アラビス本陣①
一方、アラビス軍は拠点に集結し、ケレス軍の動向を斥候兵を送り、監視を続けていた。
だが、真継がケレス軍を鎮圧後、彼らの本陣に向かっているという報を受け、
上層部は大荒れで対応策を話し合った。
彼らの選択が正しかった事は近づく真継に対し、先手を打たなかった事、
そしてこの未知の『力』にどうすべきか決断を下す決断力がなかった事だ。
そんな上層部の事など露知らず、医療テントではこの隙に、負傷者の治療で大慌てだ。
そこに真継の到着よりも早く、逆方向の王都より出発していた早馬がこのテントに到着する。
降り立ったのはこの国の政務官の証である緑の羽根をつけた青年。
彼の名はミヒャエル。ヘレンやノエルと幼馴染で、普段はというより1年前から、ほとんど教会に帰る事なく王宮にて職務に追われている男だ。
まじめ、頑固、融通が利かない、冗談が通じない、常に職務ばかりで、仕事に関係のない人間関係をないがしろにする、まるで感情などなく何が効率的だかだけを考え、相手を手玉に取る事はできても、女性とは冗談一つも交わせない、若いのに心は既に初老、空気が読める癖に、それを少しもいに返さない自己中心的な『つまらない男』と定評のある男だ。
ただ己が努力だけで、正々堂々と、この年で1級政務官にまでのぼりつめた稀有な存在だ。
そんな彼がたまたま役所で目にした戦地に赴いた志願者のリストに、ヘレンの名を見つけ、初めて、私用にて王宮を飛び出していた。
「ヘレン!どこだヘレン!」
ミヒャエルは問答無用で各医療テントを覗いてく。そして3つ目のテントで、顔の殆どを覆われているが、すぐにそれとわかる彼女を見つけた。そして彼女もまた、すぐに彼の声に反応する。
「ミヒャエルくん!久しぶり、ちょっと待っててね」
ヘレンは患者さんを寝かせると、服を脱がし、麻酔も使わずに、周りの軍人に暴れないように、抑えさせ、縫合を始める。
辺りには血の跡があり、隅には遺体が、心がないと揶揄されるミヒャエルは、慈愛に満ちたと評されるヘレンが何の問題もないと言わんばかりに平然と自らの役割をこなす。この環境に耐えきれず、吐きそうになる。
今日来たばかりだというのにヘレンはこの状況に適合し、平常心を保ち作業を続けている。
山場を乗り越え重症患者の治療を軍医に任せ、補佐である彼女は軽傷者治療に戻る。
「よかった無事だったのか」
「ここは本陣の横だから、やられるなら最後だよ」
「頑張っているな、」
「うん、勉強になるわ。これが戦場の医療現場なんだね。先生ん所にいた時とは全然違う」
「って、そうじゃない、ヘレン君はこんなところで何をしているんだ!」
「何をしてるってみての通りよ」
突然患者が吐血し、ヘレンの顔に血がかかる。
「す、すみません」
「気にしないで、それより、普通じゃないわ。どこか内臓を損傷してたり、毒にやられている可能性があるわ、服を脱いで横になって、もう一度傷口を見せて、大丈夫よ心配しないで」
ヘレンは少しもたじろぐことなく、顔の血をぬぐい、笑いかけ患者の治療を続ける。
その状況に耐えかね、話せる状況ではないと判断したミヒャエルは一旦テントを出る。
だが、のんびりしている暇はない、この戦は負け戦だいつ本陣まで敵が来るかわからない。
なんとしてもヘレンだけは連れ帰る。テントを出たミヒャエルは連れ帰る口説き文句を考えながら本陣に目をやると人だかりが出来、ざわつく声が聞こえる。




