一章 キング・イズ・マーダー その②
僕の名前はオーギュストという。
正式な名前は、オ・ワーリ王国第十四代国王オーギュスト・ラ・ルース・フィリップ・ド・ウル・ウォダー十四世である。
オーギュスト・ラ・ルース・フィリップまでがファーストネームで、ド・ウルというのは王族をあらわすミドルネームみたいなもので、そしてウォダーがファミリーネームであるのだが、ともかくこんな長ったらしい名前、自分でも口にする気になれない。
しかも長いだけならまだしも亡くなった父も、そればかりか祖父も曽祖父も、というよりわがウォダー家の跡取り男子は皆、オーギュスト・ラ・ルース・フィリップという名前ばかりなのだ。
ウォダー王家は僕で十四代を数えるが、例外はこれまで一人としていない。
これは国を興した初代国王のオーギュスト・ラ・ルース・フィリップ一世が、
「どうせ陛下とか殿下としか呼ばれないのだから、名前なんぞ一緒でもかまわん」
という理由で、ウォダー家の長子は代々同じ名前が蹈襲されているのだが、よくよく考えるといいかげんな話だと思う。国民の間で笑い話の種にならないのが不思議なくらいだ。
なので、僕自身はこのくだらない踏襲は僕の代で廃止しようとひそかに決意しているのだ。
将来、僕に男の子が生まれたときはカルマンとアドニアスとか、どこか勇壮な響きのある名前を考えているし、ちなみに女の子だったらフランソワーズとかエマニュエルとか、品があって可愛らしい名前がいいなあなんて考えていたりするわけである。
ま、将来のことはさておくとして、あらためて言うが僕は王様である。
わがウォダー家が治めるこの国――オ・ワーリ王国は、亜大陸のはるか東の海に浮かぶ島「ジパング島」内に散在する国のひとつで、この小さな島にはほかにも百近い国々がひしめいているのだ。
かつてこの島にはジパング帝国という統一王朝が栄え、千年以上にもわたって島を支配していたのだが、皇位継承をめぐる争いというありがちな騒動を端に対立→抗争→分裂という亡国へのパターンを突き進み、やがて消滅というお決まりの結末を迎えた。二百年前のことである。
以後、この島は帝国の滅亡によって生まれた小国が乱立する状況が今も続いているのだ。
むろん、わがオ・ワーリ王国もその過程で誕生した国のひとつである。
国民の数は五十万人をわずかに超えるていどの小さな国で、国を守る騎士団の数は二千人ほどしかおらず、大軍をもつ大国や野心的な強国に攻められたらひとたまりもない文字どおりの小国であるが、幸いなことに領土を接する近隣の国々、というより島内に存在するほとんどの国がわが国とどっこいどっこいの中小の国々ばかりなので、その種の心配はしなくてすんでいる。
さて、そのオ・ワーリ王国の王様である僕だが、まあ、取り立てて言うほどのことはない。
今年で二十歳になり、先代の王、つまり父親の跡を継いで即位して三年になる。
ずいぶん若い王様だなと思うかもしれないが、これはしょうがない。
僕が十七歳の時、両親は羊肉料理の中毒で死んでしまったのだ。
小さな国とはいえ、王がいなければ王国として様にならない。というわけで一人息子の僕が急遽、新しい国王として即位したのである。
それは別にいいのだが、当時の僕はまだ独身で――十七歳の少年なのだから当然といえば当然なのだが、ともかく頭の古い家臣の中には、
「国には王、王には王妃がいなければ様にならん。すぐに妃を迎え入れるべきだ」
などと余計なことを言う輩がいたものだから、あと十年は気楽な独身貴族を楽しもうと思っていた僕の計画は狂い、したくもない婚姻を無理やりさせられたのである。
王妃候補として紹介された(というより押しつけられた)のは、わが国の北に位置する隣国であるミノー王国という、ちっぽけな国として定評を得ている(?)わがオ・ワーリ王国よりもさらにちっぽけな小国の王女で、名をエリーゼという。
そこの王様の三女だか四女とかで、僕より十歳も年上のいわゆる姉さん女房というやつだ。
どうせ体裁をとりつくろうための名目上の王妃だし、ひな壇のお人形様よろしく、王妃の椅子に飾っておけばいいやと思った僕は、勧められるままに彼女と結婚したのだが、これがお飾りの人形どころかとんでもない「ロイヤルビッチ」だった。
なにが酷いかって、とにかく金づかいが荒い。
まるでお金に恨みでもあるかのようにそれはもう使いまくる。
倉庫の中のワインコレクションなどはその一端で、ほかにもドレス、宝石、香水、靴と、散財の対象は多岐にわたる。
もっとも、それだけならまだ僕も許容できる。
王妃たるもの常に美しく着飾り、威厳を保たなければならないといわれれば「まあ、そうだな」と納得するしかない。
ところが、この年増のロイヤルビッチはそれだけではないのだ。
なんと一国の王妃のくせに「飲む」「買う」どころか、「打つ」まで加えた三拍子を見事にそろえていやがったのである。
城の中に勝手に造らせたプライベートカジノ場に知人の貴婦人たちを呼び集めては、高級なワインを水のようにぐびぐびと飲みながら、夜な夜な大金とびかうギャンブル三昧。
それだけでも噴飯ものなのに、このギャンブル狂のアル中女は王妃という立場を利用して、国内からハンサムな男ばかりを集めて王妃専属の近衛隊を組織させ、自分の傍に彼らをはべらせて悦に浸るというハレンチな真似までしていたのだ。まったく「酒好き」「博打好き」にくわえて「男好き」ときては、もはや救いようがない。
そんなビッチ王妃と、なぜ離婚もせずに三年も夫婦生活を続けているかというと、むろんこれには理由がある。
じつは王妃として迎え入れる際に、両国間で交わした婚姻誓約書に、
「離婚した場合、全財産の半分を王妃に譲渡する」
という、とんでもない一文が記されてあったのだ。
それも虫眼鏡でも使わなきゃとても読めそうにないほどの極小の文字で、しかも紙上の端っこの方に!
これじゃあ、こっちに非がなくても離婚を切りだしたら最後、王妃にウォダー家の財産の半分を持っていかれてしまう。
あんなビッチに財産の半分を? 冗談じゃない!
かといって誓約書にサインをして結婚してしまった以上、もはや何を言っても後の祭りであり、かくして僕とエリーゼとの仮面夫婦生活は結婚より三年間、ゆらぐことなく続いていたのである……。
さて、自己紹介とプライベート事情の説明はこのくらいにしておいて、そろそろ次なる「仕事」に着手するとしよう。
グラスを満たすワインをじっと見つめながら僕は考える。
国王とはいえ、宰相をはじめとする家臣に国政を丸投げし、ふだん仕事らしい仕事をほとんどしていない身にとっては、これから手がける「仕事」はまさに大仕事である。
やらなければならないこと山積みしている上、時間もそうあるわけではない。
すくなくとも夜明けまでには終わらせなければならないのだ。
僕はソファーから立ちあがり、そのまま寝台に向かった。
そしてその前で足を止めるとひとつ息を吐きだし、寝台をおおう絹のカーテンをゆっくりと開けて中を覗きこんだ。
天蓋付きの豪奢な寝台の上で、僕の妻である王妃エリーゼは横になっていた。
両目をカッと大きく見開いたまま、口からは泡のようなものを吹きださせ、身じろぎひとつせずシーツの上に仰向けになっている。
身に着けているガウンは乱れ、胸もとや太股が露わになっているが、本人は直そうともしないでいる。しかし、夫である僕を誘惑しているわけではないことはわかる。
なぜかって? そりゃわかるさ。
だって、ついさっき。僕がこの手で殺したのだから。