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ゼロの魔王  作者:
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進むべき道へと

 昨夜、少女にみっともなく縋り付いた。あの後は泣き疲れて眠ってしまったらしく、目を開ければ少女は隣で寝ていたし、その光景を見て男性はニヨニヨと嫌な笑みを浮かべていた。


「昨夜はお楽しみでしたね?」


 そうかけられた言葉がどんな意味かは分からなかったが、なんとなく揶われたのだけは理解した。

 羞恥と怒りがないまぜになった心をどうにか押さえ込み、どうにか返した言葉は情けない呻き声だった。


「それで? これから君はどうするつもりだい?」


 未だ起きない少女は穏やかな寝息を立てている。陽光を反射しているサラサラとした金髪が撫でられ、それに反応するように顔に皺がよった。

 ――――分かってる。

 現実と理想の差も、自分の甘えた感情も、噴き出して止まらない自責の念も……この陽だまりの隣にいればきっといずれ忘れられる。

 分かってはいるんだよ。

 この人達に悪意なんてない。

 なんてことのない……こちらを気遣う目が、あまりにも優しくて泣いてしまいたくなる(甘えてしまいたくなる)。

 

「きっと、ここで休んでしまえばきっと傷つくことは無い。新しい思い出と、優しい人に囲まれて。穏やかな日々を過ごし、掛け替えのない幸福で溢れると思います」


「――それでも、僕は母の元へ行きます」


 枯れた声でそう告げる。

 この家に飛んできたばかりの今にも擦り切れてしまいそうな少年は、ボロボロでありながらも確固たる決意を秘めていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あの後、腹の虫と共に起きたお姫様は泣きそうになった僕の顔を見て怒ってしまった。

 「泣かせた、ダメ」なんて言い放ち、朝食作りを命じられた彼は誤解なのにと泣いていた。

 そんな食事もひと段落。

 もちろん先程の話が無かったことになんてはならなかった。


「君は帰ると言ったけれど、僕は反対だよ」


「どうして、ですか?」


「間違いなく君にとっていい結果にはならないからさ。僕は子どもを分かりきった地雷原に送り出すほど、人でなしではないからね」


 肩を竦めそう言われる。

 心配を宿した瞳に見つめられ、思わず息を飲み込んだ。

 ただ、その話をするにはあまりにも……なんというか……。


「あの……この話、今の状態で話すことですか?」


 心配を宿した瞳の下。

 皿洗いをしながらフリフリの花柄エプロンを纏う彼は、なんというか真剣な雰囲気はありつつもどことなくシュールだった。

 いや、まあ心配してくれてるのは分かる。分かるんだけど、話が頭に入ってこない!

 インパクトがデカすぎる!

 いや、そんな哀愁漂わせたまま微笑まないでほしい!このままだとこの人のイメージがシュールな花柄エプロンで固まってしまう!

 困惑しながらも真面目に話を進めようとする男性に必死に雰囲気を合わせる。

 ――あ、やっぱダメだ。堪えきれん。

 盛大に少年は吹き出した。


「お父さん、あんまりおふざけ、だめ」


「いやぁ、ごめんごめん! いつまで耐えれるか試したくなったんだ!」


「あんまりふざけると、嫌われるよ」


「ええ〜それは悲しいなぁ……」


「私も怒る」


「それは参ったなぁ……どうしたら許してくれる?」


「……ちゃんと話す?」


「もちろんさ……ただこればかりは癖でね〜」


「お父さんのダメなところ」


「間違いないね!」


 ワハハと笑う父親に、仕方ないとため息を着く娘。その傍には腹を抱えて呼吸をしている子どもが一人。

 大丈夫?と少女が突くが、未だ自身のツボから抜け出せずピクリと震えるだけだった。


「さて、仕切り直しといこうか」


 エプロンを外しながら、蹲る少年から顔が見えるようにしゃがみこむ。

 声を出さずに笑うのはあの人に似てるな。

 記憶は遥か、されど思い出はここにある。

 あの父親からこうも感情が豊かな子が育ったのはひとえにあの人のおかげかな。

 彼は感情表現が苦手だったから。

 ある程度、呼吸が落ち着いたのを見計らって話し始める。彼の気持ちもわかるが、自分の状況も正しく理解してもらわないといけない。


「まず、君をこのまま外に出す訳には行かない。理由は3つある」


「1つ、まだあの家が襲撃されてからひと月も経っていない」


「だから早めに!」


「しー」


 まだ話は続いてると言わんばかりに人差し指を当てられる。有無を言わさぬ無言の圧力。どことなく父に似たものを感じた。


「いいかい? 日が経っていないということはまだ捜索されてる可能性が高いということだ。まさに罠にひっかかりに行くようなものだよ」


 確かにそうかもしれない……けど!

 そんな感情を理解しているかのように頭を撫でられる。その瞳は、最後に見た母に似ていて声が出せなかった。


「僕は君を託された。あの人にね。だからこそ僕は君が死にに行くようなことをするなら止めなきゃいけないんだ」


「それと2つ目。君、角をどうやって隠すつもりだい?」


「……あ」


「その顔は、何も考えてなかったね?」


 呆れたような彼の様子に思わず顔を背ける。そういえば確かに何も考えていなかった。

 角の隠し方なんて分からないし、そもそも家がどの方向にあるのかすら知らない。

 少し前にはなるが今までは家と街の往復しかしていなかった。どこに何があるか、ここがそもそも世界のどこなのかなんて知らないのだ。

 

「……もしかして、家も分からない?」


「うっ……」


 鋭い指摘が隣から刺さる。

 たしかに何も考えてなかったし、感情的になっていた。けれど、どうしても譲れないのだ。

 

「でも、それでも行きたいです! 狙われてでも、場所が分からなくても!」


「まだ3つ目を言ってないんだけどなぁ……」


 諦めたようにため息をついて、後頭部をガリガリと掻く。仕方ないと漏れた声はどこか嬉しさを帯びていた。


「いいかい? 君は今狙われている身だ。君のお母さんの安否を確認するために君自身が囚われてしまえば意味が無い」


「それは、そうかもしれません」


「角の隠し方も分からない、道も分からない、場所も知らない、頼れる相手もいない。これから先の君の旅路はきっと辛いものになる。それに君が傷つけば傷つくのは君だけじゃない。少なくとも私たちは君のことを家族だと、そう思っているからね」


「――――それでも、行くかい?」


 この人の言ってることは正しくて、ここに来てから自分は守られていたんだってずっと思っていた。

 母の優しさに、父の厳しさに。

 ずっと守られて、甘やかされて……そして失った。

 幸せは脆く柔く、とても甘くて名残惜しい。

 僕はきっとそれを追っているだけなんだろう。家に行っても辛いことしかないだろう。もしかしたら母の亡骸を抱えて、蹲るだけしか出来ないかもしれない。

 それこそ亡骸さえ無いかもしれない。

 カタカタと落ち着きなく震え始める体。

 夜より昏い漆黒がこちらを見ていた。

 それは、纏わりつくように彼を包み……しかし光は黒を貫いた。

 震える手を隣で握った少女は、相も変わらず無表情のままで何を考えているかはまだ分からないけど。

 それでもこちらを慈しむような瞳をしていた。


 夏の日の青空みたいな色で……ただ、見つめていた。


「そんなに心配なら覚える」


「ん?」


「大丈夫。やればできる」


「えっと……ん?」


 何を言っているのだろうか?

 覚えるって、何を?

 脳内に巡る疑問符を1つずつ処理していく。

 もしかしなくても、角の隠し方を覚えるってこと?


「言いたいことは分かるけど……彼にできるかい?」


「大丈夫。やればできる子、だから」


 なでなでと頭を撫でられ、力強く頷かれてしまう。

 いや、やるとか言ってないんですけど。

 そもそも、やり方とか分からないんですけど。


「皆最初ははじめから。私にも出来た」


「比べられても困るんだけど……」


「大丈夫」


「でも」


「大丈夫」


 ああ……ダメだこれ。

 たまに仕事で疲れた鍛冶屋のおっさんみたいになってる。同じセリフしか繰り返さなくなったのを見てからあそこには近づけなくなったよな……。

 遠い思い出と同じ顔をした少女に腹を括るしかないと覚悟を決める。

 元よりどんなことをしてでも行くつもりだった。やったことの無いことを覚えるなんて当然だ。


「覚悟……決まった、ね?」


「決めざるを得ないでしょ」


 出来るなら、怠けていたい。

 甘えれるなら、甘えていたい。

 けれど、俺にとって……この人たちにとって必要なら、俺は頑張るって決めたから。

 だから、退かない。

 前に進むって決めたから。


「……仕方ないなぁ」


「本当は君に不利なことを言って止めようと思っていたのに。まさか娘から援護されるとはね〜」


「あんまりいじめちゃダメ」


「いじめてないよ〜。心配してただけさ」


 戯ける男性に、ふっくらと頬を膨らませる少女。そんなつもりは無いんだけどなぁなんて言いながら少女の両頬をしぼませる。

 口から空気の抜ける音と共にもう一度こちらを見る。


「君の歩む道はきっとこれから辛い道だよ。もしかしたら今よりも酷く(ひどく)酷く(むごく)(こく)だ。それでも、進むかい?」


 きっとこれは最後の温情。

 今ならまだただの少年として生きていける。そういった類の脅迫。

 けれど、もう失いたくないから。まだ捨てたくないから。

 だから。


「――――進みます。例えそこが今よりも残酷だとしても、俺は進みたい」


 真っ直ぐ、目を見る。

 逸らしてはいけない。

 きっとそれはこの人の優しさを無為にしてしまうから。この人の心を台無しにしてしまうから。

 真っ直ぐ、進む方へと。


「………………はぁ、降参だよ」


「分かった。君の好きにするといい」


 仕方ないというように両手を上げる。

 この時が少年がこの家に来てから初めて喜びの声を上げた日になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 目の前で喜びの声をあげる少年を見る。

 やっと子どもらしい仕草を見せたこの子に少しだけほっとした。

 張り詰めた顔が昔見たあの人に酷く似ていたから。きっとこのままだと君は壊れてしまうと思ったんだ。

 喜ぶ顔はあの人に似ていて、決意の顔は彼に似ている。

 鼻筋は少しあの人に似ているし、逆に目元は彼に似てる。

 少しずつ面影が重なる。

 懐かしい日々だ。

 至上の日々だった。

 思い出すのはいつだってあの時間で、過ぎる物はいつだって後悔ばかりだよ。

 今の君はあの人と笑ってるかな。

 元気だといいな。

 会いたいよ。

 エラ。

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