、畑で農作業をしていたとき、ふいに畑にあらわれた男から銀貨一枚を報酬に、この手紙を城に届けるように頼まれたとのことです」
「頼んだのはジアドス本人か?」
「いえ、そのことも農夫に確認しましたが、それがどうもまったくの別人らしく、農夫が見たのは旅人風の格好をした若い男とのことです」
「別人だと?」
「はい。農夫いわく『本当は自分が頼まれたんだが、旅を急ぐので城に行けなくなった。かわりに届けて欲しい』と、その旅人の男に言われたとのことです」
「なるほど、わかったぞ!」
と、ブルーク隊長はパンと手をひとつたたき、
「私の推理が正しければ、その旅人風の若い男がまずジアドスに頼まれた。しかし、都合が悪くなり、急遽、近くにいた農夫に配達を頼んだのだ。まちがいない!」
推理するほど複雑な話とは思えなかったが、僕はあえて黙っていた。
ひとつには困惑と驚きに混乱する自分の頭と心を鎮めるのに必死で、ツッコミを入れる余裕がなかったのだ。
そうしているうちにも、ブルーク隊長が脅迫状を手に僕の前にやってきた。
「陛下、この脅迫状には指輪が同封されてありました。『王妃を誘拐した証拠だ』とこの脅迫状には書いてありますが、本当に王妃様のものかどうかご確認をお願いします」
「う、うむ、わかった」
なにがどうなっているのかさっぱりわからないが、とにかく僕は手紙と、それに同封されていたという指輪を確認することにした。
手紙の字体はあきらかに僕のものではなかったが、ダイヤモンド造りのその指輪にはたしかに見憶えがあった。以前、僕がエリーゼに買いあたえた――正確には無理やり買わされた――ものだ。
なにしろこれ一個で金貨百枚もしたのである。忘れるはずもない。
「まちがいない、これは王妃のものだ」
僕がそう断言するとまたしても広間にどよめきが走った。さらに女官たちの間からは「おかわいそうな王妃様」というすすり泣く声が漏れてくる。
なにをぬかす! おかわいそうなのは結婚して以来、王冠をかぶった「財布」扱いされてきた僕のほうだ!
僕が女官たちに無言の抗議をしていると、ブルーク隊長が吐息まじりに声を向けてきた。
「そうですか……しかし、残念ながらこれで王妃様が誘拐されたこと、犯行が盗賊ジアドスの犯行であることが確定したわけであります、陛下」
そうだ、これはいったいどういうことだ?
僕は書いた憶えなどないのに、どうしてまた脅迫状なんかが届くんだ?
王妃の誘拐も、それが盗賊の犯行ということも、すべてでっちあげの狂言なのに……。
わけがわからず玉座で沈黙していると、それまで階の下で控えていたエドモンドが傍らに歩を進めてきて、
「陛下。よろしければ私にもその脅迫状を拝見させてもらえますか?」
「うん? ああ、かまわないぞ、エドモンド」
僕が脅迫状を渡すと、エドモンドはしばし黙したままその文面に目を通していたのだが、ほどなく蝶番の開閉音にも似た金属質の音が僕の鼓膜を刺激した。
驚いた僕が横を見やると、視線の先でエドモンドがこれまで見たことのない悪鬼のような形相で歯をぎりぎりと噛みならしていたのだ。
「ジ、ジアドスの奴、いったいなにを考えている……!?」
歯ぎしりまじりのその声はごく低く、おそらく本人ですら発声した自覚がないのではと思わせる声だったが、玉座の僕にははっきりと聞こえた。
なにを考えているといっても、なにも考えていないと思うよ。僕は胸の中でエドモンドの疑問に答えた。
なにしろ誘拐は狂言で、ジアドスとかいう盗賊は犯人として名前を使われただけの、まったく無関係な人間なのだから。当のジアドスが事情を知ったら、知らぬうちに王妃誘拐犯にされていることに腰をぬかして驚くんじゃないか。
むろん、そんな真相などエドモンドは知るよしもないわけで、あいかわらず脅迫状を手にしたまま憤怒の態で歯を噛みならしている。
それにしても、こんな激したエドモンドの姿を、僕は今日まで見たことがなかった。
僕が知るエドモンドいう男は、知的で冷静、ナイスミドルのダンディな貴族という世間の評判そのものの男で、いついかなるときでも内なる感情を露わにする人物でない。
そう思っていたのだが、どうやらその認識をあらためる必要があるようだ。まあ、王妃誘拐という前代未聞の事態を前にしては、さすがのダンディ宰相も冷静ではいられないのだろう。
そんなエドモンドを玉座から眺めていると、ふたたびブルーク隊長が声を向けてきた。
「それにしましても、陛下。これからどうなさいますか?」
「ど、どうなさいますかと言われても……」
ふいにブルーク隊長に問われて、僕は返答に窮した。
どうすると言われても、書いた憶えのない脅迫状が届けられて頭の中が激しく混乱しているのに、そんなこと聞かれても正直困る。
いや、それ以前に事件に対処するための憲兵であり、そのためにおたくらは城にいるんじゃないの? それなのに「どうなさいますか?」とは何事だ!
なんだか無性に腹がたってきて、僕はついブルーク隊長を睨みつけてしまった。
向こうもいきなり睨みつけられてびっくりしたのか、困惑げに目をしばたたいた。
「いえ、その、つまり身代金のことにございます。この脅迫状には金貨一万枚を用意しろと書かれてありますが、いかがされるおつもりで?」
「……ああ、そのことか」
僕は得心してうなずいてみせたのだが、またしても怒りと苛立ちがこみあがってきた。
それにしても金貨一万枚とはふざけやがって! ベラボーな要求に、僕は心の底から憤慨せずにはいられなかった。
そうは言っても、誰に怒っていいのかわからないけれど……。
「むろん用意する。王妃様のお命がかかっているのだ。当然であろう」
という声は僕のものではなく、傍らのエドモンドが発したものである。
おもわずギョッとした視線を僕がその顔に走らせたのは当然であろう。
用意する? 一万枚もの金貨を? あのビッチ王妃のために?
「そうでございますね、陛下?」
一瞬、視線が合うと、エドモンドはそう僕に声を向けてきた。
その強い語調と鋭い目つきは、僕に同意をうながしていた。否、あきらかに要求していた。
おかげで、なぜともなく気圧されてしまった僕は、
「も、もちろんだ。愛しい王妃の命がかかっているのだ。金貨など惜しくはない!」
と、つい口走ってしまったのだが、本音はというとむろん別である。
たとえばエフェミアが誘拐されたというのなら、一万枚どころか百万枚でも払うつもりだが――城をひっくり返してもそんなお金はでてこないが――あのビッチ王妃のために誰がそんな大金払うか。銅貨一枚だって惜しいわ!
だが、そんな僕の本音など知るよしもないエドモンドは心から感心したようで、
「さすがは国王陛下。ご立派にございます。さすれば――」
うやうやしく低頭したのも束の間、エドモンドは階の上でくるりと身体をひるがえし、
「国王陛下の勅命である! いますぐ財政にたずさわるすべての官吏を城に招集し、身代金の準備にとりかからせるのだ!」
吼えるようなエドモンドの宣言に、たちまち広間内がどよめいた。
ことのついでに僕も胸の中でどよめいた。本気ですか、エドモンドさん!?
いや、彼が本気なのはわかっている。なにしろエドモンドは、王妃誘拐が狂言であることを知らないのだから。
くわえて宰相という立場上、王妃の救出に全力を尽くすというのも理解できるのだが、しかし、それにしたってあのビッチのために金貨一万枚を用意するとは、王としても夫としても、なにより事件の首謀者としても承伏しかねる(?)話である。
ま、いいか。どうせ用意するだけで、本当に払うことはないのだし。
「それでは陛下。私は調達の指揮をとりますので、これで失礼させていただきます」
そう言うなりエドモンドは踵を返し、颯爽とした足どりで広間を出ていった。
そんなエドモンドの後ろ姿を僕はぽかんとした態で見つめていた。あのクールなエドモンドにこんなにも「熱い」一面があったとはと、今さらながらに驚いているのである。
そんなエドモンドの「熱さ」に圧倒された人間はもう一人いる。ブルーク隊長だ。
「さすがは明敏と評判の宰相閣下。決断力といい行動力といい、噂にたがわぬ切れ者のようですな」
誰にともなく感嘆の声を漏らしたブルーク隊長は、直後、なぜか今度は苦笑いを漏らし、
「それにしても金貨一万枚とはすごい額ですな。私などはその百分の一でも払うことはできません。たとえ妻が誘拐されたとしても」
「すると、卿は夫人を見殺しにするというのか? それはあまりに酷いだろう」
聞きとがめた僕がやや非難めいた口調で言うと、ブルーク隊長はブルブルと頭を振り、
「とんでもありません。ただ一介の憲兵にはとても払える額ではないというだけです」
そう言うと隊長は深いため息をつき、
「なにしろ、この国の憲兵の俸給は恐ろしいほど安いので……」
おい、それは国王の僕に対する嫌味か?
まあ、役人の安俸給の件はおいとくとして、ともかく問題は新たな脅迫状の出現である。王妃誘拐はでっちあげの狂言なのに まったく訳がわからない。
ただひとつ言えることは、事態が僕が想定していたものとは別の方向へ進んでいるということだ。身に憶えのない脅迫状の出現がそれを証明している。
真相を知っているのは僕とエフェミアだけ。しかし、あの脅迫状を書いたのはどちらでもない。となれば、ほかに書いた人間がいるのだが、いったい誰が書いたというのか。
そして、その人間はどこまで真相を知っているのか? なにが目的なのか?
ああ、考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。なにしろ日頃から体力だけではなく、頭脳のほうもめったに使わない人間なので、この種の考え事は苦手なのである。
とりあえず僕は「すこし休む」とマッサーロに告げて広間を後にし、自分の執務室へと戻った。とにかく一人になって、混乱する頭をすこしでも鎮めたかったのである。
†
謁見の間から一人執務室に戻った僕は、室内におかれた愛用のオットマンチェアーに腰をおろすと、そのまま目を閉じて思案の淵に沈んだ。
もっとも、一番に脳裏をよぎったのは謎の脅迫状のことではなく、エフェミアのことであった。
情けない話、いくら考えても答えが見つかりそうにないので、彼女にすがりたかったのだ。
「まったく、こんなときエフェミアが傍にいてくれたら……」
「お呼びでしょうか?」
「うん、じつは君に相談したいことが……えっ?」
一瞬、僕は頭をあげて部屋の扉に視線を投げた。
そこには、わずかに開いた扉から顔を覗かせているエフェミアがいた。
「い、いたのかい、エフェミア?」
「はい。陛下が青ざめたお顔で広間を出ていくのを見ましたので心配になり、様子をうかがいにまいりました。ちょうど交代で休憩に入りましたので」
「そうか……とりあえずはやく部屋の中に」
そう僕がうながすと、エフェミアは用心深く外の通路に余人の気配がないことを確認してから執務室に入ってきた。
「事情は私も存じております。いったいどういうことなのでしょうか?」
エフェミアの言う「事情」が、謎の脅迫状であることは言うまでもない。僕は頭を振った。
「予にもさっぱりわからない。正直、お手上げだよ」
困惑の態で応じつつ、僕はエフェミアを抱き寄せて優しくキスした。
こんなときに愛人といちゃついている場合じゃないだろう、という意見もあるかもしれないが、まずはこの乱れた思考と心を落ちつかせる必要性を感じたのだ。
となれば、特効薬を処方する必要がある。つまりエフェミアのキスだ。
なにしろエフェミアの唇はどんな栄養薬よりも僕を元気に、かつ活力をあたえてくれるのだ。ならばそれを服用しない手はないでしょう!
キスを終えると、エフェミアは深刻そうな表情で僕に訊いてきた。
「それにしてもいったい、誰があんな偽物の脅迫状を書いたのでしょうか。真相を知るのは陛下と私、二人しかおりませんのに……」
「さあ、皆目見当もつかないな」
「ひょっとして、便乗犯の類ではないでしょうか?」
「便乗犯?」
「はい。騒動に便乗し、身代金をだまし取ろうと何者かが考えたのではないでしょうか。巧くいけば大金を手にすることができ、たとえ失敗に終わっても、すべてはジアドスなる盗賊の仕業にすることができます」
「なるほど、便乗犯か」
僕は感心してうなずいた。
なにしろ彼女の説明はじつに理論的で整合性があり、かつ明快で、僕のような理論派のインテリをも得心させる説得力があったのだ。
「しかし、いったい何者がそんな大それたことを……」
「あくまでもこれは私のカンですが、侍従官、女官、衛兵、とにかく城勤めの人間の中にいるかと思われます」
「なに、城勤めの人間が?」
「そうとしか考えられませんわ。事件を公にしてまだ半日も経っていない現在、事情を知る者は今のところ城の人間のみです。そうなりますと、犯人は必然的に城勤めの人間にしぼられます」
「なるほど、たしかにそのとおりだ」
またしてもエフェミアの理論的で整合性に(以下略)――僕は首肯してみせたが、納得すると同時にふつふつと怒りがこみあがってきた。
「それにしても、おのれぇ、どこの不忠者だ。事件に便乗して予から金貨を巻きあげようとするとは家来の風上にもおけぬ奴。どうしてくれようかぁ!」
僕を本気で怒らせたら怖いんだぞ。本当だぞ。なにしろつい先日には、金使いの荒い強欲なメスのセイウチを一頭、この手で仕留めたんだからな!
「落ちついてください、陛下。感情のままに行動にでたら相手の思うつぼにございます」
「うん、そうだね」
エフェミアにいさめられて、僕はたちどころに冷静さを取り戻した。
この素直なところが僕の長所である。
「それじゃあ、予はどうすればいいんだろう?」
「とにかく、当面は状況を静観し、事態の推移を見守るしかないかと存じます。下手に動けば、それこそかえってやぶ蛇になる恐れもありますから」
「たしかにそうだが……しかし、なんだか歯がゆいな」
「しかたありませんわ。これは正体不明の便乗犯との頭脳戦ですから。先にボロをだしたほうの負けです」
「なるほど、頭脳戦か」
そうなると僕はてんで弱い。腕力勝負はもっと弱いが。
「ともかく、今は堪えてくださいまし、陛下」
「わかった。君がキスしてくれたら、予はどんなことでも堪えられるよ」
「わかりました。それでは……」
エフェミアを抱き寄せ、ふたたび唇をかさねたそのとき――。
「おっと、これはお邪魔でしたかな?」
と、突然、どこからともなく声が聞こえてきた。
僕とエフェミアがはっとして振り向くと、いつの間にか執務室の扉が開いていて、憲兵の装いをした一人の男がニヤニヤ笑いながらそこに立っていたのである。