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ゼロの魔王  作者:
3/5

それに名前をつけるなら

「母さん!!」


 バッと起き上がる。

 母の姿は無く、自分は簡易的な治療を施されて布団の上にいた。

 ここは……どこだ?

 警戒しつつ周囲を見ても結局は見覚えのない 小屋だということしか分からない。


「痛っ……」


 無理に体を動かそうとするも体のあちこちが鈍く痛む。

 これは長引くだろう。

 痛みに悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、なんとか体を動かそうと芋虫のように這いずる。

 自分はどこにいるのか、母さんはどうなったのか……そして父さんは今どこにいるのか。

 分からないことは山積みで、知りたいことは沢山ある。

 ズルズルと引き摺るように体を動かしているとドアが開くのと同時に自分より少し高い声が聞こえた。


「……起きてる」


 ひょっこりと少女が顔を覗かせる。

 年齢は多分自分と同じくらい。サラサラとした金色の長髪は陽の光に当てればキラキラと反射するだろうななんて思うくらいには艶がある。

 何を考えているのか分からない碧の瞳はどこか心配の色を写しているように思えた。


「動いて、大丈夫?」


「いや、大丈夫……では、ないけど……」


 知らない場所で自分と同じ年齢の女の子。

 何が何だか分からず混乱してしまう。

 ここはどこなんだ?

 君は誰なんだ?

 君が助けてくれたのか?

 聞きたいことは山ほどあるはずなのに、言葉に詰まって出てこない。


「……ん、分かった。ちょっとまってて」


 混乱して上手く言葉に出来ない俺に何かを察したのか、少女は静かに部屋を出ていった。




「起きてくれて良かったよ〜! 君に何かあったらと思うと僕は悲しくて悲しくて……!!」


 おーいおいおいと泣き出してしまう眼鏡の男性。先程の少女に待っててと言われ部屋で待っていればバタバタと部屋の外から足音が聞こえた。

 泣いている眼鏡をかけた男性が部屋に入ると同時に泣き出した。年齢は……父と同じくらいだろうか。父とは違い感情をありのままに表現するその姿に少し困惑する。


「あの……ここは、どこなんですか?」


 戸惑いながらも今いる場所を尋ねると、落ち着きを取り戻したのか涙を拭いながら答えてくれた。

 

「ここは私たちの家だよ。君のお母さんと僕は遠い血縁でね」


「血縁……」


 目の前の男性を見る。

 この人が母さんと血が繋がっている……のだろうか。正直見た目だけでは分からない。

 見たところ角もないし、同じ種族ではないのだろう。人間である可能性もある……警戒は解けない。


「ま、急に言われてもちんぷんかんぷんだよね〜!」


 ヘラヘラと軽薄そうに笑う男性に少しイラッとしてしまう。まるで百面相のように切り替わる表情はどこかこちらを安心させようとしていたのかもしれない。


「まず、この家には君を害そうとする者は一人もいない。そこは安心して欲しい」


「……信じられない」


 記憶の中では先程のことだ。けれど怪我の状態や周囲の状況を考えれば既に数日は経っている。

 その間に治療を施し、身体を綺麗にしてくれたのかもしれない。

 けれど、もしそれすら罠だったとしたら。

 もう、あんな間違いはしたくない。


「それは、そうだろうね……君の状態を見るにきっとあの人は君を守ったんだろうから」


「――――っ!」


 転移の光に包まれる前、最後に向けられた笑みを思い出す。

 きっとあのままでは殺されていた。

 きっと母は死を覚悟していた。

 それでも尚、私が勝ったとでも言うように笑っていた。

 穏やかに、それでいて勝ち誇るように。

 宝物が壊されないことを安堵するように、俺の中に残る最後の姿が血にまみれた悲痛の叫びではなく、俺にとっての穏やかな母であれるように。

 彼女は、幸せそうに笑ったのだ。


「ごめんよ。君にそんな顔をさせるつもりで話した訳じゃないんだ。ただ……そうだな、君を安心させるために私達も見せよう」


 チラと男性が少女を見る。

 コクリと頷く少女は1歩、前へ踏み出した。


「ちょっと待っててね。これをするには少し集中が必要なんだ」


 ふっと彼らが力んだことが分かる。

 どこか肌がチリついて、彼らの背後が歪み始めた。

 段々と大きくなる歪み。

 形を変え、それはまるで大きな羽のような形となっていく。

 まるで何が起こっているのかまるで分からない。

 ただ、大きな羽が彼らの背から生えていた。


「羽……」


「うん。私たちは羽の種族。君たちと同じ、はぐれ者だよ」




 驚きから声が出ない。

 始めてみる羽の種族。

 それも2人。

 角の種族は前にいた街で何人も見かけた。力仕事だったり、魔物狩りであったり、様々な所で見かけてはいた。

 しかし羽の種族は見たことがない。

 大きな町だったとは言い難いがそれでもそこそこの大きさだ。もはや存在自体が都市伝説だった。


「ふふ、驚いて声も出ないかい? ドッキリ成功だね」


「……正直、驚きました」


「う〜ん、あんまりそんな感じはしないけどなぁ」


 たははと苦笑する男性。動きと一緒にふわふわと白い羽が揺れる。

 白、と言うよりも白銀と呼んだ方が正しいだろうその姿は窓から差し込む光を反射してキラキラと光って見えた。


「……………………」


「いや、その様子だと本当に驚いているみたいだね。表情に出ないが分かりやすいのはお父さん譲りかな?」


「父を知っているんですか?」


「もちろんだよ。実は、君とも何度か顔を合わせたことがある」


 こーんなちっちゃい時だけどね。なんてお茶目に笑っている。先程まで変な泣き方をしていたとは思えないな。

 それよりも……そんな話は聞いたことがない。父はおろか母でさえそんな話はしてなかったはずだ。


「まあ、今は混乱もしているだろうしここまでにしておこうか。まだ夜明け前だしね」


 窓の外を見ると確かにまだ暗い。

 それはあの時から時間が経っていないのではないか。

 もしかしたら母はまだ生きていて。

 あの家に帰ればまた暖かいスープでも用意してくれている。

 いつもの気怠げな自分を叱り、それでも尚許してくれる。

 あの暖かい場所が残っているんじゃないか。


「…………ごめん。僕は君に伝えなきゃいけない」


 そんな淡い希望など知るかと。

 考えさせる事などさせないと。

 そういうように目の前の男性は告げる。

 ああ、そんなのは死刑宣告のようなものではないか。

 僅かな希望すら抱かせず、ついぞ俺の望みなど無駄とでも言うように。

 彼は、言葉を紡いだ(死神は鎌を振り下ろした)。

 

「君がこの家に来てから、既に1週間が経っている。君のお母さんは、多分もう……」


 分かっていた。

 そんなの自分の都合のいい妄想だって。

 あの騎士の目を見て理解していた。

 逃がすつもりのない眼光が。

 貴様らを排除するという圧が。

 全て自分たちに向けられていたことを。

 既に自分たちが終を告げられたことを。


「……そう、ですか」


 口からこぼれたのは吐息のようにか細い声。

 それは相槌などではない。

 ただ、絶望を呼吸とともに吐き出しただけ。


「すみません。暫くの間、1人にさせて貰えませんか」


 問いかけのようで、問いかけじゃない。

 今は誰とも話したくない。

 その明確な拒絶に、彼らは分かったと告げ、部屋を出ていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 小さな音を立てて扉が閉まる。

 部屋の中からは少年の悲鳴とも聞こえるような絶叫が聞こえてきた。

 彼はきっと泣いているだろう。

 知りたくない真実を知り。見たくもない現実を突きつけられた。

 傷ついて、傷ついて傷ついて傷ついて。

 その先に待ち受けるのは、絶望の死か。はたまた復讐の焔か。

 それとも――――


「……大丈夫、かな」


 娘が心配そうに扉を見つめる。

 純粋な心配は今の彼にとっては毒にも薬にもなりうる。

 ひとたび間違えれば劇薬になってしまう。


「分からないが、次に話す時は仲良くしてあげれるかい?」


「…………」


 少しだけ、困った表情。

 顔に出ないねなんて周囲は言うけれど、この子ほど感情が素直に顔に出る子もいないだろう。

 ちょっとの眉毛の変化で分かる……まあ、これは親バカだからなのかもしれないけれど。

 

「……出来ると、思う」


「でも、今はきっと、必要ない」


 羽の種族は環境を利用する。

 その性質上、感受性が非常に豊かになる。

 その対象は人だけに非ず、自然や、精霊と呼ばれる環境そのものにも訴えかける。

 きっとこの子には何かが見えている。

 私たちにも見えない何かが。


「そうか……でも、仲良くはしたいかい?」


 その問いかけに、恥ずかしそうに彼女は頷いた。

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