芳山教授の日々道楽「イチゴ屋」
芳山教授の日々道楽「イチゴ屋」
ブゥ〜ン
田園の中を観光バスが走る。
ワイワイ、ガヤガヤ
車内は、お喋りやお菓子の匂いでごった返しだ。
「このグミ美味しいですよ、お一つどうですか?」中年女性が差し出しす。
「結構」
「このポテチも美味しいですよ、ご当地限定で」
「いらない」
「この煎餅も美味しいですよ」
「間に合っている」
不思議そうな顔の中年女性。
「お腹でも痛いのかしら?」
別の人に勧めにいく。
「芳山先生、ああいう場合、もらうのが礼儀ですよ」
若い女子が芳山教授に話しかける。
「食欲がない」
「ほんと、マイペースなんですから。芳山先生ったら〜」
私は、腹が立っている。
何故、腹が立っているかというと、
それは、
………
………
数日前
「先生、」
ゼミの生徒に声を掛けられた。
「君は生徒の早乙女ヒカリ君だったな」
「はい、早乙女です」
「先生、今度の週末お暇ですか?」
「週末?」
「ああ、暇だ。自宅で植木の手入れでもしようかと思っていたところだ」
「よかった!私たちと一緒にイチゴ狩りに出かけませんか?」
イチゴ狩り?
スイーツには必須アイテムのバラ科多年草イチゴ。酸味と甘味の絶妙なバランスが取れた万能フルーツ。どんなものにもマッチする。フルーツ界のエース、四番、クローザー?イチゴのないスイーツはあり得ない。イチゴはスイーツの為にある、スイーツはイチゴの為にある、と言っても過言ではない。
しかし、
私はイチゴ狩りをしたことが無い。興味はあったが機会が無かった。一度でいいから取り立てのイチゴを、そのまま口の中に放り込み、その旨味と食感を味わいたい。何度、夢見たことか。
かれこれ数十年、願いを叶えることは出来なかった。
が、絶好のチャンス!
「まあ、君たちだけでは心細だろう。保護者として同行するのも教育者の勤めだ。解った、行く事にしよう」
「ありがとうございます芳山先生。では申し込んでおきますので、朝7時に駅前広場に来て下さいね」
「ああ、解った」
そんな約束をしたのがまずかった…
「先生ー」
「ああ、早乙女ヒカリ君」
キョロキョロ、
「他の生徒たちは、どうしたのかな?」
「皆んなは、来ませんよ」
「ええっ!?」
「私たち二人だけです」
「今日は、私たち二人だけのイチゴ旅行ですよ、うふ♡」
「うふ?」
ふんふん〜
上機嫌の早乙女ヒカリ。
プンプン〜
不機嫌の芳山教授。
「先生ー、もう機嫌直して下さいよ〜」
「観念して、楽しみましょうよ。今日はカップルなんだから〜」
そんなことはできん。ただでさえ駅前で、知人に見られるかと冷や冷やしていたのに。
今の時代、パワハラやらセクラハ、アカハラなど、すぐ訴えられてしまう世の中だ。ましてや、生徒と二人だけの旅行なんて、バレたら、クビ?逮捕?
ああ、心配だ。嗚呼…
「あ〜ん、先生」
「あ〜ん?」
パク、モグモグ
しまった、食べてしまった。
「美味しいでしょう、イチゴ煎餅」
うっ、まずい、早乙女ヒカリのペースに乗せられてしまう。
パチ、ウインクをする早乙女ヒカリ。
か、可愛い…
確かにゼミの学生の中では一番に可愛い早乙女ヒカリ。物腰は静かだが積極的、吉永小百合のように可憐だ。
おっとまずい、余計な事を考えるな。平常心、平常心。
帽子を深く被り、サングラスを掛け直す芳山教授。
「あれー先生、サングラス似合うー!そのハンチング帽も渋い〜」
私はサングラスが似合う、昔から知っている。似合いすぎるから、サングラスはしなかった。カッコつけていると思われるのが嫌だったからだ。
しかし、半年前、白内障の手術をした。眩しい、かなり眩しい。今時の日差しは耐えられん。したがってサングラスは必需品。決して変装しているわけではない。
カシャ、
なぬ?
ツーショットの写メを取られる芳山教授。
「待て待て、それを消せ」
「だーめ、今日の記念なんだから」
そんなー(涙)
「先生、生徒という立場がマズイんですよ。いっそ、ヨシオ、ヒカリと呼び合いません?」
「う〜ん、えっ?」
ダメだダメだ。余計カップルらしいじゃないか。危ない、危ない。また罠に引っかかる所だった。こやつ只者じゃない。
そうだ、寝たふりをしよう。夢の世界には彼女は来ない。それが一番だ、寝よう。
グググググ〜
「先生、寝ちゃったの?」
グググググ〜
「なぁーんだ、つまんないの」
「そうだ、ほっぺにキスしゃおう」
そ〜っと、顔を近づける早乙女ヒカリ。
まずい、絶体絶命だ!(実は寝たふり)
近づく顔、
まずい、
キキーッ、
「皆さま、到着しました〜」
添乗員さんがマイクで案内をする。
助かった。(冷や汗)
「チェッ、もう少しだったのに〜」
危機は脱出した。
「ストロベリーハウス苺屋」
何という単純な屋号だ。
ゾロゾロゾロ、
ツアーの乗客たちがバスを降りる。
別々に降りよう。不倫ぽく見られたらまずい。
ガシッ、
しっかり腕を掴む早乙女ヒカリ。
おいおい、誤解されるじゃないか、噂を立てられたらどうする。
急いで腕を払う芳山教授。
離れない。目いっぱいの力で掴んでいる早乙女ヒカリ。目つきが怖い。
…諦めよう、離れそうもない。
「こちらのハウスでイチゴ食べ放題ですー」添乗員さんの声。
わーー
「良い子も良い大人も、食べ過ぎには気をつけて下さいねー」
はーい
「では、張り切ってどうぞ!」
仕方なく中に入る芳山教授。
おおー
ほの甘い、酸味と旨味が絶妙にマッチした香り。人工物ではない、ネイチャースイーツの香り。
楽園?
ダッダッダッ、ダッ、走り出す芳山教授。
「先生ーそんなに走らなくたって」
引きずられる早乙女ヒカリ。
芳山教授、手前のイチゴを一つ摘んでみる。
「これは、とちおとめ!」
甘みと酸味のバランスがよく、味は濃く果肉は柔らかいが、しっかりした弾力。女峰より甘味を増量した品種。現在、全国シェアNo.1。
口の中に放り込む。
美味いー
この環境で、この状態で、このポーズで食べるイチゴ、たまらん。
続けざまに二、三個放り込む。
美味いー
何という贅沢。
神様が造った嗜好の創造物イチゴ。もう死んでもいい。
いやいや、まだだ。他のイチゴも楽しまなくては、
キョロキョロ、
「こっちは、とちひめだ!」
果実が大粒で甘みが強く、果肉が柔らかい。しかし、デリケートなのでイチゴ狩りや直販用でしか食せない品物。滅多に他では食べられない。
美味いーー
「あれは、ミルキーベリー!」
超レア物イチゴだ。
形が大きく、ミルクのように白い。まろやかな食感と甘さで、食べた者がそのギャップで舌がとろけてしまう。
レア…ふふふ、私は手に入れた、レアでさえも克服した(目つきが怖い)。
奥のハウスへと進む。
これは!!!
最後の横綱スカイベリーじゃないか!
大きく均等の取れた秀逸の品、芸術的価値にも値するシルエット。しかも病気にも強く、耐久性に優れている。
キングオブキング、高級イチゴの王様だ!
たまらん、
ここはイチゴの天国だーーー
「そんなに喜んでくれるなんて、良かった良かった」
ちょっと引き気味の早乙女ヒカリ(汗)
「美味い、美味い、」
「美味い、美味い、」
食べまくる芳山教授。
「男って、ほんと、子供なんだから〜」
一つ、とちひめを摘んで食べてみる早乙女ヒカリ。
「美味しい!」
満腹。
その後、イチゴ弁当、イチゴパフェ、イチゴ饅頭。あらゆるイチゴを堪能した。
満足、
大満足。
帰りのバスの中、
グググググ〜
「先生〜起きて下さいよー」
グググググ〜
まったく起きない芳山教授。(今度は本当に寝ている)
「まぁ、いいか」
「こんなに先生が喜んでくれたなんて、良かったよかった」
グググググ〜
「芳山先生の寝顔って、なんか可愛い♡」
チャンス、
顔を近づける早乙女ヒカリ。
キキーッ、
「皆さま、無事到着致しましたー」
添乗員さんがマイクで案内をする。
チェッ、
「今日は、大変ありがとうございました。皆様、気をつけてお帰り下さいー」添乗員さんの挨拶。
はーい!
元気よく手を上げる芳山教授。
「いやー充実した一日だったよ、早乙女ヒカリ君。最初はどうなるかと思ったが満足、満足」
「私も先生と一緒に旅行をできて楽しかったです」
「また、二人で行きませんか?」
「今度は、皆んなとな」
「はい、」
夕焼けがイチゴのように赤かった。
芳山教授、サングラスを胸ポケットに仕舞い込む。
カサッ、
ポケットの中にイチゴ煎餅が、
パリ、
イチゴ狩り、良かった。
また行きたいものだ……