25、エピローグ
※ ※ ※
リファとテオが海を渡り、神になってから1年。
スピロノ王国は今日も平和だ。
俺はいつも通り仲間たちの墓参りに来ていた。
火山が湖に沈み、ゴーレムが絶滅した事で戦士団は街の警備隊としての活動が主になった。
俺は相変わらず副団長をやっているが、テオが抜けた席は空いたままだ。
あくびが出るほど平和なんだ。
戦士団を去っていったやつも多い。
これからも組織は縮小の一途を辿るだろうが、それでいい。
もう命がけで戦う必要がないんだ。
それがどれだけ幸せなことか。
これはリファがもたらした奇跡だ。
俺は墓石を撫でる。
「今日も平和だ。リファがお前らの無念も晴らしてくれたからな」
俺はそう言うと立ち上がり歩き出した。
「お入りくださ〜い。今日はどうされましたか〜? ⋯⋯って何よ。ジクロ、あんたなわけ。どこか具合が悪いの?」
カルバは患者が俺だとわかると急に愛想がなくなった。
カルバは戦士団を辞めて街の診療所で働いている。
医者の助手として、病気の治療方法を勉強しているそうだ。
かつて戦場で休みなく重傷の戦士の救護に飛び回っていたカルバにとっては、落ち着いて患者を診て勉強できる今の環境は理想的らしい。
灰病患者は、火山が湖に沈んでから新たに発症する者は今のところ出ていないそうだ。
ただ、長年患って来た患者は、肺の損傷が深いことから完治できるかは経過を見てみないとわからないとのことだ。
「いや。顔を見に来ただけだ」
「何それ! 私、口説かれてんの? 変な噂が立つから止めて? 邪魔しに来ただけなら帰りなさいよ」
しょうもない軽口もいつも通りだ。
あれからカルバとニトロは結婚して夫婦になった。
結婚式での二人の幸せそうな顔は今でもすぐに思い起こすことができるほど印象的だった。
ガキの頃からずっと一緒だった二人が⋯⋯長い間互いを想い合っていた二人が⋯⋯幸せになったことが俺は、ただただ嬉しかった。
「そういう意味じゃねぇよ。墓参りのついでに寄っただけだ。ニトロは相変わらず忙しいのか?」
「もう朝から晩までずっと夢中になって研究してるわよ。何泊も帰って来ないこともザラだわ。新婚なんですけど〜!」
ニトロはリファが書き残した"いかだ"に心酔している。
ニトロもガキの頃に海を渡るのに憧れていた。
あいつの飛行能力なら本当に飛んでいけそうだが。
森の集落にいた不思議な男は、リファとテオは舟に乗って海に出たと言っていた。
ニトロは舟の情報を求めて再び集落を探しに行ったが、場所を移動したのか見つけられなかったそうだ。
ニトロも今は戦士団を辞めて、有志で集まっていかだや舟の研究に没頭している。
国からの補助金も獲得できたそうだ。
舟が完成すれば、リファやテオに会える日も来るかもしれないな⋯⋯
カルバの診療所を離れた俺は拠点の居住スペースに帰ってきた。
「ジクロさん。おかえりなさい」
クラリスが笑顔で出迎えてくれる。
「あぁ、ただいま」
俺はクラリスの頭を撫でた。
クラリスはゴーレムの言葉が分かる力を意図的に隠していたとして、しばらくは軟禁状態が続いていた。
ゴーレムとの交渉が遅れたことで、戦士団や灰病患者に多大な犠牲が出た責任を取らせるためだとかいって、処刑しようという過激派も現れた。
もちろん被害者や遺族の心情は痛いほど理解できた。
俺はクラリスを救うために、カルバやニトロたち一部の戦士団員の協力を得て、街の人の署名を集めた。
クラリスがゴーレムと初めて"会話"をしたのは俺と結婚して、拠点に移り住んでからだと強調して。
そして、俺たち三人は罪を犯した。
リファとテオの行く末を唯一知ることになった俺たちだったが、歴史を捻じ曲げた。
俺たちが広めた物語はこうだ。
クラリスの行動により、リファは自らゴーレムの生贄になった。
ゴーレムがリファに危害を加えたため、天罰が下り火山は湖の底に沈んでしまった…と。
テオのことは、あいつの家族には悪いが行方不明で処理をした。
クラリスとリファ、二人の巫女がこの世界を救った。
この物語は光の巫女の書としてレイン教の歴史書に加えられることとなった。
現在のクラリスは救世主として崇められる一方で過激派の恨みも買っているという複雑な立場だ。
俺はこれからもクラリスを守っていくのが役目だ。
俺たちがこの国に二つ目の光の巫女の書を生み出してしまった。
いつか訪れる遠い未来…数百年後か数千年後にまたこの国に危機が訪れ、巫女が現れた時には偽りの光の巫女の書を目にすることになるんだろう。
それがこの世界にどんな影響を与えるのか…
俺たちには到底計り知れないことだ。
俺は自分の妻を守った。
ただそれだけだ。
拠点の屋上に上がり、空を見上げる。
空が早送りされたように流れている。
そして⋯⋯雨だ。
顔に、身体に雨が降り注ぐ。
何度もこの雨に救われて来た。
リファは生きている。
遠いどこかで自分の役目を果たしているんだろう。
俺たちは空で繋がっている。
それでいい。
生きていてくれるだけでいい。
雨は次第に激しさを増す。
それでも俺は天を仰ぎながらずっと雨に打たれていた。
このままでいたかった。
全てが洗い流されていくようで、優しく包み込まれるようで、温かくて心地のいい雨だった。
※ ※ ※
私は祈りを捧げていた。
この国を太陽で照らすために。
雨の中、西を向いて地面に両膝をつき、両手を胸の前で組む。
そして目を閉じて祈りを捧げる。
空が早送りされたみたいに頭上を後ろ向きに流れ、海の向こうへ消えていく。
そして⋯⋯光だ。
分厚い雨雲が消え、太陽が顔を出した。
水分を含んだ空気を太陽の光が照らす。
空に虹がかかる。
まるでこの国を守るみたいに⋯⋯
あぁ…なんてきれいなんだろう。
私はしばらく虹を見上げていた。
「うーん。雨⋯⋯気候変動、風向き、山の形、海の温度⋯⋯」
帰宅した私は考え事をしていた。
私とテオが流れ着いたバルプロ王国。
この国は長雨による作物の不作と疫病のまん延に悩まされて来た。
私は定期的にこの国を晴れさせることで人々を救っている。
作物の収穫は順調。
疫病の再燃の兆しもなく、上手く行っているようだ。
手元には、この国の予言書。
この予言書の名前も光の巫女の書だった。
光の巫女の書は各地に存在するのだろうか?
私が昔、巫女の村で見た世界救世学の本は、これら光の巫女の書を集めて作られたものだったのかもしれない。
「また考え事?」
「わっ!」
耳元で突然テオの声がした。
テオは私の肩にあごを乗せている。
「何回か声かけたんだけど」
「ふふっ。昔にもこんなことあったね」
この世界に召喚されてすぐのこと、テオとまだ親しくなる前にこんな事が何度かあった気がする。
ふと、懐かしい気持ちになる。
「ただいまって言ったのに⋯⋯」
「ごめんね。テオ、おかえり」
テオは甘えたように言う。
私がテオを抱きしめるとテオも返してくれた。
長身で筋肉質な身体で甘えてくるのがちょっとかわいい。
「これ、またもらった」
「美味しそう! こんなにいっぱい!」
テオが持って帰ってきたのはカゴにいっぱいの野菜だ。
私たちは、この国では神として扱われている。
基本的には干渉しないで欲しいとお願いしてあるが、街を歩けば目立つし、こういったお裾分けをもらえることも多い。
申し訳ない気持ちになると同時に、これだけこの国が豊かであることが嬉しかった。
この国の人たちとは友好的な関係を築けている。
恐らく危害を加えられるようなこともないだろう。
「あ、そうだった。そろそろ完成しそう。見に行こう」
テオは突然そう言うと私の手を引いて外に出た。
テオに連れて行かれたのは東側の浜だ。
「すごい! 浮いてる! ちゃんと進んでる!」
目の前の海に浮かぶのは…船だ。
この国の造船技術はスピロノ王国よりも発展していた。
長雨が始まってから海が荒れて、航海する事が出来ずにいたそうだ。
それに、飢餓や疫病で海の外どころではなかったのもあるだろう。
それが無事に船の研究が再開されて、初航海が目前に迫っている。
「皆に会えるかな⋯⋯」
私は期待に胸を膨らませた。
「必ず会える。船ができるまでにニトロ辺りが飛んできてもおかしくないと思ってた」
テオはいたずらっぽい表情で言った。
幼少期からともに過ごしてきたニトロを思い出すテオは、心も子供の時に戻っているのかもしれない。
「けど、その前に俺たちが先に行けるかもしれない」
テオは海の向こうを見ながら言った。
「楽しみだね」
「うん。楽しみ」
私たちは笑いあった。
そして不意にほっぺたに優しくキスをされる。
「ちょっと。誰かに見られてるかも⋯⋯」
「ごめんね、つい⋯⋯でもみんな船に夢中だから気付かない」
テオはそう言うと今度は唇にそっとキスをしてくれた。
照れくさい気持ちもありながら、つい目の前のテオに夢中になってしまう。
私はテオの手を取り、指を絡め合うようにして繋いだ。
それから二人でずっと船を眺めていた。
私たちの手紙が海を越えてあの国へ届くのは、まだもう少し先のお話。
【完結】
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