三章 ライツ・オブ・ザ・ケース その②
「待て、ひとつ疑問がある。お前は彼らの陰謀をどうやって知ったんだ?」
「あれはまったくの偶然でございました」
「偶然?」
「はい。あれは陛下が地方に行幸にお出になられ、城を離れていた一日のことにございます。その日の夜、私はワイン倉庫に保管されているワインの種類や数をチェックし、その補充をするために深夜倉庫に入り調べておりました。そのときです。ふいに寝所のほうから人の気配がしました。王妃様が寝所に入られたと思ったのですが、部屋にはもう一人おられました。エドモンド卿です」
「エドモンドが寝所に?」
「はい。そしてあろうことか、王妃様とご一緒に寝台に入られたのです。そこから先のことはあえて申しませんが、そのときです。お二人が深い関係であったことを知ったのは」
「なるほど……」
ミランダの説明に僕は得心し、ことのついでにエドモンドとエリーゼの「オトナの体話」を想像しようとしたが、すぐに思いとどまった。
想像したら最後、おそらく三日は食欲が失せる気がしたからだ。
僕は小さく息を吐きだし、話題を変えた。
「それにしても、お前がワインの補充をしていたとは知らなかったな」
すると、ミランダは可笑しげに微笑し、
「私が管理や補充をしなければ、倉庫内のワインは一月ともたずに無くなり、室内にはあちこちに蜘蛛の巣が生じることでしょう。失礼ながら陛下と王妃様はお飲みになるのはご熱心ですが、それ以外のことには思いがいたらぬようですから」
言われてみれば、たしかにワイン倉庫の中はいつも清潔で、かつワイン瓶は隙間なく整然と陳列されてある。
僕は無頓着な性格で、たしかにワインを飲むことには熱心だが、にもかかわらずワイン瓶がいつも隙間なく棚に陳列されていることに、なんの疑問ももたなかった。てっきりエリーゼの奴が、買いそろえていたものと思っていたのだ。
しかし、よくよく考えてみれば僕以上に横着者のエリーゼが、そんな面倒なことを率先してするはずがない。
「それにしても、予が不在なのによく倉庫に入れたな。エリーゼから鍵を借りたのか?」
「いいえ、陛下からです」
「えっ、予が?」
驚く僕に、ミランダが微笑まじりにうなずく。
「お忘れですか。以前、自分がなくしたとき困るから、お前も持っていてくれと陛下が私に合い鍵をお渡しになられたことを」
「えっ、そうだっけ?」
言われてみれば、たしかに渡したような記憶がないこともない。まあ、ミランダがそう言うのならおそらく渡したのであろう……いや、ちょっと待て!
僕は一瞬、背筋に氷がすべり落ちるような感覚をおぼえた。
僕はミランダに合い鍵を渡し、ミランダはその鍵を使って倉庫の管理とワインの補充をおこなっている。それはつまり、ミランダはこれまでも自由に倉庫に出入りしていたことを意味する。ということは……。
僕は生唾をのみこみ、おそるおそるミランダに訊ねた。
「も、もしかして、倉庫内に隠していたエリーゼの死体をお前は……?」
「はい、見ました」
激しく動揺する僕とは対照的に、ミランダは平然としていた。
「あれは、陛下が謁見の間に足を運ばれていたときのことにございます。いつものようにワインの補充をすべく倉庫に入ったとき、王妃様のご遺体を見つけました。胆力にはすぐれていることを自負する私ですが、さすがにあのときは心臓が止まる思いでございました」
そりゃそうだろうと僕は思った。
誘拐されたはずの王妃が死体となって床に転がっていれば、誰だって驚くだろう。
「そのときすぐにわかりました。陛下が王妃様を害したということを。そして、誘拐事件が狂言であることを……」
ひとつ息をついて、ミランダは語をつないだ。
「陛下と王妃様の生活を間近で見ていた私には、いずれこのような日が来るのではないかと心のどこかで思うてはおりましたが、いざ実際に目の当たりにすると、さすがにショックでございました」
発する言葉もなく僕が押し黙っていると、ミランダがさらに続けた。
「しかしながら、害してしまった以上はもはや死者が生き返るはずもなく、かといって陛下を罪人にするわけにもまいりません。私なりに悩んだ末、陛下の狂言誘拐を陰ながら支えることを決意したしだいにございます」
「陰で支える?」
「はい。まずは帰国したばかりのミックとキースを城に呼び、事情を話して今後の対応策を講じました。まずは王妃様のご遺体をひそかに倉庫から運びだし、いったん私どもの屋敷に隠すことにしました。その際、二人には偽の脅迫状を渡し、あたかもジアドスから送りつけられたように偽装したのです」
「な、なんだって! じゃあ、あの脅迫状は……?」
「はい、私が書いたものです」
「ミランダが!?」
どうして、という問いかけを僕がするよりも早く、ミランダが事情をあかす。
「先にも申しましたが、私は陛下の狂言誘拐を陰ながら支えることにいたしました。代々ウォダー家に仕えてきた者として、王家から罪人をだすことを看過するわけにはいかないからです。ところが……」
「ところが?」
「ところが陛下のお書きになられた最初の脅迫状には、身代金を要求しているにもかかわらず額の記載がありませんでした。これでは見る者が見れば疑われてしまう。私はそのことを危惧し、補足の意味をこめて偽の脅迫状をしたため、あたかも賊から送られてきたように偽装したのです。指輪や頭髪を脅迫状に添えたのも、手紙の信憑性を高めるためにございます」
そういえば、たしかに身代金の額に関する文言を書き忘れたような気がする。
たしかに身代金を要求しておいて、その額を書いていないのも変な話である。
「あとは時間と機会をみはからい、運び出した王妃様のご遺体をどこかの森の中で発見させて事件に幕引きをはかるだけでございました。しかし、それよりも早く予想外の出来事が起きてしまいました。ジアドスの捕縛です」
「そ、そうか、奴の捕縛はお前にとっても誤算だったのだな?」
「はい。ジアドスが捕縛されて私は狼狽しました。当然でしょう。王妃様は非道にも殺され、賊には逃げられてしまったという幕引きを考えていたのに、その賊が捕らえられては幕引きまでの筋書きが狂うだけではなく、誘拐じたいが狂言であることも知られてしまうかもしれません。幸い、あの男の言葉に耳を貸す者がいなかったので助かりましたが……」
ミランダはひと息つくと、さらに後をつないだ。
「それでも事件に終幕を降ろすには、ジアドスにこのまま城にいられては困る。迷いましたがあの男を地下牢から逃がすことを私は決意しました」
「な、なんだってぇ!?」
とんでもないミランダの告白に僕は仰天し、目玉をひんむいた。
「じゃあ、ジアドスが地下牢から逃げたのは、お前の手引きによるものなのか?」
「いいえ、ちがいます」
一瞬、僕はあやうくソファーからずり落ちるところだった。どっちなんだよ、おい!
「さすがにそれは許されないことと判断し、思いとどまりました」
「じゃあ、誰が奴を地下牢から逃がしたんだ?」
「あれはエドモンド卿ですわ」
そう言ったのは、それまで沈黙を守っていたエフェミアである。
「エドモンドが? どうして?」
「むろん、あの男に陛下を殺させるためですわ」
「予を殺す!?」
僕は驚いたが、考えてみれば王妃と結託して僕の殺害を企んでいたんだっけ。
もう、いろいろなことがありすぎて、僕の頭じゃ消化しきれないよ、ほんと。
「ミランダ様がお話になられたとおり、宰相エドモンド卿は王妃様と共謀し、陛下の殺害を企てていました。その刺客としてエドモンド卿が雇い入れたのが、あのジアドスだったのです」
「すると、ジアドスがこの国に逃れてきたというのは?」
「はい。エドモンド卿による手引きにございます。陛下を害させるために」
「なるほど、そういう裏があったのか……」
それはそれで納得できるのだが、どうにも腑に落ちない点がひとつある。
「それにしてもエフェミア。どうしてそんな詳細なことまで君が知っているんだ?」
「そ、それは……」
口ごもったエフェミアにかわり、ミランダが答えた。
「この者はエドモンド卿の愛人だったのですよ、陛下」




