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◆◆つかの間の

「はあ?!」


俺がポツリと呟いた言葉に反応し、澪がソファから跳び跳ねた。目を大きく見開き俺の発言に驚愕している様子だ。


「いや、なんだよ。だってこいつ多分、家にさえも一人で帰れないぞ。昔の家なら幼少時の記憶が残ってるから多分大丈夫だろうが、今住んでる家なんて知らないはずだ」


それに、このまま一人で帰すのはさすがに気が進まない。今の姪菜なら怪しいおっさんに「あめちゃんあげるからおいでー」なんて言われたらトコトコ付いていってしまうだろう。


「だったら兄ちゃんが家まで送ってあげればいいじゃん。どうせ家の場所知ってるんでしょ?」

「いや、知ってるけどお前なに怒ってるの?」


頬をぷくーっと膨らませてそっぽを向く澪は明らかに機嫌そこねている。兄だから分かるがこいつは感情が表に出やすい。良く言えば嘘がつけないタイプなのだろう。悪く言えば社会不適合者。上司とかに不満な態度とか隠せなさそうだしこいつ。


「怒ってないしー。なんか下心見え見えの兄ちゃんをちょっとキモがってるだけだし」

「はい? 誰が下心丸出しだって? そんなわけないだろ。むしろ天敵と一つ屋根の下な時点で戦々恐々だ」


いくら精神が幼くなったと言っても、外見自体は変わっていないんだ。俺に長年トラウマを植え付けた見下した表情をそう簡単には克服出来るわけがないのだ。


「 だって・・・なんか泊めたがってるみたいにしか見えないし」

「泊めるしかないだろ。姪菜の両親は海外行って連絡取れないし、こいつを一人にするなんて危険だし」


頭をガリガリと掻きながら俺は不満げな妹に説明する。っていうか何で平津姪菜に味方をしなきゃならんのだ。俺は。でもなんとなく『今の平津姪菜』を擁護してしまう意味は分かっているのだが。


「じゃあ俺が家まで送ってこいつ一人にしてその間に何かあったらどうすんだ。世の中物騒なんだ。幼女一人残してなにも起きない筈がないだろ。何かあったら、お前罪悪感に耐えられるのかよ」


俺の言葉に澪は眉を片方だけ上げる。言い返したいのはやまやまだけれど、耐えられないっていうのが本音って所だな。


「はぁー仕方ないなぁ。じゃあ兄ちゃんの好きにすればいいじゃん。・・・ただし、平津さんは私の部屋に泊めるからね!」

「それは当たり前だ。例え嫌いな相手でも女の子と一晩過ごすとか理性保てる気がしないからな」

「きもっ!」


侮蔑を含んだ顔で俺を睨み付ける澪だが、やっぱりこいつの物わかりの速さには助かっている。普通こんな地雷物件をいきなり泊めるなんていう作戦受け入れられないからな。


「静かだと思ってたら寝てたのかよ。ったく、人の気も知らないで気持ちよさそうな顔してさ。元に戻ったら借りは返してもらうからな」


横を見ると俺の肩に寄りかかったスウスウと可愛らしい寝息をたて夢の中に行ってしまった姪菜がいた。こういう顔もできるんだな。


「いって!」

「やらしい顔で平津さんを見るな」

「見てねえよ」

「じゃあ存在がやらしいんだよ。私の力じゃ平津さんを部屋に運べないから連れてきてよ」


かなり酷い罵倒をしながら、澪はリビングを後にした。


「平津さん、ねえ」


そういえばいつからだろうか。澪が姪菜のことを『姪菜さん』から『平津さん』に呼び方を変えたのは。


他人行儀な呼び方に変わってしまったのは俺と姪菜が険悪な仲になってしまったからだろう。すこしばかりの罪悪感に胸が少し傷んだ。


◇◇◇


今日は両親が旅行に出掛けてしまったこともあって姪菜を家に泊められたけれどさすがに次はこううまくはいかないだろう。両親は大人の立場として当然、姪菜を病院に連れていくだろう。そっから自体は更に大きくなって、姪菜のご両親に連絡がいき姪菜は強制送還って流れか。


「下手したらこのまま海外に連れていかれちまうかもな」


ため息と共にそんな言葉が自然と出た。自分の部屋に戻っても意識は姪菜から離れず寝付けないでいた。澪が無理やり姪菜をたたき起こしたのか風呂から桃色な会話が聞こえてきて理性を保つ為、頭を壁ドンしていた。それも原因だろう。


「もしあいつがいなくなっちまったら天国だな。やっとしがらみから解放されるわけだし」


ハハッと乾いた笑いを出してみたが、気分は高揚しない。全く何でこんなに気分が晴れないんだろうなあ。意味わかんねえよ。


突如、ガチャリと俺の部屋の扉が開く。澪が入ってきたのかと思ったが現れたのはなんと姪菜だった。

辺りをキョロキョロと不審に伺い、細目にしているのはなんだか違和感を覚えた。


目があった。その瞬間姪菜が走ってきて俺の頬を平手打ちしてきた。パチーンと音が響き俺はいきなりの事態にパニックになりベッドから転げ落ちてしまった。


「いってえ!」

「痛いのは私の心よ。まさかあんたがこんなことするような奴だったなんてね!」


俺の胸ぐらを掴み、姪菜の顔が至近距離に近づく。その顔は、瞳は涙で照らされていた。えっ・・・この様子、今までの姪菜じゃん。


「お前意識が戻ったのか?」

「はあ? なに意味の分からないこと言ってんの。私はいつも通りよ。正気に戻るのはあんたでしょ! ま、まさか、あんたが私をゆ、誘拐するなんて!」

「は? 誘拐!? ちょっと待て。なんの話だ」

「話す必要なんかないでしょ。今この状況が答えじゃない!」


腕をブンブンと回しわめき散らす姪菜に俺は頭痛を覚えた。なんだ?なんで意識が戻った?っていうか今何時だ。うるさく喚き散らすなよ。


チラリと時計を見る。24時を過ぎたところだった。


「説明しなさいよ! どうして私がここにいるのか。あんたが私を誘拐したなんて思いたくないし」

「頼むから落ち着けって。分かった分かった。説明するから。とりあえずリビングにこい。ここじゃお前も嫌だろ」


痛む頭を摩りながら俺は起き上がる。自分の部屋に夜に女の子と二人きりとか俺からごめんな状況だしな。


突然、こんな事態になって不安なのか、普段なら否定する姪菜も大人しく俺の後を付いて階段を降りてきた。しかしどうして意識が戻ったのだろうか? いくら考えても俺の頭では答えを導きだせそうにないので思考を停止させた。


◇◇◇


「とりあえず飲めよ。暖かい飲み物飲めば多少心は落ち着くだろ」


部屋に入り、姪菜をソファに座らせる。しかし今の姪菜は大分ヤバい。その理由は妹のパジャマを着ているからだ。サイズがあっていないのかキツキツになっている。主に胸が。いや別に澪が貧乳だとは言ってないからね?


「・・・話してよ」


顔は不安で練り固められコップを握る両手は震えていた。それも仕方ないのかもしれない。俺だって目覚めたらいきなり別の場所にいたなんて事になったら恐怖を覚える。


「分かった。とりあえず信じられない話だろうが大人しく聞いてくれ。最後まで説明するからよ」


俺はそれから小一時間かけて今までの経緯を説明した。朝の出来事、それが原因で姪菜が幼児化してしまった事。そして今ここにいる理由。合間合間で息をのむ雰囲気を感じたが、俺はしゃべり続けた。


「そんな姿をあんたに見せていたっていうの私が」


話終え少し沈黙が続いた後に初めて口にした言葉がそれだった。気持ちは分かる。耐えられないのだろう。自分がそんな醜態を晒していたことが。ただでさえプライドが高いのだ。しかもそんな姿を見たのが俺っていう悲劇中の悲劇。


「さすがに俺もビビったけどな。でも意識が戻って良かったぜ。もしかしたらこのままずっとこうなんじゃないかって気がしてたからな。・・・今日はもう遅いからな。泊まってけよ。妹の部屋で寝ていいからさ。忘れようぜ。明日からいつも通りだ」


明日からいつも通り、すれ違えば無視をして言葉を交わせば罵詈雑言の仲そんないつも通りにさ。


俺の返事には答えず姪菜はカップを見つめていた。相当ショックがデカイのかもしれない。ここは一人にするべきなのだろう。俺の声なんて姪菜には届かないのだろうから。


「覚えてたのね。私がココアが好きって」

「え?」


リビングから出ようとした瞬間、聞こえるか聞こえないかの声音で姪菜が呟いた。振り返るとカップをそっと口に近づけココアを飲んでいた。


「ココアが好きなんて子供の頃にサラッと言ってたことなのに」

「ああ、まあ、な」


忘れるわけがないだろうと、口には出さなかったが心で語った。だって、俺は。


「・・・未だに私が幼児になったなんて信じられないけど、迷惑かけたわね。あなたの言う通りこれから『いつも通りの関係』に戻りましょう」


ココアを飲み干し姪菜は俺の目を真っ直ぐにみて言った。俺も頷き、お休みとリビングの扉を閉じた。


忘れるわけがない。おそらく一生覚えているに違いない。


なぜなら幼少期の俺は平津姪菜という幼馴染に恋をしていたのだから。


◇◇◇


「おっはよー」

「おう。相変わらず朝早いな。朝練か?」

「そりゃあたしキャプテンだしね。遅刻は許されないよ。ってことで平津さんのこと任せたから」


俺が欠伸をしながら階段を降りると澪が靴を履いていて、俺に挨拶してきたので、そんな会話をした。・・・ん? よろしくって。どういうことだ。


だんだんと頭が冴えてきて澪の意味深な言葉が頭に引っ掛かりを覚えた。疑問を頭に抱えたまま俺は洗面所へと向かう。


歯を磨いている最中に後ろに姪菜の姿が鏡に移った。まだ帰ってなかったのかこいつ。そういえばこいつも朝弱かったなー。と俺は挨拶をする為振り向いた。すると姪菜がダイビングしてきて俺は情けなく倒れるしかなかった。


「おはよー!」

「・・・はい?」


ニコニコと俺に笑顔を向けて抱きつくその様子はまるで昨日見た姪菜のようだった。


「えっと、姪菜いまお前何歳だっけ?」

「七歳だよ!」


ガツンと頭を叩かれたような衝撃に頭を抱える。どうやら、また姪菜は幼児化してしまったみたいだ。


勘弁してくれ。

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