第8話 消失
俺の受け持つクラスメート………全38名は突如として異世界へと召喚された。無論それは俺も例外ではなく………まるで意味の解らない役割を与えられた。
「5年後に来る大厄災と対峙しろって………どういう状況だよ。」
独り、用意された部屋のベッドに寝転がり天井を仰ぐ。流石は王宮、無駄に豪華だ。なかなか目にすることの無いアンティーク家具が新鮮である。
「嗚呼、落ち着かねぇな。」
普段のボロアパートとは違いすぎて逆に落ち着かん。やはり人は慣れた環境の方が眠れるのだろうと、薄暗い部屋を眺めながら思う。不意に、廊下を走る音。今は完全にオフだ。注意する気にもなれん。だが次の瞬間、少し話が変わった。何かが割れる音が響いた。推測するに陶器のような物ではなく重厚なガラス。それこそ、この部屋のような………。
「あぁあ………行くか。」
教師としての責任と言うものがある。いくら勇者として召喚されたと言えど、これをやったら駄目だろう………そんなことを考えながら起き上がる。ベッド脇に置いておいた眼鏡をかけそうして自室のドアを開けた。見渡すと1部屋だけ扉が開いている。俺の部屋を出て右手側に2部屋進んだところ。あそこは確か………。
「砂島?」
砂島 明人………あいつに限ってこんなことはないと思うのだが。などと考えていると1つ異様な点に気がつく。床にシミが広がっている。赤く………正にちょうど人間の血のような………。
「!?」
すぐにその部屋を確認した。
「砂島!?」
そう声をあげる。誰もいない。そして………窓ガラスが割れている。床を確認し、血痕がその窓へと繋がっているのを視認する………落ちた………のか?じゃあこの血は?パニックになる………その窓から、下を確認する。人影のようなものは見えない………。
そうして、やがて俺の声を聞いた男子生徒の1人が顔を出した。
「先生………これは………?」
「………砂島が………消えた………。」
俺達が召集されたのは言うまでもないだろう。向こうからすれば戦力………それも最大級のものが消えたのだ。砂島の手にした魔法は支配の魔法。どうやら過去にこれと同じ魔法を宿した英雄がいたようで、その事もありあちらの士気は随分と下がっている。
状況としては最悪としか言いようがない。砂島の部屋からは果物ナイフが見つかり、砂島のものとおぼしき血がついていた。現代の科学力なら、指紋なり付着した繊維なりから犯人を特定するのは容易いだろう。だが………こんなところでそんなことはできない。指紋をとったところで、肉眼でしか見ることはできず、そこから特定などたかだか素人にできた所業ではない。
そもそもとして容疑者の疑いがあるのはこの城に居るもの全員。更には状況から見て犯人は砂島を連れて消えた可能性すらある。
あぁ、ひたすらに何もできねぇ………。
遠くで様々な議論が交わされているのが解る。だが………そもそもそれに意味なんてあるのか………それが疑問だった。ただ1つ、思い出したその事を除けば。
「………あの時、廊下を走っていたのは誰だ?」
その一言を呟き、自分でも冷静なる。タイミングとしては重なりすぎている。ドアが開いていたのも………犯人は焦っていたからではないだろうか?つまりは連れ去った奴と刺した奴は………別人。考えが一通り纏まった。そこでようやく俺は口を開く。
「1つ………聞きたいことがある。俺の部屋より広間に近い部屋にいた奴ら、誰かが走って行く音を聴かなかったか?」
この一言で………砂島を刺した犯人が解るだろう。そう思っていた………。