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オーギュスト14世の優雅なる日常  作者: RYO太郎
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一章  キング・イズ・マーダー その③




 人殺し(マーダー)。嫌な響きの言葉である。

 

 その嫌な言葉で呼ばれる立場になったら自分はどんな風に変わるのか? 


 王妃の殺害を計画したときから、僕はあれこれ頭の中で想像したものである。

 

 罪の重さ耐えきれず精神の均衡を失うのか?

 

 はたまた、とめどない恐怖に身体の震えが止まらなくなるのか?

 

 それとも狂ったような哄笑をあげるのだろうかとさまざまな可能性が脳裏をよぎるたびに、石のごとく固かったはずの王妃殺害の決意もぐらぐらとゆらいだものである。

 

 しかし、実際に事におよんでみると、それはもう意外なほどあっけないものだった。

 

 精神が狂うことも恐怖に身体が震えることもなく、それどころか殺害後も何事もなかったかのように平然としている自分自身に逆に驚いたほどだ。

 

 ともかく、殺害にいたるまでの経緯はこうである。

 

 今宵、久しぶりに夜を一緒に過ごそうとエリーゼを寝所に誘い入れ、そこで用意していた赤白二種類のワインを彼女にすすめた。


 一本は白ワインの最高峰「シャトー・オー・ブリブリン」と、もう一本は赤ワインの王様「ロマネ・コマネチ」である。

 

 どちらのワインにもあらかじめ僕の手で毒が入れてあったのだが、そうとも知らずにエリーゼは自ら選んだ白ワインをぐびぐびと呑み、あっけなく死んでしまった――という展開を僕は想定していたのだが、このロイヤルビッチはとことん亭主の意向に従う気はないらしい。

 

 毒入りワインの一杯を干した次の瞬間。エリーゼの奴は死ぬどころか、まるで石槍を突きたてられた古代象(マンモス)のようなうなり声をあげて暴れだしたので、驚いた僕はあわててエリーゼに馬乗りになって身体を押さえ、口を手でふさぎ、ことのついでに首も絞めてやったのだが、その最中に部屋の呼び鈴が鳴った。僕が胸に痛みを感じるほど驚いた理由がこれでわかってもらえたと思う。

 

 まさか、とっくに就寝したものと思っていた女官長のミランダが、こんな夜中に寝所を訪ねてくるとは予想外であったが、王立学院時代の先生も言っていたように、人生とは予期せぬことで成り立っているのだ。


 何から何まで順調にいくはずもないし、そもそもあの程度のことは支障と呼ぶに値しない。


 実際、エリーゼの殺害は予定どおりに済んだのだし。

 

 とにかく、われながらうまく殺せた。


 祝杯も済ませたことだし、この調子でさっさと後始末にかかろう。

 

 まずは、今夜のうちにこの死体をどこかに隠さなければならない。でないと計画の第二段階に進むことができないのだ。

 

 僕はまずエリーゼの着ているガウンを脱がせにかかった。

 

 思えば結婚当初のエリーゼはまだ自分がうぶな少年だったことを差し引いても、見とれるほどの魅力を備えていた。


 それが三年たった今、あの麗しき肉体は見る影もない。

 

 ぜい肉と脂肪という鎧で完全武装したその身体は、もはや女性の、いや、人間ですらない。まるでトドかセイウチである。


「ええい、くそ。腕が太くて抜けねえ……」

 

 まったく、ガウン一枚脱がせるのもひと苦労である。なんちゅう脂肪だ、ホントに。

 

 こんなトドみたいな女から色目を向けられる近衛隊の連中も気の毒だよな、と、浮気相手の男たちに嫉妬心よりも同情心がこみあがってくる。

 

 やっとの思いで脱がせ終えたとき、またしても呼び鈴の音が聞こえてきた。


「なんだ、ミランダの奴、まだ寝ていなかったのか?」

 

 僕は無視しようと思ったが、先ほど聞いた盗賊の話が気にかかる。

 

 もしかしたら逃亡中の頭目について新しい情報でも入ってきたのかなと思い、しかたなく僕はふたたび寝台を出た。


「誰だ、ミランダか?」


「私です、陛下。マッサーロです!」

 

 いきなり甲高い声が扉越しに返ってきたので、驚いた僕はおもわずひっくり返りそうになった。


「マ、マッサーロか……」


「はい、陛下の忠実な侍従官のマッサーロにございます。緊急にお伝えすることがございましたのでまかりこしました!」


「わ、わかった。今開けるよ」

 

 僕はあわてて扉を開けた。なにしろ奥の寝台には王妃の死体があるのだ。声に驚いて城の人間が集まってきたら大変である。

 

 扉を開けると、にんじん色の髪をした若い男が部屋に入ってきた。


 細身で長身の、鼻のあたりに残るそばかすが印象的な男である。

 

 彼の名はマッサーロといい、城勤めの侍従官の一人で、僕と同じ二十歳である。

 

 僕とマッサーロは王立学院時代に机を並べた学友同士で、その縁で国王専属の侍従官に取り立ててやったのだ。

 

 そのマッサーロだが、自分で言うだけあってたしかに忠実でよく働くし、気もきく男でなにかと重宝しているのだが、ごらんのとおり必要以上に張りきりすぎるところがあって、疲労を感じることもしばしばである。


「まったく、こんな夜中に大声をだすなよ。城の人間が何事かと思って集まってきたらどうするんだ」

 

 僕が強い調子で叱ると、マッサーロは恐縮したように低頭し、


「も、申しわけございません、陛下。つい……」


「まあ、いい。それで、緊急の用事というのはなんだ?」


「はい。じつはつい先刻、ミノー王国の急使が城に到着いたしまして」


「なに、ミノー王国の急使が? こんな夜遅くにか?」


「さようでございます」

 

 僕は眉をひそめた。

 

 ミノー王国は、言わずと知れたエリーゼの祖国だ。

 

 その国が急使を送ってきたというのだ。いったい何事だろうか?


「それで、その急使の目的はなんだ?」


「はい。急使の者が言うには、ミノー王国のドゥーク国王が王妃をともない、わが国に来訪するとのことです。すでに国王夫妻は三日前に本国を発ち、現在は国境の城まで来ているとのことです」 


「な、なに、ミノー国王が!?」


「さようです。詳しくはこれなる書簡に書いてあるとのことです」

 

 マッサーロが一通の書簡を差しだしたので、僕はそれをひったくるように取った。

 

 その書簡には、わがオ・ワーリ王国がミノー国王夫妻を国賓として招待し、盛大な舞踏会を催すことになっていると記されてあった。


「舞踏会だと……?」

 

 僕はあ然とした態でマッサーロを見やり、


「僕は、いや、予はそんな話聞いていないぞ。お前は知っていたか?」


「いえ、私も今知ったしだいで……どうやら王妃様が独断で、しかも密かに計画されていたようです」


「エリーゼが?」


「はい。王妃様におかれましては、日頃から『おぼえたベリーダンスを父上と母上に披露したいわ』とおっしゃられていましたので、おそらくまちがいないかと……」


「エリーゼめ……」

 

 事情を知って、僕は腹の底から怒りをおぼえずにはいられなかった。

 

 まったく、エリーゼの奴。いくら自分の親だからって、亭主の、いや国王の僕にひと言の断りもなく国賓として招待するとはなにごとだ。 

 

 おまけに舞踏会を開いてダンスを披露したいだぁ? 

 

 城の床に穴でも開けるつもりか、あのトド女は!

 

 いや、そんなことは問題じゃないんだ。


 問題なのはエリーゼがミノー国王夫妻を国賓として招待し、なおかつ舞踏会を計画していたということだ。

 

 これが意味することはひとつ。今のエリーゼには「自殺」する動機も理由もまったくないということだ。

 

 これは非常にまずい、まずいぞ!


「あの、陛下。どうかされましたか?」


「……い、いや、なんでもない」

 

 マッサーロの声にわれを取り戻した僕は、正直、これからどうすべきか悩んでいた。

 

 まいった。本当にまいった。これをまいったと言わずしてなにをまいったと言うのか――なんて気どっている場合じゃないんだけど、正直、まいった。

 

 ミノー国王夫妻、つまりエリーゼの両親がわが国にやってくる。そんなことは今回の計画には微塵も考慮していない。

 

 そりゃあ僕だって、予期せぬ事態がすこしは起きるだろうと考えてはいたが、ミノー国王夫妻の急な訪問は、その事態の範囲を大きく逸脱しているものだ。

 

 せめてエリーゼの両親がやってくることを前もって知っていれば、こっちとしても計画を先に延ばすことができたのだが、もうエリーゼを殺してしまったのだ。死んだのだ。もう生き返らないのだ。

 

 こうしている間にもミノー国王夫妻はわが国に迫っている。


 たしか国境近くの城まで来ているとか言っていたから、この国都までの距離を考えても、あと二日か三日ほどでやってくるだろう。

 

 来訪の目的が目的だから「王妃は病気で伏せていますので舞踏会には出られません」なんて言い訳が通るわけがない。


 そもそも国王夫妻を呼びよせたのは、ほかならぬエリーゼ自身なのだから。

 

 かといって、エリーゼがいないことを説明するうまい理由も思いつかない……。


「ええい、畜生め!」


「ど、どうされました、陛下?」

 

 マッサーロの声が聞こえてきたので僕は驚いた。そういや、こいつがいたんだっけ。


「い、いや、なんでもない。とにかく話はわかった。もう下がっていいぞ」


「ははっ。それでは失礼させていただきます」

 

 うやうやしい一礼を残して、マッサーロは執務室から出ていった。

 

 静けさを取り戻した部屋の中で、僕はしばしの時間、ソファーに座ったまま思案の淵に沈んでいた。

 

 まったく世の中というのは、学生時代の恩師の言葉じゃないが、予測できないことだらけだとつくづく思う。その最たる例は、三年前のエリーゼとの結婚だ。

 

 あのハレンチで強欲な女となんぞ結婚さえしなければ、今日、僕みたいな善良な人間がこのような窮地に追いこまれることもなかったのだ。


 まあ「女房殺しが善良な人間か?」という疑問の声も一部にはあるかもしれないが、ここはあえて聞こえないフリをさせてもらう。

 

 とにかく今は愚痴っている場合ではない。


 この難題を解決しなければ、いくら一国の王様といえど先に待っているのは身の破滅だ。

 

 僕がエリーゼを殺したということがミノー側に知られたら、まちがいなく彼らと戦争になるだろう。


 いくらオ・ワーリ王国の上をいく小国とはいえ、国としてのメンツがある。


 たとえ戦争まで発展しなくとも、かわりに、とんでもない額の賠償金を払わされる可能性もある。

 

 そんな不吉な「未来予想図」が脳裏をよぎると、僕はなんだか無性に腹がたってきた。

 

 だいたい、なんであんなビッチ王妃を殺したくらいで、こっちが賠償しなければならないんだ。


 すべては夫であり国王である僕を軽んじ、それこそやりたい放題、散財と色狂いのかぎりをつくしていたエリーゼが悪いんじゃないか。

 

 あのトド女が死んだのは自業自得だし、僕が殺したのはある意味、天の裁きとも言える。

 

 もっとも、そんな屁理屈が通らないことは楽天家を自認する僕もさすがに承知しているので、もっと建設的な答えを見出すべく僕はさらに思案した。

 

 すると、またしても呼び鈴の音が僕の鼓膜を打った。


 またぞろマッサーロの奴が言い忘れたことでもあって戻ってきたのだろうか?

 

 ともかく僕はソファーから立ちあがり、扉の前に歩を進めた。


 それにしても訪問者の多い夜だな、今夜は……。







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