教会にて③
ヘレンはノエルの幼馴染で、医者をめざし隣町の町医者で手伝いをしながら、日々医者になるための勉強をしているもう一人のこの家の保護者の立場をとる女性だ。
彼女もまた、他の皆と同じく幼くして両親を亡くし、生きる事に一生懸命でまともに教育も受けていない。そんな彼女は医者になるだけの十分な努力を積み重ね、その根の真面目さから、人一倍、いや人の何十倍も努力し、献身的に務め、町医者からは、十分医者として通用するというお墨付きをもらうほどの腕前と知識を持っている。
だが、彼女はまともな教育を受けていない為、医師になる試験を受ける事も出来ず、努力に見合わぬ報酬で医者並み活躍をしている。しかし、この今やケレスとの国境の間際となったこの村ではまともな治療が出来るだけの道具も薬も手に入らなくなり、さらに彼女が務めていた隣町の町医者の先生も先日ケレスの襲撃の際にその命を奪われ、彼女は生活の糧を失っていた。
それでも子供たちを何とか養わなければいけない。
だからヘレンは以前より軍医補佐に志願していた。軍医補佐の仕事であれば十分な医療行為も行えるし、何より報酬が大きい。命の危険にさらすためにそれは当然の待遇であり、活躍次第では、ここから特例的に医者への道も開ける。
それにもし死んだとしても、しばらくの間子供たちを養えるだけのお金は支払われる。
だから彼女は現在の唯一の戦場にして、戦火が激しさを増す互いの首都と王都の間にあるニルギス平原に赴いていた。
そこは2日前より元フロッカスの軍ではなく、ケレス本国の軍人が本格的に介入したことにより、状況は劣勢を強いられ、敗北が濃厚と言われる戦場だ。
ケレス軍の前での敗北が何を意味するのかヘレンは分からない訳ではなかった。
人を人とも思わぬケレス軍。敗北し捕まれば殺されるか、死ぬまで奴隷以下として扱われるか2つに一つしかない事を分かった上で彼女は戦地へと向かったのだ。
「今朝夜が明ける前よ。予定通り軍の馬車が迎えに来たの。戦況はかなり悪いらしくて、駐屯地は怪我人と死体の山。医療に心得がある者なら、もう、四の五の言っていられる状況ではないそうよ。だから先日、ヘレンに破格の条件で招集がかかった」
「だからってなんで!!」
「仕方ないの、私たちにはもうこうするしかないの!」
皆には黙って、、この事もありノエルは二人が気付きヘレンを追いかけていったのではないかと考え、不安に駆られていたのだ。
もちろん、ノエルだって親友で、唯一といってもいい心の理解者であるヘレンが戦場に行くことに納得したわけじゃない。でも子供たちがつらい思いをしているのにを耐える事も出来ず、軍人相手にノエルがその身を犠牲にして対価を得ようにも、ノエルは極度の大人嫌いでとてもじゃないが無理だし、そんな事はヘレンも望まない。
結局ヘレンに選択肢を潰される形で、行かせるしかなかった、頼るしかなかった。
「ミヒャエル兄ちゃんは!」
「何も知らないわ、ミヒャエル君にはミヒャエル君のやる事がある。
それにこれ以上迷惑をかけられないの。お願い分かって」
「お姉ちゃん。」
辛そうな顔をするノエルの頭をナナイが撫でて慰める、状況を理解しているわけではないが、ノエルが悲しんでいる事は分かる。
その様子を見ていたアルノーはそれ以上何も言えなかった
「嫌だ。そんなの納得できるわけない。そんなのを分かったなんて言いたくない」
だが、代わりにロイズが静かに怒りを堪え切れず、そう呟く。
「真継さん、強いんだよね」
「俺か?あぁ、強ぇぞ。それも尋常じゃなくな」
「だったらケレス軍をやっつけてください」
「もし、俺には関係のない話だ。いやだと言ったら」
「だったら僕に戦う術を教えてください。もしそれもダメなら、あなたを殺してでもその剣で僕がヘレンお姉ちゃんを助けに行きます。それにあなたの金を売れば強い傭兵だって雇える」
「、、、、いい目だ。お前はきっと強くなる。だが、それには今はまだだ。あまりに力が足りない。
一飯の礼だ。俺もこんな小さな子の飯を奪って心苦しいと思っていたところだ。
もし、そのヘレンって人が生きてれば、ここに連れ帰ればいいんだな」
「もし生きてたらって、それじゃまるで死んでいるみたいな言い方じゃないか!」
「保証がないと言ったんだ。今この国は戦をしているんだろう」
「じゃあ、もし、ヘレンお姉ちゃんが死んでいたら」
「決まっている殺したやつの一族郎党皆殺し、それでしまいだ」
これが真継、圧倒的な狂気。そして圧倒的なまでの命の軽さ。
彼は普段人を殺さない。
それはいつどこでだれが、復讐しに来てくれるか分からないからだ。
今殺せばもっと強くなったかもしれない。その可能性を潰してしまう。
今殺せば復讐に取りつかれ、修羅をも凌駕するかもしれない可能性を失ってしまう。
だから殺さない。彼は純粋に戦いを楽しみ、それだけを、彼は純粋な快楽として感じる。
だが、理由はそれだけ。殺す理由があるのなら、それは躊躇いなく殺す。
異国を流れ、瑠璃姫という鎖もなくなったことにより、彼の狂気は既に歯止めがきかない。
瑠璃姫が止めないならば、何を躊躇のかすら分からない。
それが真継という狂気の存在だ。
真継は、預かっていてくれと鎧箱を残し、黄金の具足と黄金の手甲、それに黄金の刀を身に着け、その上から鎧も来ていないのに大きな陣羽織を羽織り、戦場に向かう。
その足取りは地を駆けるという言葉がふさわしく、まるで肉食の獣が短距離獲物を追うかのごとく、鋭敏で、遥かに人知を超えた速度で走っていく、そして周りに人気や民家がなくなった事を確認すると、第六天魔六狂工が一人、絡繰造子或葉作。
『絡繰具足迅飛脚:剛嵐』の力を開放する。
それは地を蹴るたびに加速し、宙でさらに加速し、空を駆けるか如き、
周りの草をなぎ倒し、柔なき巨木をへし折りながら、そして歩きでは1日はかかろうかという道のりをわずか1時間もかからずに走りぬけていく。