23、天罰
テオは人通りの少ない道を私の手を引いて歩く。
「ねぇ、テオ。何があったの?」
私は小声で聞く。
「まだ言えない。とにかくまずはここから離れる。騒ぎにならないうちに」
そうして街の外れまで来た。
ここから先は明かりがない場所だ。
暗い中を何歩か進むとテオは止まった。
「ここまで来れば大丈夫。暗いから静かにしていれば見つからない」
「ねぇ、何があったの?」
「君はゴーレムの生贄にされる」
テオはクラリスがゴーレムの巫女だったこと、ゴーレムの要求が私であること、私さえ手に入れば人間に害をなさないと言っていることを話した。
ゴーレムは火山の神を守る兵士。
ゴーレムを作るために噴火を起こす⋯⋯
ずっと謎だったゴーレムの生態、目的が解明された。
どうりでゴーレムを減らしても減らしても完全には止まらないはずだ。
むしろひどくなった。
この国の人間は百年もの間、火山灰を止めたくて、ゴーレムを排除しようと命がけで侵攻した。
ゴーレムは神を守るために、戦力増強を余儀なくされ噴火を繰り返した。
お互いが自分たちの安全な生活を守るために戦っていた。
人間とゴーレムの間の誤解を解き、争いの歴史を終わらせ、平和をもたらすのがクラリスの役目⋯⋯
ゴーレムの生成が止まらないと大気汚染は止まらない。
灰病患者は助からない。
私が行けば、止められる⋯⋯
「じゃあ⋯⋯私は行かなくちゃ」
「やっぱり。絶対にそう言うと思った。だから連れて逃げた。行かせない!」
テオは私の手首を掴んだ。
「じゃあどうするの? どこに逃げるの?」
「わからない。夜が明けたら森の奥に入って隠れる」
「森に隠れてどうするの?」
「そこでずっと暮せばいい」
「テオのお父さんとお兄さんは? 置いていくの? 今なら戻れるから、戻ろう?」
「もう戻れない。俺はジクロの首を絞めた。連れ出すところも見られた」
「そんな⋯⋯そうだ、私に脅されてたって言えばいいじゃない!」
「俺は腕力ではリファに負けない」
⋯⋯
「テオ、言うことを聞いてよ!」
私は自由な方の手を天に掲げる。
―—ドーン
―—ゴロゴロ
遥か遠くで雷が落ちる。
「テオはこうやって脅されたんだよ」
「そんなことしても俺の気は変わらない」
テオは淡々と答える。
なんでこんなことになったんだろう。
何か私たちは悪いことをしてしまったのだろうか。
罰が当たったんだろうか。
さっきまでずっと幸せだったのに⋯⋯
いや、そもそもが束の間の平和の中で夢を見ていただけなんだ。
「仲間たちのこと、家族のことを考えたらリファをゴーレムに差し出すのが正しいのかもしれない。でも俺はそれだけは嫌なんだ。前にリファは言ったよね。誰が仲間かはその時の状況で変わってしまうって。俺はみんなの敵になったって構わない。どちらかしか選べないなら君を選ぶ。それだけのこと」
テオはそこまで覚悟を決めてくれているんだ。
「ねぇ。リファは俺とずっと一緒に居てくれるって、そう言ってくれた。あれは嘘だったの? 俺よりこの国の方が大事?」
テオの言葉は私にとっては悪魔の囁きに聞こえた。
私だってテオと一緒に逃げ出したい。
でも私の本来の役目は⋯⋯
私は覚悟を決めた―—
—―夜が明ける。
今日の王国の天気は雷雨⋯⋯
「ねぇ。この雷雨が天罰ってやつ?」
テーブルに頬杖をつきながらカルバが言う。
「リファとテオはどこに行ったんだろう? ま、この雷雨じゃ捜索活動も待機命令だろうなー」
ニトロも同じく頬杖をついている。
「ねぇ、ジクロ。あんたわざと逃がしたんでしょ」
「んなわけあるか。俺は殺されかけたんだぞ?」
「じゃあなんでそれを団長に報告しなかったのよ」
「…………そうだと言ったら牢屋にでもぶち込むか?」
「前にへたれ野郎って言ったこと、取り消してあげる」
「そうか」
「あと、リファの本もあんたが隠したんでしょ」
「何のことだ」
「あんなにたくさんあったリファの本。持って逃げたわけないじゃない」
「⋯⋯」
ジクロは黙っている。
バケツを引っくり返したような激しい雨の音と雷の音が聞こえる。
「なあ。リファは怒ってんのかなー⋯⋯」
ニトロがつぶやく。
「私には…泣いてるように聞こえるね」
カルバが言った。
—―私とテオは山の中を歩いていた。
「雷を落とし続けてたら大丈夫なんだよね?」
「うん。雷の日に飛ぶような命知らずはいないはず」
「わかった」
私は今、追手が来ないように力を使って雷雨を起こしている。
本来ならこんな乱暴な力の使い方をしたらどんな悪影響があるかわからない。
—―禁忌だ。
でも、テオと逃げることを決めた私は、なりふり構わずこんな天災を起こしている。
私はまさに祟り神になった。
テオと生きるために。
私たちは、この島から脱出するために、海の側でいかだを作ろうと考えていた。
「いかだってやつなら海を渡れるの?」
「うーん。ちゃんと作れるかわからないし、近くに大陸があるかもわからないし、上手く行かなかったら死んじゃうけど、こんなこと位しか思い浮かばなくて⋯⋯」
今の状況ならこのまま山に隠れて暮らしたほうが生存率は高いだろう。
でも雷雨だっていつまでも続けられるわけじゃない。
きっといつかは見つかってしまう。
「いかだは本当に最後の最後の手段にしよう」
「わかった」
山を下りながら歩いていると、道に出る。
「テオ、こんなところに道がある」
「もしかしたら前に話した無宗教者の集落が近いのかもしれない。迂回したほうがよさそう」
「いや、ちょっと待って」
道に沿って等間隔に石が置いてある。
石には赤い染料で何か書いてある。
「鳥居⋯⋯」
私は石を指差しながら言う。
「リファ、知ってるの?」
「うん。知ってる。無宗教じゃなかった。私の神様だ」
私たちは石を辿っていく。
⋯⋯すると小さな集落に着いた。
集落は小屋のようなものが5軒ほど建っているだけだ。
そしてその奥には⋯⋯鳥居。
石に描いてあるのではなく、本物の鳥居だ。
鳥居の奥には本殿が見える。
私は吸い寄せられるように進んで行く。
「リファ、急に近づいたら危険かもしれない」
テオは私の腕を掴む。
「大丈夫だよ。神様なんだから」
今度は私がテオの手を引いて進む。
鳥居をくぐる前に頭を下げて礼をする。
テオも同じようにしてくれる。
頭を上げると袴を着た男性が現れた。
「お待ちしておりました。最後のお役目でございます」
袴の男は私たちについて来るように促す。
男は倉庫のような建物の観音開きの扉を開ける。
「これが何かご存知ですか?」
扉の中には祭壇があり、しめ縄が飾られた木の舟が置かれていた。
「舟⋯⋯です」
私たちはそのまま扉の奥に案内された。
「やはり本物の巫女様ですね」
「これは何? ふねって言ったの?」
テオが小声で尋ねる。
「そう。さっきまで話してたいかだと同じ役割のもの」
テオに説明する。
袴の男が言う。
「お二人がいつかここに辿り着かれることは、ずっと前から分かっておりました。お二人の行く末もこちらの書物に記されております」
その書物の名は、光の巫女の書⋯⋯
そう書いてあった。




