◆◆彼女の変化
混乱する頭を冷静にさせる為に、深呼吸をする。
「えい」
「ゲホッ!」
喉元をチョップされる。どうやらそんな隙も与えてはくれないらしい。さすがは姪菜だ。
「けーた遊ぼーよー!つまんないー」
頬を膨らませ拗ねた様子で俺に告げる。っていうかどいてくれませんかね。体が密着していることにより色々な所が大変なんですけれど。
「なら、まずどいてくれ。こんな状況でできるのはプロレスだけだ」
「プロレス!? いいじゃん。やろーやろー。じゃあ、まずは腕ひし十字固めからねー!」
「わかった。わかった。俺が悪かった。だからとりあえず大人しくどいてください。お願いします!」
そうだった。失念していた。こいつに安易な言葉を吐いてはいけないのだ。まさに言葉は凶器と言ったもんだ。
「つーか、お前なにしに来たんだよ、逆襲にでもきたのか?」
「逆襲・・・」
軽く首をひねり、俺の真意を探るように見つめてくる。こいつの可愛い仕草は何故だか全く俺の心には響かない。むしろ寒気が襲ってくる。
なにを考えているのか、なにを企んでいるのか、なにが待ち受けているのか。そんな考えばかりが先行してしまい、姪菜の言動を素直に受け取れない。
「わたしは、けーたと遊びにきただけだよ?」
「だから、その言葉の意味が分からん。その前にその口調や行動はなんなんだ? いったい全体どういうつもりなのか説明しろよ」
少し声を落とし険しい声を出すと、姪菜はガクリと肩を落とし女の子座りをした。女の子座り、通称ぺたん座りともいう。ちなみに男の大半は骨格の問題点で出来ないらしい。
ちなみに俺は出来たりする。どうだ気持ち悪いだろう。履歴書に特技に女の子座りが得意ですとでも書いてみようか。全てが駄目になりそうなので却下。
「わたしはただ遊びたかっただけなのに。けーたこそ酷いよ。どうしてわたしを虐めるの?」
悲しげな声音で俺を上目遣いで見上げる姪菜に罪悪感を少し芽生えてしまった。なんだろう。いくら仲が悪いと言ってもやはり女の子の涙は見たくはないかもしれない。
「お、俺は別に虐めてなんかねーよ。とりあえず・・・入れよ。茶でも出すから座っててくれ」
パアッと表情を輝かせ姪菜は力強く「ウンッ!」と俺の後を愛犬と一緒についてきた。その姿が庇護欲を生み出し、少し心臓が跳ねたのは墓まで秘密にしておこう。
◇◇◇
お茶をお盆に用意してリビングへと戻ると、姪菜が愛犬と仲睦まじくじゃれあっていた。人種の違いはあれど同性同士通じるものがあるのか普段よりはしゃいでる愛犬に微笑む。
しかし、こんな姪菜のこんな無防備な姿を拝むのは本当に久しぶりだ。いつからだっただろうか。姪菜が俺にそんな姿を見せなくなったしまったのは。
「けーた? どしたの?」
「え? いや、なんでもない。ただどういう心境の変化がお前にあったのか気になった」
それと、そのけーたって呼び方。凄く懐かしくて胸がザワついてしまう。姪菜が姪菜じゃないようなそんな印象を受けるのだ。まるで昔の姪菜を見ているような、そんな気がして。
昔の姪菜と今の姪菜。どちらも同一人物なのに受け入れきれていないのだろうか。自分が自分でよく分かっていない。
「しんきょーの変化? なんだか難しい言葉を使うね。けーたは。暫くみないうちに大人ってやつになったね」
親指を立て綺麗な歯を俺に見せつける満面な笑みに怪訝な表情を浮かべる。いや、暫くみないうちにって今朝あったんですけど。俺の存在抹消されてたんですか?
「バカにしてんのか。大人ってお前も大人だろ。もう高校生なんだから」
「高校生? あたしはまだ小学生だよ?」
わりと深刻な頭痛が襲ってきた。なに、永遠の17歳とかいうそういう系の冗談ですか? いやいや、お前そんなキャラじゃないだろ。お前は例えば俺 が虐められてたら、色んな拷問器具持ってきていじめっ子に協力するタイプだろ。
「なるほどな。俺をそうやっておちょくる新パターンの困らせ方を思い付いたのか。いいよ。なら付き合ってやるよ。・・・姪菜はなにして遊びたいんだよ」
小学生時代に呼びあっていた言い方で会話を開始する。成るようになれだ。
「んーとね。お医者さんごっこっ!」
「はい、しゅーりょー! なるほどね! 俺を警察に突き出す方法を取ったわけか。あぶねー。油断してた」
「違うよー! いつもやってたことでしょ」
「今までもこれからもやってねえよ。なに罪をかぶせようとしてんだ」
そう俺が言うと、姪菜は勢いよく立ち上がり声を張り上げた。
「お医者さんごっこしたいってけーた渇望してたもん!」
「絶望はしてるよ! やめろやめろ。これ以上俺のイメージを変態に近づけさせるな」
っていうか小さい頃ならまだいいだろう。俺達もう高校生だぞ。そんなんやったら大問題だ。年を考えろよ。
「あー! もうまどろっこしい。今日きた本当の目的はなんだ。今ならなんでもしてやる。なんだ土下座か? やってやろうか」
かつてここまで偉そうに土下座宣言をしたやつがいただろうか。俺以外にもいてくれると嬉しい。
「真面目にどうした? 頭でもうったか? それでおかしくなったか?」
その直後、俺の頭に電流が走り一つの映像を浮かび上がらせた。朝、学園、階段、衝突。
「まっさかあー」
いや、しかしここまで姪菜と触れ合っていて色々な違和感はあった。そして大事なのが彼女がこれを演じているのか、そうでないのか。それが問題だ。
けれど、玄関での行動、犬と戯れる姿、幼稚な行動全て自然なリアクションだった。全く演技とは思えなかった。けど、もしそれを認めたとして俺はどうすればいいのだろうか。
個人でどうにかできる問題ではない。いや、もはや集団でもどうにかできる問題でもないのだろう。もし彼女がーーー
『幼児化』してしまったのならば。
「うっそだろ。姪菜ちゃんよお」
「わたしは嘘を付かないよー」
ニヘラと柔和に顔を歪ませ俺を見つめるその瞳は一直線でまさに真っ正直。汚れや憎しみを知らない無垢な女の子そのものだ。
「とりあえずだガチのお医者さんごっこの時間かもしれない。姪菜、行くぞ」
「ん。わかった」
俺の手をしっかりと握り肩に頭を乗せる。ってなにしとんじゃいコラ。
しがみつく姪菜を引き剥がそうと四苦八苦していると、ガチャリと家の扉が開く音がした。
「たっだいまー・・・ってあれ? 兄ちゃん帰ってきてるじゃん。あれ? なんか靴多くない?」
清水澪。俺の妹が帰ってきてしまった件について