11、責任
2回目の討伐作戦を翌日に控えた夜、私は緊張のせいかなかなか寝つけずにいた。
自分の部屋を出て、食堂に来た。
食器棚からカルバとニトロにもらったカップを取り出し、水を入れて飲んだ。
自分の部屋に戻るために廊下を歩いていると―
―—ガタン
近くの部屋の中から音がした。
まだ誰か起きてるのかな。何かを落としたんだろう。
通り過ぎようとしたその時。
「うぅ⋯⋯はぁはぁはぁ」
苦しそうなうめき声と異常なまでに早い呼吸音が聞こえてくる。
危ない―—
ここは⋯⋯テオの部屋だ。
私はノックするのも忘れて部屋に入る。
部屋の中を見渡すとベッドのそばでテオがうずくまっているのを見つけた。
「テオ! どうしたの? 息ができないの?」
テオは苦しそうに肩で息を繰り返している。
呼吸が早すぎる。
「えっと⋯⋯カルバ! 呼んでくるから!」
そう伝えて部屋を出ようとすると腕を掴まれた。
「助けを呼んでくるだけだから。大丈夫だから離して。」
「⋯⋯いらない。いつものこと。⋯⋯絶対だめ」
激しい呼吸の合間にテオは必死に、言葉を紡ぐ。
「なんで⋯⋯あ」
—―過呼吸発作だ。
心身に強い負荷がかかった時に、息が浅く速くなり身体に取り込む空気が過剰になることで苦しくなるのだ。
「わかったから。まずはゆっくり息を吐いて。息を吐けたらちゃんと吸えるから、苦しくなくなるから」
私はテオの背中をさすり、少しずつ速度を落としていく。
テオも何とかその速さに呼吸を合わせようとしている。
どれだけ時間が経ったかわからないが、テオは落ち着きを取り戻してきた。
「もう大丈夫⋯⋯ありがとう」
テオがベッドに入る手伝いをする。
掛け布団を整えたあと、床に散らばったものを簡単に片付ける。
「⋯⋯誰にも言ってない」
テオが言った。
「そう。なら私も誰にも言わない。もう長いの?」
「小隊長になった時からだから、3年位前からかな。作戦の前日になりやすい。色々思い出すから」
テオは静かな声で話す。
「詳しくは話さなくていいよ。ごめんね。嫌なこと聞いちゃったね」
「いや。前にリファも俺に話してくれた。君になら聞いてもらいたい⋯⋯かもしれない」
「そういうことなら⋯⋯」
私はテオのベッドの近くの椅子に腰かけた。
「小隊長になった俺は少人数だけど初めて部下ができた。部下の命を預かることになった責任は想像よりもずっと重かった」
テオがポツリポツリと話し始める。
「小隊長になって初めての討伐作戦の日、俺は部下を死なせた。その日は運が悪く途中で雨が止んでしまった。撤退の采配に気を取られていた俺は、まだ新入りだった彼を気にかけている余裕がなかった。ゴーレムの投石が彼の方に飛んで行った時、俺は近くに居たんだ。岩に当たって墜落する直前、彼はこちらに手を伸ばして助けを求めてた。でも俺には救えなかった」
テオが続ける。
「帰還してから、他の部下たちに責められた。小隊長失格だって。彼の遺族にもなじられた。近くにいたのになんで救えなかったのかって。彼はまだ10代の未成年だった。それからも、仲間たちを守れるように努力した。でもどれだけ努力しても、たくさんの仲間が死んで行った」
そんなことがあったなんて。
私はテオの今の姿しか知らない。
高い討伐数を誇ることから副団長に昇格し、仲間から信頼される姿⋯⋯
「討伐作戦の前には彼らのことが思い出されるんだ。そして、また誰かを失ったらどうしようって。でも、これは俺が背負わないといけないものだから。生き残った俺が、みんなの想い…恨みであっても背負って戦場に行かなければならない。そこから逃げることは許されない。ジクロだって…もう一人では背負えないくらいの責任と後悔を抱えてる。ジクロの不眠症は有名な話」
テオもジクロも苦しんでるんだ⋯⋯
「どう。リファ⋯⋯幻滅した? 俺は前に君に自分を認めてあげないとって言ったけど、俺なんかはどうしたって肯定されていい存在じゃないんだ。俺はきっと無意識に自分の責任から逃れようとしてるんだ。だから時々こうなるんだと思う」
「テオ。違うよ⋯⋯テオの責任感が強いところはテオの良いところだよ。でも自分を責めすぎたらテオが壊れちゃうよ。辛くても逃げずに自分の役目を果たしたから、今のテオが居るんでしょ? テオは副団長としてみんなに認められてるじゃない」
「ジクロはともかく、俺は本当はそんな器じゃない。取り返しがつかない失敗を繰り返してきて得た地位だよ」
「私はそうは思わない。テオ⋯⋯過呼吸発作は罰なんかじゃないよ、心が追い込まれて身体が助けてって言ってるんだよ。これ以上追い込んだら本当に壊れちゃう」
「じゃあ、リファはどうだったの? 前に言ってた村の話」
「私の話はテオの話とはちょっと違うよ」
「それでも聞きたい。リファが嫌じゃなければ」
そう。私はテオとは違う。
私は—―逃げたんだ。
黙る私をテオが見つめている。
「わかった」
私は子供の頃を思い出しながら話す。
—―私はマキサ村に生まれた。母は巫女だったから私にもその力が受け継がれていた。
母はマキサ村の生まれではなかったが、母の力のことを聞きつけた村人たちに頼み込まれて、この村に移り住んだらしい。
父の記憶はない。
母は天を操る力があった。私と同じだけどずっと正確だった。
マキサ村は長い間干ばつに苦しめられており、かつては食料不足で飢えに苦しみ命を落とす人もいたそうだ。
母は村人を救うために力を使って定期的に雨を降らせた。
作物は村人の望み通りに実り、飢える人はいなくなった。
飢えがなくなり、村には新しい命がたくさん生まれるようになった。
私もその子たちと同じ世代だ。
子供が大量に増えた村では、大人たちが作物を育てる土地の開拓を急いだ。
そして村人たちは母に頼んだ。
「もう少し雨を降らせる頻度を増やせられないか? あちらの畑がもう元気がないんだ」
「雨を降らせすぎることは危険です。過剰になると、どこかの村で干ばつが起こるかもしれません。それに予想もできない悪影響があるかもしれない」
母は答えたが村人は納得しない。
「どこかの村の話は今はどうでもいい。俺たちは困っているんだ! 子供たちが腹を空かせてもいいのか?」
「米の備蓄がまだあるでしょう。もう少し間を空けないと」
「頼む。頼むから」
村人たちに根負けした母は、再び雨を降らせることにした。
これが間違いだった。
雨は無事に降り出して村人は喜んだ。
しかし次の日、村の近くの川が氾濫した。
どうやらマキサ村よりも遠く上流の山で雨が降っていたらしい。
氾濫した川の水は、村の備蓄庫を浸水させ、新しく開拓した畑を流した。
「お前! よくもやったな! こいつは俺らを殺すつもりだったらしい!」
「違います! そんなつもりじゃなかったんです!」
「こいつはガキの父親を殺した俺達を恨んでるからな」
私の父親は巫女である母親と結ばれ子をもうけたことで、母の力を独占しようとしたとして、村人たちによって裏で処刑されていた。
一度は帰った村人たちだったが、その日の夜に家に火をつけに来た。
「祟り神を殺してやる!」
私たちは村から逃げるしかなかった。
巫女の村、エルデ村に逃げてきた私たちを村長は受け入れてくれた。
しかし、母親は火傷が治らず傷口から菌が入ったせいですぐに亡くなった。
私たちは自分たちの命を守るために逃げた。
役目を失敗した母は村を元に戻さずに逃げ出した罰があたったのかもしれない。
もしそうだとしたら私たちの運命はなんて残酷なんだろうか。
私が話終わってテオを見ると、テオは上体を起こしていた。
そして、いつの間にか私の頬を流れていた涙を指で拭ってくれた。
「ごめん」
「なんでテオが謝るの?」
「泣かせたから」
テオは心配そうに私を見ている。
「私が言いたかったのは⋯⋯私たちがいくら努力したって、結果を見た他人は文句を言うんだよ。自分ではどうすることもできなかった人たちは、可能性があった私たちに怒りをぶつけたくなるんだよ。きっと私たちよりも怖かったんだ。辛かったんだ」
「リファ⋯⋯」
「私たちは自分たちのできることを精一杯しなくちゃいけない。でも、自分のことも大切にしないとますます何もできなくなっちゃうと思う。…上手く言えないけど、テオはもう少し周りを頼ってよ。今日私が通りがかったのも何かの縁だよ」
「ありがとう。リファの話、聞かせてくれて。リファも苦しい思いをして、たくさん考えて、自分の中で答えを出そうとしてるんだね。そんな姿に勇気をもらえた気がする」
テオは私の頭を撫でてくれる。
「それならよかった」
私もテオを真似て、テオの頭を撫でる。
テオは一瞬驚いたけど、嫌がる様子はなかった。
いつの間にか夜は更けていた。
明日の討伐作戦のためにそれぞれ部屋で休んだ。
―—翌日、予定通りに2回目の討伐作戦は実行された。
テオは昨日の姿が幻だったみたいに、副団長として凛々しい姿で戦場を制した。
前回の作戦時に大量のゴーレムを倒したにも関わらず、今回も大量のゴーレムがいた。
雨を降らせるタイミングをずらしたことで、ほとんど無抵抗のゴーレムを一方的に攻撃することができた。
今回も作戦成功を収め、戦士たちに一人の負傷者さえも出さずに帰還した。




