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19 ユア・マイ・ラヴ

   Ⅶ ユア・マイ・ラヴ




 一月の、第二土曜日。新幹線乗り場はそう混んでいない。年末年始なら帰省ラッシュでごった返していたはずのこの乗り場だが、第二週ともなると、すでに落ち着きを取り戻しつつあるのだろう。


「髪、短くしたんだね」キャリーバッグを引きながら、光海さんがいった。「長いのしか知らなかったけど……ショートもすごく似合うね」

「ありがとうございます」

「イヤリングもかわいいし……」


 乗車位置に向かう足取りはそのまま、わたしは彼女を振りかえって自慢げに笑ってみせた。ちいさい星型の飾りが愛らしい、いもうとたちからのクリスマスプレゼントである。いつ買ったのか、気づかなかったが先月ショッピングモールに出かけた際に用意していたらしい。後日、あのとき出かけた本命は新作ゲームではなくプレゼント探しだったと結良にいわれたが、それはどうだか。別に本命でなくともうれしい。


 やがて乗車位置に着くと、とにかくそこで待機になった。ふたり並んで、新幹線の車両を待つ。時間的にはもうちょっとある。


 なにか話しかけようと隣に立つ光海さんを見やると、かなりナイーブな表情で思わず吹き出してしまった。あまりに深刻そうな顔だから、かえって面白い。そんなわたしの反応に、彼女は頬を膨らませて不服そうだから余計に。


「すごく、憂鬱なの……」と、光海さんは額に手を当てた。「昨日なんて一睡もできなかったし。ひよりは反対に、はしゃぎすぎて寝てないけど」

「旅行みたいなものですからね。わたしもたのしみです、神戸」

「お腹痛くなってきた」


 光海さんは横腹を押さえて、大きくため息をつく。冗談ではなく、かなり憂鬱な心持なのだろう。その心情は、たしかに察するに余りある。


「でもまさか、結婚直前までご両親にあいさつ行ってないとは」

「だって、仕方ないでしょう。父親とは十年間、いちども連絡とってないし」

「おかあさんには連絡ついたんですよね。あと、弟さんにも」

「うん。説得、手伝ってくれるって。きっとお父さん、ものすごく怒るだろうから……」


 いや、そもそも、会ってすらもらえないかも。光海さんは力なくそうぼやき、天井を仰いだ。これはなかなかに深刻らしい。


「あ、そうだ、光海さん……」と、わたしは話題をあからさまに変えて、「このあいだ教えてもらったカウンセリング、行ってみましたよ」

「本当?」光海さんはこちらに視線を戻し、「どうだった?」

「たのしかったです、っていうと、ちょっと変なのかな。でも、先生は話しやすいひとだし、なにより、どんなことでも話してしまったら気が楽になるというか」

「そっか、ならよかった」光海さんはいつもの調子に戻っている。「あの先生はね、バーのマスターに教えてもらったの。わたしが去年までお世話になってたマスターね。彼、一時期、鬱っぽかったらしくて……だから詳しいんだろうね」

「そうだったんですね」

「うん……ちょっとまえ、ひさしぶりにお会いする機会があってね。ほら、新年のあいさつってやつ。結婚までもうすぐだし、その最終報告も兼ねてね。で、それとなぁく訊いてみたの。個人情報の開示はナシで。いいとこありませんかってね」


 それで教えてもらったのが、そのままわたしに情報が流されたクリニックだという。そのマスターとやらが実際どういうひとかはわからないが、かなり質のいい情報であったのはたしかだと思う。


 だけど、そのバーのマスター……境遇というか、その身の上に聞き覚えがある。とくに一時期、鬱っぽかったという部分。どこで聞いた話だったろう、と考えていると、光海さんは、


「実はそのとき」と先ほどの話に付け加える。「よくわからないこと、いわれて」

「よくわからないこと、ですか」

「うん、ちょっとした伝言なんだけど。『ツケの催促、よろしくお願いします』……って、いつきちゃんに」

「あ……」


 点と点が線でつながった。まさしく、いま、アルキメデスよろしく「エウレーカ!」と天に向かって叫びそうになる。わたしは強い感動にも似た胸の震えを覚えて、ロングコートのポケットから携帯を取り出した。そして寧々先輩に、「まだツケ払ってないんですか?」と即刻ラインで詰問をはじめる。


「それにしても……」返事を待つあいだ、わたしは光海さんの顔を見て、「世間って狭いですよね、みっちゃん」

「えっ」


 彼女は目をぱちくりさせる。それが面白くて、ついつい、また吹き出してしまう。


 トーク画面に視線を戻すと、すでに既読はついていた。が、返信は一向にされる気配がない。わたしはツケの催促を願われてしまったので、その務めはせめて果たそうと思う。ちょっとした人生相談に加えて、クリニックも紹介してもらったのだ。その恩返しになるのなら喜んで、という気持ちである。


 ということで、以下の文を送信。


 ――クリスマスのドタキャン、まだ許してませんからね。


 これは本当のこと。というのも、クリスマスを目前にしたころ、いきなりわたしの携帯に一本の電話がかかってきた。相手は寧々先輩ではなく、なんとコハルちゃん。もう完全に無視されているものとばかり思っていたわたしは心底驚いて、五コールくらい出ないまま画面を凝視していたほどだ。


 深呼吸をして電話に出ると、なつかしい声が聞こえた。たしかに、高校時代にすくなくないことばを交わした、あのコハルちゃんである。彼女の話を要約すると、こういうことになる。つまり、わたしのラインにはずっとまえから気づいていたこと、でも気持ちの整理がつかなくて放置していたこと、それについて謝りたいこと。そして、実はずいぶん悩んで、わたしに電話する直前、寧々先輩のほうに電話をかけたこと。


 まだ仲がいいんじゃないかなと思って――そうコハルちゃんは申し訳なさそうにいった。で、もちろんその予想は的中した。寧々先輩からは、とにかくわたしがコハルちゃんと話したがっていると伝えられたらしい。そしてここからが問題となっている事件のはじまり。


 彼氏にフラれた寧々先輩は、クリスマスの予定が真っ白になった。それはそう、当然である。いちおう、今月のあたままではクズ男といえども付き合っていたのだ。そのために聖夜の予定を空けておき、だのに丸っきり無為になったという話である。だから、コハルちゃんにこういった。いつきちゃんを誘って三人で遊びに行かない?


 これは悪くない提案だと彼女も思ったそうで、そのまま快諾してコハルちゃんはわたしに電話をかける。そりゃ彼女としても、わたしと話すこと、遊びに誘うことにちょっとばかしの気まずさや抵抗があっただろうが、寧々先輩の発案なら乗っかれる。


 話を聞くところによると、コハルちゃんは大学進学に際して上京しており、ちょうどクリスマスの前日あたりに帰省するらしい。タイミングとしてもちょうどいい。わたしも断る理由がなく、というか三人で集まるのはなかなか面白そうだったから二つ返事でオーケーした。ひとつ気がかりなのは、結良にクリスマスを空けておけといわれていたことだが――どうやら別になにをするか決めてなかったらしく、あっさり「遊びにいってらっしゃい!」といわれた。


 で、当日。寧々先輩はドタキャンした。バイトを入れていたのをすっかり忘れていたらしい。


 朝、たったふたりで落ち合ったわたしとコハルちゃんの心境が理解できるだろうか。なんというか、以前ひと悶着あった手前、ひさしぶりの再会であっても素直によろこべず、仲介役となるはずだった共通の先輩もいない。これで、かねてからの計画通り、遊園地――これも寧々先輩の提案――に繰り出していくのである。気まずさが異常だ。


 と、寧々先輩からの返信がきた。「コハルちゃんはよろこんでました」と悪びれもせず。



 ――わたしは気まずかったです。

   ドタキャンとか信じられません。


 ――コハルちゃんはたのしかったそうです。

   いつきちゃんも、ちゃっかりデートたのしんでたくせに~。


 ――ツケ、払わないんですか?

   叔父さんのツケも払わないし、後輩との約束も守らないし。

   競艇で負けるし。


 ――ちくちく言葉じゃん。



 明日払いにいきます、と言質をとったところで短い会話は終了。ちなみに競艇で負けたというのは数百円のマイナスらしく、そもそも賭け事をしたのは友人の付き合いで行った一回切りらしい。もちろん、それは十二月、わたしがショッピングモールで遊んでいたときのこと。それでも負けは負けだ。


「催促しときました」と、わたしはトーク画面をちらっと見せる。「マスターに伝えといてください。で、明日になっても払ってなかったら、また教えてください」

「わかったけど……」


 釈然としない、といった面持ちで光海さんは肯く。彼女視点ではまったく与り知らぬところでコミュニティの輪が広がっている事実に、やはり納得がいっていないらしい。当然だと思う。というか、わたしだって気づかぬうちに知り合っていたのだ。どうやらマスターのほうは最初から勘付いていたみたいだけど。


 まぁ、神戸に着くまでそれなりの時間がある。わたしとマスターの出会いについては、移動時間に追々話したっていい。その際、どうしても寧々先輩の酒癖の悪さが話題にあがってしまうけれど、それも些細な犠牲だ。


「おねえちゃーん」と、結良の声。父とひよりちゃんとを巻き込んでキヨスクを覗いていたはずだが、ひとりで駆けてくる。

「ポイントカード」

「なんの?」

「えーっと、赤いやつ。おとうさん持ってないって」


 鞄から財布をとり、おそらく目当てであろうカードを抜きだす。結良は「そう、それ」と受け取って、すぐ逃げていった。


「元気だねぇ」と、光海さん。「余ってたら、わけてほしいな」

「気楽にいきましょうよ」

「気楽にねぇ」


 と、やにわにアナウンスが鳴り響いて、まもなく車両が来るらしい。光海さんの顔が目に見えて強張る。さすがに心配になってくる緊張の仕方だ。


「そんなに……こわいですか、衣笠家のおとうさん」

「うん……地震、雷、火事、親父ってあるでしょ。あれはうちの父のためにあることば……」

「防災訓練受けたかったですね」

「ふふ、たしかに。天変地異に名を連ねてるもの」


 いってると、買い物を済ませた三人が戻ってきた。五十過ぎの父は、光海さん同様、かなり胃が痛そうな顔つきである。子どもふたりは対照的に旅行気分が笑顔に漏れ出ている。


 やがて音を置き去りにしそうな速さで車両が入ってくると、五号車の入口がわたしたちの目の前で停まった。まず父が、腹をくくったといわんばかりに確固たる足取りで車両に入り、結良とひよりちゃんがたのしげに続く。


「わたしたちも行きましょうか」

「うん……そうだね」


 ふぅー、と長い息を吐きながら、光海さんは目を閉じる。三秒経ち、「よし」とちいさく声に出したら、わたしのまえを往く。


 広島発、神戸行。十六両編成の白い新幹線車両。


 わたしも光海さんに続く。


「新幹線で県外行くの、ひさしぶりです」

「わたしも。十年以上ぶり」光海さんはまじめな顔でいう。「まさかこんなことになるなんてね」

「たのしんでいきましょう、どうせなら。うまくいかなかったら、気晴らしに観光して、おいしいもの食べて、それで帰ればいいんですし」

「よくないでしょぉ」


 彼女は笑う。鳥がうつくしい旋律を奏でるように。そういう笑顔になってくれてうれしい。わたしは、わたしの家族に――愛しいひとに、そんな笑顔でいてほしい。


 窓側の指定席に座る。まえの座席では結良とひよりちゃんがはしゃぐように窓の外を見ている。うしろでは、父が荷物を抱えて目を一文字に閉じていた。そして隣には、光海さんがいる。


「神戸って、なにかおいしいものありますか」

「うーん、実家の近くにおいしい餃子屋さんがある」

「じゃ、祝勝会はそこで」

「祝勝会に、なるといいけど」

「大丈夫ですよ」


 なんの根拠もないし、うまくいかない可能性は存分に高い。さっきまで緊張しっぱなしだった光海さんの表情を見ていれば、それは充分わかる。それでも、わたしたちなら大丈夫だと思う。どうにでもなる気がする。


「だって、三人娘が付いてますし」


 ドアが閉まる音が聞こえて、すぐに発車のアナウンスがされる。車両はゆっくり動き出し、一気に加速していく。薄暗がりの駅舎を抜けて、光あふれる外界へ走りだしていく。ほんのすこし眩しかった。


(了)

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