ミミの事情
「ねぇミミ、私はあなたがA市に住んでいるとしか知らないのだけれど、どの辺りなの?」
「海側」
ぷっと私は噴き出した。そういう呼び方は、この地域に住む人特有のものなので、それを外国人が言うのは方言を話すのと同じくらいユニークなのだ。
「そう。あなた、本当に日本に馴染んでいるわよね」
「馴染んでいる……それはなに?」
「あら、知らない? 慣れているっていうこと」
「あ、そうか。馴染んでいる……聞いたことがあるよ」
「で、海側のどの辺り?」
「ブリッジタウンの横」
「あらじゃあ、もうすぐN市よね。タクシーしかないわね。今からじゃ」
「うん、平気。どこかで寝ようと思うから」
「どこかって、どこで?」
「喫茶店とか」
「あら、そんなのダメよ。寒いのに風邪を引くわ」
「でも、何回か寝たことがあるの。だから平気」
「どうして? お金の問題?」
「それもあるけど、今日は帰ってはいけない日だから」
「えっと……ごめん。意味がよく分からないわ」
「金曜日は、帰って来てはいけないと言われている」
「誰に?」
「妻に」
「まぁ! あなた結婚していたの?」
私は驚いた。
ミミが結婚しているなんて、恵美子だって驚くに違いない。彼には、どこにも家庭の匂いを感じさせるものはなかったから。
「うん。だから働けるようになった」
「どういう意味かしら?」
「ちょっとだけ難しい問題なの。ぼくが外国人だから、日本の法律で働いてはいけなかったから」
「なるほど」
「日本に来て、最初に仕事を探したけど、すぐには見つからなかったんだ」
「そうだったの。たしかに難しいかもしれないわね」
「ワーキングビザを取るのには、どこかの会社で働くのが必要らしい。でも、それには会社のお金がかかるから、語学が出来るだけでは雇ってくれるところがなかったの」
「そう。結婚したら配偶者ビザがもらえる訳ね?」
「うん、だから結婚したら働けるようになった」
何だか、こういう言い方をされると嫌な気がした。それは日本人が利用されているように聞こえるからで、ちょっとした愛国心に似た気持ちを抱いていたのだろうと思う。
「じゃあ、ビザを目的に結婚したの?」
「違うよ」
「だって、今、あなたが……」
「妻が、そうしたいと言った」
「それは、あなたの為に?」
「違う。妻はフランス語の先生だから、フランス人と結婚したいと言った」
「あら、そうなの。でも、あなたも結婚したかったのでしょう?」
「うん。だけどぼくは、結婚するのは愛しているからだと思った」
「そうじゃなかったと思うの?」
「妻は、大学の先生になりたいと言うの」
「そう。優秀な人なのね」
「うん。フランス語がとてもよくできる」
「でも結婚は、あなたの事を好きだったからではなかったと言うの?」
「違うと言われた。結婚する前に」
「それなのに、結婚をしたの?」
「他に、ここに居られるいい方法が見つからなかったから」
「あなたは、奥さんの事を愛していたんでしょ?」
「初めは愛していた」
「今は、愛していないの?」
「愛されないのに、愛し続けるのは難しいよ」
「そういうものかも知れないわね。でも、どうして金曜日には帰っはいけないの?」
「妻の彼が来るから」
「まぁ! じゃあ、奥さんは浮気をしているの?」
「浮気じゃないかも」
「じゃ、なに?」
「作戦だと思う」
「作戦って?」
「その人は、大学の先生なの。だから付き合っていると思う」
「もしかしたら、大学の先生になりたいことと関係あるの?」
「そうだと思うよ」
「そんなこと!」
「なに?」
「信じられないという意味」
「ぼくは、嘘をついていないよ」
「いえ、ミミを疑っているわけじゃないのよ」
「でも、信じられないの?」
「そうじゃなくて、『そんなことは、ありえない』という意味なの。分かる?」
「ありえない?」
「つまり、そういう考え方をする人があるとは知らなかった、ということ」
「あぁ、そうなんだ。分かった」
私は、余計な秘密を暴いてしまったと思う。ミミには、かなり気の毒な事をしたかもしれない。何か慰めの言葉を見つけなければと思う。でも次の言葉を見つける前に、電車は私の降りる駅に到着をしてしまった。
少し迷ったけれど、やはり冬空の下にミミを放りだす事は出来ない。そこで素早く決断をした。
「ねぇ。私の家で、もう少し飲む?」
「え? いいのですか?」
「いいわよ。そこだけ敬語で話さなくても」
「ありがとう」
以前なら、こんなことはできなかったかもしれない。いいえ、むしろ夫がいた頃なら、こういう話を分かってくれて、夫自身が問題の適切な処理の方法を見つけ出してくれたような気がする。
もしかすると私は、見知らぬ他人にも親切だった亡夫の真似をしているのかとも思った。
私の住むアパートメントは、以前この地域に多かった外国人用に建てられたもので、つい最近になって引っ越したばかりだ。
先の住まいは住宅街の中でご近所付き合いもあり、面倒な人が少なくなかった。親しく交際出来たのはお隣くらいで、他は挨拶も交わさない人がほとんどの状態だった。ところが夫が亡くなった時、事情は噂や新聞で知っているだろうと思うのに、町内会の班ごとに順番にお悔やみにやって来ては、もっと興味をそそる情報を引き出そうとするかのように、あれこれ尋ねられるのに嫌な思いをした。
そのため全ての人に、寸分違わぬよう同じ話を何度も繰り返さなければならず、それには随分閉口した。あそこで暮らしていては立ち直れなかっただろうと思う。
ここは仮住まいのつもりで借りている。何れは長く住めるところを探そうと思うけれど、何しろ、すぐにでも環境を変えたかったのだ。
アパートの正面から入ると一階からの階段があるけれど、西側にある坂道を下ったところが地下ガレージなので、そこからも階段が短い通路で繋がっていた。駅から登って来ると、この西側の道に辿り着く。
この夜はタクシーに乗ろうと考えていたのが、年末の最終電車で乗客が多かったせいか、いつも利用するタクシー乗り場には順番待ちの長い列が出来ていた。普段から運転手さんはワンメーターの客を嫌がるのか、いい顔をしない。時間は遅かったけれど男性と一緒だから、途中の繁華街を抜ける時に酔っぱらいに出会っても大丈夫だと思い、歩くことにした。
ただアパートに辿り着いた時、真夜中の今はシャッターが下りていて開けると音が響ので、正面へ回った。
教会の向かいにある、ちょっと幅の広い階段を三階まで登る。
五階建てで、残念なことにエレベーターがなかったのだ。けれども各階には住まいが二戸しかない上、殆どの住人は外国人だったし、私の部屋のお向かいは空き家になっていたので気が楽だった。
もしもミミが、翌朝ここから出て行ったとしても、他の住人は私よりも上の階に住む外国人たちの部屋から出て来たと思うのが自然だ。そういう計算もあったので、今夜一晩くらい男性が来ることに問題はなかった。
それでも静かにするのに越したことはない。
全く環境は違うというのに、前の住居での経験が私を慎重にさせていた。
私はミミに、階段をそっと上がるように頼んだ。
部屋に上がってからも、ミミはいつもと同じ表情で、別に下心のある雰囲気でもなく、女友達といるように話が出来たので安心をした。ほっとした途端に金曜日の疲れを感じた。
しかし電車の中からの話を続けている内に目が冴えてしまい、結局、お酒を飲み直すことになった。そうは言っても一人暮らしの私のアパートにあるお酒はリキュール類だけだ。
お菓子作りに役立つし、甘く口当たりはいいけれど、短時間で確実に酔う。
床に置いた低いソファにもたれ、このあと私は眠ってしまうのだけれど、話の内容は忘れなかった。
「でもね、やっぱり納得が行かないんだけど、結婚の前にもう少し就職先を探せなかったの?」
「妻が結婚をしたいと先に言いだしたから、あの時は急いで探さなかった」
「今は?」
「結婚してからもうすぐ七年だけど、まだ見つからない」
「そうなの。やっぱり難しいのね」
「うん。難しい」
「今のままでいいの?」
「いいって、結婚の事?」
「それもだけど、金曜日に家に帰っちゃいけないと言われることとか、大学の先生になりたいから良くない作戦を練っている人と一緒にいるとか、そういうこと」
「ううん、良くないと思う」
「良くないのに、何とかしないの?」
「ぼくは、こういう立場だから、自分では何もできない」
「別れてフランスへ帰るとかいう方法はダメなの?」
「ぼく、帰りたくないんだ。日本にいたい」
「だって、そんな方法でいても幸せになれないじゃない」
「そうかな? ぼくは、幸せだと思ってるよ」
「あら、幸せなの?」
「大好きな日本にいられるから。それに……」
「ん?」
「じゃあ話すけど、ぼくを嫌いにならないでくれる?」
この上に、まだミミには秘密があるのだろうか?
秘密を持って隠し続けるのは楽なことではない。きっとミミは話したいのだろうと思った。
私だったら、一人で外国に住むというだけでも心細さに耐えかねて、おかしくなってしまったかもしれない。
「いいわ」
「約束してね」
「何だか、子供みたいね。どういうこと?」
「ぼくには問題があるの」
「え、問題?」
「Gender Identity Disorder、GIDなの」
「性同一性障害のこと?」
「そう、それ。日本語では、そう言うらしい」
「それじゃあ、あなたは自分を女性だと感じているという事なの?」
「うん。小さい時からそう思っていて、お人形で遊んでいた」
「そうなんだ」
「うん。でも、家族は認めてくれなかった」
「認めない?」
「ぼくは男だから、男らしい行動を取るようにと父に言われたの」
「なるほど。でもポピュラーな障害ではないから、戸惑うのも分かる気がする」
「でも、お姉さんは分かってくれた。後からお母さんも」
「それじゃあ、味方もあったのね」
「うん。お父さんも、ぼくを変だとは言っていた」
「そうなの? じゃあ、何か感じておられたんだ」
「うん、だけど世間体を気にした」
「難しい言葉を知っているわね。それに何だか日本と似ている」
「そう。日本とヨーロッパは、似ているところがあるよ。歴史があって古いから」
「なるほどね。でも、どうして日本に来たの?」
「お父さんは議員で、お母さんは医者なの。それで世間体がよくない」
「そうなの? そういう立派な人たちなら、逆に理解してくれそうに思うけど」
「ぼくがスカートを穿いて外に出たから、怒った」
「あら、スカートを穿いちゃったの?」
「うん。どうしても穿いてみたかった」
「ふーん、そういうものかな?」
「そうだよ。小さい時に赤とかピンクのスカート、欲しかったでしょ?」
「そう言われてみれば、そうかも?」
「そうなんだよ。欲しくなるんだ」
「でも、女性であるということは、別にスカートを穿くということではないと思うけど」
「うん、そうかもしれない」
「それは何歳の時?」
「高校生の時」
「それまでは穿かなかったのね?」
「うん、お姉さんのスカートを見ていたら、どうしても穿いてみたくなったんだ」
「病院へは、相談に行かなかったの?」
「行ったよ」
「それで、治療を受けたの?」
「ううん、検査だけ」
「そう」
「その時、GIDだろう……と言われた」
「お母さんは、なんて仰ったの?」
「どうしたいかと訊かれた」
「それは、手術を受けるかというようなこと?」
「うん。まぁそうだね。このまま男でいるか、それとも変えたいかという意味だったと思う」
「で、何と答えたの?」
「僕は女の子の服を着て、普通の女の人みたいに暮らしたいと言った。そうしたらお母さんは、お父さんが受け入れないだろうって」
「どうしてかな……、お家から少し離れても駄目?」
「お父さんは、真面目で堅い人なの。だからスキャンダルは絶対に駄目」
「なるほどね。でも、さっきも言ったけど、スカートを穿かない女の人もいるし、逆にフェミニストでパンツを穿きたがる人もあるじゃない? 内面を大事にして、あまり服装にこだわらないようにするのはどう? 今だって、パンツを穿いているんだし」
「今はね、時々スカートも穿いているんだよ。夜なんか。そうして映画に行くの」
「そうなの?」
「うん。それだと妻も文句を言わない。こっそり出かけなくちゃいけないけど」
「そうなの。難しいわね。でも、それを諦めれば、もっと楽なんじゃないかな?」
「うん、僕もそう思っているんだけど」
「あなた素直ね。それじゃディベートにならないわ」
「ディベートしたいの?」
「いえ、そうではないけれど、よく話し合いたいだけ」
「うん。ぼくも初めてケイに会った時から話がしたかった」
「あら、そう?」
「うん」
「ありがとう」
「この人は分かってくれると思った」
「私は、まだよく分かっていないのよ」
「そうじゃなくて、話を聞いてくれるでしょ?」
「それは、普通の事じゃない?」
「ううん、妻は怒った」
「妻って。じゃあ結婚するまで隠していたの?」
「そうじゃなくて、何回目かのデートで話した時」
「なんで怒ったの?」
「そんなの困るって」
「どうしてかしら?」
「フランス人と結婚が出来たらいいと思ったのにって」
「ふうん」
「だから、結婚はできると言った」
「どういう意味?」
「ぼくのIDカードに男と書いてあるから」
「なるほどね」
「うん。それで結婚の話になった」
「でも、どうして、そうまでして日本で暮らしたいと思うの?」
「約束したから」
「誰と?」
「お母さん」
「え?」
「ぼくが日本を好きと言ったから、高校を卒業して日本語を勉強するのを許可してくれた」
「えぇ、聞いたわ。ベルギーの大学で勉強したのよね?」
「うん。その費用を全部出してもらったけど、日本で暮らすと約束した」
「でも、それはどこの大学へ通っても、教育費として子供にかかる費用でしょう?」
「学費は、あまりかからなかったけど、アパートメントとか生活費がかかった」
「それは、そうよね。ここだって両方が必要になるわ」
「でも約束したから、お母さんがフライトチケットも買ってくれた」
「それは、日本へ来る為の?」
「うん、そう」
「………」
私は、何だかミミがとても気の毒に思えた。
同情しても何も変わらないけれど、自分の所為ではないことで、こんな風に苦労をするなんて。
お酒の酔いも手伝ってか、その時は涙が滲みそうになるのをこらえていた。
「ごめん。変なこと言った?」
「いえ、そうではないけれど、ちょっと悲しい」
「どうして?」
「いいの。私の勝手な感情だから」
「そう?」
「そうなの」
「もう、話すの止めるよ」
「どうして?」
「ケイ、悲しいでしょう?」
「そうじゃないのよ、続けて。聞きたいわ」
「本当?」
「うん、本当」
「でも、もう話す事がないよ」
「あなたの『問題』について聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
「それは、生まれた時から記憶のある限り、女の子だったということよね?」
「うん、そう」
「私は、高校生になるまで母親が気付かないなんてあり得ないと思う。それにお医者さんだし」
「うん。産婦人科だから心のトラブルとは関係ないけど、気が付いていたと思う」
「じゃあ、どうして、もっと何とかしようとしてくれなかったのかしら?」
「いろいろ調べてくれたよ。ちょっと変わっているとは思っても、ぼくが普通に見えるように行動しようとしていたので、急いで対応が必要かどうか分からなかったと言ってた」
「そうなの」
「うん。それに診察を受けた時、精神科のお医者さんから『GIDじゃなくても、女性になりたい人もいっぱいいる』と聞いたんだ。それで、お父さんが僕の状況を受け入れなかったんだ」
「そう」
「うん。女性に憧れているから、自分から障害があると言う人もあるって」
「ふーん、それは、思い違い?」
「いいえ。自分で好みだと分かっていてもそう言う人もあるらしい」
「そんなことを言われたら、何が本当のことか分からなくなるわね」
「だから、ぼくが障害と言っても、みんなが信じてくれるという訳じゃない。以前、フランスでは、性転換をしたいという望みを持つ人は、精神病として認められていたんだけど女性になりたい男性が多すぎて、もう、そうとは言えないと言った厚生大臣がいるの。それでリストから外されたんだ。これは、GIDとは別の事なんだけど、一般の人たちには分かり難い」
「なるほど。そういうことなのね」
「うん」
「でも、ミミはGIDだと思う?」
「嘘は吐いていない。でもね、もう人がどう思ってもいいと思う。ぼくが本当の事を知っているから」
「そんなに突っ張らなくてもいいわよ」
「ツッパラ……?」
「意地を張るって知ってる? それと同じ」
「うん、わかった。ツッパラない」
「私は、信じるわ」
「どうして?」
「どちらでも大きな差はないから」
「どういう意味?」
「私はあなたが男でも女でも、今夜ここに連れて来たし、明日の朝には帰ってもらうの。そういうこと」
「そうなんだ」
「それにね、友達ということにも変わりはないわ」
「そう? 本当に?」
「本当よ」
「良かった」
「どうして? 例えトラブルがあっても友達にはなれるでしょう?」
「でもね、もうひとつ問題なのは、ぼくは女性が好きなの」
「え? なに?」
「日本語では同性愛と言うのだと思う」
「また複雑ね」
「でも自然に複雑だから、仕方がない」
「まぁ、自然なんでしょうけど……」
私は、思わず苦笑いを漏らしてしまった。
「困った?」
「どうして?」
「ぼくが好きだと言って、次に同性愛者だと言ったから」
「でも、私はミミに対して友情しか感じてないから、男でも女でも同じよ」
「うん。さっき聞いた」
「そう?」
「うん。さっきもそう言った」
「分かってくれているのなら、いいわ」
「うん、分かっているし、今夜ここへ連れて来てくれたのも感謝しているよ」
「どういたしまして。でも毎週、喫茶店なんかで寝てるの?」
「ううん。大抵は、友達か誰かの家に泊めてもらっている」
「そう。それなら良かった」
「男の友達だから、心配ない」
「……ん? 何だか変」
「変かな?」
「うん、変なのだと思う……。いや、わかんなくなっちゃった」
「ケイ、眠いんでしょ?」
「うん、少しね」
「いいよ、眠っても」
「そういう訳には、行かないわよ」
「大丈夫。ぼくは何もしない」
「………」
「ケイは、きれいだから、見ているだけで楽しい」
「もうオバさんなの、私」
「同じくらいの年だから、そんな風には考えていない」
「あら、そうよね。失礼したわ」
「いいの。ケイだから」
「変な理屈」
「うん、でもケイは、ぼくが知ってる他の日本人とは違う」
「そう? どういう意味?」
「物わかりがいい」
「そうかな?」
「うん、そうだよ」
「私は、かなり普通だと思う」
「普通なの?」
「そうよ、普通。あなたがたくさんの日本人を知らないから、そう思うんじゃない?」
「そうかな?」
「そうよ」
「でもね、普通の日本人は、そんな風にはっきり言わない」
「そう?」
「うん。みんな優しい」
「あら、私は優しくないの?」
「あはは、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味?」
「あのね、優しさの種類が違う」
「種類?」
「うん、多くの人は、こんな話をすると傷つけないように考える」
「あら、私も考えたわよ」
「ふふふ。そうなんだ」
「そうよ」
「でも、ケイは、フランス人みたい」
「初めて言われたわ」
「はっきり言うし、誤魔化さない」
「はっきり……。うん、それは時々、言われるわ」
「それは大事なことだよ」
「そうかしら」
「そうだよ」
「ふーん」
「時々ね、日本人の女性は、可愛いのと弱いのを間違えてる」
「うん」
「だからね、それは違うよって言うんだけど」
「うん」
「聞いてる?」
「ん……?」
「ケイ……?」
「………」
いつの間にか眠りj込んでいた私は、翌日のお昼近くに目が覚めた。
その時、ちゃんとベッドの上で昨夜の服装のまま眠っていて、鍵は掛けられた扉のドアポケットの中に落ちていた。
ミミが使ったブランケットはきちんと畳まれてソファの上に置いてあり、グラスまで洗ってあった。
ミミとはいい友人になれそうな気がした。
でも外国人である上に、たくさんの事情を抱えて生きている。
(大変なことね……)
何だか複雑に感じながら、その週末を過ごした。