9、仲間
初の討伐作戦の2日後。
私たちは団長室に集まっていた―—
「皆、一昨日は作戦成功、ご苦労だった」
団長はみんなを見渡しながら言う。
「リファの協力、心より感謝する。君のおかげで死者、重傷者が出なかった。初の快挙だ」
団長が跪きながら言う。
それに倣い戦士たちも跪く。
「いえ。お力になれたのならよかったです。あの…みんな頭を上げてください」
「いや、お前がいなかったらあんなふうに上手くは行かなかった」
「ありがとう」
副団長たちが言う。
「リファ。今回の作戦に参加した感想や気づいたことがあれば教えてほしい」
団長は姿勢を直して言った。
「そうですね⋯⋯雨を降らしてからゴーレムが完全に弱るまでかなりの時間がかかったように思います。もう少し早めに雨を降らせ始めた方が良いのではないでしょうか」
「確かにそうだ。今までは雨が降っていることを確認した後に戦場に移動していたから十分に濡れるまでの時間があったわけだ。しかし、激しい雨は戦士たちの視界や体力が奪われる難点もある。…検討しよう」
団長はうなづいた。
「はいっ! リファは空を飛んで楽しそうでした! あと、テオのことをじ〜っと見てました!」
カルバが挙手をしながら言う。
「空を飛ぶのは楽しかったです。テオの飛び方がかっこよかったので、ずっと見てました」
私は答えた。
「あ⋯⋯そう。それはどうもありがとう⋯⋯」
テオは口元を手で隠しながら言った。
何か反応がおかしい。
「ふーん。いいねぇー」
ニトロはテオを見たあと、カルバに親指を立てて見せる。
「おい。何だこの空気は」
ジクロがニトロに尋ねるが、ニトロはニヤついているだけだ。
⋯⋯何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
―—ゴホン
団長が咳払いの後、話し始める。
「とにかく皆ご苦労だった。次回の討伐作戦について検討する必要がある」
「次回の討伐作戦はいつ頃になりそうですか? 頻繁に雨を降らせれば、作物に悪影響を与える他に、想定外の被害が起こる可能性があります」
私は団長に進言する。
「戦士たちの体力が回復次第いつでも実行可能だ。2週間以内には計画したいと考えているが」
「天候を変えることによる悪影響は全てが予測できるわけではありませんが、許容範囲だと考えます」
私は答えた。
「よし。それでは具体的な計画だが⋯⋯」
私たちは次回の討伐作戦について、それぞれの役割や隊の配置などを話し合った―
―—作戦会議を終え、私は自分の部屋に帰ってきた。
会議の内容は充実していたと思う。
自分も積極的に意見を出せた。
ただ、私の中には気がかりがあった。
頭に思い浮かぶのは地面に転がる無数のゴーレムの死体。
ベランダに出て、風にあたる。
熱くなった頭が冷やされて心地良い。
「はぁ。ゴーレム殺し⋯⋯か」
「どうしたの?」
「うわぁ!」
驚いて突然聞こえた声の方を見ると、隣の部屋のベランダにテオがいた。
「また考えごと? 何度か声をかけたんだけど⋯⋯」
「ごめんなさい。気がつかなくって」
テオに頭を下げながら言う。
テオは柵の上に立ち羽根を広げるとこちらのベランダに飛び移ってきた。
「テオのお母さんの調子はどう? 昨日あの後会いに帰ったんだよね。」
「咳は前より少なくなったみたい。ご飯もちょっと食べてた」
「それならよかった」
薬の効果はあったみたいだ。
「ありがとう。リファのおかげ。何を考えごとしてたの?」
「いや、大したことでは⋯⋯」
テオは戦士団の副団長という立場の上、お母さんは灰病だ。ゴーレムへの恨みは深いだろう。
そんなテオにゴーレムを同情していたと知られたら、反感を買うだろう。
「俺たちは空想仲間。何でも話すって約束した。」
「え、そんな約束はしてない⋯⋯」
テオが涼しい顔をして嘘をつくので訂正する。
「言いたくないなら無理に言わなくていい。でも…会議中、何かを隠してた。」
テオがまっすぐに見つめてくる。
怪しまれているのかな。
ゴーレムを倒すことに罪悪感があるものの、別に戦士団に積極的に協力することには変わらない。
私は私の役目を果たすだけだ。
「みんなには迷惑かけないし、ちゃんと作戦での役目を果たすつもり。私の気持ちの問題。怒らずに聞いて欲しいんだけど⋯⋯」
私はテオに自分の考えていたことを話した。
ゴーレムがなぜ人間を攻撃するのかよくわからないこと。
無抵抗で死んでいくゴーレムの叫び声や大量の死体を見たことで罪悪感がわいてしまったこと——
「あり得ないかもしれないけど、もし私がゴーレムに召喚されていたとしたら私はゴーレムの仲間で、テオは敵だったんじゃないかな」
テオは静かに聞いてくれている。
「仲間って何なんだろう。家族、出身地、見た目、境遇⋯⋯その人によってどんな関係が一番大事かは違うし、その時の状況によっても仲間の範囲って変わるんだろうね。巫女の村に私の大好きな友達がいるの。その子はテオと同じで病気のお母さんの看病を頑張ってたの。ねぇテオにとって私の友達は仲間?」
私は続けた。
「私は昔、生まれた村を追い出された。私やお母さんの力を散々利用していた村の人はどんどん欲深くなった。思い通りにならなくなった私たちを恐ろしい力があるって、化け物だって言って殺そうとした。それで似たような境遇の巫女だけが暮らしている村に逃げた。でも、そこでも私の力は他の巫女から怖がられてた」
急に感情が高ぶって来たが、涙をこらえる。
「私はゴーレムに自分を重ねていたのかも。敵とか味方とかって結構曖昧なんじゃないかな。ごめんテオ。怒った?」
テオは私の顔をじっと見ながら、私の肩に手を置いた。
「初めて君に会った日のこと。君はジクロにひどいことをされたと思っているかもしれない。申し訳ないけど俺も似たようなことを人にやったことがある。前に能力者が名乗り出たときにあの役目を」
⋯⋯意外だった。あれはジクロの意思によるものだと思っていたけど、偽物をあぶり出すために形式的に行われていたのか。
「こんなこと信じてもらえないかもしれないけど、俺は君を一目見たときに本物だって直感したんだ。俺には君が光に見えた。君はジクロの脅迫に対して脅迫で言い返していた。確かにジクロは怖かったけど、俺には君が必要以上に怖がっているように見えた。圧倒的な力があるのに⋯⋯私を傷つけないでと訴えかけているようだったから。それは昔の経験から来るものだったんだね」
テオにはそんなに私が怯ているように見えていたんだ。
「私の力は全ての生きとし生けるものを救えるわけじゃない。果たす役目の裏では誰かを苦しめているかも知れない。生まれた村でもそうだった。一方にたくさん雨を降らせればどこかで干ばつに苦しむ人がいるだろうから。テオたちを助けるためにゴーレムを殺してるのと似てる」
私は続ける。
「私はずっと誰かの願いを叶えることで他人から評価されてきた。だから自分で自分を認めてあげられない。無意識に相手の要求に応えられるか、必要とされているか、期待外れだと怖い目に遭うんじゃないかってそればかり考えるから、芯がぶれてしまうんだと思う」
「そうなんだね。自分で自分を認めて価値があると思えないと苦しい。人からの評価でしか安心できないのは相手に支配されるから良くない。とは言っても俺だって簡単にできるわけじゃない。俺が子供の時に母さんがこう言ってた。どんな人も一人ひとりが誰かの特別で大切なんだよって」
テオは懐かしそうに微笑む。
「だからこれからは、君が自分のことをちゃんと認めてあげられる時まで、いつでも何度でも俺が一緒に肯定してあげる。君は自分の役目をがんばって果たそうとしている。俺はすでに君にたくさん救われてる」
テオの優しい言葉で私の絡まった心がほどけていくようだ。
「ありがとう。ぐちゃぐちゃだったのがちょっとすっきりしたみたい」
「そう。良かった」
そう言うと、テオは自分のベランダに飛び移った。
こちらに手を降ると部屋に入っていった。
ヒラヒラと銀色の羽根が目の前を舞っている。
私は手を伸ばして羽根をつかむ。
羽根を太陽にかざすとキラキラと光り輝いている。
私は羽根を持ったまま部屋に入り、本の読みかけのページにその羽根を挟んだ。