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18、守るべきもの

※ ※ ※


 廊下を歩いていると、珍しくテオが俺の部屋の入口にもたれて立っていた。


「ねぇ、ジクロ。今からちょっと話せない?」

「構わないが何だ?作戦の話しか?」

「違う。こっち、入って」


 テオの部屋に招かれると、俺は立ったまま近くの壁にもたれる。するとテオも少し離れた壁にもたれた。


「ジクロは朝帰りした」


 テオが発した言葉は完全に俺の想定外だった。

 こいつは相変わらずだな。


「なんだよ。お前に関係あるのかよ」

「ないけど、あの人のところに通ってるの?」

「クラリスに呼ばれて店に行っただけだ。俺だってガキが居てもおかしくない年だぞ。お前は俺の保護者か?」


 テオは俺をじっと見ている。


「別に人に言えないようなことは起きてねぇよ」


 テオは相変わらず何を考えているかわからない表情でじっと見てくる。


「なんだよ。お前、まさか今度はクラリスに手を出すとか言わないよな?」

「言わない。俺はずっとリファ一筋」


 こいつは俺がかつて押し殺していた感情も平気で口にする。


「よくそんなことが真顔で言えるな」

「ジクロは違ったの?」

「あいつには、お前がいるだろ」

「別にまだ付き合ってるわけじゃない」

「そうか。ならがんばれよ」


「ジクロが本気なら受けて立つ⋯⋯と思ってたけど。違うの?」

「お前らのどこに俺のつけ入る隙があったんだよ。最初から勝負は決まってただろ」


 テオとリファは誰がどう見ても運命の相手ってやつだ。

 俺はとっくに自分には勝ち目がないことを悟っている。

 いつまでも惨めに(すが)るつもりはない。


「初対面でハンデを負わせたから、これでも気を遣ってた。じゃあこれからは遠慮は無用ってことで」


 俺とリファが打ち解けられるように、テオがいつも気遣ってくれていたことは知っていた。

 なんでそんなに余裕なんだか。


「あぁ。俺が言う義理じゃないが、幸せにしてやれよ」

「大丈夫。そのつもり。ジクロは…クラリスがいいの?」


 クラリスの顔を思い浮かべてみる。

 そして、思い出されるのは酔っ払ったクラリスの告白だった。

 好意をもたれるのが嬉しくないと言えば嘘になるが、今はまだこの感情に名前をつけるには曖昧だ。


「あいつはどちらかというと妹みたいな感覚だ」

「ふーん。あの人は間違いなくジクロに気があると思うけど」

「あぁ。あそこまでまっすぐに好意を向けられると正直悪い気はしないな」


 そうだ。だから俺はきっと何度も会いに行ってしまうんだろうな。

 自分を必要としてくれる人が笑顔で出迎えてくれることが嬉しいんだろう。


「そう」


 テオは少し冷たい声で答える。


 お前にはわからねぇよ。

 俺はいつまでも一方的に誰かを愛し続けられるほど強くない。

 そもそも親からも愛された経験がない俺には、愛を語ること自体が難しい。


「ジクロが幸せならいい」


 テオは言った。


「話はこれで終わりか?」


 俺は壁にもたれていた身体を起こし、テオの部屋を出ようとする。


「最後に⋯⋯あの人と付き合いを続けるならちゃんと責任持って。ジクロには悪いけど、あの人はリファのこと怖い顔で見てたから。俺はそれが嫌だった」


 ああ。こいつが言いたかった事はこれか。

 クラリスはリファに嫉妬したと言っていた。

 そんなこと考えるだけでまるでとんでもない自惚れ野郎になった気分だが。

 俺に中途半端な行動を取るなと言いたい訳か。


「わかった」


 俺はテオの部屋から出た。




—―夜、俺は懲りずにクラリスの店に向かっていた。

 さっきのテオとの会話の後で来るのは、ばつが悪かったが、それでもなんとなくクラリスの顔を見たくなった。


 俺もクラリスに惹かれ始めてるのかもな。


「やめて! 離して!」


 女の叫ぶ声が聞こえてくる。


「お前と俺の結婚はもうこれで決まったようなもんなんだ。わかったらとっとと帰って嫁に来る準備をしろ!」


 男の声が聞こえた。



 痴話喧嘩か?声の方に向かって角を曲がる。



「おい! 何をしている。クソ野郎」


 俺は考えるより先に身体が動いていた。

 見知らぬ男がクラリスの腕を掴んでいたのだ。


 俺は男をクラリスから引き剥がす。


「なんだよお前は! 俺の女に何したって勝手だろ!」

「ジクロさん! 違います! 助けてください!」


 クラリスが泣き叫んでいる。


「ジクロだと⋯⋯副団長か。クソが」


 そう言い残すと男は走り去っていった。


 クラリスは地面に座り込んで泣いている。


「クラリス、大丈夫か?何だあいつは。貴族のように見えたが。何があった?」


 俺はクラリスの肩に手を置いて尋ねる。


「彼はオセル。私の幼なじみで、もうすぐあいつとの結婚が決まりそうなんです」


 クラリスは震える声で話し始める。


「あいつとは、昔から家族ぐるみの付き合いでした。私はずっと子供の頃からあいつに暴力を受けて来ました。でも、あいつの家の方が階級が上だから逆らえませんでした。親に言っても、助けてもらえませんでした」


 クラリスは腕にある古傷を見せた。

 そして俺の頬に手を当てながら言う。


「私は愛する人と結婚できないばかりか、一生あいつの奴隷として暮らすんだ。そのうち本当に殺されるかもしれない。ジクロさん! お願い助けて!」


 クラリスは泣いている。


「結婚⋯⋯するか」

「え⋯⋯」


 クラリスは俺を見つめてくる。


「え」


 俺は何を言ってるんだ。

 自分の口から出た唐突な言葉に自分が驚く。


「俺はあいつのお家柄には敵わないだろうが、俺だって戦士団の副団長だ。ご令嬢の結婚相手として悪くはないはずだ。そして、あいつは既婚者に手を出そうとした罪で塀の中にぶち込んでやればいい」


「ええ⋯⋯いいんですか?」

「あぁ」

「本当に私でいいんですか⋯⋯?」

「あぁ」


「ありがとう! 夢みたい。ジクロさん、愛してます」


 クラリスは俺に抱きついた。


「ああ、ありがとう」


 俺はクラリスを抱きしめ返しながら答えた。


 きっとこれで良かったんだ。

 俺の運命の相手はクラリスだ。

 誰がどう見たってそうだろう。

 3年も俺を思い続けてくれた彼女を幸せにすること。

 それが俺の役目であり、幸せなんだろう。



 翌日、オセルは投獄された―—


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