鶴の恩返せず
「服部さん、私が誰だかわかりますか?」
「あの時助けた鶴でしょうね」
「では私が何をしに来たのか、もうおわかりですね?」
「恩返しでしょうね」
「話が早くて助かります」
「鶴さん、人間に変身なさらないんですか?」
「あいにく、私にそのような力はございません
祖母も母も変身できるというのに、お恥ずかしい限りです
一族にとって、私は『みにくいあひるの子』なのです」
「その使い方で合ってますか?」
「ですが私は母にも負けない機織りの腕前を持っています
これぞ『鳶が鷹を生む』というやつですね」
「あなた鶴ですよね?」
「とにかく私に機織り機を貸していただければ、
一晩で上等な着物を作り上げることができますよ」
「残念ですが、うちに機織り機はありません」
「えっ、そんな」
「現代の一般家庭には置いてないんですよ」
「そうなんですか
つい『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』になってしまいましたよ」
「そろそろ鳥に絡めるのやめません?」
「トリあえず、家の中に入れてもらえないでしょうか?
何かできることがあるかもしれませんよ」
「ええ、ご近所さんに鶴と会話してるところなんて見られたくないので」
*
「服部さんはギターをお弾きになるんですね
バンドを組んでいらっしゃるのですか?」
「いやいや、全然そんなレベルじゃないですよ
コードを押さえるのもやっとな初心者です」
「またまたご謙遜を
本当はお上手なんでしょう?
『能ある鷹は爪を隠す』と仰いますしね」
「それが言いたかったんですね
こうしましょう
鳥に関する諺とか、そういうのは禁止します」
「いいでしょう
ところで服部さんはご自身の苗字の由来をご存知ですか?」
「ええ、『機織部』が訛って『服部』からの『服部』でしたね確か」
「……」
「どうしたんですか鶴さん、悔しそうな顔をして
まさか知識を披露したかったんですか?
なんかすいませんね」
「いえ、お気になさらず
それより、服部さんは鳥が喋っている事実に驚かないのですか?」
「え、今更ですか?
そりゃ結構びっくりしましたけど、
これは恩返しされるかもなぁと思いながら助けた節があるので、
そのおかげですんなりと受け入れることができたのかもしれません」
「なるほど
では服部さんは、私が恩返しに来る可能性があったのに
機織り機を用意しておかなかったわけですね?」
「ええ、『捕らぬ狸の皮算用』だなと思いまして」
「……」
「ああ、先取りしてすいません」
*
「しかし、どうしたものでしょう
せっかく恩返しに来たというのに、まだ何もできていません」
かくなる上は、この体で恩返しいたしましょう」
「いや、待ってください
鶴の調理方法なんて知りませんよ
うちには大きい鍋もありませんし」
「いえ、そうではなく
私は、鶴の中では結構な美少女として持て囃されているのです
そして服部さんは一人暮らしの男性……この意味がおわかりですね?」
「鳥に欲情したことないんで結構です
それに確かに一人暮らしですが、彼女いますから」
「そうだったのですか、危ないところでした
もし彼女さんに見つかれば『この泥棒猫』と言われるところでした」
「言わないと思いますけどねえ」
「おや、机の上にネックレスがありますね
彼女さんの物でしょうか?」
「ええ、先週来た時に置き忘れたみたいです
ちなみに使われている宝石は真珠ですよ」
「『豚に真珠』と言わせたいのですね」
「ヘーイ」
*
「さて、私はそろそろ帰らせていただきます
次に来る時までに恩返しの方法を考えておきますね」
「まあいつでも気軽に遊びに来てください」
「はい、それでは……おや?
いつのまにか雨が降っていたのですね」
「そういえば、天気予報では朝まで土砂降りだと言ってましたね
予備の布団ならありますし、泊まっていったらどうですか?」
「ではありがたくお言葉に甘えさせてもらいます
……ふふ、これが『男は狼』ということなのですね」
「やかましいわ」