1、巫女の村
※ ※ ※
(俺も君のことが好きだよ。ずっと一緒に居よう)
(君は、俺とこの国とどっちが大事なの?)
(俺は⋯⋯君を選ぶ)
私はあの日の選択を後悔したことはない。
だって、今の私は毎日がこんなに穏やかで、愛しくて、ただただ幸せで⋯⋯
思い返せば私はこの世界に来る前から、ずっとあなたに憧れていた。
ずっと会いたかった⋯⋯
※ ※ ※
ここはエルデ村。周囲を深い森に囲まれたこの村には聖なる力を持つ"巫女"たちがひっそりと暮らしていた。
特別な力を持つ者は、いつの時代も救世主として崇められて来た。
しかし同時に得体が知れないと人々から恐れられ、迫害の対象にもなりかねなかった。
迫害を恐れた各地の巫女たちは、社会から自らの力を隠しこの地に移り住むようになった。
この村の中央には大きな神社があり、周囲に巫女たちが家を建てて住んでいる。
全ての巫女は1日1度、陽が出てる時間帯に本殿にお参りすることが日課である。
——ある日
「おーい! リファ〜!」
「あぁ、パンテ」
パンテが手を振り、前から歩いてくる。
彼女は私の大切な友人だ。
私と同じで巫女の力を持っている。
出身地は違うものの、同じように村の人間から迫害を受けた経験があり、この村に逃げて来た。
「リファは今日のお参りはもう済んだの?」
「今から行くところ」
「そう、私も今から行くところなんだ! お母さんの分もね」
二人で鳥居をくぐり、本殿の前で手を合わせ、祈りを捧げる。
お参りを終えた私たちは話ながら歩いた。
「今はどんな本を読んでいるの?」
パンテは私が懐から取り出して手に持っている本を見ながら言った。
「これは世界救世学の本。過去に別世界に召喚されて、その世界を救った巫女たちの貴重な体験が記されているの」
私は本の表紙を撫でながら言う。
「へぇ! 面白そう!」
パンテは目を輝かせた。
「パンテのお母さんの病気のことが書いてあったらいいなと思って」
「そっか。リファ、調べてくれてありがとう」
パンテは柔らかく微笑んだ。
パンテの母親は病気にかかっていた。
パンテと母親は2人でこの村に逃げて来たのだが、病気は以前からのもので、今となっては衰弱してほとんど布団から出られない状態だ。
原因は⋯⋯はっきりとは分からない。
パンテの母親がある人の呪いを解いた際に、代わりに自身に降りかかってしまった可能性が高いらしい。
パンテは母親を助けるために、家の用事や村の役割に忙しい。
時々森に薬草を取りに行くこともあった。
「ねぇリファ、思ったんだけど。どうして別世界のことが書かれた本がここにあるんだろう? 別世界に召喚されて世界を救ったあと、その巫女は戻って来れたってこと⋯⋯だよね」
パンテは続ける。
「今まで数え切れないほど巫女が行方不明になってるよね。今月だけで2人も。この村から去っていっただけかもしれないけど、もし別世界に召喚されていたとしたら⋯⋯何十年も1人も帰って来れてないんだよね」
パンテは考え込むように言った。
「そうなるね。帰って来れるのは幸運なケース⋯⋯なんだと思う。この本に載っているケースも数えるほどだし、何より帰り方については書かれていないから」
そもそもこの村にある本は、各地から巫女達が持ち寄ったもので、出どころがはっきりしないものが多いからな…
「この本がどこまで正しいのかは分からない。もしかしたら体験談ではなくて、民の娯楽のためのおとぎ話の一種なのかもしれない」
「なるほど。何が正しいのかは分からないよね。でもその本、リファが読み終わったら私も読んでいい?」
「もちろん」
「ありがとう」
パンテは嬉しそうだ。
しばらく2人で歩きながら話していると、ヒソヒソ声が聞こえてくる。
「リファの母親ってマキサ村を洪水にして大勢の命を奪ったらしいよ〜。怖いよね。それでこの村に逃げてきたとか」
ビフィはクスクス笑いながら言った。
彼女は村長の娘の巫女だ。
いつも私を見つけては酷い言葉を浴びせてくる。
「リファも、母親も天変地異を操れるなんて恐ろしい血筋よね。私たちなんてせいぜい死者の魂と会話するとか、祈りで疫病を治すとか、可愛いものなのにね」
ロペラが言った。
彼女はビフィとよく一緒にいる巫女だ。
いつも同調して私に嫌がらせをしてくる。
「ちょっとあなたたち!」
「パンテ。ありがとう。大丈夫」
私はかばってくれようとするパンテを制止し、彼女たちにこう言い返す。
「あなたたちは本当に頭が悪い。自分たちも怖がられ迫害された過去があるというのに、ここでよってたかって私の力を恐れて攻撃するの? それに、お母さんは村人の命は奪っていない。何度も説明した。やっぱりあなたたちは頭が悪い」
「うっ⋯⋯まぁ恨みを買ったら私たちだって何をされるか分かったもんじゃないわね。ロペラ行きましょ」
ビフィとロペラはこちらを時々振り返りながら立ち去っていった。
「あいつら、本当にひどいよね。人から怖がられるのってすごく嫌な気持ちになるのを知ってるくせに。でも、リファが私が言いたいこと全部言ってくれたから良かった! リファ、大丈夫?」
パンテは心配そうに私を見つめる。
「パンテ、ありがとう。自分のことみたいに怒ってくれて」
「当たり前だよ!友だちなんだから!」
パンテの言葉が嬉しかった。いつもパンテの明るさに、優しさに救われている。
私はパンテのために何ができるのか、何を返せるのか、いつも考える。でも大したことはできていないのが現状で、もどかしく思う。
「私の力は強い⋯⋯けど、使い方を間違えたら恐ろしい。それにみんなみたいに病気を治すような役に立つ力はない⋯⋯ごめん」
「リファの力はすごい力だと思う。リファのお母さんもマキサ村を餓えから救ったんでしょ? 本当にすごいことだよ。それに、もし私のお母さんのことで謝ってくれてるなら気にしないでよ。この村の誰も治せていないんだから。私自身の力でも⋯⋯」
パンテはうつむいた。
「ごめん⋯⋯」
私は余計なことを言ってパンテに辛いことを思い出させてしまった。
いつもそうだ。あいつらと話すとしばらく気分が悪くなって、後ろ向きな思考になる。
——その時、頭上から鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。
見上げると夕焼け空に白い鳥が西の方へ飛んでいく。
「わぁ⋯⋯」
パンテは目を輝かせている
「あぁ⋯⋯綺麗だなぁ⋯⋯いいなぁ」
私も一緒に連れていってくれないかなぁ。
私には自由に空を羽ばたく鳥がうらやましく思えた。
どこへ行っても受け入れてもらえない自分⋯⋯羽根があれば、全てを捨ててどこかに行けるのかな。
そんな考えが時々頭に浮かぶ。
でも私にはパンテがいてくれるから。
いつかパンテの母親を治す方法を見つけることが、きっと⋯⋯私のここでの役目。
「パンテ⋯⋯いつもありがとう。私、自分の役目を果たすから」
目の前で空を見上げているパンテにつぶやいた。
「? リファってさ、すごい力を持っているから、きっと世界中にリファを必要としている人たちがいるよ。だから元気だして」
パンテは遠くの空を見ながら言った。
「ね、リファ? ⋯⋯あれ?」
——パンテが振り向くと、そこにはリファはいなかった。