三章 ライツ・オブ・ザ・ケース その①
「いったいどういうことだ、エフェミア? 予にもわかるように話してくれ」
そう僕が繰り返し質しても、相対するようにソファーに座るエフェミアはうつむいたまま押し黙っている。
かわりに隣に座るミランダが静かに語りだした。
「そもそもの発端は、このミランダが宰相エドモンド卿の不逞な謀略を知ってしまったときまでさかのぼります」
「エドモンドの謀略? なんだそれは?」
「じつはエドモンド卿は、陛下、あなた様を害してオ・ワーリ王国の権力、すなわち王権を奪おうと画策していたのです」
「はぁ?」
僕はおもわず間のぬけた反応を見せてしまった。
しかし人間、あまりに突飛なことを突然言われたら、誰しも間のぬけた反応しか見せられないと思う。それくらいミランダの言葉は突飛すぎたのだ。
「エドモンドが予を殺そうとしていただと? なにをバカなことを……」
そう僕は鼻で笑い飛ばしたのだが、視線の先のミランダの表情は真剣そのものである。
「信じられぬことはもっともにございます。しかしながら真実なのでございます」
「だいたい予を殺したところで、エドモンドが王位に就けるわけないだろう。いくら宰相とはいえ家来でしかないんだからさ」
「なるほど、たしかにエドモンド卿は一家来。たとえ陛下を害したところで王位に就くことはかなわないません。しかし、その陰謀に加担する人間がいたらどうでしょう。陛下亡き後、王位に就く資格をもつ者が共犯者であれば……」
「共犯者? いったい誰のことだ?」
「エリーゼ王妃様にございます」
「はぁ?」
僕はまたしても間のぬけた反応を見せてしまった。
しかし人間、あまりに突飛なことを突然言われたら、誰しも……いや、今はグダグダ言っている場合ではない。
「するとなにか? エドモンドが予を殺してエリーゼを国王に、いや、女王に就かせようとしていたというのか?」
「さようにございます。なにしろ陛下には御子がなく、陛下がお亡くなりになれば、当然、次の王位には王妃様がお就きになることになりますゆえ」
「そ、そりゃそうだけど……」
王位継承に関してはたしかにミランダの言うとおりだが、それでも疑問がある。
「それにしたって、なんであの二人が予を殺さなければならないんだ?」
「陛下はご存じなかったでしょうが、じつはエドモンド卿と王妃様は、以前から密通の間柄にありました」
「はぁ?」
僕はまたまた間の抜けた反応をしてしまった。
しかし人間、あまりに突飛なことを突然言われたら(以下略)。
「み、密通って……それってつまり、男女の関係ってこと?」
「さようです」
うなずくミランダを、僕は発すべき言葉もなく呆然と見つめた。
あのナイスミドルを絵に描いたようなエドモンドが、よりによってあんな脂肪まみれのロイヤルビッチと深い関係にあったと聞いては、驚くなというほうが無理だろう。
「しかし、あのエドモンドがねえ……」
まあ、蓼食う虫も好き好きとはいうけどさ。そう僕は思わずにはいられなかったが、あえて口にはださず、それよりもしみじみと「近過去」に思いをめぐらせた。
なるほど、今にしてみれば思いあたることがいろいろとある。
冷静な性格で知られるはずのエドモンドが、事件発覚後に見せたあの激情した姿。あれはエリーゼに対する愛情の発露であったのか。
彼らしからぬ激情と狼狽の姿も、事情を知った今となっては納得できるが、いや、それにしてもあのエドモンドが、まさかあんな脂肪で完全武装……いや、もう言うまい。
ミランダがひとつ咳払いして語をつないだ。
「エドモンド卿の策謀はこうでございます。まずエドモンド卿が手の者を使い陛下を害する。しかるのち王妃様を女王として即位させ、オ・ワーリ王国の権力を握る。失礼ながら王妃様に国政をとりしきる才はございません。必然的に国政は、エドモンド卿が一手にとりしきることになりましょう」
「今までだってそうじゃないか。即位して以来、予はエドモンドにまかせきりで、国政にはいっさい関わっていないぞ」
自慢げに言うものじゃないと思ったが、事実だからしょうがない。
「エドモンド卿が欲のすくない御仁であれば、それで満足したでしょう。しかし、陛下の即位以来、彼は思ったのでしょう。どうせなら借り物ではない、正真正銘の権力者になってやろうと。おもえば先の国王、すなわち陛下のお父君がご存命であれば、そのような不埒な野心を抱くことはなかったかもしれません。有能で勤勉で、責任感と王者の度量に富んだ才人であり、一国の王として申し分のなかったお父君がご健在であれば……」
そう言って、ミランダは深いため息をついた。
おい、ババア! それはつまり、僕が国王としてはまるで無能で無責任で王者の度量の欠片もないボンクラ国王とでも言いたいのか?
いや、実際そのとおりなんだけどさ。それでも本人が目の前にいるんだから、すこしはオブラードに包んだらどうなのよ。
本音がストレートに伝わってきていますよ、本音が!
「正真正銘の権力というが、具体的に言うと?」
「私が調べたところでは、エドモンド一族の重用とのことでした」
「重用?」
「はい。宰相はもとより、裁判長、騎士団長、憲兵隊長、侍従官長など、それこそありとあらゆる王国の要職に一族の者を就ける算段でございました。現在は国法により一部の名族が要職を占めるようなことはできませんが、エドモンド卿は摂政となり、法を変えてそれを可能にすることを画策しておられたのです。それが実現すれば、文字どおりこの国はエドモンド卿に乗っ取られたことになります」
「…………」
僕は言葉もなかった。
たしかにミランダの言うとおり、国の要職をエドモンドの一族で占められたら、オ・ワーリ王国は彼らに乗っ取られたも同然である。
それにしてもあのエドモンドがそんな大それたことを考えていたとは、説明を聞いた今もなお信じられなかった。
たしかにキザで鼻持ちならない男ではあったが、王妃を寝取ったあげく、まさか国王の殺害まで企てていたとは……。
しかし、こうなるとエリーゼとの関係もなんだか疑わしくなってくる。
オ・ワーリ王国の乗っ取りを画策していたエドモンドにとって、しょせんエリーゼも、その野心達成のための「駒」だったのではないか?
いや、おそらくそうにちがいない。そういうことならあのダンディ宰相が、よりによってぜい肉と脂肪でフル武装したあのトド女と「情事」の関係にあったことも納得でき……いや、もう本当に言うまい。
そのとき、僕はふと心づいてミランダに質した。
「待て、ひとつ疑問がある。お前は彼らの陰謀をどうやって知ったんだ?」




