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ソリューション

 私は、ミミの手を眺めていた。

 それは、力なくベッドの端で、時おり指だけが折れたり伸びたりしていた。冷たいそれに私の指を絡ませて、胸元へ引き寄せてみる。

 涙が溢れて来た。

 私は、ミミの事を好きだった。いいえ、今でも好きだ。だからこそ心の向け方を変えて継続できる種類の関係を築こうと努力して来たつもりなのだ。

 でも自分に嘘を吐きながら、一緒にいるのは苦しいことだった。ミミの方でも、きっとそれでもいいと、自分を欺きながら過ごしていたのだと思う。ミミの思うように自分を変えることは出来なかったとしても、もう少し気持ちに寄り添うことは出来たはずだ。

 なのに、それをしないばかりか、こんなに傷つけてしまった。

 友人としても最低だ。

 正面から恋をして、それで駄目になったのなら、その時の方が傷つけることは少なかったかもしれない。

 それを、傷つきたくない私の臆病な心が、無難に避けようとした。そんなこと出来るわけもないのに。

 そればかりか私はもしかしたら、ひとを傷つけない『いい人』として自らを認識しておきたかったのではないかしら?

 私は涙を拭い、すっかり気持ちを落ちつけてから、ある決心をした。

 それからしばらくして、目を開いたミミに話しかけた。


「ねぇ、ミミ」

「なぁに?」

「病院を出たら、私の所へ来る?」

「え? どういう意味?」

「ルームメイトとして、一緒に暮らすのよ」

「だって……」

「あなたは、お引っ越ししてからそう間がないし、荷物も多くないのじゃない? 私は、借りている家具が多いから、邪魔ならそれを返してミミのを入れればいいと思うの」

「そうだけど」

「嫌なの?」

「いや、また迷惑を掛けるのかなと思って」

「迷惑……そうじゃないわ。ただ、こんな風に倒れて病院へ連れて来るのは嫌。これから、あなたが元気になるまで一緒にいるの。どう?」

「だけど、そんなことをしたら、ケイが子供を産む相手が探せないでしょう?」

「まだ時間はあるわ。それに、私にとって、あなたは大切な人よ」

「でも僕が男に見えたら、変な評判が立つのは困るでしょう?」

「アパートの御近所は入れ替わりもあるし、気にしなくていいとわかったの。それからね、会社では、みんなに正直にミミの病気のことを話した方がいいと思うのよ」

「え? でも……」

「ミミ、もう、みんな薄々感じているの。誤解されるよりは、はっきり言った方がいいと思うんだけど」

「そうなんだ……」

「事務所の人は、誰もそんなことで態度を変えたりしないわよ。私が保証する」

「わかった」

「社長には、さっき話をしたの」

「何て言ってた?」

「何にも。ただ、ゲイかなと思っていたって。なのに男性には興味がなさそうだとは言っていたわよ」

「バレていたんだね」

「まぁね。でも、本当は隠さない方がいいことなのだと思う。そうでなければ、あなた自身が苦しいでしょう?」

「ずっと隠してたからよくわからないけど、でも社長なら、また困った時にも相談に乗ってもらえる気がする」

「そうね、頼りになる人だもの」

 そこへ、社長が買い物袋を抱えて戻って来た。

「ミミ、君の着替えだよ。数日間は、入院した方がいいそうだから」

「そうですか。すみません」

「まぁ、ちょっと休憩が必要だったということだろう。海外で暮らすのは、楽なことではないからね」

「でも、日本人はフランス人より親切だと思っています」

「そうか。そう思ってもらえて良かったよ」

「本当に、お世話になってすみません。それから、いろいろありがとうございます」

「病気なんだから、気を遣わずに休んでくれよ」

「はい」

「後で先生が説明に来られるそうだが、栄養失調だって? 君は、好き嫌いが多いのかな?」

「そうではないんです。ただ……」

「ミミは、ダイエットをしたかったのだそうで……。実は私、ミミが元気になるまでの間、ルームメイトとして一緒に暮らそうかと思っているのです」

「ルームメイトかい? うーん」

「何か、問題でしょうか?」

「いや、また落ち着いてから相談してみようかと思ったんだけど、パリに支社を作る計画を立てているんだ」

「パリ、ですか?」

「あぁ、それで、ミミに責任者として転勤をお願いしようかと思っている」

「え? 僕にですか?」

「うん。君は語学だけでなく、経営の方面にも向いていると思うんだ。加藤君も賛成していてね」

「いつですか?」

「秋からと思っていたから、準備が整うのは三カ月くらい先かな? いや、でも体調が一番大事だし、健康管理が出来なくちゃ頼めないよ」

「すみません。分かりました。でも……」

「嫌なのかい?」

「そんな事はありません」

「もしも、どうしても嫌なら言っていいんだよ。他にも全くあてがないという訳ではないから」

「いえ、ただ日本を離れるのが淋しい気がして」

「そういうことか。でもきっと、頻繁に行き来してもらうことになると思うよ」

「そうですか?」

「あぁ、そのつもりなんだ。本当は僕が移動出来ればいいんだけど、ちょっと難しいんだよ」

「なるほど」

「実は恥ずかしながら、子供が出来るらしくて」

「まぁ、社長、おめでとうございます。いつですか?」

「年末になりそうなんだ」

「そうでしたか」

「うん、それで、女房が前に流産をしているので、今度は慎重にしたいと言っている。だから、いろいろ面倒を見なくちゃならない」

「なるほど」

「どうかな? ミミ。引き受けてくれるつもりはあるかい?」

「はい、お世話になっていますから。僕、一生懸命頑張ります」

「そうか。じゃまずは、ゆっくり休むこと。いいかな?」

「はい」

「じゃあ、とりあえずケイを連れて事務所に帰るよ」

「分かりました」

「後でまた寄るわ。ゆっくり休むのよ」

「うん、ありがとう」


 点滴を受けているミミを病室に残し、私は社長の車で事務所へ戻った。

 途中、言い難そうに切り出して、社長が話し始めた。

「ミミと一緒に暮らしても大丈夫なの?」

「大丈夫だと思います」

「でも、同情でそういう関係になるんだとしたら良くないと思うよ」

「私もミミが好きなのです。同情ではありません。ただ結婚はできませんし、将来はどうにもならないかもしれないとは思うのですが」

「そうか。厳しい恋愛関係だな」

「まだ恋愛に発展するかどうかもわかりません。私は臆病ですから」

「うん。そうだね。臆病で大胆で……、でも、責任感が強いところが心配だ」

「大丈夫だと思います。いろいろあって、私もかなり大人になりましたから」

「そうか。もしかすると、この恋愛は君にとっていい経験になるかもしれないな」

「そうでしょうか?」

「うん。そうとも思える」

「………」

「まぁ。無理をしないで」

「はい。ありがとうございます」

 私は大事な仕事だけを片付け、早退させてもらうつもりでいたら、先に社長の方から病院へ行くようにと言われた。

 ミミについてのこれまでの状況は、社長が買い物へ出掛ける前に医師に話をしておいてくれたそうだ。

 おかげで一つ、肩の荷が下りた。

 それから必要な物を買い足すようにと、社長から封筒に入れたお金を預かった。


 その夜、病院でミミと話をした。

 ミミのこれからの目標や私の希望など、そして、それには何が必要かというようなことを整理してみた。

 社長がパリに転勤する話を持ち出したので、それまでに体調を整えるということで話がついた。

 ミミは、容姿も含めて女性になりたいという気持ちはあるけれど、どうしても、そうでなければ生きられないと思うほどではないというようにも感じると言った。

 きちんと割り切って答えを出すことが出来たというわけではなかったけれど、それでも少し、ミミの心が落ち着いたように見えた。

 私は安心して、着替えを手伝ってから家に帰った。


 それから数日で食事をすることが出来るようになったので、ミミに退院の許可が出た。

 私はその夜から、ミミを私の部屋に連れて帰ることに決めていた。アパートを整理して、クローゼットとして使っていた部屋に、ミミ用に借りた簡易ベッドを置いた。


 最初の夜は、退院したばかりなので、細く刻んだチキンとフルーツを使ったサラダを作り、食後はミントティーにした。

 ミミが、ゆっくりシャワーを浴びたいと言うので、私はその間に片付けを済ませていた。

「ごめんね。先にシャワーを使っちゃって」

「いいのよ。気にしないで」

 

 私がシャワーから上がると、ミミが「開けちゃった!」と言って、買っておいた赤ワインをグラスに注いでいた。

「ちょっとミミ。もう体は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。それに週末だもん。一杯だけならいいでしょ?」

「そう? 大丈夫ならいいのよ。でも、飲みすぎないでね」

「わかっているよ。ダイエット中は、カロリーが高いからお酒も飲めなかったんだ」

 私は、一緒に乾杯だけをして、髪を乾かすとミミの近くに座った。

 どうやら、雨が降り出したらしい。

「すっかり夏の空だと思ったのに、また雨だ」

 ミミがそう言うので耳をすましてみると、確かに雨の音がする。

「もう梅雨ね」

「あ、そうなんだ」

 私が足を伸ばすと、ミミが膝に寝転んでもいいかと訊いて来た。

 笑って頷くと、ミミが体を寄せ、窮屈そうにひざまくらを使った。

「あのね、テレビで見たんだよ。こういうの。それで、いいなぁって、憧れてたの」

 私はその時、母性に近い愛情を感じていたのだと思う。

 ミミの髪に触ると、それは柔らかく、ふわふわと手に心地よかった。

「ねぇ、今夜だけ一緒に寝かして」

「んー、でもね、ベッドは大きくないし、それに寝返りを打たれると眼が覚めちゃうの」

「僕は、朝まで動かない」

「本当に?」

「うん、約束をする。絶対に動かない」

 ベッドに移ると、私の背中に体を添わせるようにミミがベッドにもぐって来た。

 ミミの吐息が体に当たらないように角度を合わせて、私は目を閉じた。

「ねぇケイ。髪だけ触ってもいい?」

「どうして?」

「寂しいから」

「少しだけよ」

「うん。そうしたら、すぐに眠れると思う」

 ミミは、しばらく私の髪を弄んでいたけれど、本当に寝息を立てて眠ってしまった。

 私の方は、鼓動の速かったのが収まり、背中に温もりを感じながら眠った。

 そして、やっぱりミミのことが好きだと思った。


 翌朝、せっかくの土曜日なのに、まだ雨は続いていた。

「嫌ねぇミミ。また雨よ」

 そう告げるとミミは「北国で雪に閉ざされるカップルは、ロマンチックに時間を過ごすと聞いたよ」と言った。

 そうなのかもしれない。

 ただ、私たちの場合は……。


 その日の午前中にミミのアパートへ行き、すぐに必要なものだけを運んで来た。

 他は引っ越し業者にお願いすることにして、私たちは買い物を済ませてから部屋に戻った。

 すっかり濡れてしまったので、タオルを使っていると、ミミが先にシャワーを浴びるように言った。

 順番を譲ってもらってシャワーを浴び、着替えてドライヤーを使っているところへ、ミミがシャワーから上がって来てビールの栓を抜いた。

「急いで髪を乾かして食事の用意をするわ」と告げると、ミミは「僕がする」と言い、キッチンへ入って行った。

 すっかり髪を乾かしてからキッチンへ行ってみると、ビールを片手にパスタを茹でているミミがいた。

「はい、交代!」と言って、ミミをドライヤーの方へ押しやると、私は料理を続けた。

 サラダをちぎって洗っているところへミミが戻って来て、タコをオリーブで炒め、サラダとの横に添える。

 簡単だけれど、おいしい夕食を楽しんだ。

 片付けも二人なら手早い。さっと食器洗いを終え、ミミが選んで買って来たチーズと赤ワインを手に、灯りを落としたリビングでソファに沈み込んだ。


 それから会話が途切れ、いつものように私がCDプレーヤーに手を伸ばそうとすると、ミミが「しぃっ」と言いながらそれを止めた。

「何?」とミミを振り返ると、「雨の音がBGMなんだ」と言う。

 それから私が持ち上げたワイングラスを、そっと手から剥がし取ると、テーブルの上に置いた。

 半分は、ミミの魔法にかかっていたのかも知れない。でも、もう半分は、魔法にかかろうとしている自分がいるのを感じていた。

 ミミが唇を重ねながら、ガウンの中に滑り込みませた腕で素肌の背中を抱いた。私の動悸が激しくなり、息も荒くなる。ミミの名を呼ぶと、耳元に「しぃっ」と言う声の混じった息がかかった。

 このまま抗うことなく、体を委ねることになりそうだと感じていた。

 そして、何かを確かめたいと思う私もいた。

 ミミが「ジュテーム」を繰り返す。

 私は突然襲って来た嵐に震えながら、小さく叫ぶようにミミの名を呼ぶと、ミミは軽いキスを繰り返しながら耳元で囁いた。

「ケイ。雨の音を聞いてリラックスをして。僕の愛し方は男性とは違うから大丈夫だよ。嫌な感じがしたら、そう言えばいい。そうしたらすぐに止めるから」

「だって、ミミ」

「しいっ、目を閉じて。雨の音を聞いて」

 もう言葉は出て来なかった。肌を重ね合わせたぬくもりと、波の中に呑み込まれて行くように私は深みに沈んで行った。


 こんな感覚は、とうに忘れていた。ミミの愛情を感じたし、私自身も彼を愛していると思う満たされた感じ。

 でも一方で、何か重要なことを欠いているような気もしていた。

 私は、いつも溺れたり流されたりすることを不安に思う。だから、しっかり考えて自分で選ばなければ納得が行かないのかも知れない。それなら、先の結婚の時にも自分の意思で全てを選択し納得して来たかと思い返せば、必ずしもそうではなかった。ただ、先の夫との暮らしでは、一緒に過ごしながら1つずつコマを進めて行く、或いは何かを積み重ねて行くような感覚があった。

 ミミとの関係を考える時、男女間の恋愛のように、それを発展させて将来家庭を築くなどという想像が出来ない。

 未来はない。そしていつかは壊れるという予感に怯えて臆病になっているのかもしれない。だからと言って、先のない恋愛でも後悔はしない、間違ってはいないと思っていた。

 私はこれまで自分の殻を破れなかっただけなのかもしれない。しかし、それを破ったからといって、解決がつくのかどうかも分からなかった。

 それでも心が満たされようとしていることは否定出来ない。

 ミミと一緒にいる時間がとても貴重に思われ、私は幸せを感じていた。


 ミミは薬を止めてから、少しずつ元の体型に戻って行った。

 そして愛し合うようになって以来、以前よりも少し多く、アドバイスを受け容れてくれるようになったように思う。

 いくら細身でも、日本女性用の洋服はなかなかミミには合わず、苦労をしながら男物でアレンジできるものを探した。ミミは女の私よりも、ずっと買い物に熱心で、なかなか妥協しないところが頑固で男っぽいようにも感じられる。


 私は性に対して子供の頃から持っている固定観念のためか、人は必ずどちらかに所属するものだと思っていた。でもミミを見ていると、そうではないように思える。

 これについては、二人で何度も話し合った。

 GID(性同一性障害)というのは、心と体の性が一致しない人たちのことを指す。つまりミミのように体が男性で心が女性、或いは、その反対の現象を自らが受けいれ難い状態なのだ。

 では100%女性であるという精神状態とは、どういうものだろう? 逆に100%男性というのも、よく理解が出来ない。

 男性らしいとか女性らしいという表現があるけれど、それは性によってこうするべきだというように曖昧な既成概念があるだけだ。

 しかし時代と共に世の中が変わって、人の行動パターンも多様化して来ているから、それを基準に考えるのは、もう困難だと思う。いえ、おそらくは昔から、はっきりと区別されている部分と、そうではないフレキシブルな部分があったのかもしれない。


 ミミを見ていると、男性のような心の動かし方をすることがよくある。けれどもそれが、これまで男性として生きて来た癖なのか、或いは自然な行動なのかがよく分からない。そこを区別するのはとても難しいと思う。

 例えばミミには、しっかりとした決断力があるとは思うけれど、それが一般の女性にないというわけではない。

 私はミミが女性らしくしようとする部分に対して、違和感を感じる。どうしても、どこかに不自然さを感じてしまうのだ。

 それなら、あるがままに生きてみるというのはどうだろう。

 体は男だけど心は女のまま、上手く折り合いをつけながら生きては行けないものだろうか。

 ミミは初めの内、答えはNOだと言っていた。それが出来ないから障害なのだと。

 ところが今は、女性のような服装をする、或いは化粧をするだけで心が落ち着くと言う。

 GIDにも症状の軽い人や重い人があるのだそうで、ミミの場合は重くはないのかもしれないと思った。


 以前のミミは、もっと女性に近づきたいという希望を持っていて、いつか性転換の手術を受けると言っていた。私には、何となくそれが社会的に受けいれられやすいかどうかということを、どこかで計算しているようにも見えた。

 つまり男性っぽい女性とか、女性っぽい男性ではなく、はっきり手術をして女性と認めてもらうようになれば、誰にも反論ができないということを理由に手術を考えているようにも感じられて いたのだ。

 これまでの中途半端な状態を一気に片付けてしまうには、いろいろ悩んで努力をするよりも、それが一番の近道だと考えたのかもしれない。


 社会に受けいれられるということは、ミミにとって、自分が他人に好まれ恋愛対象として認められること、そしてパートナーを得るということも大事な条件だ。

 人には一人でいる方が心地よいと感じる人もあるかもしれないけれど、多くの人の場合には、誰かと一緒にいる方が幸せと感じているように思う。だからそれがミミのゴールであっても、決しておかしいとは思わない。

 社長も言うように、ミミは物事の理解力に優れていて、仕事が良くできる。人付き合いも上手にこなすし親切だった。でも今のミミにとっては、そんな評価よりも、一緒に生きるパートナーを得られないということが、深い悩みに見える。

 そして、その視線の先に偶然いたのが、私だったのだろう。


 では、ミミが本当のパートナーに出会うのには、どうすればいいのだろう?

 それには、しっかりとした魅力がなければいけないと思う。

 外見だって大事だ。

 でも、どんなに努力をしても、届かないこともある。

 人には個性があって、いくら自分の好みであっても雑誌のモデルのような体型を持つことは難しいのだから、彼女らの着ている洋服が自分に似合うとは限らないのだ。

 自分の個性を生かして、それを上手に引き立たせることが魅力に繋がると私は思う。


 私たちは、ミミの白い肌と青い目を引き立たせるようなお洒落を研究した。

 目の色よりも鮮やかなブルーを着てしまうと、瞳がくすんで見える。それよりは、反対色や中間色を選んだ方がいいようだ。

 それから肩の張っている体型をカヴァーするのに、細長いラインを作るような洋服を選んだ。べストやスカーフの巻き方も研究し、似合う色を探した。

 ノートには、こうしたメモ書きがたくさん増えて行き、ミミは「僕だけのファッションブックだ」と言って喜んでいた。


 ミミと暮らし始めて一か月が過ぎた。

 ようやく梅雨は上がり本格的な夏がやって来て、この頃のミミは嬉しそうにしている。


「ミミ、ヨーロッパから来ているのに、この暑さが好きなの?」

「おかしいと思う?」

「ううん、そういうわけじゃないけど、日焼けだって、したら火傷のようになって大変なんでしょ?」

「うん。そうなんだけど。ヨーロッパではね、みんなが夏になると日焼けをするためにヴァカンスに出かけるんだよ」

「へぇ、そうなの?」

「うん。ブロンドの髪と茶色の肌が格好いいと思っている女の人も多いんだよ。日焼けサロンというのも、結構たくさんあるの」

「あら。知らなかったわ」

「それで、ミミも日焼けをしたいの?」

「ううん。僕は駄目だと知っているからしないよ。この熱い空気だけで幸せ」

「いやだわ。ミミって、変わってる」


 近頃ミミはご機嫌だった。スカートを穿かなければ女装という感じは免れるので、お化粧こそしなかったものの、ミミはウィークディも中性的なおしゃれを楽しむようになっていた。

 それは恵美子に最初に受け入れられて、社長と加藤にも悪くないという感想をもらった。

 

 毎朝、一緒に起きて、二人で朝食とお弁当の準備をする。それからお互いのファッションを確認し合い、一日交代で運転して出勤した。

 私たちの関係について、会社ではルームメイトという説明をしていた。

 ところがミミは、外出の時や戻って来た時に私の頬にキスをする。それを見ると、恵美子は私にウィンクで合図をして来るし、加藤は照れ笑いをごまかすように下を向いた。

 私は困惑した自分が赤面するのを感じたけれど、ミミの方は「同居者への挨拶ですから」と言い、堂々としている。

 そんな時、社長だけはパリに暮らした経験からか全く動じないでいた。

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