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ゼロの魔王  作者:
2/5

いつもの日常から

店先でおっさんと話しながら饅頭を食べ、最近は何があった。町ではこんなことがあった。なんて話を聞く。

 饅頭はとても美味しく、白い包みに1口かぶりつけば中からトロリとした餡が出てくる。熱々の餡に火傷しないように気をつけながら食べるがあまりの熱さに舌がヒリヒリと傷んだ。


「がはは! 角付きの坊でも熱いもんには弱えか!」


「楽しそうに笑ってんなよおっちゃん。身体が丈夫な角付きとは言えまだ発展途上なんだよ」


「確かになぁ! おめぇはまだガキだしな!」


 饅頭を食し終え、傾いてきた日を背に家までの道を歩く。先程の町にあったような舗装された道とは違う、草木生い茂る道だ。

 原則、角付きや羽付きは町に住めない。

 もし街に暮らすことを良しとして暴れられたらたまったもんではないのだろう。

 それくらい、素の身体能力は違うのだ。


「ただいま〜」


「あら、おかえり。お父さんが串焼きを買ってきてくれるって聞いてたけれど、ちゃんとおつかいはできた?」


「さすがに出来たよ……もう既に数えて12だよ?」


「何言ってるの朝もひとりで起きれないお子ちゃまのくせして」


「……朝が強すぎるだけだよ」


 あと布団。

 ふかふかの布団に挟まれて自力で抜け出す人など居ない。居るはずがない。

 自身の自堕落を棚に上げ、買ってきた串焼きを母に渡す。


「ありがとう。ご飯できちゃってるから、着替えてきなさい」


「分かった〜」


 自室に戻り着替えてから食卓に食事を並べていく。

 そういえば父がいないが、どこに行ったのだろうか。


「父さんは――――」


 ドガァン!!

 そこまで口に出し、同時に家が爆炎に包まれる。吹き飛ばされ、壁に激突したが見る限り大きな怪我はない。

 何が――!

 爆発の中心を見れば何かが撃ち込まれた跡があった。


「今は、それより……!」


 必死に這いずって母がいたであろう場所へ向かう。吹き飛ばされていたとしても元いた場所からの方が分かるはずだ。

 煙が充満する室内から母の姿を見つける。頭からはドロリと赤い液体が流れており、気を失っている。


「母さん……!!」


 とりあえずは止血しなければいけない。なるべく綺麗な布の方がいいかもしれないが、そんなこと、今は言ってられない!

 辺りを見渡し目に入った布で母の血を止める。

 そんな中、バタバタとした足音と共に複数の鎧の騎士が侵入してきた。


「動くな!」


「貴様らは完全に包囲されている!」


「一体なんなんだよ……!!」


 銀の鎧をまとった騎士が複数人。

 その後ろには漆黒の騎士が1人見える。

 

「……ん? 子どもと、女だけか?」


「やつはどこへ……?」


 困惑する騎士達。

 目的の人物はここにはいないのか?

 そもそも家を爆発するほどの何かがあるのか?

 母の出血が止まるように必死に止血しながら銀の騎士たちを睨む。


「…………奴は逃げたあとか」


「子と嫁を捨て、逃走を図るとは……クズめ」


「……いったい、誰の話をしてるんだよ!」


「貴様! 口を慎め! この御方は人類首都グランドの第2騎士団団長、その人であるぞ!」


 今にも噛みつきそうな子どもに威圧するように剣を向ける。それでも尚、敵意を剥き出しにし今にも喉笛を噛みちぎらんとしている。


「…………子供、貴様の父が国家に対しての反意を持っているとの通報があった。覚えているだろう? 露店の男だ」


「露店の男……?」


 ふと浮かぶのは禿頭のおっさん。

 まさか、そんな。

 だって、今日もあんな風に話をして……周囲が忌避するような俺の事、俺達のことを知ろうとして……。


「何を勘違いしているのかは知らないが、貴様らは角付きだ。そもそもの構造が根本的に我らとは違う。身体も、思考も、その力の振るい方でさえもな」


「なん、で…………」


「言っただろう。そもそも根本が違うと。貴様らは人間の形をした化け物でしかない」


「そんなわけ、ないだろ! あのおっさんはちょっと面倒なところもあったけど、いいおっさんだった! 角付きだからって避けたりしないで話してくれてた!」


「それは貴様の思い違いだ。何故やつがいつも服の下に魔導機構を着ていたのかわかるか?」


「それは、きっと力仕事とかがあって……」


「本当にそう思うか? ほかの露店の者どもは着ていたか?」


 思い返せば、魔導機構を着ていたのはあのおっさんだけだ。

 話していた時も魔導機構を着ている事をよく見えるようにしていた気もする。


「やつは怖かったのさ。もしかしたらいずれこいつに殺されるのではないかと、不安で不安でたまらなかったんだ」


 それは、ただただ絶望の宣告だった。

 同年代も、ましてや年上ですら恐怖で近付いてこないこんな自分を受け入れてくれた。

 笑い方は豪快で、自分の店の商品を押し売りしてくるが、それでも角も人も関係ないと、そう言ってくれているのだと思っていた。


「貴様の考えているそれは幻想だ。たどり着けない夢物語だ。理想と呼ぶのも烏滸がましい、ただの妄想だ。目を覚ませ……貴様は、バケモノなんだよ」


 そう言い放ち、部下に家の中をくまなく探すよう言い伝える。指示を聞いてから、ガシャガシャと音を立てながら人探しを始める。

 ガシャンと音を立てて食器棚が倒れた。

 そこには母が大切にしていたお気に入りのティーセットがあった。

 バキッと椅子が壊された。

 それは父が自分に座りやすいようにと態々作ってくれたものだった。


 思い出が、記憶が、歴史が。

 音を立てて崩れていく。

 無惨にも壊されていく。

 未だ目を覚まさない母を必死に抱き寄せながら、少年は漆黒の騎士を睨みつけていた。


「隊長! 隠し扉や回転扉などは見当たりません! 扉隠しの魔術の痕跡も見当たりません!」


「ご苦労。となると、既にこの家には居ないか……」


 顎に手を当て、しばしの間考え込む。

 手に持っていた布は既に母から流れた赤で染まりきっており、じっとりと重い。

 大丈夫、まだ大丈夫と必死に自分を鼓舞する。呼吸はある、心臓も振動している。

 まだ、母は生きている。

 こいつらさえ居なくなればなんとか……!!


「それでは1度首都に戻るぞ……ああ、そいつらは処分しろ」


「…………は?」


 処分? 何を? どうやって?

 向けられる視線、視線……視線視線。

 先程の騎士のような出で立ちの彼らは兜をとり、下品な顔を隠そうともせずにこちらを見やる。


「いいんですか?」


「……ここには何も無かった。そう報告する」

 

「ヒャッハー!! ツノ狩りの時間だァ!」


 先程の騎士がケタケタと笑う。その顔は使命に満ちた、と言うにはあまりにも下衆で、醜悪な笑みだった。


「さぁ、坊ちゃん……お前はどんな声を聞かせてくれるんだ?」


 ジリジリとにじりよられ逃げ場を無くしていく。既に入口への道は途絶えた。

 どうする。どうすればいい。

 未だ目が覚めない母の頭を抱えながらどうするかを考える。

 魔術を使う? 練習もしたことが無い。出たとしてもこいつら相手に通用するかは分からない。

 身体能力で迎撃する? 武器を持った相手と戦ったことなんてない。対人戦だって数える程行ったかどうかだ。

 命乞いをする? 自分はおろか、母が助けてもらえるか? 今この場で? そんな希望は先程途絶えた。


(あいつは処分って言った。きっとこれは殺せって命令なんだ)


 いい考えは思い浮かばない。

 もう、このままでは自分も……母も生き残る術はないだろう。

 諦めようとした時、母と自分の足元が淡く発光した。


「――!! 逃げるぞ!」


「転移!」


 隣で寝ていたはずの母が魔術を唱える。

 瞬間、世界は真っ白に染まった。


◼️◼️◼️


「……魔力は1人分しかないか」

「ッッ!」

「動くな。次は腕じゃ済まんぞ」

「…………目論見が外れたわね。『漆黒の騎士』」


 荒く息を吐きながら不敵な笑みを隠しもせず漆黒の騎士を睨む。

 既に魔力は使い切った。

 1人分を転移するしかないほどしか自分には魔力がないこともわかっていた。

 この後死ぬであろうことも、それ以上にあの子にとって残酷な選択をしたであろうとも。

 ただ、我が子を生かすために彼女は自身の全てを投げ打った。


「……何故、そうまでして守る?」

「何を、言ってるのかしら」

「奴は獣だ。それは貴様にとっても例外ではないだろう?」

「――――ッッ! 私はッ! 私はあの子の母よ! あの子が生まれてから、死ぬまで! いいえ、死んだ後でも! 私はずっと……ずっと!! 母であり続ける!」

「…………」

「あなたこそ、どうかしら?」


 不適な笑みは崩さない。

 涙なんて見せてやらない。

 私は死ぬまであの子の母であり続ける。

 少しでも時間を、猶予を、望みを、希望を……自分の子(みらい)に繋げるために。


「可哀想なヒト。自分で決めることもできないのね」

 

「……その通りだとも。私たちに貴様らの尺度は通用しない。これから先のこと、分かっているだろう?」


「ええ、あなたが早くこっちに来ることを願ってるわ」


「……ああ、肝に銘じる」


 そうしてこの世界から1つ分、呼吸が消えた。最後まで母であり続けた彼女は、それはもう安らかな笑みを浮かべていたという。

 それは子どもよりも先に逝ける喜びなのか。それともこれから先の自身の子どもへの愛情なのか。

 それは、今の私たちには分からない。

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