いつもの日常
昔昔のそのまた昔。
かつて人間はひとつの共通する姿しか無かったという。
何が起きたか突然変異。
ある日を境に角のある種族と羽のある種族、そして何も持たない種族に別れた。
角のある種族は体内のマナを使うことに長けた。
羽のある種族は環境のマナを使うことに長けた。
何も持たない種族は時が経つにつれ脳が段々と大きくなり、現在はーー
他の種族を蹂躙していた。
煌々と煌めく夜の明かり。
パチパチと弾ける焔の音。
肉の焦げる匂い。
喉を焼く空気。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
少年の絶叫が木霊した。
時は人類歴428年。
かつてこの世界には人間と呼ばれる知恵のある者たちと動物達が共存し、生活をしていた。
自然を慈しみ、動植物に感謝し、時に狩り、狩られ……それでも尚生き続けた。
ある時、世界に3柱の神が舞い降りたという。
1柱は何者にも負けない力を持つように。
1柱はどんな環境でも生き抜く器官を持つように。
1柱は何者にも比肩することの無い知識を蓄えるように。
そして世界は変貌した。
力を与えられた者には角が生えるようになった。初めに生えた角は漆黒とも呼べるような黒であったらしく、次第に角を持つ人々の指導者となっていった。人々はかの人を「黒曜角」と呼んだ。
器官を与えられた者には羽が生えるようになった。初めに与えられた羽は純白であり、人々は次第に天使だと言うようになった。羽を持ち、自分たちを選ばれた者だと考えた彼は自ら「白銀翼」を名乗った。
知識を与えられた者には目に見えた変化はなかった。見た目は今までと変わらず、なにか突出した力がある訳でもない。ただひたすらに勤勉で、ただひたすらに非力だった。
初め彼らは協力し、この場にいる全ての者の幸せを願った。自分たちが力になれるのならばと力を合わせ、困難に立ち向かい、そして生き抜いてきた。
敵対生物には滅法強い角の種族が外敵を排除し、環境に適応できる羽の種族が生活を整え、知恵を持つ非力な種族が住む場所を作っていった。
しかし、その生活は長くは続かなかった。
力のある者は次第に力が全てだと思い込むようになった。
「力が全てだ! 俺の力こそが!!」
羽のある者は次第に汚れていく環境を許せなくなった。
「……君たちには感謝が足りない。もっと環境と調和すべきだ」
知恵のある者は、ただひたすらに知識を貯めていた。
「いや、僕としてはどちらもどうでもいいかなぁ……」
道は決裂した。
力あるものが力なきものを支配する国
全ての生命に感謝し環境と調和する国
知識を求めただひたすらに思考する国
彼らは失敗したのだ。
決して譲らず、ただ自分達の我欲を満たすために国を興した。
その結末は……語るまでもないだろう。
「ほーら、起きなさい!」
布団を剥ぎ取られる。
朝の冷えた空気に身体を震わせ、イモムシみたいに縮こまる。
「……さむい」
「当たり前でしょう! いいから、早く起きなさい!」
ペシンと未だ丸まっているイモムシ……いや、自分の頭を叩いて母さんは1階に降りていった。
朝は苦手だ。
寒い時は寒いし、暑い時は暑い。
昔から気温の変化は苦手だったけど最近になって特にそう思う。
「ベッドの中で生きていきたい……」
モゾモゾと動き、先程引き剥がされた布団に手をかける。
再度布団の中に潜り込み、ああ至福の空間……なんて思っていたらその事を分かっていたかのように母は目の前に立っていた。
「私の言いたいこと、分かるかしら?」
「……今日も可愛いね、愛しの息子、とか?」
「ふん!」
ゴツン!と拳が振り落とされる。
痛みに呻き、再度布団は取り上げられる。
ついでと言わんばかりに窓をあけられ、そこから吹き込む風に身を震え上がらせた。
「いい加減にしなさい! 今日はお勤めの日でしょ!」
「俺は、寝ていたいです」
「素直なことは貴方の美点ではあるけど、素直すぎるのは欠点ね……」
頭を抱えられてしまう。
行きたくないなんて呻いても、今日の予定は覆らないらしい。
「おはよう、父さん」
「…………ん」
1階に降りれば既に身支度を整えた父が朝食をとっていた。
寒い朝にはこれでしょうといつも作る母のスープに少し硬いパンを浸して食べている。
「また、寝ぼけたのか」
「……いや、行きたくないなぁって」
そうかとだけ零しスープの中にある肉をこちらの器に渡される。
沢山食わんと身がもたんぞなんて言われ父なりの気遣いなのだろうなんて思う。
分かっている。
父とてわざわざ付き合わせたくないことなど。
「ありがと、父さん」
「よし! 集まったな!」
額から生える一本の角。
その色は黒く、そして猛々しく思えた。
いつからだったか角の部族と呼ばれた自分たちの種族は大体400年前までは最も勢いの強い勢力だったという。
かつて3つに別れた種族の分岐点。
始まりには角。
半ばには羽。
終わりには知恵。
初めこそ互いの世界を尊重し、他者に多くの干渉はせず、保たれていた平和。
次第に欲と力に溺れた各種族の長は世界を手中に収めようとした。
――その結果、角と羽の種族はその数を大いに減らした。
初めこそ角の種族が隆盛を極めた。
しかし次第にその力に適応した羽の種族はその勢いを押し返した。
初めから劣勢であった知恵の種族は、最後の最後で力を手に入れた。
それは勤勉の証、努力の結晶。
世界の理を理解しその力を活用し始めた。
その末が今だ。
力のある角の種族はその力を存分に使った仕事を行う。それは狩りや治安の維持。
環境を整えることの出来る羽の種族は空気や水の浄化、または維持。
そして知恵のある種族はこの世界の7割を支配していた。
「いいか角付き共! 貴様らはこの国の力だ! 考える必要は無い! ただ言われた通りに力を振るえ!」
そして、支配者達は偉そうにふんぞり返っている。世界を支配し、自分たちが1番だとそう思うように。
角付きのお勤めとは主に狩りだ。力を使い、狩りを行う。そして得られた肉や皮を売り生活をする。
100年前に流通を始めた貨幣という制度は今となっては取引の主流だ。
山の麓から街へ降り、そして言われるままに狩りをする。その獲物は普通の動物もある。
しかし、それ以外もあった。
「ブモォォォ!!」
「うわっ!」
「ふんっ!」
父に放り投げられ紙一重で魔猪の突進を避ける。
かつて人間と呼ばれる種が3つに別れた時、もたらされたモノ。それが魔力。
火を興し、水を生み出し、風を起こして、土を操る。
万物に干渉する力。
そしてその万物とは生物も例外ではない。
魔力によって変貌した生物は魔物となる。
普通の動物にはないような力。
例えば発火する身体や山と見間違えるほどの巨躯、そして今までには存在しなかった生物の発生。斧を持つ二足歩行の豚、硬い鱗に覆われた羽を持つ蜥蜴。異様な発達を遂げた生物たち。
変質したそれらを便宜上、人は魔物と呼んだ。
「……疲れた」
山に向かっての狩りは初めてじゃない。
山菜採りも行くし、山に行くこと自体は嫌いじゃない。空気は綺麗だし、動物の鳴き声も聞いていて落ち着く。
ただし、後ろに辟易とする奴がいるなら話は別だ。
街へ帰還し、未だに大声で何か話しているあのヒゲは大体いつもこうだ。
自分の武勇伝を語り、貴様らには無理だなと締めくくるのがいつもの事。
前線に立ったところなど1度も見た事がない。
(早く終わらねえかなぁ)
夕刻にもなれば街はどこかしこからいい匂いが漂う。香り付けされた串焼きの肉、野菜がふんだんに使われた特性のスープ、何かの皮に包まれた熱々の白いふわふわ。
あの店は最近出たんだろうかなんてつい見てしまう。
「…………よくやった」
「いや、何もしてないよ」
「久しぶりの狩りにしてはよく動けていた。体の使い方には慣れてきたか?」
「ん〜……そこそこ、ってとこかな?」
実際、昔よりも身体は動くようになってきたと思う。なんとなくこうするが段々と染み付いてきた。
まだ分からないけれどいずれは父のように身体を使いこなす所までいけるのだろう。
「ま、周りに同い年の角付きはいないから比較のしようも無いけどね」
周囲の露店に気を取られていれば父から串焼きを買って帰ってきてくれと言われ、何本か買う。
残りはどう使ってもいいって言われたけど……。白いふわふわも気になるし隣の果実の串も気になる。
うろうろと店先をしていれば不審に思ったのか禿頭のおっさんが声をかけてきた。
「誰かと思ったらお前か……なーにウロウロしてんだ」
「ああ、おっさん。久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。今日は狩りの日だったか?」
「まあ、そんなとこ」
「普段は来ねえのに随分と珍しいじゃねえか」
「さすがに行かなすぎだと怒られてさ……」
「まぁ〜、身一つで魔物と渡り合える奴らなんて角付き位だからなぁ」
「……ヒトだってアレがあればどうとでもなるでしょ」
「ま、そうだな!」
ガハハと豪快に笑い服の下に着込んでいる鉄のプレートを見せてくる。
魔導機構と呼ばれるそれはどれだけひ弱な体であっても、どれだけ過酷な環境であっても1人の戦士となれるように設計されたものだ。
角付きと羽付きの敗北の原因でもある。
「んで? 狩り終わりのお前さんがなんでこんな所にいるんだよ」
「あ〜串焼き買って帰ってきてくれって。残りは好きに使っていいって言われたから何を買うか悩んでたところ」
「なーるほどなぁ! それなら、この新発売した饅頭ってのはどうだ!」
差し出された白いふわふわ。
どことなく甘い匂いもする。
「甘い餡を包んで蒸したもんだ! 俺も最近仕入れたから細けえことは分からねえが……首都だと大人気らしいぜ!」
「じゃあ、それ1つくれ」
「あいよ! 釣りは要らねえぜ〜!」
いや、おっさん。言うとしてもそれ俺のセリフだから。




