転生悪役令嬢は最速の死亡フラグを回避したい
悪役令嬢とやらに転生したら、まずどんな死亡フラグを避けるべきだろうか。処刑、追放、幽閉、様々なざまぁエンディングを避けようと奮戦するものだ。
私はこう答える。最初に避けるべき死亡フラグとは【餓死】であると。
公爵令嬢に転生した私は今まさに飢えと戦っていた。別に飢饉が起こっているわけではない。内乱などがあった訳でもない。極めてシンプルな理由だ。
「マズい」
ご飯がマズいのである。裕福な公爵令嬢とやらに転生しといて何を言ってるんだとツッコまれるのを重々承知で言わせてほしい。マズい。食べられないほどではないけどマズいのだ。今は食欲の秋だと言うのに!
「本当に聞いて。ちゃんと聞いて。シェフは悪くないの、むしろシェフが居なかったら私はとうの昔に飢えていたわ。農家や牧場の人達も悪くない。精一杯頑張ってる。あえて言うならば時代が追いついてないのが悪いのよ!!!」
「リナリアは五歳なのに難しい言葉を沢山知っているなあ」
ジズ叔父様がのほほんと答える。私の嘆きも毎日のことなので慣れたものだ。
私は2020年頃の日本から転生した。私の前世がどんな人間だったのかはおいておこう、肝心なのはこの頃の日本がどんな所だったかだ。
食に異様な執着をもつ日本では、美味しいものの開発に余念がなかった。生でも美味しい野菜を開発するなど狂気の沙汰である。そんな彼らの素晴らしい活躍によって彩られた食卓にいかに甘やかされていたか、転生して“解らせ”られた。そこのおまえ、口を開く前と後に「第一次産業バンザイ」とつけなさい。
「何故この世界にはまだメンデル牧師が生まれていないのお!」
「神様じゃなくて牧師を奉ってるなんてリナリアは本当に面白いよね」
この世界の食事はどれもマズい。野菜は固くて独特の臭みがあり、苦くて酸っぱくて甘さなんて全くない。果物ですら甘さはほんのりと感じる程度。肉も固くて靴べらのようで、気味の悪い臭いが鼻に残る。魚は美味しいが、保冷設備がないので食べる前に駄目になることが多い。お菓子は材料の品質が悪いのでやはり格が落ちる。
品種改良そのものは行われてはいるのだ。だが、その技術は未熟で手探り状態であると断言せざるをえない。おかげで食料がどれも臭くて不味い!舌の肥えた現代日本人が耐えられるわけがない!
そもそも日本だって、ほんの五十年前の食材は今ほど美味しくなかった。人参の臭みと言ったら、子供の嫌いな野菜に選ばれて仕方ないほどに。人参を改良した農家さんたち有難う!
「もう少しだけマシな味になったら!」
ジズ叔父様はそんな私の嘆きを聞いてニコリと微笑んだ。
「リナリアが畑を作っちゃえば?」
「そんなこと可能なのですか?」
「公爵領は広大だからね、探せば寒村の1つぐらい見つかると思うよ。そこで実験する分には兄様も文句は言わないんじゃないかな?僕からも掛け合ってあげるよ」
「命の恩人、感謝永遠に」
私はジズ叔父様と共に、父に畑および集落をねだりに行った。六歳の誕生日プレゼントとして。
「こんな土地で畑ができるかぁ!」
お嬢様らしくない怒号が鳴り響く。領主が一つの土地だけを贔屓することはないから仕方ないとはいえ、寒村だと解っているのに何故なにもしないのか!
私は父への怒りを滾らせながら、村人たちを私のいいように働かさせた。もちろん給料は公爵家から出ている。おちんぎんに勝てるかな?
「この辺りで作物が取れないのは、水不足が原因なのよ。溜池を作るしかないじゃない!」
痩せ細った農民達にイマジナリー鞭を飛ばし、溜池を作るよう働かせた。よく働いた人から順に食事をもらえるシステムにすることで、闘争心をかきたてる!フハハ!悪役令嬢と罵りたければ罵るがいい!
そして時間が空いた時は、他の土地へ行って強盗を働いた。これみよがしに畑に生えている姿を見たら取るしかないじゃないか。雑草ってやつはよ。
「無料で草むしりをしてくれると話題になってるよ」
「ジズ叔父様、私達は雑草強盗をしているのです」
「正しくは窃盗だね。人に危害を加えていないから」
毟り取った雑草は乾燥させて、あれそれと一緒に土に埋める。そうして熟成させた肥料を畑にまくつもりだ。この世にある全ての命が尊い栄養素。リピートアフターミー。
「文字が書けない、計算ができない、それは甘えです。教師をつけてあげますから冬の間にねっちょり勉強なさい!」
冬場は畑仕事がろくにできない。私は彼らを一箇所に集めて、勉強を始めた。私の家庭教師だが臨時報酬を与えてるので文句は言わせない。彼女もおちんぎんには勝てなかったよ。
この集落と家庭教師へ払ってるお金、どこから来るかと言われると私に使われる予定だった資金からだ。畑の面倒を見るのに高価なドレスや宝飾品なんて着ていられないし、その他の贅沢品も買う必要がないので「畑の開拓資金に回してもよくない?」と父をゴリ押したのだ。マネーイズパワー、異論は認めない。
私は彼らに、畑で行った全てを記録するように命じた。気温や気候も細かく記載させた。もっと科学的に水質や土壌を調べる方法があったらよかったが、流石に無いものねだりなので保留。諦めたわけじゃないぞ、忘れないからな。絶対に忘れないからなァ…!!!
そして半年後、夏の日差しをさんさんに浴びた爽やか三組は野菜を収穫していた。
「皆とても嬉しそうだね。こんなに野菜が採れたのは初めてだから」
「真剣に農業に取り組んでくれましたもの、野菜が実らねば変というものです」
私は久しぶりに貴族らしい微笑みを浮かべる。まだ6歳児とは思えない貫禄よ(自画自賛)
採れたての野菜を口にする。
「どう?」
「まずぅい」
不味かった。
そもそも今は品種改良など一つもしていない。ガリガリに痩せた馬を太らせただけと言っていい。これからポニーをサラブレッドにしなくてはならないのだ。
一つの品種改良にかかる時間は十年という。それを成し遂げるまで、私は飢えと戦い続けなくてはならない。
「十年後はリナリアもデビュタントだね」
「それまで生き延びてやります。そこから先の人生は美味しいものを食べて長生きしてやりますわ!!!」
幸いにも、野菜は少しだけ美味しくなっていた。これから美味しくなり続ければ、私の最速死亡フラグも少しは遠のくだろう。
あれから9年の月日が流れた。食卓を囲んでいた夕食時、十五歳になる私に父が告げた。
「リナリア、もうすぐ入学だが心の準備はできているかい?」
そこでやっと思い出す。私って、とあるゲームの悪役令嬢じゃなかったっけ?それも結構な頻度で死ぬやつ。
「できていませんわ!」
「ええっ!?」
「準備できておりません!!」
王族への不敬罪かなにかで処刑されたり、悪事に手を染めたとかで追放されたり、国を混乱に陥れたとかで幽閉されたり、ざまぁパターンは十以上ある悪役令嬢ではなかったかしら!?
いやー!やっとマシな野菜を食べられるようになってきたのにアホなシナリオに巻き込まれて死にたくないー!!私は糖度がいちご並なトマトを作るまで死ねないんだー!!!
「お父様、その学園は絶対に通わねばなりませんか?」
「この国では貴族の義務だからね。通わない者は平民として生きると宣言するも同然だよ」
公爵家マネーアタックを失うのは、あまりに手痛い…!私は泣く泣く学園に通うしかなかった。父がぼそりと「リナリアの個人資産はかなりの額なんだけどね」と呟いていたのも知らずに。
私は学園に通い始めた。癒やしと言えば、村からくる報告書ばかり…。そういえば数年の間にやたら発展して村から町に昇格したのだった。人口とっても増えたね。
どんな交配を試したとか、肥料の配分とか、最近の気候から与える水分を調節したとか。数年の間に畜産業にも手を出したので、そちらからも報告書がくる。与える餌に工夫をしたとか、子牛が生まれたとか、良い肥料が沢山手に入りそうだとか。
あの土地に戻りたい。ようやっと普通に食べられる食材が増えてきたところなのに。公爵領にいれば私達の開発した美味しい食べ物が溢れているのに。
学園で出される食事が不味くて、私はまた泣いていた。朝夕は邸で食べるから餓死はしないけれど、昼食が食べられなくて午後の私は飢えていた。どうしてお弁当を持ってきてはいけないの。
おお、恋しきは私達が開発したブランド肉よ。元の世界の肉にまだまだ匹敵しないが、臭みがとれてきたところなのに。野菜だって独特のえぐみが抑えられてきたのに。
「どうしてこんなにセロリが不味いのかしら」
私がしくしくと泣いていると、見たことない女性が目の前に立った。その人は何かを捲し立てていたけれど、何を言っているのか全くわからない。というより、唾が飛んできて汚いから近寄らないで欲しい。
こういう頭のおかしい人は近寄らないに限るとその場を去ったのだけれど、ずっと付いてくるし、何かを喚いているし、唾がぺぺぺと飛んでくるしで、お腹の空いていた私は普通に我慢の限界だった。キレちまったよ、久しぶりにな…。
「お名前は?」
私がそう問うと、自信満々に胸を張って名乗った。男爵家の娘だった。おいおい公爵家に喧嘩を売るとか正気か?おまえのことは忘れない、1日ぐらい。
家に帰って父に抗議した。普通に無礼の固まりだったので抗議の正当性が認められて、男爵が頭を下げにきた。焼け野原のような頭だったわ。
今の状態は大変にまずい。食料のことばかり気になってしまって、死亡フラグについて何も考えられないわ。だって不味い。ご飯が不味いのが悪い。遥かな夢、美味い飯。
ジズ様が笑った。
「それなら学園にリナリアの食材を卸したらいいじゃないか」
「それだ」
素晴らしきかな!権力権力ぅ!
それから学園に私達の作った食材が卸されることとなった。古くから学園に協力してくれている家の、由緒正しき食材が云々かんぬん言われた。知らねえわ不味いのが悪い。私の分だけでも食材を替えろと圧力をかけたら、横暴だと見たことない眼鏡が言ってきた。どけ!私は悪役令嬢だぞ!!!
結局、私の分だけならと頷かせることに成功した。とはいえ普通に量が多いので食材や料理が余りまくる。流石に勿体ないと思っていたら、地方から来て寮で暮らしている次男三男あるいは女子生徒がいることを知った。彼らは苦学生らしくて食事に困っているらしい。ふーん?チャンスじゃん?
私はまず持ち込んだ料理を彼らに振る舞った。胃袋を掴んでしまえばコチラのものよ。ハートキャッチ!それから彼らの領地にある寒村を新たな実験場とできないか交渉したのだ。
「お父様、ジズ様、彼らの親を説得してくださいまし」
「おーーーう。敵対派閥も交じってるね」
「もう全部リナリアの派閥にしちゃおうか!」
ここを新たなリナリア領とする!!!
結局のところ食材のことばかり考えてしまって死亡フラグについて何も対策を立てていなかった。本当に私、処刑、追放、幽閉のいずれかになるのでは?そもそもゲームのストーリー覚えてないから回避できない。十六年の歳月は長かった。
そんなことをしている内に最終学年になっていた。あるぇ?なにも対策してなくない?ヤバタニエンの無理茶漬け。あ!お茶の栽培もしたい!!
「そもそも農家にとって一年は休む暇がないのよ。他のことを考える余裕なんて無いわ」
「リナリアを見ていると、本当にそんな感じだよ」
どうして断罪されるんだっけ…?なんでだっけ…?
「私が王子と婚約してた関係で」
「リナリアは私と婚約しているね」
「ピンクブロンドのヒロインが」
「学園にいたピンクブロンドはリナリアに唾をかけてきた彼女だけだね。抗議されたことで親にこってりと絞られて修道院に入ったよ」
「地方の貧乏貴族を追い詰めたとか何とか」
「彼らは全員リナリア領になったうえに、新しい野菜が売れているね」
あれ?私ってばもしかして?
「死亡フラグ折れてる〜!?」
ウソみたいだろ。回避してるんだぜ。それで。
「実はそうだろうなと思ってたけど、確証なかったから言わなかったんだよね」
「かーらーのー?」
「面白かったから黙ってた」
私はジズに思い切り組み付いた。おらー!寄り切りしてやらー!しかし悲しいかなジズはビクともしなかった。無力…!
「少し気になることがあって、あの男爵令嬢に面会しに行ったことがあったんだよね。その時に色々聞いたよ。なんで僕と婚約してるのかと驚いていたよ」
「政略的にも相性的にも悪くなかったんだもの」
叔父様と呼んでいるが、分家筋からの養子なのでジズと私の血は殆ど繋がっていない。ジズは私のことを応援し続けてくれたので婚約しない理由がなかった。七歳差なら許容範囲内だし…。
それよりも気になることがある。
「私と同じ転生者なのに、あのマズメシに耐えられたの?そちらのほうが驚きなのだけれど?」
「それも面白くてさ、一週間後にまた面会しに行ったら別人になってたよ。入学してから僕と話すまで、何かに体を乗っ取られて悪夢の日々だったって。正しくはミルクを飲むまでだそうだけど」
私は名前も知らない憑依者に十字を切った。それはミルクじゃない、脱脂粉乳。それも戦後に提供された物と同じような、地獄のように不味いと言われているヤツでは。飲んだことなどないが、その恐ろしさは噂に聞いている。
やはり我々にこの世界の食事は合わないのだ。不味いものは悪霊も退散させる。また新しい除霊方法が生まれちゃったナ…。
「死亡フラグも回避できたし、もっと畑に集中できますね!」
「学校はちゃんと卒業するんだよ」
そして私は数多くの食材を美味しくすることに成功した。だが、いちご並の糖度を誇るトマトは未だ生まれていない。
普段こちらで名乗ってる名前から因んで書きました。