その『運命』お断りします!
男性恐怖症の現代人がファンタジー世界の美幼女に転生してしまって、魔法使いのおばあちゃんと一緒に望まぬ運命共に抗う話。
──うげっ、アレ絶対厄ネタだわ。
視線の先には少し古ぼけているがこんなど田舎に落ちていて良いものではない、異質さを放つ装飾品がポツリと存在していた。
だって明らかにチェーンから何から金属製で、あの大きく深みのある宝石、村長だって持っていないだろう。
この村の主なアクセサリーは木製とか綺麗な石を研磨したものばかりだし、もし村長の物だったのならあの人のことだ確実に自慢しまくってる。
私はほぼほぼ確信を持ちながらも周囲になんの気配も無いことを確認してからじっと目を凝らす。
──ああ、やっぱりね。
くっきりと視えたものに安堵ともため息とも言えない息を吐き出しながら、さてコイツはどうしてやろうかと思案を巡らせるのであった。
■
「ああ、貴女がこれを見つけてくれたのですね! なんとお優しい方なんだ! これは亡き母より託された先祖代々の品。鳥の魔物に奪われてからずっと探していたのです。このお礼はなんとしたら良いか」
「い、いえ、私はただ拾って届けただけですので……」
見るからに身なりの良いキラキラした美青年に迫られて、私の幼馴染はしどろもどろに頬を赤く染めて戸惑っている。まああんな至近距離から泥臭くも野暮ったくもないキラキラしい美形の笑顔浴びたらこの村の女性陣なら誰でもそうなるか。
私はなんだなんだとギャラリーとして遠巻きに見てる村人達の、念の為にと後ろの方からそのやり取りを眺めていた。
このまま話が進めばきっと幼馴染はあの青年と良い感じになるのだろう。満更でもなさそうな様子を見てうんうんと頷いていると「上手く行ったみたいだね」と嗄れた声がした。
「あ、おばあちゃん! そうなの見てこの通り!」
そう言って左手を胸の前で掲げて見せれば「おお、緑色のが無くなってるねえ」とおばあちゃんはニコニコ笑顔だ。
「今はもうあの子と結ばれているんじゃないかしら」
目線をちらりと送った先にはもう既にお互いしか見えてない男女二人。
私が小さくガッツポーズしているとおばあちゃんはフェッフェッフェッと独特の笑い声を漏らした。
■
私はいわゆる転生者である。
それに初めて気が付いたのは物心のついた頃。なんとなく自身の生活環境に違和感を覚えて、それから記憶が溢れ出した。
前世での私は日本に住むしがない社会人で、おひとり様を謳歌するどこにでもいる女性だった。
いや、こう言うと前世の友人に胡乱な目を向けられるからきちんと訂正しよう。
『男運が悉く無い』『男性恐怖症に陥った』女性だった。
なんでか知らないが私は謎にモテた。見た目も美女と言う訳ではないのに謎にモテた。友人曰く、小柄で大人しそうな雰囲気が庇護欲唆るんじゃないか、黒髪ストレートだし大和撫子的な、との事だった。
モテるなら良いじゃないと何も知らない女性にやっかみを受ける事もしばしばあったけど、その内実を話すと大体青ざめてもらえる鉄板自虐ネタみたいになっていた。
まず、付き纏われる。断っても嫌よ嫌よも好きの内解釈される。他の男に言い寄られている現場を見ると嫉妬なのか知らないけど何故か私に怒りを向けてくる。私物がなくなる。バッグや靴、最悪着てるズボンやスカートなどが言いたく無い体液で汚される。盗聴、GPS、自宅への不法侵入当たり前。etcエトセトラ……。
とにかく、私の異性に対する苦手意識・恐怖心を植え付けるには過剰な程の体験を何度もしてきたという訳だ。恐らくの死因も、ストーカーに刺されたからだし。
あれから記憶ないし。
幸い家族や友人には恵まれていたので嫌な事ばかりではなかった人生だったけれど、やはりそんな記憶を思い出してしまったからには幼い私の警戒心は爆上がりした。
なんせ鏡で確認した現在の容姿が、それはもう天使もかくやな美幼女だったものですから『前世よりも酷い事になるのでは?』と危惧するのもやむなしだったのだ。
一応私が生まれた場所は国の端の方にある村で、町まで馬車で一時間くらいのそんなに不便はないけれどこれと言って見所がある訳じゃない、長閑で気のいい村人だけが売りの田舎だ。村全体が家族のようなものだし娯楽もなにもない環境ゆえに噂話が出回る速度も尋常じゃないため、この村で悪い事をすれば瞬く間に全員に知れ渡り村八分確定だ。
その点は大変に、大変に有難い話で、現在に至るまで心穏やかに過ごせているのが良い証左とも言える。
──まあそれもこれもおばあちゃんのお陰なのだけれど。
私が慕うおばあちゃん──この村唯一の魔法薬店を営む魔法使い様は、私と血の繋がりがある…………訳ではない。
私が前世の記憶を思い出したその後に、風邪を拗らせて臥せっていた時おばあちゃんの魔法薬でなんとか回復して、その快気報告として母親と挨拶しに行ったのが初めましてだ。
その時のおばあちゃんの優しい笑顔と魔法使いという存在に、私は世界が輝くような心地だった。
──魔法が存在するなら、私も平穏な生活が出来るかもしれない!
それから私はおばあちゃんの所へ足繁く通うようになった。
基本的に大人しく聞き分けの良かった私がおばあちゃんの所へ行きたいと駄々をこねるのを両親は戸惑いながらもおばあちゃんに話を通してくれて、快く承諾を得てから私は堂々とおばあちゃんの元へ通っていたのだ。
勿論度々手土産は持たされていたけれど。
そうしておばあちゃんに魔法を教えてもらったり、どんな薬があるのか教えてもらったり、店にある図鑑を眺めたりしていたある日、おばあちゃんが私を見てポツリと「……本当にすごい数だねえ」なんて、ついついという風に溢した小さな呟きを、私は聞き逃さなかった。
「すごい数って何が?」
「ああごめん、聞こえちゃったんだね。うーん、どう話したものかねぇ……」
「お願いおばあちゃん教えて。もしそれが私のことなら私、知りたいの」
「うーんそうだねぇ、あなたはとても賢くて良い子だから話しても良いかもね」
おばあちゃんは少し悩んだあとにそう結論つけて続けてくれた。
「…………あのね、私はね、その人の運命の糸が見えるんだよ」
「運命の糸?」
「ええ、その人のそれまでの人生が良くも悪くも大きく変わってしまうような、劇的な出会いの数がわかるのさ」
「へ〜〜。それじゃあ、私はその糸の数が多いの?」
「そうさ。普通は一本あれば良い方で、多くても二〜三本なんだけれど、あなたはそれが七本もあるからすごく多いわねえって」
「それって私も見る事はできる?」
「見る事は出来るけれど…………あまりお勧めはできないねえ。うっかり切ってしまったら大変だから」
私はその話を聞いて胸が震えた。
ああそれなら、それなら、もしかしたら──
「……ねえ、ねえおばあちゃん、あのね私、誰にも──お父さんやお母さんにも誰にも内緒にしてた事があるの。おばあちゃんが内緒を話してくれたから私もその内緒、話そうと思う。その上でもし良かったら…………助けて欲しいの」
まだ幼い私が真剣に、なんなら最後は少し震えてしまった声で告げるのに、おばあちゃんは大事な話だと受け止めてくれたようで「それじゃあまずは、お茶を淹れてからにしましょうか」とお店の扉にかかっている札をcloseに変えてあの暖かな笑顔を私に与えてくれた。
それからおばあちゃんが淹れてくれた香り豊かな紅茶とおばあちゃん特製のクッキーをお供に、私は前世の記憶があること、前世では男性にいい思いが殆どなく今世では平穏に暮らしたいこと、また運命の糸が男性との出会いならばそれを回避したいことをおばあちゃんに語った。
私が話し終えるまで相槌をうちながらも静かに聞いていてくれたおばあちゃんは、まず私に大変だったわねと労りの言葉を掛けてくれた後に「確かに、あなたの言う通りなのよ」とちょっと困った笑みを浮かべた。
「あなたはまだ幼い女の子だけれど、それでも魔性に近い魅力があるのは確かだわ。あなたがとびっきり可愛いというのもあるけれど、それだけじゃないのよ。持って生まれた才能と言うべきか……まるで魔法や、それこそあなたが言うように呪いみたいに、あなたを必要以上に良く魅せるものよ。この村にいる分には大丈夫でしょうけれど、外に行ったり外から来た人には気を付けた方が良いと、今度親御さんに話すつもりでいたの」
「そ、そんなにですか……」
「ええ、そんなによ。あんまりにも心配だから私、あなたの家から私の家までこっそり工夫してたくらいよ」
そう言って指揮棒のような杖を軽く振ってパチンとウインクするおばあちゃんにはもう感謝の言葉しか告げられない。頭を埋める勢いの私に「そんなにかしこまらないで」と優しく撫でてくれるその手がとても暖かくて…………うう、おばあちゃん大好き。
「そういう理由なら寧ろあなたにも見えた方が良いでしょうね」
ようやく顔を上げた私に微笑んで、おばあちゃんがそっと私の左手を取る。
「いい? 今から私が見えている糸をあなたと一緒に摘んでみますから、よぉく見ていて」
私の左手を下から支えて、もう片手で私の右手の人差し指と親指の上からおばあちゃんの人差し指と親指が、魔力で淡く光りながら添えられ、左手の薬指の上まできた所でふっと何かを摘んだ。その瞬間。
「わぁっ!」
「ほら、これがあなたの糸よ」
私の右手が摘んだところから、鮮やかな色が広がるようにその姿を現した。
赤、青、黄色、白、緑、水色、紫。
おばあちゃんの言っていたように、七色の糸がそこに存在していて薬指の根本に結びついていた。糸の行方はそれぞれバラバラ。ふよふよと光り漂うその様はどこか幻想的で、私はしばし言葉もなく魅入ってしまう。
「こうした糸が誰しも生まれた時は結ばれているものよ。そしてその糸で繋がった先の人と絆を結ぶと、その糸は二人の想い合う強さで太く、より強く光り輝くの。あなたのお父さんとお母さんのようにね」
以前、父と母が駆け落ち同然にこの村に来たらしいというのを近所のオバチャン達が話していた事を思い出す。
二人ともここよりもっと都会寄りの生まれだったらしい。
確かにそれまでの人生を変えるような出会いだ。
「さて、それじゃあまずはこの糸にしましょうか」
「なにをするの?」
「運命の糸は無理に解いたり切ったりするとどんな影響が出るかわからない。その影響がどこまで及ぶのかも未知数なの。だから無闇矢鱈と乱暴な事は出来ないけれど、代わりに少しだけどんな運命なのか見る事が出来るのよ」
おばあちゃんは白い糸を選ぶとそれをそっと指の腹で撫でるようにさすった。
そうするとぼんやりと浮かんでくるものがある。
「あれは…………近所のガキ大将?」
「あらあら、案外身近ねえ」
その映像はふわふわと不安定でなにを話しているのかは判然としない。けれど場面が変わって大きくなったガキ大将が冒険者風の見た目に変わり、そして私がついて行く感じに──!?
「あら、これは勇者にでもなるのかねえ」
「え、やだやだやだ! そんな危険極まりない運命絶対やだ!」
映像はそれ以上見れないのかそこで映されていたものは消えてしまったけど、なんてとんでもない未来だろう。そんな責任重すぎる上に身の危険しかない過酷な運命嫌すぎる。
「おばあちゃん、どうしよう。私どうしたら良いの? こんな未来嫌だよ……」
「そうねえ…………例えばあなたが歴史に名を残す、それこそ聖女のような特別な力に目覚めてしまうなら逃れようもなくこの運命に巻き込まれるでしょう。けれどあなたにはあと六本の糸があるわ。もし大いなる力を手に入れるなら運命の糸はその白い糸一本のはず。だからきっと大丈夫、切っ掛けや抜け道がある筈よ」
まだ幼いこの身体は感情が昂ぶり易く、涙も出やすい。未来への不安はもちろん前世から刻みつけられた恐怖もぶり返して溢れる涙が止まらない私に、おばあちゃんはそっと近寄ると私の小さな両手をそのあたたかい掌で包み込んでくれた。
「大丈夫、大丈夫よ。おばあちゃんがいるわ。おばあちゃんが全力であなたを助けるから、一緒になんとかなる方法を考えましょう? ね?」
「うううぅ、おばあぢゃぁあん……!」
目をしっかり合わせて優しく微笑んだあと、抱き寄せて背中をぽんぽんと宥めてくれるその温もりに私の涙腺は決壊してしまって、暫くわんわん泣いてしまった。
■
それから遅れてやってきた羞恥心に苛まれながらもおばあちゃんと対策を練った。
あのほんの少し見せてもらえた映像はそう頻繁に見れるものではないらしく、かなりの魔力を消費するそうだ。
おばあちゃんは「未来視に近い事だから詳細に見ようと思ったら私の魔力量では何年も貯めなきゃいけなくて」と申し訳なさそうに言うけれども、私のためにそれ程の魔力を使ってくれたのであれば感謝こそすれ文句なんて言えっこない。
だから映像を思い返すようにしていて、ふと気になる点があった。
「ガキ大将が成長する前に映った風景、ちょっと物騒じゃなかった?」
「確かに、折れた木や抉れた地面が見えたね」
「それにガキ大将も怪我していたような……」
見た目年齢からしてもこれから一年以内には起こりそうな感じだった。子供の成長は早いから怪我したガキ大将の見た目も、その側にしゃがんでいた私も今とあまり変わらないように見えたので数年は経っていないだろう。
──ガキ大将と一緒にいる時にモンスターにでも襲われた?
やんちゃな彼はしょっちゅう冒険だと言っては大人の目を盗んでチョロチョロしているのであり得ない話ではない。
私はそんな危険極まりない彼を見兼ねて注意したり大人に報告したりするから状況としても可能性は大いにあるだろう。
そこまで考えて「あ」と思い至る事があった。
「なにか思いついた?」
「ねえ、おばあちゃん。私最近、おばあちゃんに魔法教わってるでしょ?」
「ええ、飲み込みが早くておばあちゃん教えるのが楽しいくらいよ。……もしかして」
「へへへっ。うん、たぶんだけど私が魔法使ったから……じゃないかな」
おばあちゃんの言葉に照れながらも私は推測を披露する。
きっと私は、怪我したガキ大将に回復魔法、もしくはモンスターを撃退するための魔法を彼の目の前で使ったのだ。
それであのガキ大将が「ぼーけんしゃパーティには、まほうつかいがヒツヨウだからな!」と私を無理やり未来のパーティメンバーに加えようとするのは想像がつく。
アイツは一度決めたら頑固でしつこいし、年中無休三百六十五日勧誘され続けた私が最後には折れるのも目に見えるようだった。
今でも一応そこそこ情は湧いてるのだから旅立つ年齢まで付き合いがあるのなら絆されるのも仕方ないだろう。
──いやしかし、やはり危ないのは嫌である。
「そうしたら、彼の前で魔法を使うことにならないのが肝心かねえ」
「あの出来事がいつ起きるのかわかれば良いんだけど……」
前述の通り、一応情はあるので危ない目に遭うとわかってて見捨てるという選択はできない。
かといって彼のやんちゃを止める方法もいまいち思い浮かばないし、うーん。
「…………こうなったら、多少荒療治になるけれどあの子自身を改心させるしかないかねえ」
「おばあちゃん、なにか思いついたの?」
「ふふふ、とりあえず親御さんに相談にはなるけど、あの子のやんちゃさには村全体でも手を焼いていたのも事実だからね。お灸をすえちゃいましょう」
ウインクしながら言うおばあちゃんに私は一体なにをするのか不思議に思いつつも「今は内緒よ」と楽しそうなおばあちゃんが善は急げとガキ大将の家に行くというので、その日は自宅まで送ってもらってお別れする事になった。
その数日後。
大人達が少し騒がしくしているなと思っていたらガキ大将はすっかり大人しくなってしまっていた。
なんでもご両親の許可を取ったおばあちゃんは村の自警団の人にも協力してもらって、ガキ大将に幻覚魔法で魔物に襲われる体験をさせたらしい。
しかもガキ大将がいつも連れ回してる子分が目の前で魔物に腕を喰われて絶叫するというオプション付き。勿論この子分も幻覚で作り出したものなので本人ではない。
そして子分が腕以外も喰われようとしている所を自警団の人が駆けつけて助かって、偶々村に来ていた治癒術師のお陰で子分は助かったけどトラウマが深刻だから子分の為にも記憶は封じており今回の事は覚えていない、という筋書きにしたんだとか。
ご両親に「ガツンとやっちゃってください」とも依頼されたおばあちゃんは文字通りガツンとやった訳だけど、や、やり過ぎでは?!
ガキ大将はやんちゃで強引だけど、友達思いな面もあるから、自分が魔物に襲われるよりも、自分のせいで友達が魔物に襲われる方がショックが大きいだろうという考え自体はわかるけど、わかるけどそれでもこう、手心というかぁ!
そうして、封じた記憶を刺激してトラウマが復活してはならないからと子分に謝ることも出来ないガキ大将は、すっかり大人しくなってしまった。
だけれども、代わりのように自警団の人に稽古を付けてもらったり筋トレや剣の素振りをしたり、魔物図鑑や大人の話を聞いて魔物の勉強をしたりと、強くなる為に時間を使うようになったらしいのは素直に凄いと思う。
私だったらそんな体験したら引き篭もって家から出なくなるだろうに、次同じことがあった時に今度こそ守れる強さを手に入れる為に行動できるというのは、なるほどおばあちゃんの言っていた「将来勇者にでもなるのかねえ」という言葉もあながち間違いではないのかもしれない。
──それでもついて行きたいとは思わないけどね!
また、ガキ大将の方とは別に、おばあちゃんは「村の近くにまで魔物が来る可能性は潰したいから」と、自警団の人と協力して巡回を強化したところ、なんと魔物の巣がかなり近くに出来ているのを発見。早々に駆除する事に成功したんだとか。
こうしておばあちゃんの活躍により全ての懸念が払拭されたという訳だ。おばあちゃん凄い。
「結局、今回私あんまり役に立てなかったなあ」
「ふふふ、そんな事ないわよ。そもそもあなたが相談してくれたからこうして対策が出来たのよ? 私を信頼して話してくれたお陰だわ。ありがとう。それにまだ糸は六本も残ってるじゃない。これからよ、これから」
「うん、そうだね……ありがとうおばあちゃん」
気が付けば、あの日おばあちゃんと摘んだ白い糸は解けてなくなっていた。
つまり、私がもしガキ大将の前で魔法を使っても冒険に連れ出される可能性は消えた、という事だろう。
いやまあ自分に置き換えて考えるとあんな目に遭って友人を冒険に連れて行こうとか思えないか。
「あとの糸も無事に解決できると良いなあ」
「あれから数ヶ月経ったし十分な魔力も貯まってきたから週末辺りにまた確認しましょうか」
「本当!? ありがとうおばあちゃんッ! よろしくお願いします!」
そうして私とおばあちゃんはちょっとずつ糸の未来を確認しては対策をしていった。
■
それからそれから──
髪の根元がキラキラしてきて茶髪から金髪に一新した頃くらいに、死んだ娘に生き写しだと宣う貴族の御夫人になかば強引に養女にされる理不尽な未来が視えたから、おばあちゃんの魔法薬で茶髪を維持して回避したり──
両親と一緒に近くの町に行ったらお忍びで来ていた王子様とぶつかって、護衛の目を盗んで脱走してきたという彼に町を案内して欲しいと連れ回されて、なんやかんや気に入られて無茶振り難題突き付けられた末に王妃になるっぽい恐ろしい未来が視えたので、近くの町には暫く行かない事で回避したり──
見たことのない綺麗な蝶々を助けたら、それは魔物にやられて弱っていた精霊様で命の恩人だのなんだのと付き纏われて最終的には精霊の愛し子とかいう伴侶みたいなポジションになる怖すぎる未来が視えたので、おばあちゃんが私の代わりに雑に助ける事によって回避したり──
などなど、これまでに青、黄色、水色の糸を、それぞれ解く事に成功していた。
そして昨日緑色の糸も解けた今、残すはあと赤と紫だけになっていた!
いやあ緑の糸は当初、おばあちゃんに届けてもらう想定でいたけど、夢見がちな幼馴染が最近シンデレラみたいな恋物語にハマってしまって会う度に妄想聞かされていたから、ちょうど良いかなとけしかけたのだ。幸せになるんだよ。
──しかし気の抜けない十年だったけどついにここまで来たんだなあ。
因みにおばあちゃんの指導のもと、魔法の扱いもだいぶ上手くなって、大分前からおばあちゃんの力を借りずに自力で糸の未来を視れるようになっていた。それもあっておばあちゃんと二人掛かりで時期を特定したり、切っ掛けとなる場所や出来事はなにかを重点的に探る事ができた。
さらには糸と関連する物や人を見抜く方法も編み出したので今回はこれが多いに役立ったという訳だ。
まあ明からさまに瞳がボヤッと輝くから人前では使えないのが難点なんだけど。
「フヒヒヒ…………ヒーーヒッヒッ」
思わず悪い魔女みたいな笑い声が出てしまう。
そう、糸の未来は既にヤバそうなものは特に確認・対策済みなのだ。
だから残り二つの内、赤色の糸だってもう何年も前からバッチリ準備済みで、なんなら今日すべての材料が揃う。
──これが笑わずにいられますか!
ニタニタしてしまう私にきっとここに元ガキ大将がいたら「お前ちょっとキモいぞ」とか言われていたかもしれないが、彼はもう既に村を発ったあとなので関係ない。
しかしあんなに気弱で臆病だった元子分が元ガキ大将が遠慮するのも聞かずに無理やりついて行くだなんて……人は成長するんだなあ。
そんな風に思いを馳せながら私はルンルンでいつもの道を進み、おばあちゃんのお店に入る。
「おはようおばあちゃん! 届いた!?」
「フェッフェッフェッ、おはよう届いてるよ」
約束通り朝一に届けてくれたよ、とおばあちゃんは待ちきれない様子の私に笑いながら包みを差し出した。
それは、赤色の糸対策のための最後の材料──【番隠し】の材料だった。
■
赤色の糸は竜人の番になる未来だ。
ある日、竜人族の国の王子が番を探すために村の上空に差し掛かったところ番の匂いを感知したとかで私をその番だと言い張り問答無用で国に連れ帰って王太子妃にさせられるというめちゃくちゃな未来である。
もちろん私は絶ッッッ対に嫌だったのでおばあちゃんと作戦会議したのだけれど、この"番"というのが厄介だった。
竜人族にとって番とは言わば半身。
誇張ではなくまさにそんな感じで、番を得た竜人族というのはそれまでの能力が二倍にも三倍にもなったりするくらい重要ですごいものだ。
番との結びつきが強ければ強いほどその効果は絶大らしく、実力主義国家の竜人族の国において歴代国王の半分以上が番持ちだとか。
だけど番に会える竜人族というのは少なく、必ずしも同種族や、他種族であっても意思疎通ができる生物とは限らないらしいのがこの仕組みの難点だった。それこそ街角に咲く花が番だったこともあるそうで、砂漠で一粒の砂金を探すような途方もないものなのだ。
竜人族の国は前述の通り実力主義。
例え現王の息子だからといって地位が盤石な訳じゃない。そこに番を見つけたという者が現れれば尚更、彼は焦ったのかもしれない。それで世界中をしらみ潰しに飛び回って番を探していたと推測している。
──なんでこんなに詳しいのかって?
おばあちゃんの知り合いで竜人族の国で暮らす魔法使いさんに協力してもらったからです。
その魔法使いさんは研究者のようで竜人族にのみ備わっている番という仕組みそのものに興味を持ち研究し始めたんだとか。
だから私達が番を避ける方法はないか問い合わせしたらそれはもう食いついてくれた。
番になりたいという者はいても、番になりたくないという者は少ないからだそうだ。
竜人族の国って裕福な事で有名で、宝くじの一等並に珍しい番ともなると、それはもう大切にしてもらえるみたいなのよね。
私は王太子妃なんてメンタルやられそうな地位になりたくもないし、有無を言わさぬ強引な態度が気に食わなかったのでお断りですが。
一応、既に婚約・結婚済みの二人が番として見初められて破談にならないよう対策していた時代も少しだけあったそうなんだけど、現在は法律で番回避は禁止されているらしく関連書物は全て燃やされてしまったんだとか。
まあその人の能力が跳ね上がるのなら国力の観点では推進したいというのはわからなくもない。
だけど最近またポツポツ議論され出したらしいので魔法使いさんは「今がチャンスですよ!」と鼻息荒くしていた。
そうして魔法使いさんの熱すぎるまでの尽力のもと、ついに番回避の方法を見つけたのだ。
それが【番隠しの指輪】
身に付けることで番の気配や匂い、縁といった凡ゆる番の繋がりを完全に隠蔽するものだ。
本当は『番である』という事実自体を消し去ったり他に譲渡できれば良かったんだけど、魂に深く関係するものらしくて下手に手を出せない領域となり、なら隠してしまおうという方向になった。
議論されているとはいえまだ竜人族の国で番回避用の品を作るのは違法になる。そのため、材料だけ集めてこちらで作成する事になったのだ。
常に身に付けている必要はあるけれど、まあ私は魔法使いなので浄化の魔法を唱えれば不潔とは無縁なのだ!
……気持ちの問題には目を瞑ります。
そんなこんながあって、来たる運命の日。
私は赤い竜が村の上空を通り過ぎていくのを息を呑みながら見守っていた。
私自身はまだ一人前とは言えないけど、おばあちゃんとそのご友人の先輩魔法使いさんと共同で作った力作のマジックアイテム、その本番運用なのだ。ドキドキしちゃうのも仕方ないと思う。
絶対の自信があるけれどハラハラしてしまうそんな気持ちのまま、あんなに高く飛んでいるのに堂々とした威圧感を放つそのシルエットが完全に見えなくなるまで見送って、私はそろそろ〜〜と外に出ると、雲一つなく竜一匹いない晴れ渡った空に向かって両手を突き出した。
「や、や、や、やったーーーー!」
歓声を上げ小躍りする私に、おばあちゃんのあの独特の笑い声と、右手でキラリと光る指輪があたたかく祝福してくれた。
■
「う〜〜ふふふ〜〜ん♪ うぇへへへ〜〜♪ へへへへへへヒェーーヒェッヒェッ」
「フェッフェッフェッ、ご機嫌ねえ」
おばあちゃんの魔法薬店でカウンターに座りながらニマニマ緩む顔が抑えられない。
「そりゃあご機嫌にもなっちゃいますよ〜〜! うふふふふ! あ、ちゃんと仕事はしてるからね!」
この国でいう成人年齢に達した私はいまやおばあちゃんに弟子入りという形でお店の手伝いをしているのだ。
魔法使いというのはかなり国から優遇されているみたいで、こんな田舎の村にお店を構えていても補助金でそこそこ……いやかなりやっていける。
代わりに国からの依頼があったらどんなに面倒な依頼でも必ず受けなきゃならないけど。
あと少しの部分をささっと書いて「はいこれ」と本日分の支出を記載した帳簿をおばあちゃんに渡す。最近になってお金の管理も任されるようになったからしっかりチェックしてもらうのだ。
「はい、問題なかったわ」
「良かった〜〜」
おばあちゃんから太鼓判を押されて少しだけ肩の力を抜く。数字に強い訳じゃないし自分のお金ではないからいつも心配になってしまう。
魔法も十分便利だけど、こういう時は前世の某表計算ソフトなんかが欲しくなっちゃうね。
我が村唯一の魔法薬店の閉店時間は早く、おやつの時間くらいにはボチボチ閉め作業に入る。村の人もその辺承知してるから用がある人は午前中に来る事が多い。緊急事態の時は別だけどね。
回復魔法が使える関係で、ある種診療所めいた役割も担っているこの店で、おばあちゃんは店舗兼自宅の二階で暮らしておりもしもの時に動けるようにしているのだ。
……まあ、この人がこの村にいる限り、そんなヤバい事なんて起こらないと思うけど。
考え事をしながら残りの片付け作業をしていると、ふとおばあちゃんがまだそこに立ったままでいるのに気が付いた。
「……おばあちゃん?」
不思議に思って問い掛けると、おばあちゃんは少し困ったような表情でわずかばかり逡巡したあと「あなたは……良いの?」と呟いた。
「良いのって、何が?」
「だってあなたまだ、糸が残っているでしょう? 紫の糸。それの対策はしなくて良いの?」
おばあちゃんが指し示すそこには、私の左手の薬指にしっかりと巻き付いてキラキラ光る一本の糸。
「ああ、良いんだよこれは。このままで」
「でもあなた、糸の運命は嫌なんじゃなかったかしら……?」
戸惑いが滲む様子になんだかおかしくなっちゃう。
この人も、こんな風に迷子の子供のような顔をするんだなあ。目を凝らさなくても視えるくらいブレちゃってるよ。
「わかってないなあ、私はこのままで良いの」
私は立ち尽くすおばあちゃんに近付いてその手を取る。優しい手。魔法の手。
──あれから十年以上も経っているのに、"全然変わらない手"
まるで昔とは逆だなあと思いながらちょっと前から同じ高さになった目線を合わせる。
「私はこのまま、この先の未来に行きたいの」
ふよふよと宙を舞う糸は私の指から始まってゆらゆらと漂いながら、おばあちゃんの左手の指に結ばれていた。
──運命の糸はその人の人生を変えてしまうような出会いを示す糸。
男女の出会いだけが全てじゃない。
私がおばあちゃんと出会って紡いできたこの時だって、同じ話だ。
「大魔女様がそんなに驚いちゃって、そんなに予想外?」
「…………やっぱり気付いていたのね」
「そりゃあ素晴らしい師匠のもとで修行しましたから、この村に大小様々な結界がわかりにくく張られているのも、おばあちゃんが"おばあちゃん"を演じているのも、よくわかりますとも」
胸を張ってえっへんと答えれば「確かにあなたは優秀な弟子ですからね」と言われて途端照れてしまう。へへへへ。
「だからそろそろおばあちゃんの本当の姿も知りたいな〜〜とか、おばあちゃんをこのまま『おばあちゃん』呼びしてて良いのかな〜〜とか、色々これでも悩んでいるんだよ?」
「あらあら、自力で見破ることが出来てないならまだダメねぇ」
「そんなぁ〜〜!」
私が情けない声を上げながら「それって何年掛かるの!?」と絶望していると、おばあちゃんはコロコロと笑い声を上げる。
いやだって、長年村の人に疑問すら抱かせない限定的な認識阻害を掛けて、尚且つ悪意ある人を探知する結界や魅了無効などなど複数の結界を維持してる上に魔法薬まで平気で作って、糸の未来まで覗き見出来た人だよ!?
最悪、十何年コースなんですけど!
「ああ、あとね」
「?」
「おばあちゃん呼びはそのままで良いわ。私、あなたにおばあちゃんって呼ばれるの好きなのよ。だから止めないで頂戴」
年齢的にもそうおかしくは無いしね、とおばあちゃんにウインク付きでお願いされては私も「一体このお師匠様はお幾つなんだ」と聞いてはいけない疑問を深めつつ「はぁい」と返事をするしかないのだった。
だってこの人にはたくさん助けられて、たくさんお世話になって、返しきれない恩が山ほどあるし、これからだってなんだかんだ助けてもらうのかもしれない。
それに何よりも──
──私はおばあちゃんが大好きなので。
■
後に伝説の大魔女の弟子としてメキメキと実力を伸ばした彼女が、大魔女と共に数々の功績を世に残し、彼女もまた伝説扱いされるのは、まだまだ先の未来の話。
紫色の糸は、今日も強くまばゆく結ばれて、美しい輝きを放っている。
未来は無限大!可能性は捨て切れない!その後の展開パターン
①ババマゴ(師匠と弟子)ルート
バディ物みたいな感じで無理難題複雑怪奇な厄介事の数々をおばあちゃんと一緒に千切っては投げ千切っては投げしていくほのぼの?ルート
②運命ってやっぱり恋愛?ルート
なんやかんやあっておばあちゃんとガールズにラブする百合ルート。
成立したら伝説カップル!?その気にさせるのに根気がいるぞ!無限に近い時のなか、チャンスを逃すな!
「孫のように思っていた子に迫られるなんて、長生きするもの? なのかしら?」
③運命ってやっぱり恋愛?ルート〜男版〜
おばあちゃんは……おじいちゃんだった!?
長きに渡る時間は彼(彼女)に完璧なおばあちゃんロールを可能にさせた!
「処世術ってやつかしらね? フェッフェッフェッ」
④運命ってやっぱり恋愛?ルート〜性別不詳版〜
ある時は女性、ある時は男性。美女は美丈夫、ショタはロリ。なんなら人外。
変幻自在な伝説の魔法使い様に翻弄されっぱなし!?
「ある程度魔法極めちゃうと見た目ってどうとでもなっちゃうから、その日の気分感覚にはなるわよねえ」
⑤やり直し・つまみ食い・暇つぶしルート
魔法をそこそこ極めてしまって時間を持て余しまくってる上に、実力もえらい事になって男性恐怖症もとっくに克服した彼女は考えた。
「そうだ、逆行しよう」
あの日回避した未来を体験しに行く伝説クラスの魔法使いの暇つぶし!
その他、①のババマゴルートの派生的におばあちゃんの友人だったり全くの新キャラだったりと添い遂げるのも独身貫くのもなんでもあり。
あなたの好きな展開をどうぞ!