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※ ※ ※


 リファと永遠の愛を誓い合った俺は、毎日がただただ幸せだ。


 だからこれは、何か悪い夢でも見ているんだと思う―—




 その日の夜は、俺の部屋でリファとゆっくり過ごしたいと思っていた。


—―コンコン


 こんな時間に誰?


「失礼します。副団長、団長がお呼びです。緊急招集です」


 部下が部屋に入って来る。

 そして、部屋の中に居たリファを見て一瞬驚いたようだった。

 俺とリファの関係は戦士団内で正式に公表されているわけではないから。



「何事?」

「クラリスさんから大事な話があるそうです。あと、リファ様には口外しないようにと⋯⋯」


 部下が耳打ちする。


「クラリス⋯⋯」


 俺はどうもあの人が気に入らない。

 あの人は随分長くジクロに片思いをしているみたいだった。

 皆であの人のお店に行った日、ジクロがリファに関わる度に、嫉妬してたのかリファを睨んでた。

 ジクロがけじめをつけてからはそんな様子はなさそうだったけど。


 そんなクラリスが、こんな時間に団長室に幹部を集めるってどういう状況?

 しかも、リファには内緒で⋯⋯


「何か嫌な予感がする⋯⋯」

 俺はメイスを手に取った。


「えっ?」


 リファは不安そうにしている。


「大丈夫。このまま俺の部屋に居て」


 俺はリファの頭を撫でてから部屋を出た。


 廊下を歩きながら振り返ると、さっき俺を呼びに来た部下がそのまま俺の部屋の出口を塞ぐように立っている。


 何が起きている?



 団長室に着く。

 団長、レバ、ジクロ、カルバ、ニトロ、そして…

 クラリスが部屋に集まった。


 団長に促されて、クラリスは話し出す。


「リファ様をゴーレムに引き渡してください。私は先ほどまで、火山の(ふもと)でゴーレムの(おさ)と話をしていました。彼らは巫女さえ…リファ様さえ渡せば、そして人間側から攻撃しないのであれば火山の活動を控えてもいいとそう言っているのです!」


 クラリスが叫んだ。


「私は、生まれた時から宝石の⋯⋯ゴーレムの声が聞こえる力があるんです。ゴーレムたちは、私こそが真の巫女だと、そう言っています!」


「は?」


 ジクロが声を漏らす。


「俺はそんなの聞いてねぇぞ。なんで今まで黙ってた?」

「だから今ここでお伝えしています」


 何の話かさっぱりわからない。


「その話が正しい証拠は?」


 俺はクラリスに問う。

 想像よりずっと低くて冷たい声が出た。


「証拠は⋯⋯ゴーレムたちに聞きました。火山の噴火はゴーレムが生まれるときに起こるものです。ゴーレムは火山(ひのやま)の神を守るための兵士です。戦士団が侵攻するから神を守るために新たなゴーレムを生み出さないといけない。ゴーレムを殺さなければ、頻繁な噴火は必要ないのです」


 クラリスは続ける。


「ゴーレムの要求はリファ様お一人です。リファ様を引き渡すことを友好の証とするとのことです」


「なんでリファなの?」


「リファ様の力はゴーレムたちの生命を脅かします。リファ様の力のせいで大量のゴーレムたちが殺されたから、リファ様だけは許せないと言っています」


「ねぇ。さっきから自分が何を言ってるかわかってる? リファがここに来てから、この国のためにどれだけ苦しんで尽くしてきたか知らないでしょ? その間、君は何をしてたの? もっと前から⋯⋯俺たちが、部下たちが命かけて戦ってる時に何してたの? 君が隠れてないでちゃんとしてたら、リファはそもそもここに来なくてよかったんじゃないの? 生贄になった人もいたのに」


 それに母さんだって、もしかしたら⋯⋯

 頭に血が上った俺は、言いたいことが溢れてくる。


「勝手に召喚して連れてきておいて、最後はリファに悪役を押し付けて自分たちだけが助かろうとするなんて。下衆(げす)野郎の考えだ」


 右手に力が入り、握ったメイスが震えている。


 俺の剣幕にクラリスは怯えている。


「テオ。わかるけど抑えて」


 ニトロが俺の肩を掴む。


「リファはここに来たとき、ゴーレムを殺すのは本当はかわいそうだって言ってた。好きでやってたんじゃない。それに、殺したのは俺たちだ」


「でもリファ様は力を使った。全てが神に与えられたリファ様のお役目だったのではないですか? きっと特別な力をもつ巫女として生贄(いけにえ)になることで、平和をもたらすところまでがお役目だったんです」


「話にならない。もう黙って」


「テオ!」

「抑えて!」


 ニトロとカルバが俺を止めようとする。



 俺はジクロを見た。

 ジクロは何も言わずに怖い顔して突っ立っている。

 リファを庇うでもなく、俺からクラリスを庇うでもなく…。


 何をしてるの?

 何を考えてるの?

 


「静かにしろ。お前たちの話はわかった。私としてもリファをゴーレムに引き渡すのは心苦しい」


「団長⋯⋯」


「今日はもう遅い。明日の朝に緊急の議会を招集し今後の方向性を検討する。決定が下るまで誰にも口外するな。そして、リファを拠点から出さないようにしてくれ。ひとまず今晩は、テオとジクロでリファの護衛と監視に当たってくれ。明日からは当番制で戦士たちを見張りに当てる」


「監視⋯⋯見張り⋯⋯」


 もうだめだ。

 リファは十中八九ゴーレムに引き渡される。

 長年ゴーレムに悩まされているこの国にとっては、またとない機会だ。

 議会では特に反対もされず、可決されるに決まってる。

 ゴーレムが約束を守る保証もないのに。


 解散となり団長室を出た俺は、黙ったままのジクロとともにリファの元へ向かった―—



「団長、よろしかったのでしょうか?」


 レバが尋ねる。


「何のことだ」


「テオ副団長はリファ様の引き渡しには抵抗するでしょう。あまり言いたくないですが…リファ様とテオ副団長は隔離し、他の戦士たちに見張らせたほうが確実じゃないかと⋯⋯」


「リファを⋯⋯恩人を牢屋に入れるのは心苦しい。それにリファに本気で抵抗されればこの国は滅ぶことになる。副団長たちと話せば、リファは自ら生贄になるかもしれない。もちろん逃げられるかもしれない。後はあの三人に(ゆだ)ねるべきだろう。どんな結果になっても何かを失うような気がする」


 団長は補佐官のレバにだけは、その考えを話した。



―—俺はジクロとともにリファの部屋に向かって歩いている。


 ジクロの顔をちらっと見る。

 怖い顔をしている。

 何を考えているのか検討もつかない。


 たぶん今までならジクロに、リファを逃がそうって相談していたと思う。

 きっとジクロも協力してくれていたはずだ。


 でもジクロはもうクラリスの味方だ。

 ジクロと協力する選択肢は消えた。


 リファを逃がすには恐らく今晩しか機会はない。


 クラリスの話をリファにしたら、きっと抵抗せずに、ゴーレムの元に行ってしまう。


「リファは部屋にいるのか?」

「わからない。いるんじゃないの」


 リファの部屋の前につくと、一呼吸置いてジクロがドアを静かに開けて部屋の中に入る。

 続けて入った俺は後ろ手にドアを閉める。

 電気の消えた部屋には窓からの月明かりが差し込んでいる。


「なんだ、電気が消えているが⋯⋯いないのか?」


—―ガシャン

 俺はジクロの後頭部を殴って気絶させようとした。 

 でもしくじった。悟られたのか避けられる。


「おい。どういうつもりだ。お前は⋯⋯」


 ジクロは何か言おうとするが、俺はジクロの首を絞め落とそうとする。


「⋯⋯っ」


 ジクロが抵抗するのでうまく決まらない。


「ジクロ⋯⋯お願い。抵抗しないで⋯⋯」


 俺は腕の力をさらに込める。


 本当はジクロにこんなことしたくない。

 でも今ここでやらないといけない。


 ジクロの抵抗が弱まってくる。


「リファ⋯⋯逃げろ⋯⋯」


 半分意識が飛んだジクロがうわ言を言う。


 それを聞いて俺は手を離す。


「ゴホッゴホッ」


 ジクロは床に倒れ込んだ。

 這いつくばりながら激しく咳き込んでいる。


 俺はリファの部屋のベランダから自分の部屋のベランダに飛び移る。

 部屋の中にはリファがいた。


「え? テオ?」

「リファ! 逃げよう!」

「え? 逃げる?」


 俺はリファの手を取るとベランダに出た。


 ジクロは床を這いながら隣のベランダにたどり着き、こちらに手を伸ばしている。


 俺は構わずベランダから身を乗り出して、リファを抱えて飛び降りた―—




―「副団長⋯⋯副団長⋯⋯大丈夫ですか? 先ほど大きい音がしましたが⋯⋯」


 テオの部屋の見張りの戦士がリファの部屋に入ってくる。


「ゴホッゴホッ⋯⋯あぁ問題ない」

「いやでも⋯⋯」

「転んだだけだ。いいから早く持ち場に戻れ!」


 見張りの戦士はジクロの威圧感に耐えられず、足早に部屋を出る。


 ジクロはそのままベランダの窓の鍵を閉めた。


 座って壁にもたれながら息を整える。


「テオ。頼んだ⋯⋯」


 ジクロはつぶやいた。



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