第1話 根の目覚め ── 日常に潜む微細な揺れ
孤独という猛毒は、時として理性の防壁を容易く突き破る。 国家の影で「深根会」として生きる男が、唯一の聖域を守るために選んだのは、自らを社会的異常者に貶めるという絶望的な献身だった。 本作は、外資の非情なロジックと、男の狂気を孕んだ愛が交錯するサスペンスである。 日常に潜む「事故」の真相を暴きつつ、偽名に隠された十年の真実を解き明かしていく。 救うための襲撃、守るための裏切り――その結末にあるのは、勝利か喪失か。
■ ROOT-LINE:日常に紛れた暗号
不動は歩きながら、深根会のグループLINE〈ROOT-LINE〉を開いた。
画面には、いつもの“普通の会話”が流れている。
「今日のランチ、カロリー高すぎた」
「駅前のパン屋、また行列」
「猫の動画、貼っとくね」
一見、ただの雑談。
しかし、その中に “揺れ”を示す暗号 が紛れていた。
- 佐藤(行政の枝)
『住民票データ、同期0.8秒遅延。揺れ小』
- 柏木(通信の枝)
『SNSの色相、均一化。自然じゃない』
- 藤原(金融の枝)
『小口決済のリズム、整いすぎ。要観察』
不動は、胸の奥が静かにざわつくのを感じた。
「こういう違和感を無視した時、人は一番大きな代償を払う」
それは、過去に何度も痛感したことだった。
■ 行政の枝:佐藤の“揺れ”
市役所の窓口。
佐藤洋平は、住民票データの同期ログを見つめていた。
たった 0.8秒の遅延。
普通なら気にしない。
誰も気づかない。
だが、佐藤は小さく息を呑んだ。
「このシステム、揺れないのが前提なんだよな……」
彼は、周囲に気づかれないように
“丁寧すぎるほど丁寧に”再確認を始める。
周囲から見れば、ただの几帳面な職員。
しかし、その行動こそが深根会の迷彩だった。
■ 通信の枝:柏木の“青の偏り”
IT企業のオフィス。
柏木たくまは、SNSのトレンド画面を眺めていた。
「……青が揃いすぎてる」
SNSは本来もっと雑で、もっと揺れる。
だが今日は、
“均一すぎる青” が画面を覆っていた。
柏木は、窓の外の空を撮影し、
ROOT-LINEに投稿する。
『今日の空、綺麗だね』
その写真の“青の比率”が、
深根会の暗号で「揺れの方向」を示していた。
■ 金融の枝:藤原の“音としての違和感”
都心の地銀。
藤原正英は、取引ログを見つめながら、
数字の並びを“音”として聞いていた。
「……メトロノームみたいだ」
本来、経済の流れはもっと不規則で、
もっと人間の癖が出る。
だが今日は、
“整いすぎたリズム” が続いていた。
藤原は、部下に静かに指示する。
「一円のズレも見逃すな。
ゆっくりでいい。丁寧に」
部下はただの厳しい上司だと思うだろう。
だが、その“執拗な丁寧さ”こそが深根会の武器だった。
■ 不動:根としての目覚め
不動は、ROOT-LINEの通知をまとめて読み返した。
- 行政の揺れ
- 通信の揺れ
- 金融の揺れ
どれも小さい。
だが、方向が同じだ。
「枝が揺れれば、根が支える。
それが深根会の循環だ」
不動は、深く息を吸い、
ROOT-LINEに短い指示を送った。
『全枝へ。揺れの連鎖を追え。
“花”に影が落ちる前に、風向きを読む』
既読が次々とつく。
枝たちが動き始めた証だ。
■ ラスト:静かな予兆
夜。
不動は帰り道、街の灯りを見上げた。
その光は、いつも通りに見える。
けれど、不動の共感覚には、
その奥に潜む“薄い波紋”が見えていた。
「花が揺れる前に、枝が揺れる。
そして、根が目を覚ます」
深根会の静かな戦いが、ここから始まる。
愛の形は様々だが、自らを汚泥に沈めて対象を光の中に押し戻す、それも一つの真実かもしれない。 たくまが背負った「社会的死」と、智子が手にした「残酷なまでの平穏」の対比を描き切った。 外資の脅威は去っても、失われた「十三時の聖域」が戻ることは二度とない。 読者の皆様が、日常の片隅にある「小さな幸せ」の裏側を想像するきっかけになれば幸いである。 八咫の楔シリーズ、これにて一時の幕を閉じる。




