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◆◆言葉

「お前らチャイムなってるぞー。さっさとー座れ」


教室の扉が開くと同時にチャイムが鳴り、いつも通り皐月先生が生徒に着席を促す。が、いつも通りなのはそこまでだった。


「ん? どうした? 席に座れといってるだろ」


皐月先生が仏頂面をしながら再び注意するが誰一人聞く耳を持たない。それどころか生徒達は違う事に関心が向いていた。日向一人を除いて全員が席を立っていた。


「な、なあなあマジで清水と付き合ってるの? 嘘じゃなくて?」


一人の男子生徒が困惑と焦りを含んだ声音で姪菜に説明を求める。その姪菜は俺の股の間に座りニコニコと笑顔で答える。


「うん! 私とけーたは付き合ってるよー!」

「ま、マジで!?」

「う、嘘だろ」


もう同じ質問を何度聞いただろうか。そしてそのたび起こるリアクションを何度見たことだろう。姪菜の代わりに俺が答えてもまるで聞いておらず諦めて姪菜にその役目を譲って俺は現実逃避モードの最中だ。


ほとんどの生徒が姪菜の周りに集まって姪菜の激変に目を丸くしその言動を固唾と見守っている形だ。


俺になつく姪菜を見た生徒が次から次へと集まり気づけばこんな状態になってしまった。やはりチャイムが鳴るギリギリまで教室に入らない方が正解だっただろうか。


いや、しかし俺と姪菜と明確な関係を生徒達にはしかと認識してもらわなければいけない。そうでなければ作戦が成功しない。だが少々精神的に疲れた。いい加減もう良いだろう。


チラリと皐月先生に視線を送る。眉間にシワを寄せ爆発五秒前の先生にアイコンタクトを送ることにする。


「(助けてください)」


俺のアイコンタクトに先生は軽く舌打ちをして髪をかき上げる。


「(貸し1つだからな)」

「(菓子1つじゃダメっすか?)」

「(殺すぞ)」


いやはや言葉にせずとも伝わる関係って素晴らしい。言葉で色々本音語りあったら俺の存在が名簿から色々消えちゃう関係だしな。


「おいお前らー! 10秒以内に座らなきゃお前らが好意を持ってる人物の名前をあげてくぞー!」


最低の教師だった。っていうか生徒一人一人の好きな相手知ってんのあのおばさん? なにそれ怖い。30代の青春に対する嫉妬深さは底知れねえな。


「清水、お前は後で職員室に来い。先生に対する挑発的言動しかと受け止めた。張り倒してやる」


なんで心の中読まれてんだよ。マジでやべえぞこのおばさん。


「30歳はおばさんではない」


だから言ってねえよ。


「聞こえている」


ギロリと睨まれ俺はその殺意から逃げるように一限の授業の準備を始めるだった。


皐月先生の脅しは効果絶大で三秒かからず生徒全員が着席していた。なにはともあれ助かった。


ため息をつき、横を向くと日向と目が合った。けれどすぐに日向は俺から目を離し怒った様子で荒々しく準備を始めた。なに怒ってんだこいつ。


姪菜はというと着席はしているが机にベターっと張りつき幸せそうな寝顔をしていた。そういえば、小さい頃は姪菜は朝が苦手だったなーと懐かしく思いながら軽く見惚れてしまっていた。


「おいこらアホ。よそ見をするな」

「いってえ!」


頭にチョークが飛んできて、俺は我に返った。皐月先生は未だに根に持っているのだろう。あれだな。やっぱり言葉にしないと伝わらない関係のが最高だな。


◇◇◇


「遅かったじゃないか。問題児」

「誰が問題児ですか」


「御託はいい。ちゃんと平津は連れてきたんだろうな。ちゃんと状況説明すれば退学で許してやるって話だったな」


「地味に罪が重くなってる!? まだ怒ってるんですか?」


俺の困り顔に満足したのかフフフと笑うと「冗談だ」と平津先生は言った。


「あの侮辱は許すが、それとこれとは話しは別だ。平津をよべ」


俺は先生からそう言われると、ドアを開けて職員室前で待機させていた姪菜の手を掴み、先生の元へ連れていく。


「せんせーきましたよー!」

「ん? あ、ああやけに元気だな。そんな姿初めて見たぞ」


開口一番、姪菜が先生にそう告げると、普段の姪菜を想像していたのか少し間を開けて平津先生は答えた。


「清水から説明を受けていると思うが、実際問題こいつの発言は事実なのか。昨日清水とぶつかったというのは」

「うーん。そだっけけーた?」

「いや、そうだろ。ちゃんと覚えてろよ」


可愛らしく首を傾け何故か俺に疑問を向ける姪菜。しかしそれも仕方ない。今姪菜には高校どころか中学生の記憶すらないのだから。


姪菜の発言に怪訝な表情を浮かべる皐月先生。俺が嘘を付いているんじゃないかと疑っているようだ。気まずい沈黙が流れ始めた時、空気を破ったのはやはり姪菜だった。


「うーん。よく分かんないけどけーたが言ってるならそれが本当だと思う。けーたは嘘つく人じゃないよ。だって私が一番信じてる人だもん」


それは、その言葉は俺の胸を温かくし鼓動を激しくさせる言葉だった。まるで恥ずかしげもなく自信満々に言い切る姪菜の顔は眩しかった。本当に子供って素直だ。


「そうなのか。嘘でないのならいいんだ。ならもう用件はない。二人とも帰っていいぞ」

「あ、ありがとうございます」

「せんせーばいばい!」


皐月先生は姪菜の言葉に嘘偽りがないと見抜いたのか妙にあっさり納得してくれた。俺は内心ホッとし先生に腕を振る姪菜の手を握り職員室から出る。その手をいつもより強く握ったのには意味はない。


「ところで、平津。お前なんだか別人みたいに性格が変わってるが大丈夫か? どこか悪いんじゃないのか?」


俺がドアに手をかけたところで、恐れていた言葉を先生は発言した。やはり鋭い。さすがは伊達に年数重ねていないか。


「最後の言葉は余計だ」

「だから勝手に人の心読まないでくださいって。・・・ああ平津のこの様子でしたら俺のせいですよ」


そして俺は覚悟を決める。勇気が欲しかったのか自然と姪菜の手を握りしめる。姪菜は優しく握り返してくれた。


「実は俺と平津付き合い始めたんです。平津の言動やら豹変は俺の性癖。つまりそういうプレイ中ってことです。そんじゃさいなら」


軽く返答してあんぐりと口をあける先生を後目に俺達は帰りの廊下を歩く。


「けーた! 早く早く、みたいテレビ始まっちゃうよー」


俺は姪菜に手を引っ張られ、それに抗うこともなく付いていく。


やっぱりあれだな。言葉にしなくても伝わる関係より言葉にした方が伝わる関係のが最高って事だ。

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