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14 Everlasting④

「まずは出会い――だよね、賢三さんとの。わたし、去年まではとあるバーで働いてたんだ。賢三さんはそこの、常連、ってほどじゃないけど、たまに仕事先の付き合いで顔を出すというか、まぁとにかく、知り合ったのは、そこ。だから、実は数年来の知り合いでね。いつきちゃんたちのことや、まえの奥さんのこと……うん、三年前、だよね……重い病気になったことも、そのあとのことも、聞いてしまって。


 賢三さんは――そのころずいぶん弱ってて。おうちのこと、すごく大変だったんでしょう……あ、意外そうな感じ。いつきちゃんたちのまえだと、やっぱりつらさは表に出さなかったのかな。なら、あのバーでの時間くらいだったのかも。たまにふらっとお店に来て、マスターとふたりで話してるの、飲みながら。盗み聞きってわけじゃないけど、狭い店だったから、やっぱり内容がわかっちゃうんだよね。だから、わたしも思わず会話に参加しちゃうこともあって……その、話を聞いてるとね、というか、お酒が入って泣いてしまうあのひとを見てると、わたし――やっぱり力になってあげたくて。大切なひとを喪う気持ちって、ぜんぶはわからないけど、いくらかは寄り添えるような気がしたから……うーん、こういうと、よくないね。同情っぽくて。誓っていうけど、わたしはなんの下心もなかったよ。ちゃんと賢三さんの名誉のためにもいうけど、あのひとにも、そういう気はなかったと思う。でも、話しているうちに意気投合しちゃって、プライベートでも会うようになって――最初はちょっとした気分転換のつもりだったけど――いつのまにか、交際というかたちになっちゃった。


 いや、この話、面白い? ちょっと引かない?……まぁ、面白いなら、いいけど。だったら、ひよりの話も聞いてよ。せっかくだから。


 それこそ、わたしがバーで働いていたのは、そこのマスターに拾ってもらったからなの。というのは、ね、わたしとひより、二人家族でしょ。最初からそうだったの……


 わたし、生まれは兵庫でね。どちらかというと裕福な家で育って、大学までよく面倒を見てもらった。下に弟がいて、その子と、両親と、四人家族。本もたくさん買ってもらったし、映画だってすぐ連れていってもらえたし、年に数回は旅行にいって……うん、いま思うと、ひどく贅沢だよね。わたしが多趣味なのも、ぜんぶそのおかげ。逆にいうと、そういう贅沢ができたのも、大学生のころまでだった。


 わたし、幼少期からたくさんのことを体験させてもらったけど、そのぶん、親は厳しくて。とくに父親なんて、かなり厳格なひとでね。大学に入っても門限があるくらい。それも午後六時。ちょっとでもそれに遅れたら怒鳴られて、機嫌が悪いときには叩かれるの。


 家族のことは好きだったけどね……家は牢屋でもあったかな。すくなくとも、そのころは、ね。だから、これは、そう、よくある話だけど――ひよりの父親との出会いは、運命だと思った。大学に入ってすぐの新歓で知り合った、三つ上の先輩だった。わたしね、厳格な父親からの束縛を抜け出して、はじめてそういう会に出たの。もちろん、内緒で……そのとき出会っちゃった先輩は、わたしの家の門限とか、ずいぶん同情してくれて。それで、あー、よくないんだけど、お酒とか煙草とか、いろいろ教えてくれたんだよね。


 いま振りかえると、最低なひとだったけどね。当時のわたし、いまよりずっとバカだったから。それまで窮屈だった、家に縛られるだけの世界が一気に広がったようで、すごくたのしかったの。思い出すと頭痛がするな……でも、本当に大変だったのは、うん。ちょうどいまごろの時期だった。それもいつきちゃんと同じ歳。おなかにひよりができた。


 いうまでもないけど、父親は顔を真っ赤にして、まず彼を殴った。それからわたしをめちゃくちゃに怒鳴って、しまいには縁を切るって――で、売り言葉に買い言葉、っていうのかな。わたしも大学をやめて、家を出ることにした。


 意味わかんないでしょう。わたしもわかんない。でも、父親の態度にはうんざりしてたし、なにより彼がね、駆け落ちしようっていってくれたの。どうせろくなことにならないのにね。信じちゃった、その言葉。で、お金もないのに夜行バスに乗って、この町に来た。


 彼が消えたのは、ここに来てすぐ。一か月もなかったな。いきなり音信不通になってね。おなかに子どもがいるわたしを置いて、兵庫に帰ったらしいんだけど……詳しくは知らない。知りたくもないから……そうでしょう? で、そのとき、わたしようやく理解したの。人生終わっちゃたんだー、って。


 ふつうだったら、親に連絡するでしょ。いくら気まずくても、親に。親がだめなら、それこそ弟とか……でも、できなかった。自分がみじめすぎて、そんな気になれなかった。深夜の公衆電話のまえで立ち尽くして、一枚ぽっちの十円玉が入れられなかった。仕事も見つからない。ギリギリ未成年で、身重の女の子を雇ってくれるところなんてあるわけないし、それがよそ者ならなおさら。ちいさなアパートの家賃も払えなくて、わたし、絶望して、あー、死のうと思ってた、のかな。よくわかんないけど――街灯のうすぐらい橋のうえで真っ黒い川を見つめてた。


 そのときだったかな。バーのマスターに声をかけられたの。いまでも覚えてるなぁ、最初のことば……『入水はおすすめしませんよ、寒いだけですからね』って。まるで試したことあるような口ぶりだった。ちょっと笑っちゃった。


 で、真冬の橋の上、人生相談がはじまって。わたしが事情を話したら、そのマスター、なんと雇ってくれたの。バーはそのころオープンして日が浅くてね、ちょうど従業員がほしかったんだ、とかいって。それからアパートの家賃も立て替えてくれて、生活の面倒も、なにより出産の費用まで世話してくれた。あのひとがいないと、わたし、生きてないの。ひよりとも暮らせてない……


 あぁ、話がとっちらかっちゃった。ひよりの話をするはずだったのに。わたし、本気であの子のこと、産みたかったんだよ。産めないなら、死のうと思ってた。ふふ、そんな顔しないでよ、気持ちにはちょっと脚色してるんだから。でも、産んだところで、あの子をしあわせにできるなんて、思ってなかった。親として失格だよね。そもそも、わたしはあの子を産む資格なんてなかったのに。


 マスターとか、ほかにもバーの常連さんとか。もちろん、賢三さんも……たくさんのひとのおかげで、いま、こうして生きていられる。ひよりとも暮らせてる。それでも、わたし、ちっともあの子に母親らしいことがしてあげられないで……そりゃ、バーの収入だけだとつらい部分もあるからね。ほかにバイトを掛け持ちして、だから一緒にいられる時間なんてぜんぜんつくれなかった。モノを買ってあげることもほとんどできなかったし、わがままも聞いてあげられなかった。ずっと我慢させてばっかり。それもぜんぶ、わたしが悪い。


 なのに、あの子はわたしのこと、おかあさんって呼んでくれるの……母親失格なのに。それでも、そうやって慕ってくれるなら、ううん、たとえ嫌われたとしても、あの子をしあわせにする義務があるの、わたしには。そうでしょう」


 と、そこまで語って、光海さんはため息をついた。あーあ、なんの話してるんだろ、いま。力なく笑う。


 結良とひよりちゃんはアクセサリーショップでたのしげにピアスを眺めていた。いまはその様子を遠巻きに見守っている、という構図だ。ふたりとは充分に距離があるし、わたしたちの会話は――というより、光海さんの身の上話はまったく聞こえてないだろう。


「いつきちゃんには」とうなだれて、「なんでも話せちゃうな。どうしてだろ」

「気が合いますからね、わたしたち」

「ふふ、たしかに。ねぇ、ものすごくいけない妄想をするんだけどさ」

「はい」

「もし、いまみたいな出会い方じゃなかったら――わたしが十年若くて、ひよりもいなかったら――いつきちゃんとは、もっと違う、いい友達になれた気がするの。すごくいい友達」


 わたしは肩をすくめた。びっくりするほど、わたしもそう思う。


 でも、それは“いけない妄想”だ。どこまでいっても禁じられた、これ以上語ってはいけないこと。


「おかあさーん」


 ひよりちゃんが両手を振って呼んでいる。光海さん、とわたしは肩で小突いて、気づかせる。「なにねだられるんだろ」と、困ったようなよろこばしいような、うつくしい笑顔で彼女がいう。


「ちょっと行ってくるね」


 歩き出す光海さん。わたしはその背中に、ちょっと悩んで声をかけた。ひとの行きかうなかを歩きながら、彼女が人懐っこい笑みで振りかえる。


「わたし」と、口にして、「こういうふうに光海さんと出会えたこと、しあわせですよ」


 光海さんは肯いて、


「わたしも」といった。そのままふたりのもとへ去っていく。わたしは近くの壁にもたれかかって、荷物を離してからゆったり待つことにした。

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