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17、心の支え

 3年前、ジクロは倒れてくる看板からクラリスの命を救った。

 助けてくれたお礼にと、戦士のみんなでクラリスの店を訪れて以降、ジクロはクラリスにせっつかれて、よくお店に通っていた。


 店に通い続ける内に、クラリスの身の上話を聞くようになった。


 クラリスは実は貴族の出身だが、貴族社会の汚い側面への嫌悪感から馴染めなかった。

 そして、社交界での活動は継続することを条件に家を離れ、趣味として店をやっているのだそうだ。



 ジクロは今日も遅めの夕食を食べに来た―—


「今日はまだ入れるか?」

「はい。大丈夫です。それに、ジクロさんならいつでも大丈夫です」

「そうか」


 ジクロは出された料理を静かに食べたあと、食後のお茶を飲む。


 客はジクロだけだが、クラリスは片付けが忙しいのか動き回っている。


「忙しいなら何か手伝うか?今、客は俺だけのようだが。ゆっくりすればいいんじゃないか?」

「いえお客さんにそんなことさせるわけには行きません」

「そうか」


 ジクロはしばらくお茶を飲んでいた。

 

「なんだか落ち着かねぇな」

「もう終わりますから」


 クラリスは布巾で手を拭きながら言う。


「せっかくだからお前も座って何か飲んだらいいんじゃないか?」

「いいんですか? ではご一緒させてください」


 クラリスはコップを持って、ジクロと同じテーブルについた。

 

「戦士団の方は最近は落ち着かれたんですか?」

「あぁ」


 ジクロは答える。


「リファ様は⋯⋯どんな方ですか?ジクロさんとは仲がいいんですか?」

「あいつは⋯⋯不思議なやつだ。仲は悪くはねぇはずだ」

「そうですか。ジクロさんが初めてお店に来てくれたときに実はちょっとリファ様がうらやましかったんです。ジクロさんとも親しそうでしたし⋯⋯嫉妬というか⋯⋯」


 クラリスは顔を赤らめて言う。


「それに、聞くところでは恐ろしく強大な力を持っておられるのに、みんなから愛されてるなんてすごいです⋯⋯」

「なんだ。あの力が怖いって、お前もリファみたいなこと言うんだな」

「いえ、変なこと言いましたね。ごめんなさい! とにかく飲みます!」


 クラリスはそう言うとコップの中身を一気に飲み干した。



「⋯⋯おい、何か飲めとは言ったが、酒だったとは聞いてないぞ」


 テーブルに上半身を突っ伏しながら上機嫌なクラリスを見下ろしながらジクロが言う。

 クラリスはかなり酔いが回っているのか、顔が真っ赤だ。


「ジクロさんて本当にきれいな髪の色をしてますね。黒髪の人なんて、ジクロさんが初めてです。素敵ですね⋯⋯」


 クラリスはジクロの頭に手を伸ばす。


「おい、酔っ払い」


 口では言うものの、ジクロはクラリスにされるがままだ。


「私、ジクロさんのこと最初ちょっと怖い人かと思ったんです。あ! もちろんそのちょっと怖いところがかっこいいんですけど」


 クラリスは、はにかみながら言う。


「でも、時々すごく優しい目で私のことを見てくれてる気がするんです。そんなの好きにならないわけないじゃないですか⋯⋯」


「⋯⋯」


 ジクロは静かに聞いている。


「でも、こんなのジクロさんに知られたらもうお店に来てもらえないかもしれない⋯⋯ジクロさんには内緒ですよ?」


 ふふっと笑いながらクラリスは力尽きた。


「酔っ払いが。誰と話してるつもりなんだ」


 悪態をつくジクロの顔はほんのり赤かった。


「おい起きろ。戸締まりしてくれねぇと帰れないだろうが」


 ジクロはクラリスの肩を揺するが反応はない。


「⋯⋯仕方ない奴だな」


 ジクロはクラリスの前髪をそっと撫でながら言う。



—―翌朝


 クラリスが目覚めると、肩にジクロの上着がかかっていた。


 ジクロは、窓際のソファの上に両足を投げ出し、片膝を曲げた姿勢で肘掛けにもたれながら腕組みをして寝ている。


 クラリスはジクロの前髪にそっと触れる。


「⋯⋯なんだ。朝か。俺は寝てたのか」


 ジクロは起き上がる。


「お前も起きたんだな。じゃあ帰る」


 そう言い残すとジクロはあっさりと店を出ていった。


 テーブルの上にはお金がきっちりと置かれていた。


 これは後にジクロの朝帰りとしてみんなの記憶に刻まれることになる。



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