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オーギュスト14世の優雅なる日常  作者: RYO太郎
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三章  ライツ・オブ・ザ・ケース その③





「はぁ?」

 

 僕はこの日四度目となる間のぬけた反応を見せてしまった。

 

 しかし、人間(以下略、略、略!)


「な、なにを言っているんだ、ミランダ。彼女はな……」


「ご自身の愛人と陛下はおっしゃりたいのでしょうが、残念ながらそうではありません。この者はエドモンド卿の命によって陛下に近づき、形ばかりは愛人のフリをしていたのです。その目的は陛下の動向をより正確に把握するためです。殺害を成功させるために」

 

 僕は心の底から鼻で笑ってやった。


「なにをバカなことを。そんなわけないだろう、なあ、エフェミア?」

 

 だが声をふった先で、エフェミアはうつむいたまま押し黙っている。……あれ? 

 

 そんなエフェミアを僕は黙して見つめていたのだが、ある種の確信が胸の中を満たすと、たちまちとめどない震えが全身を襲った。


「う、嘘だろ、エフェミア……なあ、嘘だって言ってくれないか?」

 

 だがエフェミアは、あいかわらずうつむいたまま押し黙っている。

 

 これじゃ「いいえ、本当です」と認めているようなもんだ。

 

 底知れない驚きと困惑に僕自身も発すべき言葉を見失い、沈黙していると、ふたたびミランダが口を開いた。


「エフェミア。そなたの知っていることを、なにもかも陛下にお話してあげなさい」


「はい、わかりました、ミランダ様」

 

 エフェミアは顔をあげ、秘めたる真実を語りだした。

 

 正直、事件の真相だの秘めたる真実など、僕にはもうどうでもよくなっていたのだが、エフェミアが語りたいというならとにかく聞いてみよう。


「これはエドモンド卿より聞いたことなのですが、当初は陛下の毎日の食事に微量の毒を混ぜ、徐々に衰弱させて死に至らしめるという方法を検討していたようですが、王妃様が反対されて結局、刺客を雇い入れて暗殺する方法となりました。王妃様曰く『それでは時間がかかりすぎる。あんな男、さっさと殺して気楽になりたいわ』という理由で……」


「あ、あのビッチめ……!」

 

 まったくなんて女だ。僕は底知れない怒りに歯を噛みしめた。

 

 ほんと、先に殺しておいてよかったとつくづく思う。でないと、こちらが殺されていたかもしれないのだ。


「ともかく計画が定まると、エドモンド卿の手の者があのジアドスと接触し、この国に呼びよせました。あとは陛下がいずこかへ行幸に赴かれるか、もしくは狩猟に出かけたところをあの者が弓矢で射殺す手はずになっていました。ところが、その計画を実行に移すよりもはやく、エドモンド卿にとって予想外の事態が生じます。王妃様の誘拐です」


「そ、そうか、時間的にはそのあたりになるのか」


「はい。もちろんエドモンド卿は王妃様が死んだことも、誘拐が狂言であることも知りません。あくまでも賊に誘拐されたのだと信じていました。もっとも、驚愕したことにちがいはありませんが」


「そうだろうな。なにしろ予を殺すために呼びよせたはずの刺客が、どういうわけか国を乗っ取るために必要不可欠なエリーゼを誘拐したんだからな」


「はい、それはもう大変な狼狽ぶりでした」

 

 エフェミアがくすりと笑った。

 

 ああ、やっぱり彼女の笑顔は素敵だ……なんて呑気なこと言っている場合ではない。

 

 エフェミアの話の中に、僕はとてつもない疑問を見つけた。


「でも、ちょっと待ってくれ。君はエドモンドの愛……仲間だったんだろう? なのにどうして予が王妃を近習の騎士と心中に見せかけて殺すことにしたとき、なぜ君は反対しなかったんだ。王妃に死なれてはエドモンドの計画は無に帰する。エドモンドに伝えて阻止することもできたんじゃないか?」


「それはエドモンド卿に考え直してほしかったからです」


「考え直す?」


「そうです。王妃様さえ亡き者にすれば、エドモンド卿も王国の乗っ取りという大それたことを考え直してくれるのではと思ったのです。ミランダ様がお話になられたとおり、王妃様を傀儡の女王に仕立て、自らは摂政として権勢を振るう。それがエドモンド卿の計画にございます。逆に考えれば、王妃様さえいなくなればエドモンド卿の計画は破綻します。そう考えた私は陛下の計画にすすんで加担しました。けっして陛下の後妻におさまりたいとか、王妃になりたいとか、そういう理由からではありません」


 ……く、苦しいぃぃ、息ができねえぇぇーっ!


 底知れない失意に僕はあやうく呼吸困難におちいりかけたが、それでもどうにかこうにか呼吸をととのえるとふたたびエフェミアに問うた。


「そ、それで、それから君はどういう行動にでたんだ?」


「はい。王妃様が死に、あとは相手に選んだ近習の騎士も害し、心中に見せかけて二人の遺体を適当な場所に遺棄するだけでした。このことは陛下もご承知でございますね?」


「うん、それで?」


「ところが、今度は私たちにとって予期せぬ事態が起こりました。ミノー国王夫妻のわが国への突然の訪問です」


「そうか、それで計画が狂ったんだよな!」

 

 正直、ミノー国王夫妻のことなど、今の今まですっかり忘れていた。

 

 最初の報告から二日が経ったから、そろそろこの国都に着く頃だろうか。

 

 まあ、どうでもいいか。エリーゼも死んだことだし、これを機にかの国ともすっぱり縁切りしてやる。


「心中に見せかける計画が不可能となり、かといって王妃様はすでに害してしまいました。もう後戻りはできません。私は必死に考えました。エドモンド卿に考えをあらためさせ、なおかつこの窮地から脱する方法を」


「それが狂言誘拐だったんだね」


「さようです。あとは頃合いをみはからい、王妃様のご遺体を適当な場所で発見させ、その罪をジアドスに着せる。それですべてが解決するはずでしたが、またしても予想外の事態が起きます。ジアドスの捕縛です」


「なるほど。君にとっても奴の捕縛は予想外だったというわけか」


「はい。私にとってはたしかに誤算でしたが、この捕縛の一報を喜ぶ者が一人だけおりました。エドモンド卿です」


「どうしてエドモンドが?」


「エドモンド卿は王妃様が死んだことも、誘拐が狂言であることも知りません。そこにジアドス捕縛の一報です。彼にしてみれば絶好の機会と判断したのでしょう。あの男に直接、王妃様の解放と陛下の殺害を頼む機会であると」


「なるほど……」


「そして、捕縛の翌日のことです。エドモンド卿は朝早く城にやってくると、ひそかに地下牢に行き、牢の番をしていた憲兵たちに睡眠薬入りの食事を差し入れするとともに、尋問と称してジアドスに接触しました。そのとき、ひそかに牢の合い鍵を渡し、憲兵が眠りこんだ隙に脱出するように言ったのです」


「それがジアドスが地下牢から逃げだせた理由なんだな」


「さようにございます。その後、城中にある自分の執務室にジアドスをかくまうとともに、逃がしてやるかわりに王妃様の解放と陛下の殺害をあの男に命じたのです」


「それもエドモンドから聞いたのかい?」


「いいえ、見ていたのです」


「えっ、見ていた?」


「はい。あのとき私はエドモンド卿に呼ばれて、執務室に敷設されている彼の寝室にいました。呼ぶまでそこで待っているように言われていたからです。ところが、しばらくそこで待っていると、執務室のほうから言い争う声が聞こえてきました。私は不審に思い、扉の隙間からそっと室内を覗きこみました。すると……」


「すると?」


「ジアドスが部屋にあったナイフでエドモンド卿を刺し殺し、そればかりか首まで切断したのです……」

 

 そう言うとエフェミアは沈黙し、その目端から大粒の涙が流れ落ちた。愛人の無惨な死を思いだしてつらいのだろう。

 

 もっとも、それ以上に悲しくてつらくて泣きたい気分なのは、エフェミアのそんな姿を間近で見せられている僕のほうなんだけどね。


「あとは陛下もご承知のとおりの騒動です」


「ようやくわかったぞ。あのときジアドスが口走った〈仕事が残っている〉というのは、予を殺すことだったんだな」


「さようにございます」

 

 涙をふきながらエフェミアはうなずき、


「あの騒動の折、ジアドスが所持していたあの弩も、陛下を殺害させるためにエドモンド卿が用意したものにございます」


「そうだったのか……それにしても、なぜジアドスは地下牢から出してくれたエドモンドを殺したんだ。まして奴にとっては雇い主だろうに」


「こればかりは私にもわかりかねます。やってもいない王妃様の誘拐をエドモンド卿に詰問されて怒ったのか。それとも憲兵に捕まったのはエドモンド卿が裏切ったからだと誤解したからなのか。はたまた陛下殺害における報酬の額でもめたのか。当の二人が死んだ今となっては、確かめる術はございません」

 

 そういえばあの男。死ぬ間際に「最後に派手なことをして死にたかった」とかなんとか口にしていたな。

 

 とすると、エドモンドの殺害もその後の騒動も、たんに死期が迫っての自暴自棄の犯行のような気がする。まあ、もうどうでもいいことだが。

 

 ひとつ息を吐いて、僕はミランダに向き直った。


「で、ミランダ。最後に届いた脅迫状も、むろんお前が書いたものなんだろう?」


「さようにございます。まだ計画の途中なのにジアドスが死んでしまい、私もこの先どのようにして幕引きをはかるか頭を悩ませましたが、架空の共犯者をつくることで終幕への筋書きをあらたに考えました」


「なるほど、わかったぞ。脅迫状で憲兵隊や騎士団を引き渡し場所に向かわせ、おそらくは事前にミックとキースに運ばせておいたエリーゼの死体を、そこで連中に発見させる。そこには当然、犯人の姿はない。結局、事件は王妃の殺害と犯人の逃走という最悪の結果で幕が降りる、ということだな。よくも考えたもんだ」


「恐縮にございます。そろそろ現地に向かった憲兵隊と騎士団が、廃屋に隠した王妃様のご遺体を見つける頃でしょう。そうなればこの事件もようやく終幕を迎えることができます」

 

 そう言うとミランダはソファーから立ちあがり、ミックとキースを連れて執務室から出ていこうとしたので、僕はあわてて声を投げた。


「お、おい、どこに行くつもりだ?」


「私の話は済みました。あとは二人でゆっくりとお話になられてください。それでは……」

 

 うやうやしい一礼を残して、ミランダ、ミック、キースの三人は執務室から出ていった。


 


   

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