6、灰病
前日に戦士たちの前で雨を降らせる事に成功した私は、次回の作戦から本格的に参加することになった。
その作戦決行の前に、私はもう1つの問題を解決できないかと考えていた―—
「灰病の患者を見せてほしい?」
「はい。私には病を直接治療する力はありませんが、何かできることがないか調べたくて」
私は団長に掛け合っていた。
「なるほど。それなら⋯⋯テオ、いいか?」
「はい。俺は構いません」
「私も同行してご挨拶したいところだが、あいにくこのあとの議会に参加しなくてはならない。すまないがジクロ、頼めるか?」
「はい。わかりました」
―—ということで、テオとジクロとともに灰病の患者さんに会いに行くことになった。
この拠点に来てから初めての外。
化け物扱いされたり、石を投げられたりしないだろうか⋯⋯
副団長2人に両側を守られるようにして歩く。
守りを固めてもらえているのは、私が初日に啖呵を切ったからなのか、逃亡防止なのか。
結果的には私が心配するような事態は起こらなかった。
時々テオとジクロは話しかけられているが、私の存在は知られていないみたいだ。
羽根のない私は、他の人と比べると服を着ていないみたいな、恥ずかしさのようなものを感じていた。
目立つのではないかと思ったが、誰も気がついていなさそうだ。
少し安心した私は街を観察することにしたが…
「おい。あんまりあれこれ見るな。悪目立ちするだろうが」
ジクロに制止される。
「はい。ごめんなさい⋯⋯」
私は大人しく前を向いて歩く。
昨日はみんなの前で謝罪をしてくれたジクロだが、相変わらず無愛想だ。
でも殺気は全く感じなくなった。
そして、街の人々との会話からジクロが厚い信頼を寄せられていることが伺える。
ちらっとジクロを盗み見る。
顔立ちはきれいなんだろうが、目つきが悪すぎる。完全に悪人顔だ⋯⋯
でも本当はいい人なのか⋯⋯
「あ?見てんじゃねえよ」
どうやら相手によって態度を変えているらしい。
「今から会いに行くのは俺の母さんだ。普段は親父と兄貴一家が世話をしている」
テオが言った。
テオのお母さん⋯⋯
そうか。灰病だったんだ。
「テオのお母さんはいつからご病気に?」
「俺が小さい時から。もう20年以上かな。正直厳しい状況だと思う」
「そうなんだ」
灰病のことでわかっていることは、火山から飛来する火山灰を吸うと発症すること。
しかし、全ての人が灰病になるわけではなく人口の一部ということ。
そして、根治できる治療方法はまだ見つかっていないこと。
なぜ発症する人としない人がいるのかはわからない。
私は免疫力や肺の機能や構造に何か差があるのではと思っている。
「…ついた。ここ、俺の家」
テオの家は高く積まれた家の一番下のようだ。
どうやらお年寄りや怪我人など動けない人がいる家は下の方に住み、空を飛ぶ元気がある人たちが上の方に住んでいるらしい。
「ただいま」
「失礼します」
「おばさん。じゃまするぞ」
挨拶をして家の中に入る。
奥の部屋のベッドにテオのお母さんは横になっていた。
「テオ、おかえり。ジクロくんもいらっしゃい。⋯⋯こちらの方は?」
「母さん。こちらはこの国に来てくれた巫女様だよ。昨日の雨は彼女が…リファが降らしてくれたんだよ」
「そうなのね。ありがとうございます」
テオの母親は起き上がって頭を下げようとする。
「いいですから、寝ててください」
私が声をかけるとテオが母親が横になるのを助ける。
「おばさん。今日はいつもより顔色がいいんじゃないか?少し安心した」
ジクロが言う。
「昨日雨が降ったから咳がましなの。本当にありがとう」
テオの母親が私を見て微笑む。
それから私はいくつかテオの母親に症状を尋ね、手足の温度や爪の色、呼吸の音などを確認させてもらった。
「リファ様。本当にありがとうございました。息子とジクロくんのことをどうかよろしくお願いいたします」
「こちらこそありがとうございます。早く良くなるといいです」
テオの家を後にし、次は街の薬屋に行くことにした。
「この街の薬屋はここだけ」
私たちはドアを開けて薬屋に入った。
「いらっしゃいませ。あぁ、テオくん。お母さんの薬かい?」
店主が話しかける。
「そうなんだけど、今日はちょっと相談があって。こちらの巫女様に薬草を見せてくれないかな」
私は店主にこの店にある薬草を見せてもらう。
見慣れないものもあるが、いくつか私が元の世界で飲んだことがある薬草と同じようだった。
「すみません。これは咳止めで合ってますか? あとこれは⋯⋯」
私は店主にあれこれ質問しながら試しに調合してみる。
テオとジクロはその様子が珍しいのか覗き込むように見ている。
「できた」
私は額の汗を拭いながら言う。
調合は工程が多く、集中力を使う作業だった。
「これは驚いた。同時にこれだけ混ぜるのですか。でもこちらの薬草は水っぽい咳が出るから苦しいと言う者がいますが⋯⋯」
「水っぽい咳…痰を出すことで、吸い込んだ灰が身体の外に出やすくなるはず。ただし、咳は体力を消耗するから過剰な咳は止めたほうがいい。あと、息の通り道を広げる作用の薬草と胃の働きを助けて食欲が出る薬草と⋯⋯」
「なるほど⋯⋯」
店主は調合方法を紙に記録している。
「これをテオのお母さんたち灰病の人に飲んでもらって。これくらいの量を1日3回くらいかな。効果を見ながら必要だったら量や調合を変えてみよう」
「わかりました。テオくん。早速どうぞ」
「ありがとう」
テオはお金を支払い、薬を受け取った。
「この薬を大量に作る材料はあるのか? 全員にいきわたるのか?」
ジクロが店主にたずねる。
「今はまだ在庫がありますが、1人分がこれだけの量となるとすぐに底を尽きるでしょうな。山に取りに行けばあるとは思いますが」
後で足りなくなる可能性もあるな。
「できるなら同時並行で栽培も始めた方がいい」
私は言った。
「薬草の収集や栽培に関しては力仕事も多いだろう。戦士団も協力しよう。団長には俺がかけあう」
ジクロが提案する。
「それは心強い。では早速ですが⋯⋯」
店主とジクロが打ち合わせを始める。
「みんな…ありがとう」
テオはお礼を言った。
その後、団長の許可がおりたため、戦士たちは訓練の一環として、山での薬草採取や、畑の世話に従事することになった。