まぐろ
嶋敷上嗣:しましきうえつぐ。シマ。大学二年生。
獅賀美柚子:ししがみゆず。ユズ。大学二年生。
0:本編
0:シマの部屋
柚子:「ただいまー」
上嗣:「…………」
柚子:「あれ? シマー? いないのー? ……うわっ。ちょっと、いるなら返事してよ」
上嗣:「……いや、おかしいだろ」
柚子:「え? なにが?」
上嗣:「お前……さっきなんて言った?」
柚子:「え、いるなら返事して」
上嗣:「その前だ」
柚子:「シマー、いないのー?」
上嗣:「さらに前、一番最初!」
柚子:「……ただいまー?」
上嗣:「そう。それだ。おかしいだろ」
柚子:「なにが?」
上嗣:「なに自分家みたいに俺の部屋に入ってきてんだよ。……っていうか、なんで鍵持ってんだ」
柚子:「だって、もらったから」
上嗣:「だれに」
柚子:「シマに」
上嗣:「渡すわけないだろ」
柚子:「でもほら」
上嗣:「…………」
柚子:「ね?」
上嗣:「……なんでお前が持ってる」
柚子:「だーかーらー、シマにもらったんだってー」
上嗣:「いつ渡したんだよ」
柚子:「えっと、一週間くらい前かな。ほら、ここで飲み会やったでしょ、その時。シマ、べろべろに酔っ払っててさー、試しに合鍵ちょうだいって言ったら、「いいぞー」ってくれたの」
上嗣:「……お前、それで本当に持っていくやつがあるか……?」
柚子:「いや、あたしだって冗談のつもりだったよ? でも、まあほぼ毎日遊びには行くし、合鍵があれば便利かって、そのままもらっちゃった」
上嗣:「もらっちゃったじゃねえんだよ、返せ」
柚子:「えー、やだ」
上嗣:「やだじゃねえ、返せ」
柚子:「いやです」
上嗣:「お前……、ふざけるのも大概にしろよ。遊びに来るのはいいけど、合鍵を持つのはまた別の話だ。勝手に入られるのも困る」
柚子:「え、なんかやばいもんでも隠してるの?」
上嗣:「そうじゃねえよ」
柚子:「あー、えっちなやつか。シマも男の子だもんねぇ」
上嗣:「ちがう」
柚子:「もしかして特殊な趣味でも……」
上嗣:「ユズ、いい加減にしろ」
柚子:「はーい。これ以上やるとマジギレしそうだもんね。仕方ない、返すよ」
上嗣:「ったく。次からはこんな真似するなよ」
柚子:「酔っ払ったシマが悪い」
上嗣:「じゃあ二度とお前とは飲まない」
柚子:「えー、それはちがうじゃーん」
上嗣:「じゃあやめろ」
柚子:「ちぇー。はーい、わかりましたよー」
上嗣:「まったく……」
柚子:「ね、今日の晩ご飯なに?」
上嗣:「カレーのつもりだけど」
柚子:「お、いいね! あたしシマが作るカレー好きだよ」
上嗣:「そりゃどうも。まだお前に食べさすとは言ってねえけどな」
柚子:「えー。でもなんだかんだくれるんでしょ? あたし知ってるよー」
上嗣:「その顔見てると本当に断ってやろうかって気になってきたわ」
柚子:「ちょっと。シマの作るカレー好きだって言ったでしょ。そういう意地悪しないで」
上嗣:「いや、お前が図々しい……」
柚子:「自分の作ったご飯を好きって言ってくれる人がいるんだよ。これ以上の幸福はないでしょ」
上嗣:「お前、作ったことないだろ」
柚子:「ないけど! 嬉しいでしょ!」
上嗣:「押し切ろうとするなよ……」
柚子:「あ、ね、たばこ吸っていい?」
上嗣:「唐突だな。禁断症状か?」
柚子:「まあそんなとこ。ふと思い出すというか、吸いたくなるんだよね」
上嗣:「わかりやすい中毒だな」
柚子:「ね。もう抜け出せませんよ」
上嗣:「やめようとは思わないのか?」
柚子:「んー。今のところは。時間潰すのにもちょうどいいしね。シマも吸う?」
上嗣:「吸わねえよ。おれは健康体でいたいの」
柚子:「大して変わんないよ」
上嗣:「変わるわ。えらい研究者がそう言ってんだよ」
柚子:「でも、みんなやめないじゃん」
上嗣:「それは……、やめてる人もいるだろ。お前の周りがそうだからって全部そうみたいな言い方は良くないぞ」
柚子:「それはシマも一緒でしょ」
上嗣:「おれの周りにたばこやめたやつはいないし吸ってるのはお前くらいだ」
柚子:「あ、そうなの?」
上嗣:「みんな不良じゃないからな」
柚子:「それじゃああたしが不良みたいじゃん」
上嗣:「勝手に合鍵くすねて出入りするやつが不良じゃないと?」
柚子:「だからそれはシマも悪いってー」
上嗣:「はぁ……。まあ、それはいいとして、実際、あんまりよくねえんだから早めにやめて損はねえぞ」
柚子:「あー、はいはい。そういうのは聞き飽きました。あんまりつまんないこと言わないで」
上嗣:「お前なぁ……」
柚子:「で、吸っていいの?」
上嗣:「まあ、別にいいけど」
柚子:「いいんだ」
上嗣:「ただしこっちに煙が来ないようにしろよ。副流煙の方が有害なんだから」
柚子:「はーい。……ふぅ」
上嗣:「ほんと、たばこのどこがいいんだか」
柚子:「吸ってみればわかるよ?」
上嗣:「いらねえよ。それなら一生わからないままでいい」
柚子:「えー、人生、ものは試しって言うじゃん」
上嗣:「ものは試しで人生を潰したくないの」
柚子:「大袈裟だなぁ。まあまあ、ほら、吸いかけあげるから」
上嗣:「吸いかけで何かいいことあるのか?」
柚子:「間接キスできるよ」
上嗣:「おれは小学生じゃねえぞ」
柚子:「小学生は吸えないよ?」
上嗣:「そういうこと言ってんじゃねえんだよ」
柚子:「えー、こんな美少女が口つけたやつなのに?」
上嗣:「自分で言うのか」
柚子:「でも、そうじゃない?」
上嗣:「……まあ、否定はしない」
柚子:「あらー。照れちゃって」
上嗣:「照れてねえよ」
柚子:「隠さなくていいって。ほれ、吸ってみ吸ってみ」
上嗣:「いらねえって。そうやって無理強いするの、今の時代じゃアウトだぞ」
柚子:「ここは治外法権なので」
上嗣:「訳わかんねえこと言うな」
柚子:「……でもさ、実際、シマも吸えたらなぁとは思うよ」
上嗣:「なんで」
柚子:「だって、今はどこでもやれ分煙だの禁煙だので、好きに吸えないじゃん? そうなると、外だと一旦別れなきゃいけなくなるし、せっかくの時間がもったいないじゃん。でも、シマも吸えるようになれば、一緒に吸いに行けるし時間も無駄にならない。ね? だから吸お?」
上嗣:「吸わない」
柚子:「えー、けち」
上嗣:「けちって……。そもそも、分煙とか禁煙とか言われてるのは、他人に迷惑がかからないようにだ。さっきも言ったけど、副流煙の方が有害なんだよ。お前だって、わからないほど馬鹿じゃないだろ」
柚子:「いや、それはもちろん理解してるけどさ。でも、つまんないなーって話。そういう文句をさ、ちょっと愚痴るくらい許してよ」
上嗣:「……お前、そういえばなんでたばこ吸ってんだ?」
柚子:「あれ、言ってなかったっけ?」
上嗣:「聞いたことあるかもしれんけど忘れた」
柚子:「ちゃんと覚えといてよー。……えっとね。一年くらい前かな。その時付き合ってた彼氏がいたんだけど、そいつが吸っててさ。何の気なしに真似して、そのままハマっちゃったって感じ。いや、ハマっちゃったっていうほど別に好きになったわけじゃないから、習慣として身についちゃったって感じかな。だから彼氏と別れた後も、こうして吸い続けてるわけだし」
上嗣:「ふぅん……。え、ちょっと待て。一年前ってお前まだ未成年だろ」
柚子:「おっと。この件はどうかご内密に」
上嗣:「いや、別に言わねえけど……。やっぱ不良じゃねえか」
柚子:「てへ」
上嗣:「その彼氏もか?」
柚子:「元彼ね。ううん、そいつは一個歳上。先輩だよ」
上嗣:「なんで別れたんだ?」
柚子:「それ聞きます?」
上嗣:「言いたくないなら言わなくていいけど」
柚子:「まあ、別に隠してるわけでもないし。特に何かあるわけでもないし、いいよ。……そいつね、浮気してたの」
上嗣:「……マジか」
柚子:「マジマジ。信じられないよねー。まあでも、あたしも彼女らしいことなんにもしてなかったからさ。仕方ないとは思うけど」
上嗣:「にしたってだろ。向こうからすれば、先に別れてればいい話なんだから」
柚子:「まあねー。でも別に、それで怒って別れたとかじゃないの。もちろん、決め手ではあったけど、あたしの方も別れる理由を探してたというか……、なんか、ちがうなーってなってたんだよね。そもそも、告白されておっけーした時も、実はそいつのこと好きなのどうかわかんなかったし。いや、好きじゃなかったね、あれは。ただ、まあ嫌いでもなかったし、いっかーって。……今となっては、ちょっと後悔してる。無駄な時間過ごしたなーって」
上嗣:「…………」
柚子:「ちょっと、黙んないでよ。そういう空気にしたいんじゃないんだから」
上嗣:「……悪い」
柚子:「ま、そんなわけで、あたしも別れたかったからちょうどよかったんですよ。まあ? 顔がいいから? それからも告白されることは数多ありましたけど? 全部断ったよね」
上嗣:「あー、百人斬りだっけ? なんか話だけは聞いたよ」
柚子:「何その話。百人も振った覚えないんだけど」
上嗣:「ま、人の噂は誇張されるものだからな。妙な尾ひれが付かなかっただけマシだろ」
柚子:「たしかに? ……そこからは、シマに出会って、今に至るって感じかなー。そういえば、まだ三ヶ月くらいしか経ってないんだね。もっと長い付き合いな気がしてたけど」
上嗣:「意外とな。まあ、ほぼ毎週末おれの部屋に来て飲み会してたら、そこらへんバグるのもわかるけど。ちょっとはあらためてくれてもいいんですよ?」
柚子:「なにを?」
上嗣:「……いや、いい」
柚子:「まあまあ、せっかくの楽しい飲み会なんだから。シマだって楽しんでるでしょ?」
上嗣:「意味わかってんじゃねえか。……さすがに毎週は考えるところあるぞ。それに、あんまり酔っ払うものじゃないって学んだしな」
柚子:「それはごめんってー。あたしのためだと思ってさ、これからもよろしく頼むよ」
上嗣:「そう言うんなら、たまにはお礼の品でも持ってきて欲しいもんだな」
柚子:「たとえば?」
上嗣:「たとえば……、なんか高い肉とか? 酒に合いそうな高級なやつ買ってきてくれよ」
柚子:「えー、無理。金欠だもん」
上嗣:「いつも酒買ってきてるだろうが」
柚子:「その分しかないってこと。酒を減らしてツマミ買ってきたら意味ないじゃん。わかってる? シマが飲んでるお酒も、あたしが買ってきたものなんだよ?」
上嗣:「それは……、まあ、そうか」
柚子:「そうそう」
上嗣:「でも片付けはいつもおれだよな? 洗い物も」
柚子:「そこはー、ほら。シマの部屋だし」
上嗣:「今度はお前の部屋でやろうぜ」
柚子:「えー。……えっち」
上嗣:「なんでそうなる」
柚子:「すけべ。変態」
上嗣:「あー、もういい。わかったわかった。お前の部屋には行かねえよ」
柚子:「うん。よし」
上嗣:「なんだこいつ」
柚子:「ねえ、そろそろお腹空いたんだけど。カレーは?」
上嗣:「……ったく。今から作るんだよ、大人しく待ってろ」
柚子:「はーい」
上嗣:「……たまには手伝ってくれてもいいんですよ?」
柚子:「何回も言わせないで。シマの作ったカレーが好きなの」
上嗣:「……はいはい」
柚子:「あ、ねえ、シマ」
上嗣:「あ? なんだよ」
柚子:「せっかくだからさ、付き合う?」
上嗣:「はあ? どこに?」
柚子:「ちょっと。典型的なボケかまさないでくれる? それも天然系の。そういうキャラじゃないでしょ」
上嗣:「いや、あまりにも突然だったから……。なんだよ、急に」
柚子:「いや、さっき元彼の話したじゃん? その時に思ったんだけど、あたし、シマとだったらもう少しマシなお付き合いができる気がするんだよね。好きとかじゃないんだよ。でも、彼女らしいことはできると思う。手を繋ぐとか、キスするとか。それ以上のことも。ね、どう?」
上嗣:「どうって、そんなお試しみたいな感じで言われてもな……」
柚子:「彼女、欲しくない? 今なら、こんな可愛い子が彼女になってくれるんだよ?」
上嗣:「だから自分で言うなって。……いや、でも、そういうのはいいかな。別に彼女が欲しくないってわけじゃねえけど、ユズとそういう関係になるのは、おれの中でなんかちがうんだよ。ほぼ毎日こうして会って、週末は飲み会するような関係性で何言ってんだって感じだけど……こういうのだからこそ、付き合うのはちがうというか……。あー、悪い。うまく説明できないんだけど」
柚子:「……うん。わかるよ、大丈夫。……むしろ良かったかも。これでいざ付き合ってみたら、「あ、やっぱちがうかも」ってなってたかもしれないし」
上嗣:「だとしたらひでえ話だな……」
柚子:「よかったよかった。でも、本当にいいの? 思春期の男なんて、そういうことに脳みその大半侵されてるようなもんじゃん? 据え膳食わぬはとも言うし、せっかくのチャンスだったのに」
上嗣:「すげぇ偏見だな……。いや、だからそうしたらお前の方がちがうってなってたんだろ」
柚子:「かもしれないって話だよ。もしそうじゃなかったら」
上嗣:「……それでも、断ったよ。だから、そういうのも含めて、今の関係を壊したくねえんだよ。おれにとっては、今が一番いいんだ」
柚子:「……そっか。優しいね、シマは」
上嗣:「はあ? なんでそうなる」
柚子:「わかんないならいいよ。ほら、早くカレー作って! もうお腹ぺこぺこ」
上嗣:「あぁ? 勝手なやつ……」
柚子:「シマ」
上嗣:「今度はなんだよ――」
柚子:「ふぅ」
上嗣:「うわっ……! おい! ばか! ごほっ! ごほっ……! 何考えてんだお前!」
柚子:「あはは! まあまあ、これも愛情表現だよ、君ぃ」
上嗣:「なにが愛情表現だ、逆効果だろ」
柚子:「えー、ちゃんと受け取ってよー」
上嗣:「ならやり方考えろ! ……ったく、こほ……。今度やったら、二度とうちではたばこ吸わせないからな」
柚子:「ふぅーん。入れてはくれるんだ」
上嗣:「……ともかく! 二度とやるな、いいな」
柚子:「はーい。じゃ、カレー作り頑張ってね」
上嗣:「もう邪魔すんなよ」
柚子:「わかってるよ」
上嗣:「ったく……、何考えてんだよ……」
0:シマ、キッチンへ
0:その後ろ姿を眺めながら
柚子:「……シマ」
柚子:「……そうだね。今はこれくらいが、ちょうどいいや」




