13 Everlasting③
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今日のプランは、こう。
昼食後、とにかく三階からぐるりとフロアを一周していき、段々とおりていく。一階には洒落た内装のだだっ広い本屋があるので最終目的地はそこ。以上。
始点と終点が決まっているだけの、ほぼノープランである。つまり、レストランと本屋、ふたつのプロットが最後の最後できっちりつながるなら、そのあいだはとんでもない外れ値だろうと線で辿ってよい。仮にモールを出てブラジルに飛ぶことがあっても、最終もどってここ一階の本屋に着けば可。
もちろん、厳密にいえば目的地はその都度ある。結良がゲームを買うのもそうだし、光海さんが百均を見にいくのもそうだし、喉が渇いたらちょっとお茶をするのもそう。で、ひよりちゃんと一緒にお洋服を見たり、気に入ったものがあったら試着をしたりするのも――そしてそのぶん紙袋を増やしていくのも、そう。三階、二階、とフロアを順々にめぐってようやく一階におりたときには、わたしと光海さんの両手はすっかりふさがっていた。
「いやぁ、買っちゃったね」と、光海さんが苦笑するので、わたしは肯いた。こうもたくさんモノを買うのはひさしぶりだ。とはいっても、わたしのものはすこししかない。途中に寄ったカフェで気に入ったジャスミンティーの茶葉くらいなものだ。
ちびっこふたりは手をつないで、例のごとくちょっと先を歩いている。結良はわたしの手のかわりに、あたらしくできるいもうとの手をしっかり握るようになった。
握られるほうではなく、握ってあげるほう。成長だと思う。
「あ、また寂しそうな顔してる」
「してないですよ、もう」
「ならいいけどー」
光海さんはからかうように語尾を伸ばして、ほんのすこし黙った。やんわり口元を結んだまま、先を歩くふたりを見つめている。結良とひよりちゃんは、なにやら背伸びしたいのか、すこし上品なブティックに吸い込まれていく。
「そういえば、百均でなに買ったんですか?」
「引っ越しに必要なものを少々。あとは掃除道具かな」
「光海さんの買い物って、百均だけですよね、今日」
「え、あぁ、そうだね。たしかに――ひよりのものが多いけど、でも、そんなものじゃない、やっぱり。いまモノを増やしても大変だしね」
そういいながら、光海さんはブティックのまえで立ち止まる。あぁ、あんなところにいる……と、口元を緩めて奥のほうを見やる。
「なに見てるんでしょうね」
「うーん」彼女は肩をすくめて、「とんでもないもの、ねだられないといいなぁ」
で、ちょっと歩き疲れたとかいいながら光海さんは近くのベンチに腰かける。わたしもいい加減うでが痺れてきたので、彼女の隣に荷物をおろして待つことにする。
どこからともなくクリスマス・ソングが聞こえてくる。このごろよく聞くマライア・キャリー。いよいよクリスマスを目前に控えたモールはけっこう活気に満ちており、通りすがる人々はどこか浮かれ気味だ。きっと二十五日その日になったら、もっと浮足立つのだろう。
「いつきちゃん、クリスマスの予定はある?」
「空けてます」とわたしは苦笑した。
「空いてるんじゃなくて、空けてるんだ」
「勘違いしないでくださいよ。結良に空けとけっていわれたから……何するのかは知りませんけど」
「妹思いだねぇ」くつくつ笑って、「そうだ。例の先輩とはどうなったの?」
「こないだフラれました」
そっかぁ、ざんねん……光海さんは気遣うような笑みを浮かべて、わたしの肩をたたく。こちらとしてはとくに落ち込んでいるわけでもない――そりゃ一週間以上も経てばちょっとくらい立ち直るものだ――ので、ありがたいような、くすぐったいような気持ちになる。
「ま、すくなくともそういう予定は入りません」
「じゃあクリスマスはどうしようもないか」
「結良頼みです、もう」
たぶん今日みたいに、どこか遊びに行こうとかいわれるのだろう。それともやっぱり気変わりして、家でゴロゴロしようだとか。どちらにしても悪くない。
わたしはゆっくり呼吸して、携帯で時間を確認する。午後三時。知らないうちに“例の先輩”からメッセージが送られている。「なう」の二文字と、競艇場の写真。あとでどれくらい負けたか訊いてみようと思う。
「あの、いまさらな話ですけど……」と、わたしは携帯をしまいながら、「光海さんって、あんまり驚きませんよね」
「なにに」
「わたしが女の人をすきなこと……」
「あぁ、うん。それか」首をかしげて、「どうだろう。いまの時代、そう気にするようなことでもないし」
「そうでしょうか」
「あまり打ち明けない、そういうこと?」
「隠してるわけじゃないですよ。でも、だれにでもいうようなことじゃないですから」
「だったら、どうしてわたしには教えてくれたの?」
「……」今度は、わたしが首を傾げる番。「どうして……信頼できそうだった、から?」
「ふふ、うれしい」
光海さんはにっこりして、それからブティックのほうをまた覗いた。ちびっこたちは夢中になって店内を練り歩いている。まだまだふたりは帰ってこないだろうことを認めて、こちらに向き直る。
「こっちもいまさらなこと、いっていいかな。わたしね……ずっと似たようなことを感じていたの」
「似たようなことって?」
「うん……いつきちゃんは、わたしみたいなのが家族になるっていうのに、どうして驚かないんだろうって」
「それは――」
「はじめて会ったとき、結婚についてはひとつも反対されなくて、どころかすぐ受け入れてくれたでしょう。わたしのことも、ひよりのことも……わたしたちの素性なんて欠片も知らないのに、ずっと歳はあなたと近いのに、ぜんぜん疑ってくれなかった。本当にびっくりして」
「だから、それは」と返そうとはしてみるが、どうしよう。ことばに窮する。「……いまの時代、そう気にするようなことじゃないですし?」
「そうかなぁ」
彼女は一点の曇りなく笑った。わたしもわたしでわたしに呆れて、力なく笑ってしまう。
「うん、でも、どういう理由だろうとね……」と、光海さんは続ける。「わたしたちを受け入れてくれたの、すごくうれしかったんだ。まえにもいったけど、実際、あの日は認めてもらえないんじゃないかってドキドキしてたし。なのに、いつきちゃん、あっさり歓迎してくれて。そのとき、本気で、はっきり決めたの。わたしは精一杯、あなたの家族になろうって」
もちろん、結良ちゃんとも――そう付け加えて、光海さんは照れたように頬をかき、
「だから、どんなことでも受け止めるつもりでね……そういうのもあったのかな。あぁ、いや、うん。やめよ、恥ずかしいこといっちゃった」
素面でする話じゃない、とかいって立ち上がる。ちょうど結良とひよりちゃんが仲良く出てきたので、光海さんにとっては助け舟。またふたりに着いていく。
それでもわたしは話題を切らず、
「あんまり聞いたことなかったですね、光海さんの話」
「もう、やめよう。面白いことないし」
「出会いとか……」
「いやぁ、いちばん面白くないよ、それ」
「聞いてみないとわからないですね」
「うーん」光海さんは困ったように唸り、「でも、いつきちゃんには話しておいたほうが、いいのかな」
「わたしには?」
「そう、いつきちゃんには。なんとなく……あなたには話しておいたほうが、いい気がするの」
ほんのすこしまじめな顔つきになって、光海さんはずっと前を歩くふたりを見据える。ほんとに訊きたい、わたしの身の上話……冗談めかした口調だけれど、どことなく芯のある声に思えて背筋が伸びる。わたしは首を縦に振る。
「なら、どこから話そうかな……」と、しばし悩んで、光海さんは静かに語りはじめた。




