8、天使
初の討伐作戦が終わった私たちは、翌日の丸一日は体力回復のために休暇をもらえることになった。
私が拠点内で与えられた部屋は一人で使うには広すぎるくらいだ。
同じ並びに副団長や隊長たちの部屋があることから察するに、戦士団内でも位が高い者たちの使う部屋なのだろう。
ベッドはふかふかで疲れを癒すには最適なのだろうが、それでもまだ起き上がる気分にはなれない。
ここ数日で力を酷使したからか疲れがひどい。
今日はこのまま誰にも会わずに安静にしていよう。
弱ってるなんて悟られたら何をされるか、わかったもんじゃない。
討伐作戦での手応えはあった。
役立たずの処刑対象とは思われていないと信じたい⋯⋯
「はぁ⋯⋯疲れたな⋯⋯」
「大丈夫?」
気づくとテオの顔が近くにあった。
「うわっ!」
驚いて距離を取ろうとしてベッドから転げ落ちそうになる。
全く気づかなかった。
「朝食に来ないから持ってきた。何度も声をかけたんだけど。やっと喋ったと思ったら、疲れたって言うから心配した」
テオは食事が乗ったお盆をベッドの横にあるテーブルに置きながら言った。
「ごめん。ありがとう。考えごとしてたから気づかなかっただけで、大丈夫」
他人の接近に近づかないほど疲れているのか、これが副団長の実力なのか…
とにかく怠さは隠しておかないと。
「テオはもう食べ終わったの?」
「うん。食べ終わった」
「そう⋯⋯」
テオは私の分の蒸したお芋の皮を剥いてくれている。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
受け取った芋を一口食べる。
!
「美味しい! このお芋甘い!」
「ね。美味しいでしょ。栄養豊富でお腹も満たされる。たくさんあるから好きなだけ食べて」
そういうとテオは、また皮を剥いてくれる。
⋯⋯なんかお母さんにお世話してもらってるみたい。
弱っているところに優しく世話を焼いてもらい、懐かしく温かい気持ちになる。
窓から差し込む朝日に照らされるテオの銀色の髪と羽根はとても綺麗だ。
風が吹くたびに髪がなびいてキラキラと輝いている。
そうだ。天使―—
昔読んだ本には、神の使い⋯⋯天使という存在が描かかれていた。
背中に輝く羽根が生え、頭には光輪がある。
そして人々に幸福をもたらす。
ラッパという楽器を吹くこともあるとか。
戦士団も笛を吹いていたな。
しかし⋯⋯羽根の色が銀色なのは戦士団の中ではテオだけのようだった。
テオは遠くから見ていても、かなり目立っていた。
そういえば⋯⋯テオの母親も銀色だったな。
今は病に伏せているからか艶こそはなかったが、きっと元気になれば美しいに違いなかった。
あと天使と言えば、子供の姿で裸で弓矢を持って⋯⋯
男女の仲を結びつける存在⋯⋯
いやそれはキューピッドか。
「芋⋯⋯食べないの?」
「あ、ごめん。いただきます」
「考えごとが好きなんだね」
「本当にごめんなさい」
また周りが見えなくなるほど、考えごとをしてしまった。
テオの表情からは相変わらず感情が読み取れない。
知識欲が抑えられない私はせっかくなので、テオに色々と聞いてみることにした。
「その羽根でどこまで高く飛べるの?」
「高く飛ぶのには練習が必要。あと、あまり高くまで行きすぎると息が苦しくなるからどこまでも飛べるわけじゃない」
なるほど。
高所は空気が薄いというのはこの世界でも同じということか。
「あとそうだな⋯⋯どこまで遠くに飛べるの?」
「あの火山まではみんな普通に飛べる。自分以外の誰かを抱えて飛ぶことは重たくてできない。何人かで分散して支える必要がある」
昨日の出撃の時の私みたいに運ぶってことね。
「今までに、何人か西側の海を飛んで渡ろうとした。海の向こうに行ければ火山から逃げられるんじゃないかって。でも、誰も帰ってこなかった。だからどこまで遠くまで行けるのかはわからない」
そうか。この世界にはここ以外にも人間が住める土地があるかもしれないが、それはまだ見つかっていないのか。
外国というのも存在しないんだな。
それにしても、海を飛んで渡る⋯⋯?
この国には舟はないのかな。
羽根があって空を飛べる分、海に舟を浮かべるという発想はないのかもしれない。
「海か⋯⋯いつかこの世界の海も見てみたいな」
「遠いからすぐには難しいかもしれない。海が好きなの?」
「うん。好き」
「そう」
「あと、羽根が生えてる人って雲の上とかで生活しているイメージがあったんだけど違うんだね。それに、家だってもっと高いところにも建てられそうな気がするけど、この拠点より高い家はないんだね」
「理由は主に2つ。1つはさっき言った、高すぎると息が苦しくなるから。2つ目は、俺たちは雷が怖いから。雷は高いところに落ちるからこの拠点の塔より高い家に住むのは危険」
テオは窓の外を見ながら言う。
「それに、雲の上って…家を建てられるの?」
真剣な顔で言われてしまう。
「どうだろ。難しいんじゃないかな」
変なことを聞いてしまったみたいだ。
「ねぇ、リファってもしかして⋯⋯空想とか好きなの?」
「うん。いつも考えごとしながら空想しちゃってる⋯⋯かも」
「そうなんだ。俺も好きだよ、空想」
「えっ。テオもそうなの?」
テオはうなづく。
「仲間だね。戦士のみんなは現実的な人が多い」
私は、今まで本を読んでも内容について感想を言い合う相手はいなかった。
それがこんなところで出会えるなんて⋯⋯
「じゃあまたこんな話ししてもいい?私、よくわからないこといっぱい知ってる」
「わからないことを知ってるか⋯⋯面白いね」
テオの目が優しく私を見つめる。
「私にとってはすでにテオたちの存在が驚きだよ。背中に羽根が生えた人間がいるなんて。ずっとその羽根に憧れてたの!」
「生まれたときからみんな羽根が生えてるから当たり前だと思ってた。そうか、そういうふうに思ってもらえるんだ。俺もリファのこと見てて思ったんだけど⋯⋯」
それから私たちは子供みたいに語り合った。
気づけば身体のだるさなんてすっかり忘れていた。