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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

化け物を愛した魔女

作者: つむぎ

ふんわり世界観。

 

 魔法とは不思議なもので、人々は魅了され、使い手を羨望の眼差しで見た。それは、とても神聖なものとして扱われていたのだ。


 この国でははるか昔に龍が降り立ち、国を豊かにするためにその加護を与えた。そして、より豊かにするためその力を人々に与えた事が、魔法使いの始まりだとも言われていた。

 そのおかげか、国はとても豊かで強くそして平和に成り立って、魔女も魔法使いも人々は手を取り合って生きていたのだ。

 だが、いつ頃だろうか。ここ数十年ほどか……次第に羨む者たちが魔法使いが力を持つ事を恐れ、悪い風潮が流れた。その結果魔法使い、または魔女は悪とされ、人間とは異なる種族と見做された。


 つまり、魔力を持つものは人間ではないと。龍などいなかったと。


 『龍の加護がなくなるわ。魔法を伝えたのは龍人様と言われているのに……いつか悪い事が起こるわよ』

 『いや、そもそも龍などというものは人の噂に過ぎん。神を作る事で安心したい、そんな人の弱さの結果じゃ』

 『そうさ、龍の力など王家様に現れた事なんか聞いた事ない。御伽話さ……なんたって王家が龍の加護はまやかしだと言ってるんだ。間違いない』

 『魔女魔法使いは、排除すべきもの。それだけだ』


 そんなお伽話のような、差別的な考えがこの国の所々に存在しているのだ。魔法を恐れるがあまりに。そして、魔法を使える者は排除され、隠れて生きるようになった。


 だから私は村から追放された。いや、正確には捨てられた。

 

 仕えていた当主が怪我を覆い、瀕死状態だったから魔法を使った。私が魔法で治さなければ、今頃彼は死んでいた。忌み嫌われる魔法を使っても、主のためならと、きっと分かってくれると信じて。


 でも、そんな上手くはいかない。


 仲間達にも内緒にしていた魔法を母から受け継いで、絶対に知られることがなかった魔法を危険を知りながら彼のために使ったのに。


 信じた私が間違いだったのだ。

 母はよく言っていた。『昔は魔法を使えば喜び必要とされていたのに……悲しいわね。でも、自分の身を守るためには絶対に秘密にしないと駄目よ』と。

 それなのに、私は判断を誤った。


 「触るな、穢らわしい魔女め」と軽蔑と嫌悪の目で見る当主アラン様。親戚も同僚も友人も皆私を汚いものを見るかのように蔑んだ。

 アラン様の事は主として尊敬していた。恋心などではない。従える相手がいる事がとても誇らしかった。それなのに、信頼していた人達から受ける軽蔑の眼差し。

 

 そして、穢らわしいと石を投げ、棒で叩きつけ、そして、獣の森へと捨てたのだった。

 

 獣の森にズタボロ雑巾のように転がって絶望した。

 肋骨も足も腕も折れ、傷ついた肺からは空気が漏れて息が出来ないし、腹の中ではじわじわと刺された傷から出血しているのか圧迫感で苦しくなっており、きっとこのまま死ぬ。そう思った。

 こんな事なら、彼を助けずにいたら良かったのか。いや、もう分からない。助けず後悔するのか、助けて後悔するのかなんて、どちらにせよ、私が悪者になっていたのかもしれない。


 霞む視界の中で、目の前に赤い瞳の大きな犬が現れた。

 鋭い牙と舌を覗かせて、涎を垂らした狼を見て恐怖が押し寄せた。これには今の状態では太刀打ちできない。

 でも、もしかするとこの苦しみから解放された方が楽かも知れない。そう思って、目を閉じてその時を待った。

 

 だが、訪れたのは痛みでも暗闇でもなく、「キャイィん」という狼の声とともにドサっとその身体が倒れた音と姿だった。

 何事かと私は霞む目を凝らせば、なんだか大きな身体の筋骨隆々な爬虫類が立っていたのだ。でも、おかしい……爬虫類は人のように2本足で立たないはずだし、淡く銀色に光っているし、ズボンも履かないはずだし、何なら喋らないはずなのに。

 ただ、見た目はとても化け物じみていて怖いはずなのに、なんだかその、ちぐはぐな姿がおかしくて。死ぬ前にいいものを見たと思ったほどだった。


 「生きているか?」


 2本足の爬虫類が声を出したのを聞いてから、私は意識を手放したのだった。





 トカゲ頭の男は名をユクラスといった。

 ユクラスはとても変わった男だった。


 「魔法を使って捨てられた?救ったのにも関わらず?ふむ……それほど彼は死にたかったのか。君の村には死を喜ぶ風潮があるのだな」

 「いやいや、そんな風潮ないです。単純に魔法が嫌いなだけです」


 私はこのトカゲ男に何やら喉が焼けるような薬を飲まされて、危機一髪一命はとりとめた。だがまだ身体は重い。

 助けれてくれたことには感謝している。


 「そうか。そんなにも魔法は嫌われて……其方は悪くない」

 「そう。私殺されかけたの。魔女だ魔女だって……同じ人間なのに」

 「人間だからこそだろうな。不甲斐ない……」

 「え?」

 「無論。死ぬ前に間に合って良かった。其方の運が強いのだろうな」


 やだ、このトカゲ男。会話できてるかしら?


 私が怪訝な顔で見れば、「良かった、生きてさえいればなんとかできる」肩をバシンと叩かれた。前のめりにつんのめって、慌ててバランスを取る。


 「いたたたた…ちょっと……」

 「すまない、なんてったって久しく人間と関わってないからな……いや、ほんとすまない……りんご食うか?」

 「食べる」


 そう言って横に跪き、私の肩をさする手は物凄く優しい。

 やだ、この男。トカゲ頭なのに惚れそうじゃん。


 「ここにはどれくらい、1人でいるの?」

 「そうだな、かれこれ……10年ほどか……」

 「そ、そんなに?1人で?」

 「1人と言っても、友達はいるぞ。いつも俺と遊びたがってやってくる。ほら、さっきの狼だって本気で向かってくるから、なかなか手強い。この前は、小熊が戯れてきて、背負い投げしたら母熊が怒って大変だった」


 楽しそうに話しているが、それ、遊んでるんじゃないような。本気で襲いにきてるんじゃ。


 「へ、へぇ……それで母熊はどうしたの?」

 「さすがにでかくて強かったがな。寝技に持ち込んで、とりあえず首を絞めた。案ずるな、殺しはしてない」

 

 案じてないし、是非殺しておいて欲しかった。

 そんな熊が襲ってきたらどうすんのよ。


 「……それって友達?」

 「友達と言わず何と言おう。何年も俺はここでそいつらと切磋琢磨して強くなっているんだ」

 「そうなんだ」

 「紹介もできるぞ」

 「遠慮しておきます」


 大真面目な調子で言うから速攻断った。

 

 「そうか、残念だ。皆、いい奴ばかりなのに」

 「自分を殺そうと本気で向かってくる奴らなのに?」

 「何事も本気だから面白い」


 ほら、友達じゃなくただの敵じゃん。


 「そして、弱肉強食の世界。弱い奴がやられるだけ。嫌なら強くなるしかないのだ」

 「……そっか」

 「自然の理は(ことわり)は至ってシンプル。人間よりよほど生きやすいと思うぞ」

 「強いものが勝つ?」

 「そうだ。やられる前にやるしかないし、生きるために仕方のない事もあるからな」

 「でも人間だったら?」

 「人間は……強ければいいわけではない。陰謀が策略が因縁が絡み合う。賢くもなければならない」

 「そうよね……」

 「奴らは……弱い。だからこそ騙し謀り、そして裏切る。自分を守るためにな」

 「……何かあったの?ここにいる理由が?」

 「あぁ、そうだな。もう昔のことだ」


 そう言ってユクラスは歩き出す。

 私はまだ回復しておらず、軋む身体に鞭打ち彼を追った。


 ここにいたら、またいつ獣に襲われるか分からないもの。


 ザク、ザクと枯葉を踏む音。

 ユクラスは気にせず進むが私はいつ襲われるかビクビクして進んだ。

 時折、ユクラスが後ろを振り向く。その度に、私達の間にある距離が縮むのを見ると、ペースを合わせてくれているようだ。

 見た目と違い優しいのよね。助けてくれたし……。


 私はこの不思議なトカゲ頭の男が妙に気になった。


 しばらく歩くと見晴らしの良い高台へ出た。洞窟がありその中には藁が敷かれ、焚き火の跡もある。


 「人が……?」

 「いや、俺がここで生活してる」

 「トカ……ううん、ユクラスが?」

 「そうだ」


 ユクラスって一体、何者?

 そんな疑問は飲み込み、夕日が見える水平線を眺めた。


 「凄く綺麗ね」

 「いい場所だろう?ここで陽が沈むのを待ち、陽が昇るのを迎える」

 「1人で?」

 「……そうだ、1人でだ」

 

 しばらく陽が落ちる様子を2人で眺める。

 オレンジ色が濃くなり、やがてその色が小さな点となって消え、空が薄い藍色に変わっていった。


 「こんな穏やかな気持ちになったの初めて。これまで忙しい日々だったから……」

 「そうか」

 

 私は名だけの男爵家の娘で両親は既に亡くなり、家は親戚の横暴で借金の肩にされ失い、身一つで出て、使用人として働いていたのだ。

 アランが私を気に入り側近にすると囁いた。淡く光るピンクゴールドの髪はとても人目を惹きつけるため、見た目の良い私はちょうど良かったのだろう。

 私は浮き足だった。これほどの幸せがあるかと……主のために働けるのが最高の喜びだと思っていた。

 

 「……今日はここで寝るといい。俺の縄張りだから、獣達は来ないぞ。安心すればいい」

 「ええ?でも、ユクラスは」

 「俺はどこでも寝れる。それに戦えるからな」

 「で、でも、なんだか申し訳ないし」

 「何言っている。女性をそこらに寝かせるわけないだろう?また襲われたら今度こそ死だ」


 獣を想像して震える。


 「ははっ、大丈夫。俺がいる限り命は保証するさ。そうだ、名は?」

 「シャーリィよ」

 「シャーリィ、いい名だな」


 そう言って私の頭に手を置くユクラス。

 私の目線は彼の腹筋が見える位置で、だいぶ見上げなければ彼の顔は見えない。

 トカゲなのに、イケメンに見えたのは疲れているからかもしれない。


 彼はもう一度私を見てから洞窟の外に寝そべった。

 私はせっかくの彼の好意だからと洞窟の中に入って、寝床のような場所に横になった。

 身体はまだ回復していない。すぐに私は夢の中に入った。


 



 お腹が空いて目覚めた。

 いや、芳ばしい匂いがして目覚めたのが正解だ。


 肉の焼ける匂いに誘われて洞窟を出れば、ユクラスが肉を焼いていた。


 「起きたか?死んだように寝てたから起こすか迷ったんだ」

 「おはよう、そしてこれ。ありがとう」

 「うん?あぁ」


 いつの間にか、かけてあった古い外套。古びて汚れているが、生地でそれがとても上質なものだと分かった。

 使用人をしている時にアラン達が来ていた物よりきっと高価な物だった。

 ユクラスは一体……


 ユクラスの正体が気になりつつも、お腹は悲鳴をあげており、ユクラスが差し出した肉に私はかぶりついた。

 じゅわっと肉汁が溢れて、喉を通り空き腹の胃に染みた。


 「美味しい……こんなに美味しいご飯、初めて」


 感動で私は夢中になって肉を食べた。その様子を目を丸くしてユクラスが見る。

 

 「なに?」

 「いや、そんなに美味そうに肉にかぶりつく女、初めて見たなって」

 「行儀悪くてふみまへん」


 もふもふ言えば、ユクラスも笑ってから肉にかぶりつく。私も同じように食べる。

 美味しい肉を食べたら今度は喉が渇いた。


 「お水ほしいな」

 「いつもはあの川に水浴びと一緒に飲みに行くんだ」

 「まさか、ここから飛び込むわけないよね?」

 「そうしてみるか?」

 「ご冗談を」


 私は肉をたらふく食べ、十分に寝たことでだいぶ魔力が戻ってきているのを身体で実感し、手をかざす。


 キラキラっと朝日に反射して水が空気を逆行してくる。そして、私の掌に溜まった水をユクラスに見せた。


 「凄いな」

 「ふふ、ユクラスもどうぞ」

 「あ、あぁ」


 ユクラスの手にも水を落とすが、平べったい手では溜めることができずに、そのまま流れていった。


 「あ……」

 

 ユクラスが落ちた水をじっと見た。

 その表情がどこか悲壮感にあふれており、私は浅はかな自分の行動を反省する。


 「ごめん、何も考えずに……」

 「いや、いいんだ。気にするな」


 そう言ってユクラスは洞窟から樽を抱えてきた。

 そして楽しげに言った。


 「優秀な魔女様だったら、余裕だろう?」

 「も、もちろんよ!」


 私は全力で魔力を注ぎ込み、川から水を上げる。

 先ほどより強い水圧で樽の中に水が注ぎ込まれた。


 「凄い。これからは、これでわざわざ下まで降りなくて済むな」

 「えっ!?」

 「あっ、いや、すまない」


 これからって……


 「いや、これは便利だな、という意味で……」

 「……いいの?」

 「え?」

 「ここにいて、いいの?」

 「は?」

 「だって、悠々自適に過ごしていた生活に、見ず知らずの人が来るのは嫌でしょう?」

 「まさかっ、そんなわけ……君だって、嫌だろう。こんな…こんな姿の俺が近くにいるのは。気味が悪いに決まっている」

 「え、なんで?」

 「なんでって……」

 「確かに人間とは違うけど、私、トカゲって好きだもの」

 「……トカゲ?」

 「うん、トカゲは魔女鍋に必須な材料なの。母さんがよく呟いていたわ。今日はいいトカゲが取れたって」

 「なっ、シャーリィ、君……まさか俺を煮て食おうってことか」

 「まぁ。ふふ、するなら、煮て滋養強壮の薬の方が適任だわ」

 「恐ろしい魔女だ」

 「褒め言葉ね。それで?そんな恐ろしい魔女がここにいてもいいの?行くところもないし、ここ、とっても素敵だし。気に入ったもの」

 「魔女鍋に刻むのはやめてくれよ」

 「さぁ、魔女は気まぐれっていうものね」


 そんなことするわけない、命の恩人に。

 男に裏切られたばっかなのに、と内心呟くが、でもトカゲだし、と言い訳した。

 だって、なんだかこの不思議な生き物が気になるし、魔力は回復しても身体はまだ万全じゃないし。


 「1人でこの森を彷徨うのも気が引けるから」

 「用心棒ってことだな」

 

 ちょっと嬉しそうなユクラス。

 そうして、私とユクラスのちょっと不思議な共同生活が始まったのだった。

 




 1ヶ月もすれば、ユクラスの洞窟はより過ごしやすくなった。なぜなら私が必要な物を徐々に増やしているからだ。

 まず、当たり前だが寝床を2つ用意した。初めは粗末な藁だけの物から、今では立派ななベッドが出来上がっていた。

 そして、石窯に木で作った風呂釜(水浴びは嫌だと作った渾身作)、昼寝用のハンモック、着替え用の小部屋に洗濯スペース……生活するには申し分ない場所になっていた。

 

 ユクラスはよく森に入っては、その友達と遊んで帰ってくる生活をしていた。私からすればそれは襲われているのだけれど、ユクラスは必ず勝って帰ってくる。そして、小さな小動物を狩っては頂く。私は獣除けのお守りをぶら下げて、木の実や果物を取る。

 そんな生活をしているうちに、私の身体も魔力も回復しつつあったが、まだ万全ではなかった。それほど、あの時はボロボロに身体もだが心も痛めつけられていた。


 そして今日は2週間に1回の必要物品調達の日で、麓の町まで2人で降りてきていた。ユクラスは姿を見られれば騒ぎになるので、麓の森で待機して私だけ買い出しだ。

 ユクラスの背に乗って颯爽と森を駆け降りていく。


 「じゃあ、終わったら呼ぶから。そろそろ肌寒くなるから色々揃えてくるね。少し時間かかるかも」

 「時間は気にするな。俺は何とでもなるから」


 この時間ばかりは申し訳なく思う。いつだったか何をして時間を潰しているのか聞いたら、『筋トレ』と言っていたけど、麓に降りてくるのも筋トレみたいなものなのにと驚けば、『筋トレは嘘をつかない』なんて大真面目でいう筋骨隆々な男。

 そうでしょうとも。


 また麓まで降りるため背負ってもらうのも大変なので、焦らず確実に買い物をするようにしているのだが、最近は顔馴染みになってきた店主や町の人と立ち話をするからか、ちょっぴり時間がかかっている気がしてならない。

 今日だってほら、また呼び止められた。


 「シャーリィちゃん。これ美味しいよ」

 「ありがとう、タナトおじさん。一個貰おうかしら」


 本の複写の仕事で貰った賃金を手に、私は青果屋のタナトおじさんから真っ赤な林檎をもらう。ユクラスが意外にも果物が好きなのだ。

 

 「シャーリィちゃん、いつも1人だけどここらに住んでるの?」

 「ううん、麓から少し離れたとこよ」

 「わざわざこっち来るの大変だろう?この町に住めばいいのに。仕事ならある程度できるだろう?」

 「いいの、今の場所が気に入っているのよ」

 「そうかい?女の子1人で大変だぁろう?うちの愚息とかどうだい?顔はまぁいいぞ」

 「まぁ、おじさんったら。私にはもったいないわ」


 青果屋の好青年リュークが困ったように言った。


 「ごめん、シャーリィ。最近は誰と会ってもこの調子でさ。親父がこんなだから面倒になって、そのうち客が遠のかないか心配するくらいなんだ」

 「まさか、リューク狙いの子たくさんいるでしょう?」

 「どうかな。シャーリィみたいに気さくに話せる方がいいんだけどな」

 「気さくすぎるのは女性としてどうかと思うこの頃よ」

 「まさか、シャーリィはちゃんと女の子だよ」

 「ふふ、ありがとう」


 お金を払って私はリュークに手を振る。リュークが嫌いなわけでもないし、彼はとても好青年だ。だけど、今はまだ恋愛をする勇気がない。また裏切られるのは辛いだけだもの。


 私は籠いっぱいの果物と小麦、卵、ベーコンを下げて急足で衣類店へ向かう。肌寒くなってきたから、新しい外套や掛け布団を買う予定なのだ。

 店に向かう途中に見た貼り紙。ドキリと心臓が鳴った。


 《魔女にご注意を。皆様の暮らしの中に紛れている可能性あり》


 ここはアランの領地内の町だ。森を囲って反対にある町であったため、大丈夫かと思っていたが……ご丁寧に私だと思われる似顔絵までついている。

 あの時、アラン達が死んだか確認しに行ったのかもしれない。そして、遺体がなかったからこんな貼り紙をしているのか……。

 別に悪いこともしていないから放っておいてほしいのに。どうして、ここまで魔法を嫌うのか。私達が何か悪い事をしたのか。


 この国では自由に生きられる気がしなくて、早いのは私がここを離れて国を出るべきなのだろう。

 でも、それをしたくない自分がいる。


 理由は明白だ。

 自分でも可笑しいと思っている。ユクラスと一緒にいたいだなんて。

 森の中はユクラスにとって安全で、あそこでの生活を気に入っているのは私だ。

 でも、迷惑がかかるのであれば……


 「お、おい。お前、なんだかあの貼り紙に似てないか?」


 横を通り過ぎた商人が言った。

 ハッとした。その声に反応して人が集まってくる。

 ここは旅人も多く来る。だから人が集まるのも早かった。


 「い、いや、ちがう……」


 ざわざわと騒がしくなる。「なんだなんだ?」「貼り紙の女に似てるんだってよ」などとじゃじゃ馬のように集まってくる。

 騒ぎを聞きつけて、警備兵が駆け付けてくるのが見えた。


 どうしよう、走って森へ逃げればまだ間に合う。でも、そうすれば私が魔女だと言っているものだし、ユクラスの存在まで知られる可能性もある。

 頭が真っ白で足が固まったように動かなかった。また……またあの日のように石を投げられ、痛めつけられる。


 「なぁ、そっくりじゃないか!?」

 「まさか、あの子が魔女っ!?」

 「魔女が人間のものを奪いに来たんだっ!!」


 皆口々に叫ぶ。


 「待って。そんな悪い事していないはずよ、可愛いお客さんじゃない」

 「そうよ、ただのシャーリィちゃんよ、何言ってるの」


 私を擁護する声も聞こえるが、あの日の事がフラッシュバックして胸が苦しくなり膝をついた。息が吸えない、目が霞む。集まってくる人の顔が同じに見えた。


 怖い。

 どこに行っても同じような目に合うのだろうか。

 それなら、いっそ、このままここで死ねばーーー


 「うわっ、なんだっ!?」

 「ば、化け物だっ!!」


 ざわざわした騒ぎが悲鳴に変わった。

 まさか……


 息の荒くなった私を抱き上げたのは鋭い爪のユクラスで。瞳が金色に鋭く光り肌も銀色に強く光っている。それが周りを威嚇した。


 「ユク、ラス……」

 「帰ろう、家に」


 その言葉に私は頷く。

 

 「おい、魔女が化け物を連れてるぞ!!逃すな、隠れて人間の物を取っていたんだ、殺せっ!!」


 投石が次々と来るが、ユクラスがそれを手で払いのける。いや、当たる前に跳ね返っているようにも見えた。

 

 「シャーリィちゃん……!?」


 リュークとタナトおじさんが驚きの表情から、そして……恐怖の顔に変わった。

 やっぱり、魔女は嫌われ者なのね。


 私はユクラスの首に手を回す。ユクラスも私を守るように抱えると、物凄い速さで森へと駆けた、いや飛んだと言った方が正しいかもしれない。

 背後に聞こえていた町の騒ぎが大きくなる。

 頭の中で声が反芻する。

 気付けばあっという間に洞窟に着いていた。


 太陽の光がきらきらと反射して、辺りを銀色に染めていた。もう少しで夕方なのに朝のように綺麗だった。

 そっと私をベッドに下ろすと、水を汲んで渡してくれるユクラス。その優しさにジンと鼻が痛くなった。


 「ごめん、ユクラス。あなたの存在がバレてしまった」

 「そんなこと、どうでもいい。それより、体調は大丈夫か?」

 「私のことはいいの。情けない……魔法も使えず、あなたにも迷惑かけて……怖いって思ってしまったら、何もできなかった」

 「あそこで魔法を使えば、もっと酷い扱いになる。だから、良かったんだ」

 「でも……」

 「いいから休むんだ。ここまで人間が来ることはないし、また他の町にでも遠くでも行けばいい」

 「ユクラスは……」

 「もちろん、用心棒として一緒だ」

 「うん、うん……ありがとう……」


 彼のボロボロのズボンを握る。

 あぁ、暖かいズボンを買ってあげる予定だったのに……まぁ、生地をどこからか探してきて私が作ってあげよう。

 ユクラスの優しい手に頭を撫でられながら私は目を閉じた。殺されかけたあの時の恐怖は、意外と私の記憶に刻み込まれていたようだった。

 




 肌寒くて私は身震いして起きた。薄いシーツをかけているが、夜はそれでも寒くなっていた。

 見渡せば、自分のベッドで横になるユクラス。彼は肌が特殊で分厚いからかあまり寒くないと言う。

 悪い夢を見ていたからか汗をかいた背中が冷えて、尚更寒かった。

 ……ちょっとだけなら、いいかな?


 あまりにも寒くて、心細くて。

 私はユクラスのベッドに潜り込んだ。未婚の女が、なんて言われるんだろうが、寒さには敵わない。凍死したら元も子もないと言い訳して、私はユクラスの温かな背中にぴたりとくっつく。


 温かい。


 ぬくぬくと温まり、私は再び眠りにつく。不思議と先ほど見ていた悪い夢はもう見なかった。

 

 シャーリィ、シャーリィ……起きろ。

 まだ眠いって。

 もう勘弁してくれよ。

 お願い、まだ寝かせて……。


 肩をゆすられるが、温もりが気持ちよくて私はその暖かさを抱きしめた。なんだか枕にしては固いんだけど。

 

 「シャーリィ!!!」

 「んん?」


 寝ぼけた頭のまま目を開ければ、ユクラスの腹に腕を回して暖をとっている私。

 

 「……何してんだ」

 「あぁ、昨日寒くて。ユクラスが暖かくて」

 「シャーリィ……いくらなんでも」

 「だって、昨日毛布買えなかったし……ペットと寝るようなものでしょう?」

 「……ペット……」

 「うん?」


 私が首を傾げたら、べりっと引き剥がされた。

 

 「ぐずぐず寝ている暇はないんだ……もう夜が明ける」

 「ここを……出るの?」

 「あぁ、じきにバレるだろう」

 「……アラン様達に?そうかしら。あの人たちそこまで賢くないから、そんな慌てなくても」

 「いや、しばらくここを離れていた方が安全だ。万が一ってこともあるからな」

 「……分かったわ。支度する」

 「あぁ、必要最低限の」

 

 私は呪文を唱えて、ショルダーバッグを開けた。すると、そこにあらゆる家具が小さくなりながら吸い込まれていく。

 瞬く間に、洞窟にあった日用品から家具が片付けられた様子をユクラスは呆気に取られて見ていた。


 「どう?ここに来て本領発揮よ」

 「凄いな……戦闘や工作では全く魔法が使えないのを見ると本当に魔女か疑わしかったが」

 「生産の魔術は難しいの。仕組みを知っていないといけないし、戦闘なんてそれ相応の魔力もセンスもいるから。私はダイナミックな魔法より繊細な魔法の方が好きなの」

 「繊細?まさか、そんな繊細だったら、人の寝床に入るまい」

 「暖をとってたのよ」

 「そこが図々しい」

 「だって……悪い夢を見たし……寂しかったし」

 「……」


 ユクラスはポリポリと頭を掻きながら言った。


 「いや、困った」

 「何が?」

 「……何でもないから」

 「何でもなくない」


 何が?と聞こうとしたら口を押さえられた。ユクラスを見れば、鋭い目つきで周囲を警戒している。ユクラスが小声で囁いた。


 「見張られている。人の気配が……数人……やばいな、囲まれている」

 

 まさか、もう場所がバレているの?

 そもそもただの小娘に対して、なぜそんなに執着する?魔女だからといって私1人を消す必要があるのか。

 

 「シャーリィ。君は自分の結界を張れるか?俺が相手をしている間に逃げろ」

 「まさか。そんな事しないわ、逃げるなら一緒じゃないと。だって森には獣もいるもの」

 「あいつらは、もう君を襲わない」

 「まさか」

 「早く」

 「そもそも狙いは私でしょう?だったらーー」


 まだ暗い空に、幾つもの影が現れる。

 目を凝らすが顔は見えない。でも、彼らが身につけている紋章が光ではっきりと見えた。

 王家の紋章だ。


 「兄さん」


 王家の紋章を身につけた男性が言った。

 兄さん?誰が?


 「……スヴァン」

 「久しぶりだね。やっぱり生きてた」

 「どこで生きてようと俺の勝手だ。もうお前らとは関係ない」

 「そんな事ないよ?」


 スヴァンと呼ばれた男が私をちらりと見る。


 「魔女だね?」

 「彼女は関係ない。やめろ、お願いだ。放っておいてくれ」

 「そうはいかないよ」


 スヴァンの周りにいる人達がマントから杖を出す。ゾッとした。魔術師に囲まれていたんだ。


 ぐるりと10人ほどか……


 「逃げろ、お願いだ、シャーリィ」

 「どういうこと?ユクラス……」

 「このままじゃ、君も俺も殺される」

 「ユクラス、あなたは……」

 「いけっ!!結界を張れっ」

 

 魔術師が呪文を唱え始めると同時にユクラスが彼らに飛びかかった。私は呆気に取られてその様子を見るしかなかった。

 ユクラスは力任せに魔術師達を薙ぎ倒していく。彼の身体が銀色に淡く光っていた。そして、彼の素早さと力強さに追いつかない魔術師達。だが、相手は魔法を使う。色んな攻撃がユクラスを襲っていく。

 どうしよう、どうしたらいい?逃げる?それともユクラスに加勢する?


 ユクラスの迷惑になるのは嫌だけれど……彼を1人置いていくのも嫌だった。私が魔女だと狙われた時は迷わずに助けてくれたユクラス。状況は分からないけれど、そんな彼だけ犠牲にするのは絶対嫌だ。

 考えている間もユクラスは魔術師に攻撃されている。このままだと、本当にユクラスは殺される……。


 私は結界を広く張ってユクラスを巻き込む。

 

 「ユクラスっ、戻って!!一緒に逃げるの!」

 

 ユクラスへの攻撃が跳ね返され、魔術師へ当たり1人倒れた。


 「馬鹿っ、ハァハァ……多数いるんだぞ?」


 息も切れ切れにユクラスは答えた。


 「私1人で逃げるのと一緒に逃げるは一緒よ!なら、戦うのも一緒!!」

 「どういう理屈だ……」


 ユクラスを狙う魔術師の攻撃は見事に跳ね返される。

 彼は私の元へ戻ってきた。


 「この結界なら1人で逃げるのも簡単だろう?」

 「命の恩人を置いてけないわ」

 「恩人か……」

 「何?」

 「いや、何もない。このままどうやって突破する?」


 頭の血を拭いながらユクラスは聞く。


 「結界張ったまま、谷底に突っ込む」

 「あぁ、ついに決心ついたわけか」

 「まぁね、水を飲みに行くのよ」

 

 ユクラスは早かった。


 ニヤリと彼は笑えば、私を抱き上げてスヴァン達が次の手を打つ間もなく崖から飛んだ。

 魔法が頭上を掠めていく……。

 下へ下へ2人で落ちていった。


 内臓が縮み上がりそうな感覚を我慢しながら私は必死に目を開けて、重力を操りながら水の中に落ちるよう誘導した。

 もの凄い水飛沫を上げながら2人一緒に水の中に落ちた。結界があったおかげで水への衝撃は和らいだが、結界がはずれて酸素がなくなる。呼吸が出来ない恐怖を感じながらも、ユクラスに抱えられて水面を目指した。


 水面から顔を出して、思いっきり空気を吸う。

 川の流れに逆らいながら岸辺に着き、よろよろと横たわった。


 2人で呼吸を整える。


 「どこが繊細なんだ」

 

 ユクラスの嫌味に私は力無く笑いながら立ち上がり、血を流す彼の腕に触れる。

 だが、ユクラスがハッとして私の手を退けた。


 「ど、どうしたの?治さないと……」

 「駄目だ、俺を治すな」

 「は?なんでよ、物凄い出血よ」


 尚も彼に触れようとする私の腕を掴むユクラス。


 「自然に治るから大丈夫」

 「魔法の傷は魔法で治さないと、治りが悪くなるわ」

 「だから、それが狙いなんだ」

 「……どういう事?」


 私はユクラスを見た。ユクラスが辛そうに顔を歪める


 「何を隠しているの?あなたは誰?」

 「俺は…………呪われた王族なんだ」


 それと同時にユクラスが腹部を押さえながら倒れた。見れば、剣が彼の脇腹を貫通している。


 「ユク、ラス……」

 「僕を舐めてもらっちゃ困るよ、兄さん?」


 そして、私達の周りに魔法陣が浮き出てきて光に包まれたと同時に、気付けば豪華な大広間に投げ出されていたのだった。





 血を流して横たわるユクラスと血で汚れる自分。

 先程のマントを着た魔術師に囲まれながら立つスヴァン。


 「ようこそ、我が家へ。兄さん、生きてる?最期に自分の生まれた場所を見せてあげようと思って」


 楽しそうにスヴァンが言う。


 「ちょっと待って。何なの?呪いって?どう言う事よ」

 

 私が状況を飲み込めずに聞けば、スヴァンは目を細めて「あぁ」と口を歪めた。


 「最期に説明しようか。それを聞いてどうするか拝見しようじゃないか」


 スヴァンが話し出した。


 かつて、王族に2人の優秀な王子がいた。兄は武に優れ、身体の弱い弟はいつも兄の後ろでそれを見ていた。どんな攻撃も跳ね返すと称賛される屈強な身体を持つ兄は、真の王だと言われ、次代の王となる事は確定している事だった。反面、決して優秀でもなく身体も弱い弟は、期待されない寂しさが次第に悔しさへ変わり、兄を憎むようになった。

 そして、その憎しみはある魔術師と出会い弟は魔法に目覚める。

 弟は魔法を研究して兄を呪うことに決めた。王家に伝わる伝説の血、ならばそれを利用しようと決めて。


 「僕は兄さんがいい気になって剣ばかり振り回す間、貴族達を掌握していった。簡単だったよ?僕が王になった暁には望む物を与えようと囁けばその通り動いてくれたし、娘達を差し出してきた。貴族達も力ばかりの兄さんを危惧していたみたい……それに、剣ばかりの兄さんに相手にされない女の子達は僕が甘い言葉を言えばイチコロだったよ。皆んな、僕を求めた……爽快だったなぁ……僕の妃になるために必死に女の子もその親も媚びて媚びて。そうして、僕は後ろ盾を作っていったんだ」

 「作りものの立場ね」

 「うるさい」

 「うっ」


 身体に重みが加わり私は床に押し付けられる。


 「貴様っ、シャーリィにっ、なにする……」

 「躾だよ。誰に向かって口を聞いているのかな?この魔女は」


 スヴァンが私の腹を蹴った。身体の重みと痛みで一瞬呼吸が止まったと思うほどだった。


 「続きいい?それで、僕は兄さんを呪ったんだ。見事に成功して、兄さんは醜い化け物の姿になった。あれは傑作だったなぁ……皆んな、醜い姿になった兄さんを見て、化け物だって手のひらを返すんだから。あっという間に人気者の王子は、醜い呪われた化け物と言われて、殺されるはずだったんだ」


 歩きながらスヴァンは話す。


 「魔法でも剣でも痛めつけたはずだったのに……運良く逃げ切った兄さん。でも呪いは解けずに隠れて生きることになったよね。この呪いはね、魔女または魔法使いに魔法で解いて貰わないといけないんだ。それも自分を犠牲にして。まぁ、誰かを犠牲にしてまで呪いを解こうなど思わないもんね、兄さんは」


 さっきから呪い呪いって……。


 「解く方法を教えて。何の魔法を?」


 スヴァンが待ってましたとばかりに私を見たら、ふっと身体が軽くなった。


 「純粋な魔法だよ」

 「純粋な魔法?」

 「愛ある魔法、それだけ。でも、まさかそんな醜い化け物を助けようとする魔女が現れるとは思わなかったなぁ。君が助けたいのはただの人助け、自己満だろう?化け物を愛するなんて本当にそんな事起こるまい」


 そして、スヴァンが手を捻ると同時に、ユクラスの腹に刺さった剣も捩れ、ユクラスが悲痛な呻き声をあげる。


 「ユクラス!!」

 「ほら、早くしないといくら化け物だとはいえ、出血死、またはショック死しちゃうよ。口付けでも交配でもなんでもやっちゃって。愛を与えれば解けるはずだよ。そんなもの、絶対ないけどね」

 「なぜ実のお兄様にこんな事を」


 痛みで苦しむユクラスに駆け寄って叫べば、スヴァンは憎しみのこもった目でユクラスを見下ろした。


 「何もかも兄さんが奪うからだ。王家の真の血筋だと小さい頃からちやほやされ、武に秀でてるからか瞬く間に人気を集めて。僕はいつだって日陰者だった。皆の憐れむ視線が分かるかい?蔑むんじゃない、憐れむんだ……身体が弱い可哀想な王子って……」


 コツコツと靴の音が響く。


 「分かるかい?その時の気持ちが……何も期待されない気持ちが。許せなかった、王族の僕をそんな目で見る事が許せなかった。だから、どんな手を使おうと僕が王になって見返そうと決めたんだ」

 

 ユクラスの腹からどくどくと血が流れて彼の皮膚色も白くなっていく。私は彼の傷口に手を添える。

 

 「やめろ、お願いだ。シャーリィ……君を失いたくないから……」

 「でも、私はあなたを失いたくない。大丈夫、あなたを助けて私も助かる、絶対に」

 「はははっ、まさか2人とも悲劇のヒーローヒロインのつもり?こんな事ってある?想像以上なんだけど。必死になって魔法使いを隠れて生きるよう頑張って仕向け排除してきたけど……良かったね、兄さん。変わり者の魔女と出会えて。さぁ、今から茶番劇の始まりだ」


 楽しそうにスヴァンが笑う。

 そうか、だから私たちは嫌われ者だったのか。ユクラスを助ける者がいなくなるように……。


 「あれ?そうか。最初からそのつもりだった?兄さん、呪いを解くために魔女を側に置いていたんだね。兄さんもなかなか悪どいなぁ」

 「それは……違う。俺はそんなこと……」

 「ねぇ、魔女さん。早く助けないと死ぬよ?でも、助ければ君がどうなるんだろう……やってみてよ」

 「やめろ」


 2人の話を無視して私はユクラスに聞く。


 「治せば呪いが解けるのよね?魔法をあなたに使えば、助かるのよね?」

 「でも君が……自分を犠牲にすべきでない。俺はいい。もう十分生きた、君に出会えて良かったから」

 「ねぇ、そういうのいいから、早く」

 「ああああぁっ」


 剣がユクラスの肉を横に引き裂く。ユクラスが気を失って身体が痙攣する。


 「やめてっ、ひどいわっ!!」

 「じゃあ、助ければいいじゃん」

 「言われなくてもそうするわよ!!」


 救ってもらった命が、大切な人のために使えるならなんでもいい。ユクラスが初めから私をそのために助けたなんて思えない。

 一緒に過ごした日々がそう言っている。


 白目を剥いて痙攣する彼の脇腹に手を当てて、私は全ての魔力を注ぎ込んだ。

 面白いほどに魔力が身体から抜けていく感覚に恐怖を覚えたが、それでもユクラスを助けたかった。

 絶望の中、私を助けてくれて、楽しい思い出を作ってくれた彼に最後の感謝を込めて魔力を注いでいった。

 そして、誘われるように私は彼の身体へ口へ……口付けた。


 ユクラスの血が光となり彼の身体へ戻っていく。それと同時に硬い皮膚の色が変わり、トカゲ頭が小さくなりそれは人の顔に変わっていった。長い長い銀色の髪がとても綺麗だった。


 スヴァンが驚きの声を上げる。


 「なっ、なんでだっ!?なぜ、まさかそんな愛なんてあるはずない……は?……銀色の髪?……」


 ざわざわと周りがうるさい。

 そんな事より、ユクラス……とても綺麗な髪をしているのね。肌も鱗肌じゃなくて、艶々で羨ましいわ……。あら、それに今度はツノが生えているのね。それもそれでかっこいいじゃない。


 朦朧とする意識の中、ユクラスが目を開けて金色の瞳と視線が合った。それを最期に私の目の前は真っ暗になった。





 俺は自分の腕の中で冷たくなったシャーリィを見た。俺の血で汚れて、身体のあちこちにアザができていた。

 怒りより悲しみだった。

 なぜ、早くに突き離さなかったのか。


 長い事1人で森で生きてきた。身内の裏切りを経験して、俺を見る人間の目が怖くて、1人で生きてきた。

 だが、それも次第に心細さが出てきて、久しぶりの人間を見たら身体が勝手に動いていた……惹きつけられるようにシャーリィを助けて側に置いてしまった。魔女と知った時は、俺のせいで酷い目に合わせたのにも関わらず、人との久しぶりの関わりが胸を暖かくして、自分の身勝手な思いで彼女を離せなかった。いや、離したくなかった。気持ちでどうこうできるものじゃなく、身体が魂が彼女を離さなかった。

 それに、シャーリィは一度も俺を化け物だと怖がらずに接してくれた。ありがたかった、いつしかそれは彼女への恋心だと自覚すれば、突き放すなんてできなかった。


 だが、その結果、俺は彼女を結局死なせてしまった。

 

 冷たくなったシャーリィを抱きしめる。

 もう俺で暖を取ってはくれないのか……。


 涙が溢れてシャーリィの顔に伝う。

 死んでも君を離したくない。


 後ろを見なくても分かった。奴が剣を今にも振り下ろそうとしている。

 愚かな。


 奴が振り下ろす剣を気で払って突き飛ばす。


 「っんあ!?」


 俺はシャーリィを抱き抱えて立ち上がり、奴らに背を向けて歩き出す。


 「まっ、待て!!!」

 

 話す事など何もない。歩く足は止めなかった。


 「おいっ、どうやって……あいつを止めろ」


 魔術師が構える感覚が分かった。

 うるさい奴らだ。こんな仕打ちをしていてまだ何かあるのか。


 「うるさい、蠅ども」


 俺は一振りでそいつらを薙ぎ倒した。

 スヴァンが後ずさる。


 「呪いのおかげで、龍の力が目覚めたようだ。感謝する、弟よ」

 「まさか、そんな事……」

 「中途半端な呪いだ。俺を半獣にしかできなかったのも、魔法使いを根絶できなかったのも、呪いの解除方法が曖昧なのも……お前の全てが中途半端で、力がないからだ」

 「ちがう、そんなわけっ」

 「そうやって喚いてろ。俺はもうこの国なんて捨てる。龍の加護がなくなれば、国も終わり……だったな」

 「ま、待ってくれ、兄さん!!話し合おうっ、そうだ、魔術師と協力してシャーリィを助けれる可能性もっ」

 「そんな状態でか?」


 魔術師達が徐々に朽ちていく。


 「あ……あぁ……」

 「もう会うこともないな」


 「さらば……愚弟よ」

 「まっ、この化け物!!!」


 当たり障りに剣を振り回して向かってきたが、俺は触れることなく奴を張り倒す。


 「あ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は絶望の顔をする弟だった者を置いて城を出た。弟もこの国もやがて消えるだろう。


 俺はシャーリィを抱えて城の1番高い塔にのぼった。

 

 あぁ、緑豊かで綺麗な国だ。

 見渡せば、俺たちが過ごした森が見えた。


 帰ろう、シャーリィ。

 俺たちの家に。


 俺は龍の姿になり飛び立った。





 人々はその日、城から銀の龍が鳴きながら飛び立つ姿を見た。御伽話などではなかった。

 あまりにもその銀龍が悲壮感に溢れて飛んでいったのを見て、民は悟った。

 この国はもう龍の加護がなくなると。


 城の中には王族だった男とその側近達が朽ちた姿で見つかった。

 貴族達は悟った。

 真の王を間違えたのだと。龍の血筋はまやかしではなかったのだと。


 人々は国を去った。

 一部の……傲慢な貴族は我が王になろうと王座を取り合って殺し合った。

 そして、多くの民は加護がなくなって衰退していく国を出ていった。

 

 ある一部の民は……龍が飛び立った森の麓にひっそりと住んで、龍の加護を静かに、静かに待った。

 

 他国が国へ攻め込んできても、不思議とその森と麓の町だけは攻め込まれなかった。だが、その森へ一度入れば、獣が植物が人間を拒むかのように誰1人として帰って来なかった。

 

 麓の人々は、龍がいるであろう森を見上げて手を合わせた。時折、それに応えるかのように太陽の光と共に銀色の光が差し込むように見えるが、幻に過ぎないのかと、期待のこもった眼差しを向け続けた。

 

 国が衰え、新たな王が立ち、争いが絶えず、そしてまた国が衰える……。

 それは何十年も続いた……いや、何百年だったか。


 それでも麓の町に集まった人々は、銀龍がまた加護をもてなしてくれると信じて言い伝えた。あの少女と一緒にいた化け物は実は美しい銀龍だった話をー。




 今日も俺は彼女に話しかける。

 銀色の水に、彼女の淡い桃色の髪が広がってとても美しい。

 

 まだ彼女は目を開けない。

 毎日、毎日悲しみが溢れて涙となって流れ続けた。彼女がいない世界は考えられない。

 自分が死ぬまで、俺の涙で暖を取っていてほしい。


 流す涙は不思議と彼女の周りに留まった。俺の流す銀色の涙が何百年も溜まった泉に彼女は横たわっていた。

 そして、俺は死んだ彼女の身体が朽ちないように龍の涙を流し続けた。

 いつでも彼女の側で彼女を感じたい。身勝手な思いは迷惑だろうか……。


 もう、あの日から何年経った?

 いや、何百年か……?

 龍の寿命は何年なんだ?

 俺はいつまで、彼女のいない世を生き続ければいいのだ。

 死にたいのに、いつか目覚めるかもと諦められない思いが今を作っている。


 シャーリィ……シャーリィ……。

 君の暖かさを感じたい。

 こんな冷たい身体じゃなくて。


 俺は銀の泉に入って彼女を抱きしめる。

 何年経っても涙が枯れないのは龍だからか。今日も美しく漂う彼女の髪を見ながら涙を流した。


 「シャーリィ。君を愛してるんだ、どうしようもなく惹かれて、焦がれて、愛したくて……どうか、目を開けてくれ……どうか、どうか」


 彼女の両頬を包み込み、彼女の開いた唇に口付けを落とす。涙で濡れた唇はとても艶っぽく熱い。


 …………

 

 熱い?

 

 …………。


 俺は彼女の柔らかな唇に己のものを慌ててもう一度合わせる。あぁ、そうか……じんわり熱くなっているのは自分の唇か……。


 情けない。

 ただの気のせい、龍の欲なんてものは、何千年も衰えとけ馬鹿野郎。


 落胆した気持ちで彼女から離れようとした。


 その時だった。

 彼女の瞼がぴくりと動いたと思えば、綺麗な緑色の瞳と目が合った。



 太陽が眩しくて暖かい日だった。


 

 「おはよう、ユクラス」



 にっこり笑う彼女とは反対に、俺はここ数100年生きていた中で1番の涙を流した。止まらない、声も出ない、出るのは嗚咽だけ。


 「っうぅ、シャ、シャーリ……」

 「ユクラス、ありがとう。私もあなたを愛しているわ。もう1人にしないから」


 待ってくれてありがとう。


 俺たちは銀色に輝く泉の中で固く抱き合って、強く口付けた。熱く暖かい身体を感じながらーーー。




 その日、麓には銀色の雨が降った。

 そして光り輝く銀色の星が、昼間でもきらきらしている様子を見て、麓の民は1ヶ月お祭りを行った。

 

 その後、森からは定期的に仲の良い子連れの家族が訪れるようになった。可愛い可愛い、銀色の髪色をした双子を連れて。

 

 

完。


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