◆◆屋上での一戦
思い立ったが吉日なんてことわざがあるけれど、俺はその言葉が昔から嫌いだった。何故なら計画性のない行動に待つのは破綻しかないからだ。
思い付きやその場しのぎの作戦なんて付け焼き刃にしかならない。それでどうにかなんとかなってしまうのならば、それはもはやご都合主義に他ならない。
けれども、今回ばかりはそうも言っていられない。なにしろ時間が限られているからだ。無限ならば計画を組めるが有限ともなるともはや俺に打つ手はない。
それに必ず解決すると約束してしまったからな。あいつと。解決しなきゃどんな目にあわせられるか分かったもんじゃねえ。
「ねぇねぇ、けーた! どこ行くのー?」
「保健室だ。お前の症状に効く良い薬が見つかったらしい。注射を打ってもらうんだ。さっさと行こうぜ」
注射と言う単語が耳に入った瞬間に素直に付いてきていた姪菜が立ち止まる。
「注射・・・するの?」
「おう。これでやっと終わるんだぞ」
もちろん全て嘘だが。注射も打たないし行き先は保健室でもない。ちょっとイタズラをしてみたのだが効果はばつぐんだったらしい。姪菜の瞳に涙が溜まっていく。やべ、やりすぎたかも。
「やだやだやだやだ!」
階段途中の踊り場で、体育座りをして丸くなってしまった姪菜に嘆息する。このみっともない姿の姪菜とそんな約束をしたっていうんだから信じられないよな。
結局、姪菜は朝起きると幼女モードに戻ってしまっていた。そもそも毎回毎回何をキッカケにして元の状態に戻っているのだろうか? それさえ分かれば解決の糸口が見えてくるのだけど。
「冗談だ冗談だ。悪かった。保健室なんかいかねーよ。今から行くのは屋上だ。綺麗な空でも見ながら昼休みでも過ごそうな」
「ほんと?」
頭を撫でると少し落ち着いたのか上目遣いで俺を見る姪菜に俺は無言で頷く。
「ならいいや」
体育座りを解除して再び俺の後ろを付いてくる姪菜はまるで猫みたいだ。そんな健気な彼女をみると罪悪感が沸き上がってくる。
先程の言葉も嘘だ。確かに屋上にはいくが、綺麗な空なんか見に行くわけがない。これから始まるのはちょっとしたバトルだ。勿論、姪菜に危害を加えさせるような事はさせないが、彼女を一人教室に残しておくのは心配で仕方ないからな。
俺は最上階までたどり着くと扉に手をかける。最上階の扉、つまり屋上へと続いているのだが普段ならしまっている。けれど俺は今なら空いていると確信している。
ガチャリと無機質な音を立ててドアは開く。微かに目に入った直射日光に顔を背けるが俺はなお、歩き続ける。
「な、なによ。あんたら」
そこには、金髪を風に靡かせて感慨深そうに校庭を見つめる歳内恭子の姿があった。
◇◇◇
歳内は俺を見るや否や、キッと目を細めて警戒心バリバリに威嚇する。その雰囲気に圧倒されたのか何が何だか分かっていない姪菜は俺の後ろに隠れた。
「ねぇ、綺麗な空見るんじゃなかったの?」
「ん? あぁ見て良いぞ。久し振りの青空だしな。心癒されてこいよ」
「癒されないよ!」
か細い声で俺を非難する姪菜はひとまず置いておいて俺は歳内を見据えて口を開いた。
「屋上の合鍵なんていつの間につくってんだよ、さすがヤンキーだな」
「別に・・・こんなのどうやったって作れるし。っていうかなに? 教師に言いつけてこの前の仕返しでもしようって感じ?」
この前とは廊下での一件のことを言っているみたいだ。別にあの件はもう終わったことだ。それに罵倒されたりバカにされることなんてもう慣れている。
「そんなんじゃねーよ。少し野暮用があってな。・・・こんな所で一人でなにやってんだよ」
「別になにも」
「まだ未練があるんだろ? 部活でのことに」
俺独自の調査だが、歳内は時折、取り巻き連中を教室に置き去りにして一人でどこかに行っていることがあった。その時、歳内の事を認識しておらず、なんかガラの悪い金髪が出ていったなと思っていただけだったが。
あの人物は歳内だったんだと昨日考えていたら閃いた。まぁ独自の調査って昼休みやることないし友達いないから人間監察してただけなんだけどな。ボッチでも役立つことあるじゃねーか。ボッチ最高。
「はぁ? なに意味分かんないこと言ってるの?」
「意味分からないことじゃないなんて自分が一番思ってるんじゃないのか?」
そうじゃなかったら、昼休みに一人でこんなとこになんか来るかよ。DQNなんて群れてないと死ぬ生き物なんだからよ。何か悩みがあるからこんなもの悲しい場所にいるんだろ。
「つーか、全く事情とか知らないで聞くけどなんでテニス辞めたの?凄い優秀だったんだろ」
「・・・怪我よ」
俺が一歩も引かない事に諦めたのか素直に歳内が呟いた。
「怪我ねぇ。重症ならそれも分かるが軽傷だったんだろ? なら辞めた理由はなんなんだ。そしてまた始めない理由はなんなんだよ」
「重症じゃないって、なんであんたにそんなことがわかるの?」
「重症だったら・・・体育だって参加できねぇし良い成績も上げられないだろ」
そう。怪我を理由に退部なんて自然と選手生命危機レベルの怪我を思い浮かべてしまうが、実際そんなことはなく歳内恭子の怪我はただの捻挫で二週間もすれば治るものだった。
完治した証明は歳内恭子の体育成績が証明している。マラソン大会なんてTOP10に入っていた程だ。
「あんたには関係ない」
「だろうな。別に俺なんかに何も言わなくてもいいけど、日向には言った方がいいんじゃないか?」
俺がそう言うと勢いよく身を翻して物凄い剣幕をしながら俺に近づいてくる。おー怖い怖い。始めてバイオやってゾンビが迫ってきたぐらいの恐怖感があるわ。
だが、俺にはナイフも銃もないので抵抗もせず胸ぐらを掴まれるしかなかった。
「あんたに何が分かる」
「わかんねーから言ってるんだろ。日向は今でも気に病んでる。たった一人の幼馴染心配させてんじゃねーよ」
胸ぐらを掴む腕はどんどんと強くなる。あーこれは殴られるなと諦めにも似たような感情を思い浮かべていた時に不意にもう1つの手が俺たちの間に入ってきた。
「けーたを虐めるのはやめてよ!」
「平津、お前」
手は震え、足は恐怖で今にも崩れ落ちてしまいそうなのに間に割って入ってきた姪菜に鼓動が高鳴る。そうやって、昔のお前は俺の心を掻き乱していたんだよな。
「あんたがどこまで知ってるのか分からないけど、私から日向に言うことなんか何一つない。あいつに対して抱く感情なんて憎しみだけなんだから」
俺の胸ぐらを乱暴に離すと、歳内は肩を怒りで震わせながら出ていこうとする。俺から言えることはもうなにもない。黙って彼女の後ろ姿を見送る。
「友達にたいして隠し事なんてだめだよ」
けれど、もう一人の方は黙っていなかった。横に目を向けると、体を震わせながらも歳内に立ち向かおうとする姪菜がいた。
「隠し通せたとしても、絶対に後で引きずるよ! あの時言えば良かった、やっとけば良かったなんて後悔したって遅いんだよ!」
その真剣な表情に。自らを全く省みない表情に。状況をちっとも理解してないのにそれなのに必死な平津姪菜に俺は。本当に。
「始まりがあれば終わりがある。けれど終わらせないことだって出来るんだ。なのに自分から終わらせようなんて愚かすぎるだろ」
姪菜の勇気に触発され俺は珍しく熱くなっていた。今の言葉は歳内に対してだけではなく自分に向けた言葉でもあった。そう、俺は愚か物なんだ。
「・・・ばっかみたい」
こちらを振り向きもせずポツリと呟くと歳内は後ろ手で扉を閉めて戻っていってしまった。彼女の心に響いたのか分からないけれど伝わったことは間違いない。
「けーた結局なんだったの?」
「ん? まぁ後押ししてやろうかなって俺らしくもない判断でここまで来たんだよ」
俺と姪菜。日向と歳内。その関係性がなんとなく似ていたから助けたくなってしまったのだろう。そして助けてほしかったのだろう。二人の関係が戻るなら、俺と姪菜の関係も戻るということなんだから。
「さて、じゃあ放課後に日向の所に行くか。伝えなくちゃいけないからな」
『知らなかった方が良かった』ことをな。




